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解呪
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光は一つ咳払いをして話を再開する。
「もうお分かりだと思いますが、オワラ様が当時村に蔓延していた疫病を治療できたのは、凶巫の存在があったからです」
凶巫としての素質を見抜き、疫病を治療できるまでに育て上げることは、類稀な霊感と霊力を持ち合わせていなければ不可能なこと。強力な呪術を編み出したことからも、オワラ様が非常に高い霊的ポテンシャルの持ち主であったことが窺い知れる。
だからこそ残念でならない。彼が力の使い道を誤ってしまったことが。もし、真っ当に道を歩んでいれば、彼は現代にまで名を残す除霊師になっていたかもしれないのに。
「で、でも、凶巫は疫病を治療しただけなんですよね? 呪いとは何の関係もないのではありませんか?」
見てきたわけではないので断定はできないが、乃恵の言う通りだと思う。しかし……。
最低な呪術師と凶巫の組み合わせ。
美守に呪いを運んでいた子供たちのおぞましい奇行。
宗介が見たという身の毛もよだつ夢。
そして、光が洞穴で聞いた《タベルノ? ナオスノ?》という言葉。
これらのことが、ある『最悪なシナリオ』を光に突きつけてくるのだ。
「直接的な関係はない……でも……」
「でも?」
「……オワラ様は、引き取った子供たちに『凶巫の真似事』をさせていたんだと思う」
乃恵は「えっ?」と驚き、両手を口元に持ってくる。他の者たちも『凶巫の真似事』がどんなものか、またそれが子供たちにどんな結末をもたらすのかが、想像できたようだ。
「親に見捨てられた子を殺害して、その血肉を呪術に利用する。それだけでも十分に酷い……人として最低の行為です。でも、オワラ様はより強力な呪術を作る方法を思いついたんです。穢れに耐性の無い人間が凶巫と同じことをすれば……言わなくても分かりますよね?」
「穢れが溢れ死を招く……ということですよね?」
恐る恐る答えた猛に対し、光は小さく頷く。
「し、しかし、何故そのようなことを?」
「先ほども言ったように、より強力な呪術を編み出すためです。この木箱の呪法を考慮すると、中に入っている身体の一部が穢れていればいるほど呪いの効力を発揮します。嫌な話ですが、凶巫の真似をして死んだ子を、さらに次の子に喰わせていたのでしょう。こうして、穢れを凝縮させ、呪術の贄としたんです」
猛の質問に答えているだけなのに、光はすごく気分が悪くなった。
こんなにも歪んだ発想のできる人間がいること。
その発想を躊躇いなく実行に移せること。
そして、そんな人間が神として崇められていること。
何もかもが狂っている、と光は思う。
だが、その時、光の脳裏に宗介の言葉が蘇った。
『物事っていうのは、見る人間によって意味合いが全く違うものになる』
その瞬間、ある考えが光の頭に浮かぶ。否、浮かんでしまった。
「そんなことを無理やり子供たちにやらせていたなんて……」
沈痛な面持ちで呟く乃恵。光も今の今まで乃恵と同じく「オワラ様が子供たちに凶巫の真似事を強いたのだ」と思っていた。けれど、それは光の思い込みだったのかもしれない。
オワラ様は……あの最低最悪な呪術師は、子供たちに『凶巫としての生き方』を吹き込んだのではないだろうか。
宗介は「美守へ呪いを運ぶ子供たちは、皆一様に楽しそうだった」と言っていた。
経済的な理由で親に見捨てられた子供たち。拠り所を失った彼らは、大きな哀しみに暮れ、心細さで一杯だったはずだ。明日も見えぬ状況で、優しく『生きる道』を示してくれる人がいたら、彼らは一体どうしただろうか。何も知らぬ子供たちは、喜んでその道を歩いたはずだ。その先に待っているのが地獄とも知らずに。
『辛いかもしれないが、凶巫になれば人の役に立てる。もう誰かに見捨てられることもなくなるんだよ』
光の脳裏に、醜い笑顔でそんな言葉を並びたてるオワラ様の姿が浮かんだ。弱みと無知に付け込み、甘い言葉で『希望』とラベルの貼られた『不幸』を差し出す。考えただけで吐き気がする。
しかしながら、このような弱者に付け込み搾取する手法は、形を変えて現代にも溢れている。呪いは人から生まれ人へと還るもの、というのが除霊師の世界では通説だ。こういった悪意、恨み、憤怒、絶望といったものが、時代を超えて『呪い』へと変貌するのかもしれない。
人間の中に潜む醜悪さ。
それを垣間見ると同時に、光は一つの真理を直観する。
除霊師として生きるということは「一生を通して、こうした人の業と向き合っていかねばならない」ということなのだ。そこに一切の妥協があってはならない。確固たる信念と共に、人間の抱える闇と対峙し続けなければならない。それがどれほど過酷な道か、今の光には理解できる。父の言っていた『覚悟』――その本当の意味も。
光は一度深呼吸をする。
そして、真っ直ぐに佐々村家の人たちを見据えた。
「以上が、今回の呪いの真相です。残念ながら今の私には、この場でこの木箱を解呪するだけの力はありません。ですが、ご心配なく。私は明日、朝一番の電車でこの箱と一緒に京都へ戻ります。そこで他の除霊師たちと力を合わせて、この呪いを解きます。箱が離れれば、美守ちゃんの容体も次第に回復へと向かうはずです」
光は黒い木箱を再び護符で包む。話に夢中になっていて気付かなかったが、半紙に乗せていた盛り塩は、早くも先端部分が黒く変色し始めていた。
「では、私はこれで失礼させていただきます。お食事時にお邪魔して申し訳ありませんでした」
木箱を持って立ち上がり、光は佐々村家の面々へ一礼する。
そのまま座敷を出ようとする光に、猛が「あ、桜荘まで送りますよ」と申し出てくれたが、今日は断った。
夕食を邪魔して申し訳なく思っていたのは事実だし、少し一人になりたいという気持ちもあったからだ。
外へ出ると、先ほどよりも幾分涼しくなった外気が光の頬を撫でる。
空には、除霊終了を祝うように大きな月が輝いていた。
だが、光は小さく頭を振る。
呪いの真相は暴いたが、除霊自体はまだ完遂していない。
美守も宗介も、今なお苦しみながら戦い続けているのだ。
自分だけがここで気を抜いてしまうわけにはいかない。
(待っていてね、宗介君、美守ちゃん。もうすぐ、助けてあげるから)
そう月に向かって誓い、光は桜荘への道のりを歩き始めた。
「もうお分かりだと思いますが、オワラ様が当時村に蔓延していた疫病を治療できたのは、凶巫の存在があったからです」
凶巫としての素質を見抜き、疫病を治療できるまでに育て上げることは、類稀な霊感と霊力を持ち合わせていなければ不可能なこと。強力な呪術を編み出したことからも、オワラ様が非常に高い霊的ポテンシャルの持ち主であったことが窺い知れる。
だからこそ残念でならない。彼が力の使い道を誤ってしまったことが。もし、真っ当に道を歩んでいれば、彼は現代にまで名を残す除霊師になっていたかもしれないのに。
「で、でも、凶巫は疫病を治療しただけなんですよね? 呪いとは何の関係もないのではありませんか?」
見てきたわけではないので断定はできないが、乃恵の言う通りだと思う。しかし……。
最低な呪術師と凶巫の組み合わせ。
美守に呪いを運んでいた子供たちのおぞましい奇行。
宗介が見たという身の毛もよだつ夢。
そして、光が洞穴で聞いた《タベルノ? ナオスノ?》という言葉。
これらのことが、ある『最悪なシナリオ』を光に突きつけてくるのだ。
「直接的な関係はない……でも……」
「でも?」
「……オワラ様は、引き取った子供たちに『凶巫の真似事』をさせていたんだと思う」
乃恵は「えっ?」と驚き、両手を口元に持ってくる。他の者たちも『凶巫の真似事』がどんなものか、またそれが子供たちにどんな結末をもたらすのかが、想像できたようだ。
「親に見捨てられた子を殺害して、その血肉を呪術に利用する。それだけでも十分に酷い……人として最低の行為です。でも、オワラ様はより強力な呪術を作る方法を思いついたんです。穢れに耐性の無い人間が凶巫と同じことをすれば……言わなくても分かりますよね?」
「穢れが溢れ死を招く……ということですよね?」
恐る恐る答えた猛に対し、光は小さく頷く。
「し、しかし、何故そのようなことを?」
「先ほども言ったように、より強力な呪術を編み出すためです。この木箱の呪法を考慮すると、中に入っている身体の一部が穢れていればいるほど呪いの効力を発揮します。嫌な話ですが、凶巫の真似をして死んだ子を、さらに次の子に喰わせていたのでしょう。こうして、穢れを凝縮させ、呪術の贄としたんです」
猛の質問に答えているだけなのに、光はすごく気分が悪くなった。
こんなにも歪んだ発想のできる人間がいること。
その発想を躊躇いなく実行に移せること。
そして、そんな人間が神として崇められていること。
何もかもが狂っている、と光は思う。
だが、その時、光の脳裏に宗介の言葉が蘇った。
『物事っていうのは、見る人間によって意味合いが全く違うものになる』
その瞬間、ある考えが光の頭に浮かぶ。否、浮かんでしまった。
「そんなことを無理やり子供たちにやらせていたなんて……」
沈痛な面持ちで呟く乃恵。光も今の今まで乃恵と同じく「オワラ様が子供たちに凶巫の真似事を強いたのだ」と思っていた。けれど、それは光の思い込みだったのかもしれない。
オワラ様は……あの最低最悪な呪術師は、子供たちに『凶巫としての生き方』を吹き込んだのではないだろうか。
宗介は「美守へ呪いを運ぶ子供たちは、皆一様に楽しそうだった」と言っていた。
経済的な理由で親に見捨てられた子供たち。拠り所を失った彼らは、大きな哀しみに暮れ、心細さで一杯だったはずだ。明日も見えぬ状況で、優しく『生きる道』を示してくれる人がいたら、彼らは一体どうしただろうか。何も知らぬ子供たちは、喜んでその道を歩いたはずだ。その先に待っているのが地獄とも知らずに。
『辛いかもしれないが、凶巫になれば人の役に立てる。もう誰かに見捨てられることもなくなるんだよ』
光の脳裏に、醜い笑顔でそんな言葉を並びたてるオワラ様の姿が浮かんだ。弱みと無知に付け込み、甘い言葉で『希望』とラベルの貼られた『不幸』を差し出す。考えただけで吐き気がする。
しかしながら、このような弱者に付け込み搾取する手法は、形を変えて現代にも溢れている。呪いは人から生まれ人へと還るもの、というのが除霊師の世界では通説だ。こういった悪意、恨み、憤怒、絶望といったものが、時代を超えて『呪い』へと変貌するのかもしれない。
人間の中に潜む醜悪さ。
それを垣間見ると同時に、光は一つの真理を直観する。
除霊師として生きるということは「一生を通して、こうした人の業と向き合っていかねばならない」ということなのだ。そこに一切の妥協があってはならない。確固たる信念と共に、人間の抱える闇と対峙し続けなければならない。それがどれほど過酷な道か、今の光には理解できる。父の言っていた『覚悟』――その本当の意味も。
光は一度深呼吸をする。
そして、真っ直ぐに佐々村家の人たちを見据えた。
「以上が、今回の呪いの真相です。残念ながら今の私には、この場でこの木箱を解呪するだけの力はありません。ですが、ご心配なく。私は明日、朝一番の電車でこの箱と一緒に京都へ戻ります。そこで他の除霊師たちと力を合わせて、この呪いを解きます。箱が離れれば、美守ちゃんの容体も次第に回復へと向かうはずです」
光は黒い木箱を再び護符で包む。話に夢中になっていて気付かなかったが、半紙に乗せていた盛り塩は、早くも先端部分が黒く変色し始めていた。
「では、私はこれで失礼させていただきます。お食事時にお邪魔して申し訳ありませんでした」
木箱を持って立ち上がり、光は佐々村家の面々へ一礼する。
そのまま座敷を出ようとする光に、猛が「あ、桜荘まで送りますよ」と申し出てくれたが、今日は断った。
夕食を邪魔して申し訳なく思っていたのは事実だし、少し一人になりたいという気持ちもあったからだ。
外へ出ると、先ほどよりも幾分涼しくなった外気が光の頬を撫でる。
空には、除霊終了を祝うように大きな月が輝いていた。
だが、光は小さく頭を振る。
呪いの真相は暴いたが、除霊自体はまだ完遂していない。
美守も宗介も、今なお苦しみながら戦い続けているのだ。
自分だけがここで気を抜いてしまうわけにはいかない。
(待っていてね、宗介君、美守ちゃん。もうすぐ、助けてあげるから)
そう月に向かって誓い、光は桜荘への道のりを歩き始めた。
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