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覚悟
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佐々村家の座敷は重苦しい空気に包まれていた。
時刻は間もなく午後の八時。
光はお昼から何も食べていない。
だが、お腹は全く空いていなかった。
正確には、空腹を感じる余裕すらなかった。
夕刻、宗介が美守の部屋で倒れてから今まで、佐々村家はてんやわんやの状態だった。
何度呼び掛けても反応のない宗介。光は半ばパニックを起こしながら助けを呼んだ。幸運にも猛と乃恵がすぐに駆けつけてくれたが、この時すでに宗介の身体には異変が現れ始めていた。
お寺で見せてもらった黒い痣が、首筋を通り越して顎の辺りまで伸びていたのだ。猛も乃恵も黒く変色した宗介の皮膚を見て、表情を凍りつかせた。彼らも瞬時に悟ったのだろう。宗介に表れている異変が、美守のそれと酷似していることを。
故に、猛も乃恵も「救急車を呼ぼう」とは言わなかった。宗介の症状が医学ではどうにもならないことを理解していたから。
結局、猛が宗介を背負い、乃恵が用意してくれた布団まで運んでくれた。布団に運ぶまでに宗介の症状は更に進行。宗介を寝かせた時には、右頬の下半分くらいまでが黒く染まっていた。そして、誰も口には出さなかったが、座敷牢と同じ強い腐敗臭が宗介の身体から漂ってきていた。
そして、宗介を布団に寝かせ、とりあえず一段落……というわけには無論いかなかった。
騒ぎを聞きつけてやって来た涼子と源一郎は、部屋に入るなり「うっ!」と呻いて鼻を押さえた。横になっている宗介に視線を送ると、二人は汚いものを見るように表情を歪めた。特に涼子は不快感を隠すこともせず、蔑んだ目で宗介を見下ろしていた。
その先は、ほとんど修羅場。涼子は返していた掌を再び戻すように宗介を罵倒し、その怒りの矛先は光にも向けられた。猛が間に入ってくれたものの、涼子のヒステリーは収まらず、最終的には「こんな臭い奴をこれ以上ウチには置いておけない。さっさと出ていけ」という話になった。猛が説得を試みるも涼子は頑として譲らず、すったもんだがあった末、宗介は猛の車で桜荘へと搬送されることとなった。
だから、宗介は今、桜荘の部屋で眠っている。そんな宗介の看病をしていたところ、光の携帯に猛から連絡が入り、再び佐々村家に呼び出されたのだ。
呼び出された理由は、概ね想像がつく。佐々村家の人たちが自分たちのことをどう思っているのかを考えると、光の胃はキリキリと痛んだ。あれだけ「任せておけ!」と大言壮語しておきながらこの有様。どんな辛辣な言葉をぶつけられても文句は言えない。
不安で押し潰されそうになっていると、廊下から複数の足音が聞こえてきた。
襖を開けて座敷に入ってきたのは、源一郎、涼子、猛の三人。
当たり前だが、皆、神妙な顔つきだ。
三人が光の対面に腰を下ろすと、涼子が開口一番、
「これだから半人前のガキは嫌なんだよ!」
と、吐き捨てた。
「ミイラ取りがミイラになっていたら世話ないじゃないか! できもしないことを偉そうに言って、振り回されるこっちの身にもなって欲しいねえ。私たちがあんたらにどれだけのお金と気をつかってきたのか分かっているのかい? お金をもらってやってるプロとして、自覚が足りないんじゃないの? 『やっぱり無理でした』で済まされるほど世の中甘くないんだよ!」
厳しい言葉が光の心に突き刺さる。痛いし、辛いし、それに悔しい。だが、涼子の言っていることは正論だ。それ故、光は身を縮めて降り注ぐ怨言に耐えるしかなかった。
先ほどは間に入ってくれた猛も、今は難しい顔で黙ったまま。これまで強気な態度で言い返していた宗介もいない。光は生まれて初めて、自分が孤立無援の状態に置かれていることを実感した。
守ってくれる人、庇ってくれる人、助けてくれる人が誰もいない。御堂家の跡取りとして常に人に囲まれていた光にとって、それは今までにない経験だった。一人ぼっちであることが、これほど心もとなく、また震えそうになるほどの恐怖を伴うことだと、光は知らなかった。
「涼子、少し落ち着きなさい」
感情的に言葉を並べたてる涼子を、源一郎は重々しい声で制した。だが、それは決して光のことを気遣っての言葉ではない。なぜならその直後、源一郎は睨むようにして鋭い眼光を向けてきたからだ。
「お金のことはいい。そして、君たちの置かれている状況も知ったことではない。私たちにとって重要なのは『美守を救えるのか否か』この一点だけだ」
重みのある源一郎の言葉。光の三倍は生きているであろう人生の先駆者、そして権力者としての威厳と迫力が伝わってきて光は怯んでしまう。
「だから答えていただこう。君は、美守を救えるのか?」
「そ、それは……」
問われた光は、しどろもどろになってしまう。源一郎に気圧されていたせいもあるが、自分の中で明確な答えを出せていなかったからだ。
「救えるわけないでしょ、お義父様。こんなオドオドした小娘に何ができるっていうの。さっさと追い返して、次の先生をお呼びしましょう」
涼子が冷嘲するように横から口を挟む。明らかに光を馬鹿にする言動だったが、光の頭は源一郎の問いに答えを出すことで一杯一杯だった。
(ど、どうしよう……。宗介君が目を覚まして、除霊を再開してくれるなんてことはまずあり得ない。除霊を続けるなら、私一人でやるしかない。でも、私にできるの……? 私に美守ちゃんを救える……? そ、そうだ! ここは一度京都に戻って他の除霊師に協力を求めた方が……で、でも、そんなことしている間に、もし二人が……)
そんな考えが頭の中で繰り返され、一向に答えが出ない。
だが、その時、光はふと父親の言葉を思い出した。
「光、除霊師にとって最も大切なことは『覚悟』を持つことだ。戦うにしろ、逃げ出すにしろ、そこに覚悟があれば必ず道は開ける。逆に、最もやってはいけないことは、中途半端に目だけを逸らすことだ。戦うなら見据えなさい。逃げ出すなら振り返るのをやめなさい。除霊師としての力量はついてきているが、お前にはその覚悟が決定的に足りていない。黒宮宗介――彼はまだ若いが、霊的資質もさることながら除霊に対する覚悟と度胸に優れる人物だと聞き及んでいる。お前が彼から学ぶべきことはきっと多いはずだ。学び吸収し一回り成長して帰ってきなさい」
その言葉と共に、光の頭の中でこれまでの宗介の言動が蘇ってくる。
(宗介君は呪いに侵されても、目を逸らすことなく前を見据えていた。きっと苦しかったはず。きっと恐かったはず。それでも彼は泣き事一つ言わなかった。甘えていたのは私だ。ずっと宗介君の背中に隠れて、全部彼がやってくれると思って、嫌なもの恐いものを見ないようにしてきた。私はまだ宗介君から何も学んでいない。考えよう。宗介君ならどうするのか。宗介君なら何と答えるのか……)
光は一度きゅっと唇を噛みしめた。そして――。
「ごちゃごちゃとうるせえなあ! 救えるもなにも、美守の除霊はもう八割方片付いているんだ! 素人は黙って見てろ!」
思いきり声を張り上げた。
その瞬間、座敷の空気がぴたりと止まる。
源一郎も涼子も猛も呆然とした表情で光を見るが、当の本人である光ですら自分の言ったことに驚き固まってしまう。
「……あ、はは、って、宗介君なら言うと思うんですよね」
光が笑いながら言うと、ようやく止まっていた空気が流れ始める。
三人とも依然として表情は厳しいが、先ほどの重苦しい雰囲気は消失していた。
「ほう。では、救うことができる、と?」
源一郎は凄みを利かせた目と声で光に確認する。
光は覚悟を決める。戦う覚悟を。
「できます。宗介君が残した二割は、私がやり遂げます。美守ちゃんも宗介君も、私が必ず助けてみせます。だから、私に任せてください」
光は精一杯の誠意を見せる。だが――。
「お義父様。この子たちの言うことは、もう信用しない方がいいわ。どうせ甘ちゃんが虚勢を張っているだけ。この子たちを囲っても、お金と時間の無駄にしかならないわ」
涼子は光を睨みながら、すぐさま源一郎に進言する。
しかしそこで、これまで話を聞いているだけだった猛が、源一郎の方へ顔を向けた。
「父さん。もう一度、信じてあげましょうよ。この間の先生は、美守ちゃんに何もしてくれなかった。でも、彼女たちは昨日も今日も、座敷牢に入ってお祓いをしてくれていたじゃないですか」
猛はそう言って、光に味方してくれた。思わぬ形で『優しい嘘』が活きた結果。まさか宗介がここまで見越していたとは思えないが、恥ずかしい思いをした甲斐は間違いなくあった。
「う~む、確かに猛の言う通りか。よし、もうしばらく様子を見る」
「お義父様!? くっ……」
涼子はまだ納得のいかない表情だったが、それ以上何も言わず、おもむろに立ち上がって座敷を出ていった。
それを見て源一郎は小さく息を吐く。そして、「では、私も今日はこれで」と言って、彼も席を立った。
座敷には光と猛だけが残される。
「すいません、御堂さん。色々と嫌な思いもしましたよね。でも、涼子さんは涼子さんで美守ちゃんのことをすごく心配しているんです。そこは分かってあげてください」
猛の言葉を聞いて、光は涼子が夫を亡くしていることを思い出した。そんな彼女にとって、娘の美守はかけがえのない存在なのだろう。
「はい。それより、さっきは助け舟を出して頂いて本当にありがとうございました」
「いえ、本当のことを言っただけですから。それに、こんなことを言ってしまうと美守ちゃんに悪いのですが、やはりどうにもあの部屋には近づけなくて……。だから、あの部屋を何度も出入りしているお二人のことは、正直尊敬していたんです。あっ、帰りは送りますよ。いくら田舎といっても、夜の一人歩きは危ないですから」
「あ、ちょっと待ってください」
有難い申し出だったが、光にはどうしてもやっておきたいことがあった。
「帰る前にもう一度美守ちゃんの様子を見ておきたいんです」
「美守ちゃんの? 分かりました。では、僕は自分の部屋にいますので、お帰りになられる時は声を掛けてください。桜荘まで車でお送りします」
微笑みながら言うと、猛も座敷を出ていった。
時刻は間もなく午後の八時。
光はお昼から何も食べていない。
だが、お腹は全く空いていなかった。
正確には、空腹を感じる余裕すらなかった。
夕刻、宗介が美守の部屋で倒れてから今まで、佐々村家はてんやわんやの状態だった。
何度呼び掛けても反応のない宗介。光は半ばパニックを起こしながら助けを呼んだ。幸運にも猛と乃恵がすぐに駆けつけてくれたが、この時すでに宗介の身体には異変が現れ始めていた。
お寺で見せてもらった黒い痣が、首筋を通り越して顎の辺りまで伸びていたのだ。猛も乃恵も黒く変色した宗介の皮膚を見て、表情を凍りつかせた。彼らも瞬時に悟ったのだろう。宗介に表れている異変が、美守のそれと酷似していることを。
故に、猛も乃恵も「救急車を呼ぼう」とは言わなかった。宗介の症状が医学ではどうにもならないことを理解していたから。
結局、猛が宗介を背負い、乃恵が用意してくれた布団まで運んでくれた。布団に運ぶまでに宗介の症状は更に進行。宗介を寝かせた時には、右頬の下半分くらいまでが黒く染まっていた。そして、誰も口には出さなかったが、座敷牢と同じ強い腐敗臭が宗介の身体から漂ってきていた。
そして、宗介を布団に寝かせ、とりあえず一段落……というわけには無論いかなかった。
騒ぎを聞きつけてやって来た涼子と源一郎は、部屋に入るなり「うっ!」と呻いて鼻を押さえた。横になっている宗介に視線を送ると、二人は汚いものを見るように表情を歪めた。特に涼子は不快感を隠すこともせず、蔑んだ目で宗介を見下ろしていた。
その先は、ほとんど修羅場。涼子は返していた掌を再び戻すように宗介を罵倒し、その怒りの矛先は光にも向けられた。猛が間に入ってくれたものの、涼子のヒステリーは収まらず、最終的には「こんな臭い奴をこれ以上ウチには置いておけない。さっさと出ていけ」という話になった。猛が説得を試みるも涼子は頑として譲らず、すったもんだがあった末、宗介は猛の車で桜荘へと搬送されることとなった。
だから、宗介は今、桜荘の部屋で眠っている。そんな宗介の看病をしていたところ、光の携帯に猛から連絡が入り、再び佐々村家に呼び出されたのだ。
呼び出された理由は、概ね想像がつく。佐々村家の人たちが自分たちのことをどう思っているのかを考えると、光の胃はキリキリと痛んだ。あれだけ「任せておけ!」と大言壮語しておきながらこの有様。どんな辛辣な言葉をぶつけられても文句は言えない。
不安で押し潰されそうになっていると、廊下から複数の足音が聞こえてきた。
襖を開けて座敷に入ってきたのは、源一郎、涼子、猛の三人。
当たり前だが、皆、神妙な顔つきだ。
三人が光の対面に腰を下ろすと、涼子が開口一番、
「これだから半人前のガキは嫌なんだよ!」
と、吐き捨てた。
「ミイラ取りがミイラになっていたら世話ないじゃないか! できもしないことを偉そうに言って、振り回されるこっちの身にもなって欲しいねえ。私たちがあんたらにどれだけのお金と気をつかってきたのか分かっているのかい? お金をもらってやってるプロとして、自覚が足りないんじゃないの? 『やっぱり無理でした』で済まされるほど世の中甘くないんだよ!」
厳しい言葉が光の心に突き刺さる。痛いし、辛いし、それに悔しい。だが、涼子の言っていることは正論だ。それ故、光は身を縮めて降り注ぐ怨言に耐えるしかなかった。
先ほどは間に入ってくれた猛も、今は難しい顔で黙ったまま。これまで強気な態度で言い返していた宗介もいない。光は生まれて初めて、自分が孤立無援の状態に置かれていることを実感した。
守ってくれる人、庇ってくれる人、助けてくれる人が誰もいない。御堂家の跡取りとして常に人に囲まれていた光にとって、それは今までにない経験だった。一人ぼっちであることが、これほど心もとなく、また震えそうになるほどの恐怖を伴うことだと、光は知らなかった。
「涼子、少し落ち着きなさい」
感情的に言葉を並べたてる涼子を、源一郎は重々しい声で制した。だが、それは決して光のことを気遣っての言葉ではない。なぜならその直後、源一郎は睨むようにして鋭い眼光を向けてきたからだ。
「お金のことはいい。そして、君たちの置かれている状況も知ったことではない。私たちにとって重要なのは『美守を救えるのか否か』この一点だけだ」
重みのある源一郎の言葉。光の三倍は生きているであろう人生の先駆者、そして権力者としての威厳と迫力が伝わってきて光は怯んでしまう。
「だから答えていただこう。君は、美守を救えるのか?」
「そ、それは……」
問われた光は、しどろもどろになってしまう。源一郎に気圧されていたせいもあるが、自分の中で明確な答えを出せていなかったからだ。
「救えるわけないでしょ、お義父様。こんなオドオドした小娘に何ができるっていうの。さっさと追い返して、次の先生をお呼びしましょう」
涼子が冷嘲するように横から口を挟む。明らかに光を馬鹿にする言動だったが、光の頭は源一郎の問いに答えを出すことで一杯一杯だった。
(ど、どうしよう……。宗介君が目を覚まして、除霊を再開してくれるなんてことはまずあり得ない。除霊を続けるなら、私一人でやるしかない。でも、私にできるの……? 私に美守ちゃんを救える……? そ、そうだ! ここは一度京都に戻って他の除霊師に協力を求めた方が……で、でも、そんなことしている間に、もし二人が……)
そんな考えが頭の中で繰り返され、一向に答えが出ない。
だが、その時、光はふと父親の言葉を思い出した。
「光、除霊師にとって最も大切なことは『覚悟』を持つことだ。戦うにしろ、逃げ出すにしろ、そこに覚悟があれば必ず道は開ける。逆に、最もやってはいけないことは、中途半端に目だけを逸らすことだ。戦うなら見据えなさい。逃げ出すなら振り返るのをやめなさい。除霊師としての力量はついてきているが、お前にはその覚悟が決定的に足りていない。黒宮宗介――彼はまだ若いが、霊的資質もさることながら除霊に対する覚悟と度胸に優れる人物だと聞き及んでいる。お前が彼から学ぶべきことはきっと多いはずだ。学び吸収し一回り成長して帰ってきなさい」
その言葉と共に、光の頭の中でこれまでの宗介の言動が蘇ってくる。
(宗介君は呪いに侵されても、目を逸らすことなく前を見据えていた。きっと苦しかったはず。きっと恐かったはず。それでも彼は泣き事一つ言わなかった。甘えていたのは私だ。ずっと宗介君の背中に隠れて、全部彼がやってくれると思って、嫌なもの恐いものを見ないようにしてきた。私はまだ宗介君から何も学んでいない。考えよう。宗介君ならどうするのか。宗介君なら何と答えるのか……)
光は一度きゅっと唇を噛みしめた。そして――。
「ごちゃごちゃとうるせえなあ! 救えるもなにも、美守の除霊はもう八割方片付いているんだ! 素人は黙って見てろ!」
思いきり声を張り上げた。
その瞬間、座敷の空気がぴたりと止まる。
源一郎も涼子も猛も呆然とした表情で光を見るが、当の本人である光ですら自分の言ったことに驚き固まってしまう。
「……あ、はは、って、宗介君なら言うと思うんですよね」
光が笑いながら言うと、ようやく止まっていた空気が流れ始める。
三人とも依然として表情は厳しいが、先ほどの重苦しい雰囲気は消失していた。
「ほう。では、救うことができる、と?」
源一郎は凄みを利かせた目と声で光に確認する。
光は覚悟を決める。戦う覚悟を。
「できます。宗介君が残した二割は、私がやり遂げます。美守ちゃんも宗介君も、私が必ず助けてみせます。だから、私に任せてください」
光は精一杯の誠意を見せる。だが――。
「お義父様。この子たちの言うことは、もう信用しない方がいいわ。どうせ甘ちゃんが虚勢を張っているだけ。この子たちを囲っても、お金と時間の無駄にしかならないわ」
涼子は光を睨みながら、すぐさま源一郎に進言する。
しかしそこで、これまで話を聞いているだけだった猛が、源一郎の方へ顔を向けた。
「父さん。もう一度、信じてあげましょうよ。この間の先生は、美守ちゃんに何もしてくれなかった。でも、彼女たちは昨日も今日も、座敷牢に入ってお祓いをしてくれていたじゃないですか」
猛はそう言って、光に味方してくれた。思わぬ形で『優しい嘘』が活きた結果。まさか宗介がここまで見越していたとは思えないが、恥ずかしい思いをした甲斐は間違いなくあった。
「う~む、確かに猛の言う通りか。よし、もうしばらく様子を見る」
「お義父様!? くっ……」
涼子はまだ納得のいかない表情だったが、それ以上何も言わず、おもむろに立ち上がって座敷を出ていった。
それを見て源一郎は小さく息を吐く。そして、「では、私も今日はこれで」と言って、彼も席を立った。
座敷には光と猛だけが残される。
「すいません、御堂さん。色々と嫌な思いもしましたよね。でも、涼子さんは涼子さんで美守ちゃんのことをすごく心配しているんです。そこは分かってあげてください」
猛の言葉を聞いて、光は涼子が夫を亡くしていることを思い出した。そんな彼女にとって、娘の美守はかけがえのない存在なのだろう。
「はい。それより、さっきは助け舟を出して頂いて本当にありがとうございました」
「いえ、本当のことを言っただけですから。それに、こんなことを言ってしまうと美守ちゃんに悪いのですが、やはりどうにもあの部屋には近づけなくて……。だから、あの部屋を何度も出入りしているお二人のことは、正直尊敬していたんです。あっ、帰りは送りますよ。いくら田舎といっても、夜の一人歩きは危ないですから」
「あ、ちょっと待ってください」
有難い申し出だったが、光にはどうしてもやっておきたいことがあった。
「帰る前にもう一度美守ちゃんの様子を見ておきたいんです」
「美守ちゃんの? 分かりました。では、僕は自分の部屋にいますので、お帰りになられる時は声を掛けてください。桜荘まで車でお送りします」
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