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03.恐怖侯爵と地下からの声
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どうして詮索されるのをあんなに嫌がるんだろう。
私は夫婦の寝室で一人ベッドに腰掛けた。もう夜も更けて眠る時間だ。
誰も見ることもないネグリジェに着替えて、ランタンに灯された光を見つめる。
ラヴィーナさんとの出会いを聞いた時は、なんとなくだけど嬉しそうに見えた。雰囲気が柔らかくなったっていうか。
シャロットに見せるようなストロベリー侯爵じゃなかったけど、恐怖侯爵でもなかった。
怖くなったのは、ラヴィーナさんの行方を聞いた時だ。そして、どうしてシャロットには亡くなったことにしているのかを聞いた時。
考えてもわからないけど、あんな態度を取られちゃうと余計に気になって眠れない。
ラヴィーナさんはどこに行っちゃったんだろう。
生きているのか、本当は死んでいるのか……それさえもわからなくなった。
もしもだけど、死んでいると仮定して。どうして死んでしまったのかを考えてみよう。
思えばシャロットは、私が病気かどうかを気にする発言をしていた。
ということは……病死?
ラヴィーナさんは病気がちだったのかしら。
そういえば、イシドール様のご両親も亡くなってるのよね。イシドール様の身近な人が三人も……これは、偶然?
私がそんなことで頭をいっぱいにしていると。
──ひっ、いやぁああああッ!!!
甲高い、刺すような叫び声が、屋敷の奥から響いた。
ビクンと全身が跳ねる。
なに……今の声……!? どこから……?
まさか……地下の倉庫!?
入ってはいけないと言われた地下の倉庫。
どうして? 一体そこには、なにがあるの?
明らかに女性の悲鳴だった。震える声。痛みと恐怖と、なにか壊れかけたものが滲んでいた。
助けに行くべき? でも、行くなって言われた。
けれど。
──ひぃ……ッ、ア……ア、ア、あ゛ぁアアアアッ!!
また響いてくる絶叫。壁をつたって、足元から心臓まで突き上げてくるような凄まじさ。
やだ……うそ、怖い……!
でも、気になる。行かなきゃ……!
私は意を決すると、ランタンを持って部屋を出た。
薄暗い廊下を照らしながら、地下に通じる道を探して歩き回る。その間にも悲鳴らしき声が上がっている。
「なにをしている」
唐突にかけられた冷ややかな声に、私はビクンと肩を揺らした。
ゆっくり振り返ると、そこにはイシドール様がいる。怖い……それはもう怖い顔をして。
「いえ、あの、声が聞こえて……」
「気にしなくていい」
「でも」
「気にするなと言っている」
低い声で凄まれると、私の体はそれ以上動かなくなってしまった。
「部屋まで送ろう」
「いえ、大丈夫です……」
「勝手をされては困るんだ」
つまり、見送るのではなくて監視をするということね。
そこまで見られたくないものって、一体なんなの??
「君は……」
「はい?」
イシドール様の視線が私の視線とぶつかる。けどその直後、ふいっとそっぽを向かれてしまった。
「なんでしょう?」
「……実家ではいつもそんな格好で出歩いていたのか?」
「え?」
はっと気づくと、体に手をやる。しまった、私、薄いネグリジェのままだったわ!
「いえ、これは……っうそ、やだ、私のバカッ!」
わたわたあちこちを隠そうと奮闘していると、ぱさりとなにかがかけられた。
イシドール様が羽織っていた夜用のローブだ。
「着ておくといい」
「あ、ありがとうございます」
「誰かに見られてはいないか?」
「は、はい、大丈夫です」
「ならいい」
ほっと息を吐いているイシドール様。
心配……してくれたの? どうしてだろう。私は“いなくなっても構わない妻”よね?
「誰かが見ていたら、血祭りにあげるところだった」
……ンン?!!
今物騒な言葉が聞こえてきたような気が。血ま……つり……?
部屋まで連れられて、私は仕方なく中に入る。振り向いた先にあるイシドール様の顔は、どこか安堵を見せていた。
「イシドール様……送ってくださり、ありがとうございました」
「ああ、ゆっくり眠るといい。おやすみ、レディア」
とても優しいとは言えない顔だったけど、イシドール様はそう言ってゆっくり扉を閉めてくれた。
滅多に呼ばれない名前を呼ばれただけで、なんだか心が騒がしい。
おやすみと言ってくれた時の顔は、怖いとは思わなかった。
イシドール様がどういう人なのか……まだまだよくわからない。
はぁっと息を吐いてベッドに横たわる。
羽織ったローブからは、イシドール様の香りがした。
愛し愛される理想の家族を目指すには、まずは自分から愛さなければいけないのかもしれないわね。
私にあの人を……愛せる?
自問に私は一人微かに首を横に振った。
今の段階では、到底無理よ。だって色々と怪し過ぎなんだもの。
もう悲鳴は聞こえてこない。だけど空耳なんかじゃなく、実在する声だった。
隠し事をしている夫を愛そうとしても、困難だ。
そんなに見られちゃ困るものがあるの?
女の人の恐怖の悲鳴……あそこでなにが行われてるっていうのよ……。
亡くなった彼の両親と消えた前妻は、まさか地下でイシドール様が……?
そして次は、私……?!
どう、しよう……!
ここから逃げても、私には行く先がないわ。
それにシャロットを置いてはいけない。
あの子は私が守るんだから……!
私は“幸せにしてあげる”と約束してくれたシャロットの顔を思い出す。
シャロットのためにも、必ず理想の家族になる。
そのためには……
脳内で情報を整理していると、だんだんとまどろんできてしまった。うとうととしながら目をつぶる。
イシドール様の香りがローブから漂ってきて、私は親猫に包まれた子猫のように、すうっと寝入ってしまった。
私は夫婦の寝室で一人ベッドに腰掛けた。もう夜も更けて眠る時間だ。
誰も見ることもないネグリジェに着替えて、ランタンに灯された光を見つめる。
ラヴィーナさんとの出会いを聞いた時は、なんとなくだけど嬉しそうに見えた。雰囲気が柔らかくなったっていうか。
シャロットに見せるようなストロベリー侯爵じゃなかったけど、恐怖侯爵でもなかった。
怖くなったのは、ラヴィーナさんの行方を聞いた時だ。そして、どうしてシャロットには亡くなったことにしているのかを聞いた時。
考えてもわからないけど、あんな態度を取られちゃうと余計に気になって眠れない。
ラヴィーナさんはどこに行っちゃったんだろう。
生きているのか、本当は死んでいるのか……それさえもわからなくなった。
もしもだけど、死んでいると仮定して。どうして死んでしまったのかを考えてみよう。
思えばシャロットは、私が病気かどうかを気にする発言をしていた。
ということは……病死?
ラヴィーナさんは病気がちだったのかしら。
そういえば、イシドール様のご両親も亡くなってるのよね。イシドール様の身近な人が三人も……これは、偶然?
私がそんなことで頭をいっぱいにしていると。
──ひっ、いやぁああああッ!!!
甲高い、刺すような叫び声が、屋敷の奥から響いた。
ビクンと全身が跳ねる。
なに……今の声……!? どこから……?
まさか……地下の倉庫!?
入ってはいけないと言われた地下の倉庫。
どうして? 一体そこには、なにがあるの?
明らかに女性の悲鳴だった。震える声。痛みと恐怖と、なにか壊れかけたものが滲んでいた。
助けに行くべき? でも、行くなって言われた。
けれど。
──ひぃ……ッ、ア……ア、ア、あ゛ぁアアアアッ!!
また響いてくる絶叫。壁をつたって、足元から心臓まで突き上げてくるような凄まじさ。
やだ……うそ、怖い……!
でも、気になる。行かなきゃ……!
私は意を決すると、ランタンを持って部屋を出た。
薄暗い廊下を照らしながら、地下に通じる道を探して歩き回る。その間にも悲鳴らしき声が上がっている。
「なにをしている」
唐突にかけられた冷ややかな声に、私はビクンと肩を揺らした。
ゆっくり振り返ると、そこにはイシドール様がいる。怖い……それはもう怖い顔をして。
「いえ、あの、声が聞こえて……」
「気にしなくていい」
「でも」
「気にするなと言っている」
低い声で凄まれると、私の体はそれ以上動かなくなってしまった。
「部屋まで送ろう」
「いえ、大丈夫です……」
「勝手をされては困るんだ」
つまり、見送るのではなくて監視をするということね。
そこまで見られたくないものって、一体なんなの??
「君は……」
「はい?」
イシドール様の視線が私の視線とぶつかる。けどその直後、ふいっとそっぽを向かれてしまった。
「なんでしょう?」
「……実家ではいつもそんな格好で出歩いていたのか?」
「え?」
はっと気づくと、体に手をやる。しまった、私、薄いネグリジェのままだったわ!
「いえ、これは……っうそ、やだ、私のバカッ!」
わたわたあちこちを隠そうと奮闘していると、ぱさりとなにかがかけられた。
イシドール様が羽織っていた夜用のローブだ。
「着ておくといい」
「あ、ありがとうございます」
「誰かに見られてはいないか?」
「は、はい、大丈夫です」
「ならいい」
ほっと息を吐いているイシドール様。
心配……してくれたの? どうしてだろう。私は“いなくなっても構わない妻”よね?
「誰かが見ていたら、血祭りにあげるところだった」
……ンン?!!
今物騒な言葉が聞こえてきたような気が。血ま……つり……?
部屋まで連れられて、私は仕方なく中に入る。振り向いた先にあるイシドール様の顔は、どこか安堵を見せていた。
「イシドール様……送ってくださり、ありがとうございました」
「ああ、ゆっくり眠るといい。おやすみ、レディア」
とても優しいとは言えない顔だったけど、イシドール様はそう言ってゆっくり扉を閉めてくれた。
滅多に呼ばれない名前を呼ばれただけで、なんだか心が騒がしい。
おやすみと言ってくれた時の顔は、怖いとは思わなかった。
イシドール様がどういう人なのか……まだまだよくわからない。
はぁっと息を吐いてベッドに横たわる。
羽織ったローブからは、イシドール様の香りがした。
愛し愛される理想の家族を目指すには、まずは自分から愛さなければいけないのかもしれないわね。
私にあの人を……愛せる?
自問に私は一人微かに首を横に振った。
今の段階では、到底無理よ。だって色々と怪し過ぎなんだもの。
もう悲鳴は聞こえてこない。だけど空耳なんかじゃなく、実在する声だった。
隠し事をしている夫を愛そうとしても、困難だ。
そんなに見られちゃ困るものがあるの?
女の人の恐怖の悲鳴……あそこでなにが行われてるっていうのよ……。
亡くなった彼の両親と消えた前妻は、まさか地下でイシドール様が……?
そして次は、私……?!
どう、しよう……!
ここから逃げても、私には行く先がないわ。
それにシャロットを置いてはいけない。
あの子は私が守るんだから……!
私は“幸せにしてあげる”と約束してくれたシャロットの顔を思い出す。
シャロットのためにも、必ず理想の家族になる。
そのためには……
脳内で情報を整理していると、だんだんとまどろんできてしまった。うとうととしながら目をつぶる。
イシドール様の香りがローブから漂ってきて、私は親猫に包まれた子猫のように、すうっと寝入ってしまった。
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