R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第1話 C棟(1日目) その2

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 織田流水、臼潮薫子、和泉忍の三人が仲良く会話しながら廊下を進む。
 窓から見える外の景色は、雲一つない青空の下で風に吹かれている草花が観察でき、遠くで鳥が颯爽と飛んでいた。
 本日は7月12日――水天一碧の快晴がとても心地よく、まるで天も<再現子>の旅立ちを祝福しているようだった。

 待ち合わせ場所である食堂の入口で二人の男が立っていた。

「やぁやぁっ! 心の準備は出来たかねっ!? 心残りはなくなったかなっ!?」と、太陽のように裏表のない意気軒昂たる声が響く。

「おいーっす、ちゃんと遅刻せずに来れたねー。無事に形見は置いてこれた?」と、満月のように物憂げで遊び心に溢れた声が聞こえる。

「死なないんだから置いてこないよッ!」と、織田流水が反論する。

「元気でよろしいっ!」と太陽のような男――葉高山蝶夏はたかやまちょうかは快活に笑って応えてくれた。

 からかった本人である満月のような男――矢那蔵連蔵やなくられんぞうは臼潮薫子と和泉忍の二人と「いえーい」とハイタッチをしている。


 葉高山蝶夏はかなり目を引く容姿である。
 ブーニーハット、パイロットゴーグル、長袖長ズボンに長靴、軍手も着用しており、全身で見える肌色の面積がハンカチ程度の広さしかない。
 ブーニーハットは枝や葉を満遍なく差しており、ブランチループが縫い付けられている。もしジャングルで彼と遭遇したら、周囲の樹木と同化してきっと気が付かないだろう。
 パイロットゴーグルは目線が見えないようにスモークレンズを使用しており、表情は真正面から見ても分からない。
 おまけに、全身至るところに虫眼鏡や双眼鏡、インスタントカメラ、方位磁石や懐中時計などの小道具をぶら下げている。
 服装や小道具から片鱗が見えるが、彼は〈冒険家〉の<再現子>である。ちなみに、将来の夢は<写真家>だ。


 和泉忍が葉高山蝶夏と矢那蔵連蔵の二人に質問する。
「二人はどうして中で落ち着かずに食堂前で立ち話をしているんだ? 暇なのか? それともスゴーく暇なのか?」
 その質問にもう一人の男――矢那蔵連蔵が答える。

「いや~、“待て”ができない子猫ちゃんが食堂から駆け足で出ていくのを目撃してね~。子猫じゃなくて猪だったのかなと思って確認したくて……追うか迷っていたんだよ~」と、矢那蔵連蔵が和泉忍を一瞥する。
 矢那蔵連蔵は和泉忍を揶揄しているのが明白だ。

 それに対し和泉忍は、力づくで押さえつける。
「そうだったのか! ならこれで安心したな! 私のような上品で気高く高貴な子猫は、その聡明さゆえの自立志向とその博愛さゆえの仲間想いを兼ね備えた、完全無欠の新時代型子猫なのだと!」

「「……ふふふ」」
 矢那蔵連蔵と和泉忍がお互いに笑みを浮かべる。矢那蔵連蔵は和泉忍を睨み続けるだけで、口酸っぱく言わないことを選んだようだ。

「アッハッハッハッ! 何を言っているのか分からないぞ、和泉くんッ!」
 織田流水と臼潮薫子が不安げに見守る中、葉高山蝶夏が空気を読まず大笑いをする。


 ところで――<公卿>の<再現子>である矢那蔵連蔵について紹介しよう。
 上は白黒チェック柄のカットソーと黒のジャケット、下はチノパンと革靴。全体的に寒色中心のスタイルだ。黒のショートヘアに差した銀色のメッシュと、右目下瞼にある水玉のタトゥーシールがチャームポイントだ。
 そして、その〈再現子〉のモデルの人物を裏切らず、文質彬彬とした美丈夫である。


「――さて、これで全員が揃ったね。さあ、君の分の紅茶も用意してあるから、見納めならぬ“飲み納め”でもしてくると良いよ」
 矢那蔵連蔵が織田流水を食堂に迎え入れる。

「皆思い思いのテーブルについて会話を楽しんでいるッ! 君も最後の時間を楽しむがいいぞッ!」
 食堂内に入る織田流水の背中を、葉高山蝶夏の声が叩く。

 食堂の中には、確かに14人の仲間たちがいた。この13ヶ月間、寝食を共にした大切な仲間たちがそこにいた。
「…………本当だッ!? 南北なんぼくさんがいる……ッ!?」
 織田流水が例の“引きこもり”である少女――南北雪花なんぼくせっかを見つけると、織田流水は本当に自分が最後だったんだと驚愕のあまりに唾を呑みこんだ。

「でしょ? ほんと、自分の目を疑っちゃうよね! “引きこもり”は返上だねッ!」
 臼潮薫子が笑顔を浮かべる。
「……まあ、たしかに……社会人になるしね……」
 織田流水は改めて、今日がだということを認識した。

「コバヤシ、私はロイヤルミルクティーで頼むぞ!」
「ちょっと、ナチュラルにパシらないのッ!」
 食堂に一歩踏み込んだ織田流水に、背後から和泉忍と臼潮薫子の声が響く。
 2人は食堂入口に残る様子だった。まだ立ち話をするらしい。

「君の我が儘な女王ぶりも、これで最後かと思うと……ぐすんっ、感慨もひとしおだなッ!」
「……そこで感動するのは不健全なんじゃない? 今だと食堂の空気吸っただけで泣き出すんじゃないの?」
 涙ぐむ葉高山蝶夏とからかう矢那蔵連蔵が加わった四人の賑やかな声に押され、織田流水は吹き出しそうになるのをこらえつつ、織田流水は紅茶を受け取ろうとキッチンに向かった。



 織田流水は、食堂の奥にある厨房で、ティーコージーに覆われて保温された状態の紅茶を淹れる。
 紅茶を手に織田流水は食堂に戻り、どのテーブルにつこうかと歩き廻る。

 食堂は、<再現子>19名全員が入ってもあまりあるほどの広さだった。おそらく『肉親係』計38名も問題なく入れるだろう。
 特筆すべき点としては、奥の厨房は食堂を通過しないと行けない点と、外側の壁はカーテンウォールで外の景色が丸見えであり、見晴らしがよいことが挙げられる。

 周囲を見回すと仲間たちが複数のグループに分かれて和気藹々とティーブレイクを満喫している。
 あるグループは歓談に花を咲かせており、また別のグループも茶菓子を囲んで駄弁っていた。そしてその中でも単独行動を好む幾人かは、文庫本を静かに読んでいたり、テーブルに伏して居眠りをしていたりと、好き勝手に暇潰しをしていた。

 彼らに共通して言えたことは、佇まいや身振り手振りの一つ一つが全て希望に満ち溢れていたことだ。
 『卒院式』の直前であり<再現子>たちの静かに浮足立った雰囲気を感じつつも、普段と変わらぬ日常を仲間たちが見せていた。

 織田流水はその様子に安堵する気持ちがある反面、今後の明るい未来が近付いているという期待感を持った。

 彼は食堂全域を広く見渡せる離れたテーブルに向かった。比較的会話の少ない男女二人組に近づいて一声かける。
「――ここ、座ってもいいかな?」

「どうぞ」と、眼鏡をかけた美女がテーブルに頬杖をついたまま快諾した。

「いいとも」と、同じく眼鏡をかけた大男が腕を組んだまま着席を促した。

 ありがとう、と織田流水は礼を言って二人から等距離の位置に着席する。
 織田流水は一口紅茶を飲む。目の前の二人のティーカップは既に空だった。

「…………」
「…………」
「…………」

 着席した織田流水に対して目もくれず、二人は沈黙を守る。

 他のテーブルの喧騒と比べた静けさに、織田流水がギャップのあまり胃もたれを起こしかけると――、

「集合時間までに全員が揃うなんて、そうそうないワンシーン。最後に珍しい映像を見られて一種の感動を覚えたわ」と、美女が周囲の仲間に視線を這わせて感慨深く言う。

「ああ、同感だ。彼らの……いや、我々のそうした気分屋な一面を思うと、嘆くべきか喜ぶべきか悩むところだが」と、男が眉を顰める。

「……ま、まあ、自分に素直な性格ということで……きっと彼らの良いところだよ……」と、織田流水がフォローすると、美女――白縫音羽しろぬいおとはもそれに続けた。

「そうね、新右衛門。貴方の“将来の夢”を思えば、そうした謹厳実直な性分は美徳ではあるけれど、時と場合によっては少しぐらい”アホ”になった方が良いわよ」

「――ア、アホになる、かね……?」
 “新右衛門”と呼ばれた大男――大浜新右衛門おおはましんえもんは苦笑したが、顎に手を置いて思案する。
「う~む」
「……本当に考えなくていいと思うよ……?」
 織田流水は大浜新右衛門の生真面目さに思わず口を挟む。白縫音羽はクスリと笑った。

 織田流水は紅茶を一口飲み、視線を食堂の壁に掛けられた時計に向ける。集合時間の10時まで、あと少しだった。

 他のテーブルに視線を移すと、先ほどと変わらずワイワイガヤガヤと盛り上がっている。
 織田流水が注目したのは、先の“引きこもり”もとい、南北雪花という年端もいかぬ少女……のように見える小柄な女性だ。
 周囲の仲間たちと比べ、元気がなさそう――というよりも、”緊張”しているようだった。傍目から見ても口数が少なく、身体を縮こませている。彼女は時計をよく気にしていた。

 織田流水はそんな彼女を観察しながら、また一口紅茶を飲んでいく。

 すると、大浜新右衛門が頭を抱える。

「むぅ~難しいッ! 我輩の進む道を思えばこそ、やはり真面目さは必要だと思うのだッ!」

 それを聞いた白縫音羽は微笑する。
「くくっ、仲間から指摘されても尚そう思うなら、貴方の信条なんでしょうね。無理に変えなくても良いわ。ただ、そういう意見もあったとだけ、頭の片隅に置いてくれると嬉しい」
 大浜新右衛門は一拍置いて「うむ!」と力強く頷く。


 大浜新右衛門は恰幅の良い大男だ。身長は仲間たちでも3番目に高く、肩幅の広さから織田流水を完全に隠してしまう程である。
 大浜新右衛門の外見は特徴的で、白のスーツに檸檬色のワイシャツ、深紅のネクタイに紺色のベルト、紫色の革靴で非常にカラフルに決めている。
 黒のオールバックで顎髭を蓄え、左目を通るように額から頬にかけて直線に走る傷痕が走っており、目つきの悪さも相まって威圧感がある。
 これで彼は<政治家>の<再現子>なのが意外である。尚、彼の将来の夢は<保育士>である。


「――ところでさ、二人の今後の進路はどういう予定なの?」
 織田流水は話題を提供する。

「……我輩は当初の予定通り、現役の政治家たちへの挨拶廻りが中心だな。それ以外にも政治情勢の勉強や秘書としての付き添い、を行うことになると聞く。俗に言えば、カバン持ちだな」
 大浜新右衛門は淡々と話した。

「……私は最新の設備や医療機器、そして各種症例について専門の名医たちに教えを乞うと聞いているわ。まずは、有名な大学病院から廻るわね。最初は東京大学の附属病院、次に京都大学の附属病院――そんな感じ」
 白縫音羽は興味なさそうに答えた。

「……そう、なんだね」
 織田流水は聞いてからしくじったと自戒する。

 <再現子>の中には進路が予め決められていることへの反発心を持つ者は少なくない。
 進路自体に不満のない者や、進路とは別に楽しみがある者などについては問題ないが、この二人に関してはまずい質問だった。

 なぜならー-大浜新右衛門の“将来の夢”は<保育士>で、白縫音羽の“将来の夢”は<美術商>だからだ。
 彼らの<再現子>とは正反対の職業であり、目指すのは不可能に近い。

「…………」
「…………」
「…………」

 再び沈黙が場を支配した。

 織田流水は紅茶を飲む。

 時計が厳かに時を刻んだ。


 さて――遅ればせながら〈医者〉の〈再現子〉である白縫音羽を紹介しよう。
 彼女は知的で清潔な印象を与えるが、その一番の要因は彼女の全身を覆う白衣だ。シャツとパンツもスクラブで統一され、白縁眼鏡をかけ、白のローヒールを履き、白の診察衣を着用している。
 チャームポイントはその豊かな胸に乗る聴診器だ。クリーム色に染めた長髪を敢えてデビルホーンヘアにセットするなど、彼女の茶目っ気が窺える。

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