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悲哀の少女
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「お前たちには関係ない。呪ってやりたかったから呪ってやった。それだけよ」
顔を上げた乃恵の瞳には、底知れぬ憎悪が滲んでいる。
その目に気圧されたのか、光はそれ以上言葉を紡げない。
だが、宗介は動じなかった。
「まあ、確かにお前の言う通り、俺たちには関係ないことだな。だから、これは俺の勝手な憶測で独り言だと思ってくれ。お前が美守に呪いを掛けたのは、きっと様々な理由が絡み合ってのことなんだと俺は考えている。でも、お前が呪術に手を染めたきっかけは……『猛さんに想いを告げられたこと』なんじゃないのか?」
その瞬間、乃恵の顔が凍りついた。
どうやら宗介の考えは、あながち間違いではなかったらしい。
「ちょ、ちょっと待って! 意味が分からないよ! 振られたのならまだしも、想いを告げられたことが呪いに繋がるってどういうことなの?」
普通に考えれば、矛盾して聞こえるだろう。だが、状況は最早、何一つまともではないのだ。宗介の予想が正しいのならば、この佐々村家はすでに全てが狂い、全てが壊れている。
「その辺りの事情を把握するには、机の上に置いてある封筒を見た方が早いと思うぜ。……見てもいいよな?」
尋ねても、乃恵に反応はなかった。
宗介はその態度を「イエス」と解釈し、勝手に机の上にある封筒を手に取る。
茶封筒を逆さにすると、大量の髪の毛が滑り落ちてきた。さらに、髪の毛に絡まるようにして、爪と歯も混ざっている。
「な、なにこれ……?」
「亡くなった母親の形見……ってところなんだろ?」
宗介が問い掛けても、乃恵は何も答えない。
けれど、その沈黙が、是であることを告げていた。
「あっ!」
その時、光が何かを思いついたように声をあげる。
「どうした?」
「髪に爪に歯。全部、私が洞穴で見た女の人に欠けていた部分だ。私があの時見た女の亡霊ってもしかして……」
「こいつの母親だったんだろうな」
乃恵と同様に、彼女の母親もまた凶巫。その身体の一部が用いられるのだから、強力な呪術にならないわけがない。
そして、宗介は袋の中に残っていた一枚の紙を取り出す。
それは、黄ばんだ便箋だった。母親が乃恵に宛てたものだろう。
折られた便箋を開くと、その冒頭は、
『乃恵へ 私はあなたを産んだことを後悔しています』
という一文で始まっていた。
『あなたがこの手紙を理解できる頃には、私たちの血が如何に呪われたものであるのかを、身をもって実感していることでしょう。この血は私で終わりにすべきでした。それなのに、私はあなたという存在を残してしまった。死にゆく今、あなたの存在だけが私の遺恨です。
乃恵、あなたのお父さんを殺したのは私です。私の血が、私の弱さが、あの人を殺しました。不幸にしかならない結末は分かっていたのに、私は孤独に耐えきれず、あの人を受け入れてしまった。いえ、受け入れたなんて言葉は都合が良過ぎますね。私は自らの宿命から目を逸らし、逃げ出してしまったのです。そして、あなたという呪われた存在をこの世に産み出してしまった。本当に悔恨の念で一杯です。
私にはもう、これ以上生きていく気力が残っていません。母親失格ですね。でも、私はあなたに赦しを請うことはしません。あなたにもいずれ分かります。私も、あなたも、この世の中に必要のない人間。誰も愛せず、愛されてもいけない存在。今のあなたなら、きっとこの意味が分かりますね?
もし、あなたがこの先も生きていくつもりなら、死ぬまで孤独に耐えねばなりません。この手紙と一緒に私の一部を入れておきます。これが母親として、呪われた血の末裔として、あなたのためにできる精一杯のことです。
それでもあなたが生きようとする未来に光が差し込むことは決してないでしょう。生ある限り、あなたに待っているのは辛苦だけ。だから、いつでもこっちにいらっしゃい。我慢することなんてないの。死んでもいいのよ。死んでもいい、死んでも、死んで、死ね、死ね、死ね、しね、しね……』
手紙の最後は、文字が殴り書きされたようになっていて、読み取ることができなかった。
文面から察するに、これは遺書なのだろう。
しかし、その遺書から伝わってくるのは、残していく娘を案ずる気持ちではなく、徹底的なまでの乃恵に対する殺意と後悔の念だ。
ふと隣にいる光の顔を覗くと、彼女の顔からは血の気が失せてしまっていた。
「酷い……お母さんなのに……」
「母親と言えど、一人の人間だ。孤独や寂しさ、そして最愛の人を殺してしまった罪の意識から、次第に精神を病んでいったんだろうな」
悲しい最期だ、と宗介は思う。
乃恵の母親は、凶巫の血をすごく憎んでいたのだろう。だが、どんなに憎もうとも、拒絶しようとも、母親も乃恵も生まれた瞬間から凶巫なのだ。生まれてすぐに母親を失っている宗介には、その辛さが良く理解できた。
「で、でも、この手紙とさっきの猛さんの話がどう繋がるの?」
「手紙の中に出てきたこいつの父親。もう亡くなっているわけだが、心当たりがないか?」
「心当たり? 父親……もう亡くなっている――えっ!? ちょ、まさか、嘘でしょ!?」
光もすぐにある人物が頭に浮かんだようだ。
「美守ちゃんのお父さん……?」
「そう考えれば、あの夜、お前が見たっていう涼子と乃恵のやり取りや、二人のとても良好とは言えない関係も理解できるだろ。涼子は自分の夫が乃恵の母親と浮気していたことに気付いていたんじゃないか?」
流石に乃恵が妾の子とまでは、涼子も思っていなかっただろう。
しかし、女の勘は恐ろしいとも聞く。
確証はないながらも、心のどこかでその可能性も考慮していて、その気持ちが態度に表れてしまっていたのかもしれない。
「そ、それじゃあ、乃恵ちゃんと美守ちゃんは異母姉妹で、猛さんとは……」
「猛さんから見れば、兄の娘。つまり、叔姪の関係になるな。三親等内の傍系血族。法律的に言えば、『近親婚』に含まれる範囲だ。主とメイドどころじゃない。リアルに禁断の恋だったってわけさ」
乃恵は、自分の父が佐々村大和であることを知っていた。故に、叔父である猛からの好意を拒み続けるしかなかった。もっとも、血の繋がりなどなくても、猛の好意を受け取ることは、凶巫の宿命が許さないのだが。
「こいつが置かれている状況は、赤の他人である俺から見ても明らかに異常だ。想いを寄せてくれる人は、血の繋がった叔父。しかも、向こうはその事実を知らない。当然、言えるわけもない。そして、その愛を受け入れたところで、待っているのは絶望だけ。猛さんに迫られる度に、自分は愛されることも愛することもできない存在だと痛感させられていたはずだ。更に、涼子には虐げられ、視線を移せば腹違いの姉である美守が幸せそうに日々を過ごしている。歪んだ日常が『破滅願望』をもたらしたとしても不思議じゃない」
そこまで話して、宗介は一度ちらりと乃恵に視線を送る。相変わらず口を開く気配はない。だが、小さな肩が少しだけ震えていた。まるで、溢れてくる感情を必死に抑えているかのように。
「破滅願望……だから、呪術に手を……?」
光は「理解できない」といった面持ちで呟く。彼女の価値観に照らし合わせると、乃恵の取った行動は狂っているように見えるのだろう。
苦しければ助けを求めればいい。辛ければ声をあげればいい。必ず手を差し伸べてくれる人はいるのだから、自分の苦しさを紛らわすために破滅を望むなんて間違っている。
それは紛れも無い正論で、素晴らしい考えだと思う。しかし、それは人に囲まれ、人の優しさに触れながら生きてきた人間の考えでもある。
孤独を宿命付けられた怪物にその考えは通用しない。差し伸べられた暖かい手を、冷たい死者の手へ変えることしかできないのだから。
「理解しがたいなら、こいつも精神崩壊を起こし掛けていたと解釈するといい。それでも、頑張って正気を保とうとしていた方だと思うけどな。高校に通わなかったのも、佐々村家への恩返しなんかじゃなくて、人間との接触を極力避けるためだったんだろう」
人間、特に男は未知なるものに憧憬を抱き、引きつけられる習性がある。故に、乃恵が持っていた不思議な魅力――凶巫のオーラに惹かれてしまう男子も多かったのだろう。そういう意味では、浮気に走った佐々村大和も凶巫の魅力にあてられた一人と解釈できる。
「でも、そうした人を遠ざける努力も虚しく、猛さんに想いを告げられてしまう。これは、俺の勝手な推測だが、それが起こったのは十六歳を迎えた日だったんじゃないか?」
「そういえば、乃恵ちゃんは今年の春で十六になったって言ってたね」
「女にとっては、一つの節目の年齢だろ? 十六っていうのはさ」
「節目……そうか! 婚姻が可能になる年齢だ」
本当に、そんなことがあったのかは分からないし、例えそうだとしても猛に含むところがあったのかは定かではない。だが、ずっと同じ屋根の下で暮らしてきた叔父に、十六になった途端「一緒に家を出よう」と言われたのだ。乃恵でなくても、相手が自分をどうしたいのか想像してしまうだろう。
「猛さんの想いに触れた時は、一瞬で様々な妄想が頭の中を駆け巡っただろうさ。無論、承諾などできない。でも、かと言って、自分の立場を考慮すると、きっぱり拒絶することもできない。こうして、言葉を濁しつつストレスフルな生活が始まった。もうここまでくると、壊れるのは時間の問題だっただろう」
人間は苦しみから逃れるために、酒やドラッグを使用する。考えようによっては、逃げ場のない乃恵にとって、母親の残した呪術だけが最後の拠り所だったのかもしれない。
「呪術を組み上げたものの、最初は半信半疑だった。だから、試してみることにしたんだ。その相手として選ばれたのが、佐々村家で庭師をしていた男。たまたま選んだのか、それとも何か私怨があったのかは知らないが、とにかく呪いが本物だと判明した。なにせ、相手が死んだんだからな。そんな中で、今度は一人の若者が佐々村家を訪れた。そして、すぐに美守と親しくなった。こいつにしてみれば面白いはずがない。自分が悩み苦しんでいるのに、すぐ傍に愛を育んでいる二人がいるんだからな。だから、二人にも呪いを掛けようと決めた。とまあ、こんなところが俺の推理なんだが、いかがなものかな?」
宗介が尋ねても、やはり乃恵からの返事はない。
だが、一瞬間を置いて――。
「……ふふ……ははは、あーはっはっはっはっ!」
乃恵は顔に手を当てて笑い始めた。
顔を上げた乃恵の瞳には、底知れぬ憎悪が滲んでいる。
その目に気圧されたのか、光はそれ以上言葉を紡げない。
だが、宗介は動じなかった。
「まあ、確かにお前の言う通り、俺たちには関係ないことだな。だから、これは俺の勝手な憶測で独り言だと思ってくれ。お前が美守に呪いを掛けたのは、きっと様々な理由が絡み合ってのことなんだと俺は考えている。でも、お前が呪術に手を染めたきっかけは……『猛さんに想いを告げられたこと』なんじゃないのか?」
その瞬間、乃恵の顔が凍りついた。
どうやら宗介の考えは、あながち間違いではなかったらしい。
「ちょ、ちょっと待って! 意味が分からないよ! 振られたのならまだしも、想いを告げられたことが呪いに繋がるってどういうことなの?」
普通に考えれば、矛盾して聞こえるだろう。だが、状況は最早、何一つまともではないのだ。宗介の予想が正しいのならば、この佐々村家はすでに全てが狂い、全てが壊れている。
「その辺りの事情を把握するには、机の上に置いてある封筒を見た方が早いと思うぜ。……見てもいいよな?」
尋ねても、乃恵に反応はなかった。
宗介はその態度を「イエス」と解釈し、勝手に机の上にある封筒を手に取る。
茶封筒を逆さにすると、大量の髪の毛が滑り落ちてきた。さらに、髪の毛に絡まるようにして、爪と歯も混ざっている。
「な、なにこれ……?」
「亡くなった母親の形見……ってところなんだろ?」
宗介が問い掛けても、乃恵は何も答えない。
けれど、その沈黙が、是であることを告げていた。
「あっ!」
その時、光が何かを思いついたように声をあげる。
「どうした?」
「髪に爪に歯。全部、私が洞穴で見た女の人に欠けていた部分だ。私があの時見た女の亡霊ってもしかして……」
「こいつの母親だったんだろうな」
乃恵と同様に、彼女の母親もまた凶巫。その身体の一部が用いられるのだから、強力な呪術にならないわけがない。
そして、宗介は袋の中に残っていた一枚の紙を取り出す。
それは、黄ばんだ便箋だった。母親が乃恵に宛てたものだろう。
折られた便箋を開くと、その冒頭は、
『乃恵へ 私はあなたを産んだことを後悔しています』
という一文で始まっていた。
『あなたがこの手紙を理解できる頃には、私たちの血が如何に呪われたものであるのかを、身をもって実感していることでしょう。この血は私で終わりにすべきでした。それなのに、私はあなたという存在を残してしまった。死にゆく今、あなたの存在だけが私の遺恨です。
乃恵、あなたのお父さんを殺したのは私です。私の血が、私の弱さが、あの人を殺しました。不幸にしかならない結末は分かっていたのに、私は孤独に耐えきれず、あの人を受け入れてしまった。いえ、受け入れたなんて言葉は都合が良過ぎますね。私は自らの宿命から目を逸らし、逃げ出してしまったのです。そして、あなたという呪われた存在をこの世に産み出してしまった。本当に悔恨の念で一杯です。
私にはもう、これ以上生きていく気力が残っていません。母親失格ですね。でも、私はあなたに赦しを請うことはしません。あなたにもいずれ分かります。私も、あなたも、この世の中に必要のない人間。誰も愛せず、愛されてもいけない存在。今のあなたなら、きっとこの意味が分かりますね?
もし、あなたがこの先も生きていくつもりなら、死ぬまで孤独に耐えねばなりません。この手紙と一緒に私の一部を入れておきます。これが母親として、呪われた血の末裔として、あなたのためにできる精一杯のことです。
それでもあなたが生きようとする未来に光が差し込むことは決してないでしょう。生ある限り、あなたに待っているのは辛苦だけ。だから、いつでもこっちにいらっしゃい。我慢することなんてないの。死んでもいいのよ。死んでもいい、死んでも、死んで、死ね、死ね、死ね、しね、しね……』
手紙の最後は、文字が殴り書きされたようになっていて、読み取ることができなかった。
文面から察するに、これは遺書なのだろう。
しかし、その遺書から伝わってくるのは、残していく娘を案ずる気持ちではなく、徹底的なまでの乃恵に対する殺意と後悔の念だ。
ふと隣にいる光の顔を覗くと、彼女の顔からは血の気が失せてしまっていた。
「酷い……お母さんなのに……」
「母親と言えど、一人の人間だ。孤独や寂しさ、そして最愛の人を殺してしまった罪の意識から、次第に精神を病んでいったんだろうな」
悲しい最期だ、と宗介は思う。
乃恵の母親は、凶巫の血をすごく憎んでいたのだろう。だが、どんなに憎もうとも、拒絶しようとも、母親も乃恵も生まれた瞬間から凶巫なのだ。生まれてすぐに母親を失っている宗介には、その辛さが良く理解できた。
「で、でも、この手紙とさっきの猛さんの話がどう繋がるの?」
「手紙の中に出てきたこいつの父親。もう亡くなっているわけだが、心当たりがないか?」
「心当たり? 父親……もう亡くなっている――えっ!? ちょ、まさか、嘘でしょ!?」
光もすぐにある人物が頭に浮かんだようだ。
「美守ちゃんのお父さん……?」
「そう考えれば、あの夜、お前が見たっていう涼子と乃恵のやり取りや、二人のとても良好とは言えない関係も理解できるだろ。涼子は自分の夫が乃恵の母親と浮気していたことに気付いていたんじゃないか?」
流石に乃恵が妾の子とまでは、涼子も思っていなかっただろう。
しかし、女の勘は恐ろしいとも聞く。
確証はないながらも、心のどこかでその可能性も考慮していて、その気持ちが態度に表れてしまっていたのかもしれない。
「そ、それじゃあ、乃恵ちゃんと美守ちゃんは異母姉妹で、猛さんとは……」
「猛さんから見れば、兄の娘。つまり、叔姪の関係になるな。三親等内の傍系血族。法律的に言えば、『近親婚』に含まれる範囲だ。主とメイドどころじゃない。リアルに禁断の恋だったってわけさ」
乃恵は、自分の父が佐々村大和であることを知っていた。故に、叔父である猛からの好意を拒み続けるしかなかった。もっとも、血の繋がりなどなくても、猛の好意を受け取ることは、凶巫の宿命が許さないのだが。
「こいつが置かれている状況は、赤の他人である俺から見ても明らかに異常だ。想いを寄せてくれる人は、血の繋がった叔父。しかも、向こうはその事実を知らない。当然、言えるわけもない。そして、その愛を受け入れたところで、待っているのは絶望だけ。猛さんに迫られる度に、自分は愛されることも愛することもできない存在だと痛感させられていたはずだ。更に、涼子には虐げられ、視線を移せば腹違いの姉である美守が幸せそうに日々を過ごしている。歪んだ日常が『破滅願望』をもたらしたとしても不思議じゃない」
そこまで話して、宗介は一度ちらりと乃恵に視線を送る。相変わらず口を開く気配はない。だが、小さな肩が少しだけ震えていた。まるで、溢れてくる感情を必死に抑えているかのように。
「破滅願望……だから、呪術に手を……?」
光は「理解できない」といった面持ちで呟く。彼女の価値観に照らし合わせると、乃恵の取った行動は狂っているように見えるのだろう。
苦しければ助けを求めればいい。辛ければ声をあげればいい。必ず手を差し伸べてくれる人はいるのだから、自分の苦しさを紛らわすために破滅を望むなんて間違っている。
それは紛れも無い正論で、素晴らしい考えだと思う。しかし、それは人に囲まれ、人の優しさに触れながら生きてきた人間の考えでもある。
孤独を宿命付けられた怪物にその考えは通用しない。差し伸べられた暖かい手を、冷たい死者の手へ変えることしかできないのだから。
「理解しがたいなら、こいつも精神崩壊を起こし掛けていたと解釈するといい。それでも、頑張って正気を保とうとしていた方だと思うけどな。高校に通わなかったのも、佐々村家への恩返しなんかじゃなくて、人間との接触を極力避けるためだったんだろう」
人間、特に男は未知なるものに憧憬を抱き、引きつけられる習性がある。故に、乃恵が持っていた不思議な魅力――凶巫のオーラに惹かれてしまう男子も多かったのだろう。そういう意味では、浮気に走った佐々村大和も凶巫の魅力にあてられた一人と解釈できる。
「でも、そうした人を遠ざける努力も虚しく、猛さんに想いを告げられてしまう。これは、俺の勝手な推測だが、それが起こったのは十六歳を迎えた日だったんじゃないか?」
「そういえば、乃恵ちゃんは今年の春で十六になったって言ってたね」
「女にとっては、一つの節目の年齢だろ? 十六っていうのはさ」
「節目……そうか! 婚姻が可能になる年齢だ」
本当に、そんなことがあったのかは分からないし、例えそうだとしても猛に含むところがあったのかは定かではない。だが、ずっと同じ屋根の下で暮らしてきた叔父に、十六になった途端「一緒に家を出よう」と言われたのだ。乃恵でなくても、相手が自分をどうしたいのか想像してしまうだろう。
「猛さんの想いに触れた時は、一瞬で様々な妄想が頭の中を駆け巡っただろうさ。無論、承諾などできない。でも、かと言って、自分の立場を考慮すると、きっぱり拒絶することもできない。こうして、言葉を濁しつつストレスフルな生活が始まった。もうここまでくると、壊れるのは時間の問題だっただろう」
人間は苦しみから逃れるために、酒やドラッグを使用する。考えようによっては、逃げ場のない乃恵にとって、母親の残した呪術だけが最後の拠り所だったのかもしれない。
「呪術を組み上げたものの、最初は半信半疑だった。だから、試してみることにしたんだ。その相手として選ばれたのが、佐々村家で庭師をしていた男。たまたま選んだのか、それとも何か私怨があったのかは知らないが、とにかく呪いが本物だと判明した。なにせ、相手が死んだんだからな。そんな中で、今度は一人の若者が佐々村家を訪れた。そして、すぐに美守と親しくなった。こいつにしてみれば面白いはずがない。自分が悩み苦しんでいるのに、すぐ傍に愛を育んでいる二人がいるんだからな。だから、二人にも呪いを掛けようと決めた。とまあ、こんなところが俺の推理なんだが、いかがなものかな?」
宗介が尋ねても、やはり乃恵からの返事はない。
だが、一瞬間を置いて――。
「……ふふ……ははは、あーはっはっはっはっ!」
乃恵は顔に手を当てて笑い始めた。
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