黒の解呪録 ~呪いの果ての少女~

蒼井 くじら

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真相

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 カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
 
 その中で、一つの人影がひっそりと動いていた。
 
 人影はそっと押入れを開くと、奥から何かを取り出した。
 
 それは掌に乗るほどの木箱。
 
 箱を机の上に乗せると、次いで机の引き出しから茶色の封筒を取り出す。


「……馬鹿な女。あれで終わったつもりでいるんだから。京都から戻って来る頃には、二人はもうこの世にいないのに……」
 

 ふふ、と含み笑いをして、封筒を机の上に置く。
 
 次いで、今度は一本の果物ナイフを取り出した。
 
 鞘を抜くと、人影は自分の手首にナイフの刃を当てる。
 
 薄い笑みを浮かべ、ナイフの握られた手を引こうとした瞬間――。


「それが呪術式か?」
 

 黒宮宗介は覗いていた扉を開け、部屋の中へ入った。


「なっ……ど、どうしてあなたがここに? 呪いで動けないはずじゃ……」
「お前には言ったはずだよな? 『俺は格が違う』って。あの程度の呪いじゃ俺は殺せない」
 

 驚愕の表情を浮かべる下山乃恵に対して、宗介は皮肉っぽく答える。


「そ、そんな……どうして乃恵ちゃんが……」
 

 宗介の隣にいた光も、信じられないといった表情を浮かべる。


「あ、あなたまで……。今朝の電車で帰ったはずじゃ……」
 

 乃恵は憎々しげに唇を噛みしめると、それ以上何も言わず俯いてしまった。
 
 宗介は靴を脱いで部屋に上がり、乃恵に歩み寄る。
 
 それでも乃恵は顔を上げようとしなかった。


「さて、と。じゃあ、『本当の除霊』を始めるとするか。なあ、凶巫」
 

 その瞬間、乃恵はぱっと顔を上げると、目を皿のように丸くして宗介を見た。
 
 その顔を見て、宗介は「やはり自分の考えは間違っていない」と確信する。
 
 今回の呪いは、存在してはいけないはずの一人の少女――その惨めで哀れな宿命が招いた悲劇なのだ、と。


「ちょ、ちょっと待って、宗介君! 乃恵ちゃんが……凶巫? で、でも、凶巫は……」
 

 後ろにいた光が戸惑いの声をあげる。


「まあ、お前が混乱するのも無理はねえよ。だから、順番に解いていこう。お前の疑問を解く鍵は『オワラ様の死因』にある」
「オワラ様の死因? 言い伝えの中だと、ジゴクマダラとの戦いの後、戦いで受けた傷がたたって、すぐに亡くなってしまったんだよね。……普通に考えると、『人を呪わば穴二つ』で自分自身も呪いに蝕まれてしまった、とか?」
 

 光の意見は一応筋が通っている。呪いは危険物だ。扱いを間違えば、仕掛けられる方だけでなく、仕掛ける方にも命の危機が及ぶ。


「普通に考えればな。だけど、胸糞悪い奴だが、オワラ様は抜きん出た才能を持つ呪術師だ。自分の生み出した呪術に飲み込まれるようなヘマはしないだろう。だが、才気と狂気は紙一重。呪術師としての高みを目指したオワラ様は、狂った科学者の如く、ある『禁忌』に手を伸ばしたんだ」
「禁忌……?」
「交わったんだよ。凶巫と」
 

 光は「え」と驚きの声を上げ、右手を口元に持ってきた。
 
 凶巫は神に選ばれた特別な人間。だが、普通に生きていくだけならば、常人と何も変わらない。その辺りによくいる『健康で長生きな人』と大差ないのだ。
 
 しかし、穢れを溜め込んだ場合は事情が異なってくる。それは最早、普通の人ではなく、穢れの塊なのだ。例えるなら、有益だが放射能のリスクを伴う原子炉みたいなもの。故に、身の内に溜め込んだ穢れが外へ漏れ出ることは、何としても防がなければならなかった。
 
 そのため、凶巫となった者との性交は固く禁じられていた。交配者の命が危険に晒されることもあるが、凶巫の穢れが次の世代に残されることを、当時の人は何より危惧したのだ。人の穢れから生まれ落ちる子――その化け物は必ずや大きな災厄をもたらす、と。
 
 だから、凶巫は一代限りで、溜め込んだ穢れと共に天に還るのが定めとされていた(引き換えに、凶巫となった者には、生涯を通して不自由のない暮らしが約束されていた)。


「凶巫の産み出す化け物――呪いの果てを見てみたかったんだろうな。まさに狂気の沙汰……だけど、こう考えると、色々と辻褄が合ってくるんだ」
「連れていた凶巫と交わってしまったから、オワラ様は急死した。でも、オワラ様が編み出した呪術は凶巫と……その時に宿った凶巫の子によって継承されていった。そして、現代における凶巫の子孫が、乃恵ちゃん……」
 

 宗介の思考を先読みしたように語る光。どうやら、光は光で宗介が眠っていた間に、随分と成長したらしい。ここへ来てようやく、年上らしい頼もしさを少しだけ感じた。
 
 一方で、乃恵は否定も肯定もせず、ただただ視線を床へと落としていた。


「で、でも、どうして宗介君は、呪いを掛けているのが乃恵ちゃんだって思ったの?」
「お前から話を聞いて、色々思うところがあったのは事実だ。でも、一番は『俺だけ』が呪いをもらったからだな」
「えっ? どういうこと?」
「不思議に思わなかったか? 俺たちは、細入村に来てからほとんど一緒に行動していた。それなのに、どうして俺だけが呪いをもらい、お前は何ともなかったのか」
 

 光は「そういえば……」と言って、視線を宙に彷徨わせる。


「俺が呪いをもらったのは、初日の深夜。佐々村家を訪れてからそれまでの行動で、俺とお前のどこに違いがあった?」
「……あっ、ひょっとして、宗介君が美守ちゃんに腕を噛まれたこと?」
 

 閃いたとばかりに答える光だが、宗介は首を横に振る。


「最初に言ったが、これはターゲット指定型の呪いだ。感染型なら噛みつかれたことが原因になるだろうが、今回は美守の行動が呪いの発動条件になることはない。思い出してみろ。もっと単純なことだ」
「単純なこと――――あっ!!」
 

 何かを思い出したように、光は大きな目を更に見開いた。


「私……夕飯を食べなかった」
 

 それを聞いた宗介は「正解」という意味を込めて、光に笑みを返す。


「そのことと、今あいつがやろうとしていたことを考えれば、答えは見えてくるだろ?」
 

 乃恵の手に握られた果物ナイフ。今は腕を下げているが、彼女は先ほどまで自分の手首に刃を当てていた。手首を切るつもりだったのは、一目瞭然だ。


「ま、まさか自分の血を料理に……?」
「その通りだ。時を経ることで、オワラ様が残した呪術も進化したってことだな。術者の血を木箱に加えることで、血を媒介にしてターゲット指定で呪い発動させる。なかなかえげつない術式を考え付ついたもんだ」
 

 あの日、夕食の配膳は全て乃恵がやっていた。
 
 そして、美守の世話をやっていたのも乃恵。彼女なら美守の食事に混ぜて自分の血を与え続けることも可能だっただろう。


「しかし、大したもんだよ。ここまで俺たちを手玉に取るなんてさ。相手が俺じゃなかったら、お前の筋書き通りに事が運んでいただろうぜ」
 

 乃恵にとって、宗介たち除霊師は邪魔者でしかない。おそらく、宗介が「美守を除霊できる」と宣言した時に排除することを決めたのだろう。そして、夕飯に血を混入した。
 
 今にして思えば、その後の風呂場での出来事も涼子の差し金ではなかったのかもしれない。「呪いの発動条件は満たした。でも、念のため……」という思惑を持って、乃恵が宗介に近づいてきた可能性は十分に考えられる。もし、あの場面で、凶巫である乃恵に手を出していたら……。つまりは、入浴シーンに似つかわしくない死神の鎌が、あの時宗介の喉にあてがわれていたということになる。もっとも、それはお互い様なのだが。
 
 美守の部屋で見つけたお札の切れ端。あれも考えてみれば、不自然なほどあっさりと見つかった。おそらく、なかなか倒れない宗介たちに焦れてきた乃恵は、あの段階で計画を変更したのだろう。


「呪いが効かないのなら、いっそ木箱を発見させてしまおう。少し手間だが、こいつらが除霊を終えて帰ってから、また呪術を再開すればいい」と。
 
 故に、ヒントとなるお札の切れ端を、分かりやすい場所に置いた。その後すぐに宗介が倒れたことは、乃恵にとっては誤算だっただろうけれど。
 
 だが、光は除霊を続けると宣言した。そこで、乃恵は変更した計画に従い、光に祠の場所を教えた。乃恵にしてみれば、光が祠で亡霊に殺されようが、無事に木箱を取って戻ってこようが、どちらでも良かったのだ。戻ってきたのなら、今のように再度呪術を組み上げればいいのだから。


「でも、分からないよ。どうして……どうして乃恵ちゃんが美守ちゃんに呪いを掛けるの?」
 

 光は叫ぶように乃恵を問い詰める。呪いの動機。それを知りたいと思うのは当たり前だ。


「答えてよ! 乃恵ちゃんは美守ちゃんのことを『本当のお姉ちゃん』みたいに思っていたんでしょ? あれも嘘だったの? それとも、やっぱり涼子さんのせいなの? でも、だからって娘の美守ちゃんには何の罪も――」
「黙れ」
 

 それは身を切るような鋭く冷たい声だった。



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