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第二話「ちょいとドジ踏んじまいましてね。バジリスクにやられたんです」
しおりを挟む王都から離れて少し行った先の村に建つ、古い一軒屋。
そこから、男の悲鳴のような、情けない声が聞こえていた。
「あいたぁ!? ……あ、いや、そのう……すみません……」
「いえいえ」
男の腕に、傷薬をぺたぺたと塗りながら、シュネーは「大丈夫ですよ」と首を横に振った。
色々な傷に聞くこの塗り薬は、シュネーがこの家の外にある畑で育ている薬草で作ったものだ。師匠の代から大事にしてきたものを、シュネーが受け継ぎ育てている。
「これ結構、沁みますから。ごめんなさいね」
「いや、本当、手当てをして貰えるとは思わなかったので、有難いです……」
痛みを堪えながら、男は眉尻を下げながら笑った。
彼は先ほどシュネーが馬車の窓から見た、転んで木箱に突っ込んでいた男である。
名前をスタッグと言った。
あの後、シュネーは馬車から飛び降りると、木箱に埋もれたスタッグを引っ張り上げたのだ。
普段、畑仕事もしているシュネーは、見た目よらず意外と腕力がある。
そこに火事場の馬鹿力もプラスされ、何とかスタッグを救出する事に成功したのだ。
だが、辺りは酷い有様だった。
木箱のほとんどは大破し、中からは果物が転がり出て、潰れ。その潰れた果物でスタッグは染まったまま、ぐるぐると目を回して気絶していた。
混沌である。
その近くでは、果物の持ち主である商人が、頭を抱えて泣きそうな顔をしていた。いや、事実、泣いていた。
それはそうだろう、売り物を一瞬で駄目にされたのだ。怒る以上に悲しかったに違いない。
あまりに悲壮なその姿に、シュネーは思わず、依頼で得た報酬で駄目になった果物を全て購入した。
商人はびっくりした顔をしていたが、泣きながら喜んでくれた。だが、どう見ても他人のシュネーの行動に、それだけでは悪いと、無事な果物もたくさんつけてくれた。
財布の中身は大変寂しくなったが、気持ちは晴れやかだった。先ほどまで沈んだ心が「ありがとう」の言葉で掬われた気がしたのだ。
さて、それで、スタッグの事だが。
そのまま放置しておくわけにもいかず、一緒に馬車に乗せた――――のだが。
御者はあまり良い顔はしなかった。何せ、もとがボロボロな上に、さらに果物で汚れた不審者だ。それを自分の馬車に乗せるのには抵抗感があったのだろう。
だが、シュネーがコールマンの身内だという事も分かっているので、彼の妹弟子であるシュネーの頼みを無下にできず、しぶしぶと言った形で乗せてくれた。
そうして家に到着したあと、シュネーが手間賃として御者にお金を少し渡すと、機嫌を直してくれたのだが。
帰って行く馬車を見送りながら、シュネーは「あとで兄さんに謝っておこう」と思った。
そんな事をしていると、ようやくスタッグが目を覚ましたのだ。
辺りを見回しながら、不思議そうにしているスタッグ。
まぁ、それはそうだろう。先ほどとは明らかに違う場所にいるのだ。
そうしてキョロキョロしているスタッグと、シュネーは目が合った。
挨拶をしてようとして、シュネーは思った。
もし、かどわかしなどと思われたらどうしようか、と。
なのでシュネーが慌てて事情を説明すると、
「ごごごご迷惑をお掛けしました……! 本当に、本当にご迷惑お掛けしました……!」
とスタッグは流れような動作で居住まいを整え、両手を地面につけ、額を擦りつけた。
リヴィエール王国に伝わる謝罪方法の一種で「土下座」と言う。その中で、割と上の方にあたる。
それを見て、逆にシュネーが青ざめた。
何と言っても、スタッグが土下座をしたのは、彼女の家の玄関口である。
シュネーの家が、いくら村の外れにあって、人目には付きにくいと言っても、誰かに目撃される可能性はある。そうなったら、さすがに外聞が悪い。
なのでシュネーは土下座するスタッグに飛びつくと、
「大丈夫です! 大丈夫です!」
と、半泣きで繰り返し、何とか立たせて家に入って貰ったのだ。
シュネーがほっとしながらスタッグを見上げると、彼は傷だらけだった。それもそうだろう、何せ木箱に突っ込んだのだ。あちこちに切り傷や擦り傷が出来ている。
手当をしなければ、とシュネーは思った。だが、如何せんスタッグの格好は酷いものだ。
このままでは傷口に何か良くないものでも入るかもしれない。そう思ったので、先に風呂で汚れを落として貰う事にしたのだ。
そうして、ようやくサッパリした所で、こうして手当始めた、というわけである。
「本当にご迷惑をお掛けしまして……」
手当を受けながら、申し訳なさそうにスタッグは言う。
何度目かのその言葉に、シュネーは首を横に振って苦笑した。
「本当に大丈夫ですよ。……はい、これで完了です」
そう言って離れると男は包帯を巻かれた自分の腕を見て、少し照れたような表情になった。
何だか嬉しそうにも見える。
「ありがとうございます。いやぁ、本当にご迷惑を……」
「スタッグさん」
「おっと、すみません」
再び謝ろうとしたスタッグに、シュネーが声を掛ける。
あっと気付いたスタッグは肩をすくめる。
謝るのがクセなのだろうか。大柄のスタッグが、何だか小動物のように見えて、シュネーは微笑んだ。
そうして笑うシュネーにつられて、スタッグも頭の後ろに手を当てて笑った。
「いやぁ、王都なんて久しぶりに来たもんで、ついついぼんやりしていました」
そう言ってスタッグが話していると、不意に彼のお腹の虫がぐう、と鳴いた。
その音にスタッグが赤くなる。
「…………その、お腹も空いて、おりまして」
言い辛そうに言うスタッグに、それが何だか可愛くてスノーは噴き出した。
可愛いな、と思ってしまったのだ。大人の男性に可愛いなんて言うのは失礼だと思ったが、どうしても堪えられなかった。
シュネーは笑顔のまま立ち上がると、
「ちょうど夕飯にもなりますから、何か作りますね」
と言って、台所へと向かう。スタッグは顔をかいて「はい」と、申し訳なさそうに、でも楽しみな様子で頷いた。
◇ ◇ ◇
それから一時間ほどたったあと。
窓の外に見える空は、黄昏の色に染まっている。まもなく夜だろう、空の端が夜の紺色に染まり始めていた。
そんな時間に、少し早くはあるが、シュネーとスタッグは向かい合って夕食を食べていた。
今日の夕食はベーコンとジャガイモのミルクスープに、焼きたてのパンである。
スタッグがいるので、スープの具材はいつもより大きく切られている。
シュネーが「おかわりはたくさんありますから」と言うと、スタッグは目を輝かせていた。
スタッグは、本当にお腹が空いていたのだろう。大きな口でもぐもぐとスープやパンを食べては、幸せそうな顔をしている。
見事な食べっぷりである。
自分の家で、誰かと一緒に向かい合って食事など久しぶりで、シュネーは楽しく思った。
そうしていると、ふと、そう言えばスタッグは王都まで何を師に来たのだろうと思った。
あんなにボロボロで、お腹も空いていてふらふらで、そうまでして来なければならない用事があったのだろうか。
放っておけなくて連れてきてしまったが、急用でもあったらどうしよう。そう思ったので、シュネーはスタッグに聞いてみる事にした。
「そう言えば、スタッグさんは王都に何か御用時でも?」
「ええ、はい。そうなんですよ」
スタッグは食べるとめ、頷く。
「いやぁ、その、王都には腕の良い魔法使いさんがいらっしゃるって聞いたんで」
魔法使い。
その言葉に、シュネーはぴくりと反応した。
先ほどまでのほんわりとした気持ちが、急速にしぼんでいくのを感じながら、シュネーはさらに聞く。
「……えっと、差支えないようでしたら魔法使いにどんな用事があったのか、お伺いしても?」
シュネーの声は先ほどと比べて、やや暗い。
その事に気が付いたスタッグは少しだけ首を傾げつつ答える。
「その、実は……お嬢さんに見せると、怖がらせてしまうかもしれないですが。自分、腕が、こうなっちまいまして」
スタッグはそう言うと、シュネーが手当てをした腕とは逆の、右腕の袖をめくった。
それを見てシュネーは目を見開いた。
スタッグの右腕、本来は肌色をしているはずのそこが、灰色に染まっていたからだ。
まるで石像のようだとシュネーは思った。
ちょうど、肩から肘くらいまでが、石のように変化している。
シュネーが視線を戻すと、スタッグは困ったような顔で笑った。
「ちょいとドジ踏んじまいましてね。バジリスクにやられたんです」
バジリスクとは全身が灰色の固い鱗で覆われたワニのような魔獣だ。
その容姿の不気味さもさることながら凶暴さでも有名で、目が合ったものを石化させる呪いを持っている。
スタッグの言葉通りならば、この腕はバジリスクの石化の呪いを受けた物だろう。
「石化している最中に何とか倒したんで、一部は止まったんですが、じわじわと進行していましてね。これを何とか治せないものかと思って、こうしてやって来たんです」
スタッグは左手で石化した腕を触る。
バジリスクの石化の呪いは、進行が早い。どのくらい前にこれを受けたのかは見ただけでは分からないが、せめて石化の進行を遅める為の応急処置をしないと、直ぐに全身が石になってしまう。
また忘れられるのは嫌だな、とか、そんな事を思って渋っている時間はない。
シュネーは立ち上がると、胸を叩いた。
「分かりました、その石化、治しましょう」
「え?」
「私、魔法使いなんです」
シュネーの言葉にポカンとしていたスタッグだったが、表情が明るくなるのがはっきりと分かった。
スタッグはそのままがしっと、動く左手でシュネーの手を掴み、ぶんぶんと上下に振る。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
痛いくらいに思い切りだ。
シュネーが少し涙目になっていると、それに気が付いたスタッグは慌てて手を放した。
「魔法を使うには、準備が必要でして。少しで良いので、お手伝いをして頂いても良いですか?」
「もちろんです! あっそれなら、村で宿を取ってきた方が良いですね」
「お金はあるんですか?」
「えっあっ……多少は、その……いや、働いて何とか……」
格好を見てシュネーは大体予想をしていたが、スタッグは無一文のようだ。
ならば、とシュネーは言う。
「うちに泊まって行けば良いですよ」
「え、い、いや、でも。僕みたいな不審者が、女性一人で住んでいる家にお邪魔になるには……」
確かに第三者から見れば不審者だろうが、今までのスタッグの様子を見るからに、それほど心配ないのでは、とシュネーは思った。
それ以外にも、魔法を使うために記憶を増やす必要があるため、出来れば近くにいて貰った方が有難いのが、大体の理由である。
もっと言えば、万が一何かあったとしても、魔法でどうにかできる。見た目は弱そうなシュネーであっても、そこだけは自信があった。
だが、スタッグは申し訳ないと遠慮するばかりだ。
「ならば、こうしましょう。女一人で住んでおりますので、用心棒として雇います」
シュネーは指をピンと立て、そう提案する。スタッグは目を瞬いた。
「用心棒ならば近くにいないとお仕事が出来ませんよね」
「いや、ええ、それはそうですが」
「それで、その報酬として、あなたの呪いを解きましょう。衣食住込みです、なかなかお手頃だとは思うのですが、如何ですか?」
神妙な顔で言うシュネー。
その様が面白かったようで、スタッグは噴き出した。
「ええ、はい、えっと。……では、それで、よろしくお願いします」
そして頭を下げると、スタッグは左手を差し出した。
大きな手だ。シュネーは、
「はい、よろしくお願いします」
と笑顔で言うと、その手を握り返す。
大きくて、温かい手だ。握手なんて久々だなぁと、シュネーは感慨深く思った。
「あっそう言えば」
「はい」
そこでふと、シュネーはスタッグはどこから来たのだろう、と思った。
何と言ってもスタッグの腕を石化させたのはバジリスクだ。
もしもこの近くであったなら、兄弟子のコールマンや、騎士団に報告すべき案件である。
なのでシュネーはスタッグに聞いた。
「スタッグさんはどちらからいらっしゃったんですか?」
「ああ、すみません。僕、故郷がないんですよ」
「えっあっ……す、すみません……!」
バジリスクの部分を抜けて聞いたら、思いの外、重い話が返って来てしまった。
これは申し訳ない事を聞いてしまったと、シュネーは慌てて謝る。
だがスタッグは気にした風ではなく、
「あ! いえいえ、そうじゃなくて、その。あるにはあるんですが、戻れないというか」
と言った。
シュネーは首を傾げる。
故郷に戻れないとは、どういう事だろうか。それこそ、何か重い事情があるのだろうか。
こちらも聞いてはいけないのかも、と思ってシュネーが思案していると、
「僕、海賊なんです」
と言って「いやぁ、ははは」と笑うスタッグに、シュネーは思わず咽た。
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