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捨てられて救われて
悩みと刺繍
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ひとまず問題の回答にはまだ時間がある。今日は結論を急がない事にした。
「父上、私がエドワード殿下の補佐になったら、フェルナー家を継ぐのはランベルトですか?」
「ランベルトを補佐にローレンスが継ぐと、考えていたんだが」
「私もですが、キャシーは結婚出来るのでしょうか?」
「もちろんだよ。シスター統括補佐であって、神の花嫁たるシスターとは違う。教会に詰めなければならないわけでもないしな」
「そうですか」
じっとローレンスお義兄様に見つめられる。
お義父様とお義母様が部屋に戻ってなさいと指示をしたので、私は部屋に戻った。お義兄様達はまだ話があるようだ。
ちょっと受け止めきれないというか、疲れてしまって、ソファーに座って膝を抱えた。
ローレンスお義兄様もランベルトお義兄様も、未来は私の返答次第って事になると思う。ぽっと出のいきなり養女になった私の返答次第で、ローレンスお義兄様とランベルトお義兄様の未来が変わってしまう。ローレンスお義兄様は王宮で第4王子様の側で国政に関わるのを楽しみにしていた。第4王子だから王を支える立場になるけれど、それでも微力でも国を良くしていきたいと常々言っていた。
ランベルトお義兄様は出来れば騎士団に入りたいのだと言っていた。剣が好きで、少しでも強くなりたいと努力していたのを知っている。
「キャシー、いいかい?」
ドアの外から声が聞こえた。ひとりになりたくてフランには席を外してもらっている。
「ローレンスお義兄様?」
「入って良いかな?」
「どうぞ」
本当はひとりになりたかったけど、ローレンスお義兄様を拒絶したくはない。ローレンスお義兄様はいつも優しく見ていてくれるから。
「急な話で混乱した?」
ソファーの隣に座って、お義兄様が聞く。
「うん。ローレンスお義兄様とランベルトお義兄様の未来が、私の返答次第だと思うと」
「気負わなくて良いよ。キャシーは自分の進みたい方向に進めば良い。私の事は気にしないで」
「そんな訳には……」
「私達はキャシーが大切だ。だからこそ守ってやりたいし、笑顔でいてほしい。急いで結論は出さなくて良い。王家も無理強いはしないと約束してくれたらしいから」
頭を撫でられて、優しい口調で話すローレンスお義兄様の言葉が、心に静かに染み込んでいった。
「お義兄様、お義兄様は内政の方でお力を発揮されたかったのではないのですか?教会って宗教関係ですよね?」
「うーん。そうとも言えるし、違うとも言える。教会は宗教と医療を担っているんだよ。教会には救民院が併設されているからね」
「救民院?」
「貧困層の病人、怪我人を、無料で治療するんだ。医者見習いが従事しているんだよ」
「それって」
「ブレシングアクアの、何て言ったかな?」
「治験ですか?」
「そう、それだね。治験を行った場所だよ。各地の教会でね。辺境領近くの救民院では指の欠損が治ったなんて人も居たという話もあるらしいよ。確認は取れてないけど」
「欠損が治るのは信じられません」
「今までのブレシングアクアでは、欠損は治らなかったからね。だから今、慎重に調査を進めてる」
ローレンスお義兄様の頭を撫でていた手が、いつの間にか肩を抱く形になってるのは、気にしない方がいいよね?
「どうしたの?」
「あの、距離が……」
「兄妹だから良いんじゃない?」
「良いんでしょうか?」
かなり釈然としない。
「まぁ、ローレンス様」
フランが入ってきた。ローレンスお義兄様が少しだけ離れる。フランがお茶を淹れてくれた。
「ローレンス様、お気をつけくださいませ」
「分かってるよ」
やっぱり距離が近すぎたのよね。お義兄様は兄妹だからって言っていたけど。
ローレンスお義兄様に勉強を教えてもらってから、演奏室に移動する。ローレンスお義兄様も付いてきた。
「キャシーは何の楽器なの?」
「私はピアノです。まだまだですけど。お義兄様は何か楽器を?」
「私はヴィオラだね。何が弾けるの?」
「今は課題曲の練習です」
「見てて良い?」
「はい。緊張しますけど」
鍵盤蓋を開けて、椅子の位置を調整する。フランがやってくれようとするんだけど、これは自分でした方がしっくり来るから、自分でしている。フランには最初、文句を言われた。このような事は使用人に任せてくださいと。
軽く鍵盤に指を滑らせる。息を整えてホームポジションに指を置く。課題にと出されたこの曲は、ゆっくりなんだけど運指の練習に良いと先生が選んでくれた物。
集中して弾いていると、フランが途中で声かけしてくれて、休憩をさせてくれる。今の私の練習時間は1時間。ピアノの練習が終わると魔法の練習。今日は遅いからブレシングアクアの作成のみを行った。
夕食後、刺繍が終わったハンカチをローレンスお義兄様にプレゼントした。ランベルトお義兄様がそれを見て「ズルい」と言い出して、ランベルトお義兄様にもプレゼントする事になってしまった。ランベルトお義兄様のリクエストは、自分の名前。なんでも剣の鞘に自分の名前を刺繍したリボンを付けるのが流行ってるんだって。婚約者にプレゼントされた物を自慢してくる友人がいて、自分もってなったらしい。
「私で良いの?」
「オレにはまだ婚約者は居ないし。キャシーのが良い」
「分かった」
「これに頼むわ」
出てきたのは緑色のリボン。
「用意が良いわね」
「頼もうと思っていたから、で、兄貴のはこれね」
「色が微妙に違う?」
「兄貴の分もと思ったら、紋章入りハンカチなんてプレゼントされてるし。リボンはやめておこうかと思ったんだけどさ」
「気が変わったの?」
リボンを受けとる。
「まぁね。演奏室の兄貴とキャシーを見てたら、なんとなく」
「見てたの?」
「音が聞こえたからね。オレは楽器を演らないし、ピアノを演ってたのは叔父上だっけ?」
「ジルベール叔父様が?」
「今はもう指が動かんよ。ランベルトはよく覚えていたな」
「覚えてた訳じゃないよ。引退した先代のメイド長に聞かされただけ」
団欒の時間が終わって、それぞれの部屋に引き上げる。
「キャシー」
「ローレンスお義兄様?」
「おやすみ」
頬にキスされた。お義兄様達が帰ってきてからの習慣。私もキスを返す。
「おやすみなさい」
部屋に引き上げて、少しだけ本を読んで、フランが淹れてくれたハーブティ―を飲む。
「フラン、このハーブティー、何が入っているの?」
「カモミール、オレンジブロッサム、レモンバーム、リンデンです。リラックス効果のあるハーブを選んでます」
「リラックス効果かぁ」
「どうかなさいました?」
「どういうハーブなのかな?って思って」
「お嬢様、またお調べになるのですか?」
「今は無理ね。時間が足りないわ」
「当然でございます。夢中になられると寝食忘れてしまわれるんですから。お嬢様はまだ6歳なのですよ?」
「分かってる。ごめんね、心配させて」
こんなにフランが怒るのは、魔道具に使われている魔方陣に私が興味を持っちゃって、食事抜きの徹夜をした事があったから。ブーランジュ先生に気付かれて、ものすごく叱られた。美容に気を使うのも淑女の嗜みですって。
私の髪の毛はふわふわでミルクティーブロンド。瞳はエバーグリーン。フェルナー家の先代夫人の髪色と瞳に似ているのだそうだ。肖像画を見せてもらったけど、確かによく似ていた。
「さぁ、そろそろおやすみください」
「はい。おやすみなさい」
ベッドに潜り込んで目を閉じると、しばらくしてフランが静かに出ていった。
「父上、私がエドワード殿下の補佐になったら、フェルナー家を継ぐのはランベルトですか?」
「ランベルトを補佐にローレンスが継ぐと、考えていたんだが」
「私もですが、キャシーは結婚出来るのでしょうか?」
「もちろんだよ。シスター統括補佐であって、神の花嫁たるシスターとは違う。教会に詰めなければならないわけでもないしな」
「そうですか」
じっとローレンスお義兄様に見つめられる。
お義父様とお義母様が部屋に戻ってなさいと指示をしたので、私は部屋に戻った。お義兄様達はまだ話があるようだ。
ちょっと受け止めきれないというか、疲れてしまって、ソファーに座って膝を抱えた。
ローレンスお義兄様もランベルトお義兄様も、未来は私の返答次第って事になると思う。ぽっと出のいきなり養女になった私の返答次第で、ローレンスお義兄様とランベルトお義兄様の未来が変わってしまう。ローレンスお義兄様は王宮で第4王子様の側で国政に関わるのを楽しみにしていた。第4王子だから王を支える立場になるけれど、それでも微力でも国を良くしていきたいと常々言っていた。
ランベルトお義兄様は出来れば騎士団に入りたいのだと言っていた。剣が好きで、少しでも強くなりたいと努力していたのを知っている。
「キャシー、いいかい?」
ドアの外から声が聞こえた。ひとりになりたくてフランには席を外してもらっている。
「ローレンスお義兄様?」
「入って良いかな?」
「どうぞ」
本当はひとりになりたかったけど、ローレンスお義兄様を拒絶したくはない。ローレンスお義兄様はいつも優しく見ていてくれるから。
「急な話で混乱した?」
ソファーの隣に座って、お義兄様が聞く。
「うん。ローレンスお義兄様とランベルトお義兄様の未来が、私の返答次第だと思うと」
「気負わなくて良いよ。キャシーは自分の進みたい方向に進めば良い。私の事は気にしないで」
「そんな訳には……」
「私達はキャシーが大切だ。だからこそ守ってやりたいし、笑顔でいてほしい。急いで結論は出さなくて良い。王家も無理強いはしないと約束してくれたらしいから」
頭を撫でられて、優しい口調で話すローレンスお義兄様の言葉が、心に静かに染み込んでいった。
「お義兄様、お義兄様は内政の方でお力を発揮されたかったのではないのですか?教会って宗教関係ですよね?」
「うーん。そうとも言えるし、違うとも言える。教会は宗教と医療を担っているんだよ。教会には救民院が併設されているからね」
「救民院?」
「貧困層の病人、怪我人を、無料で治療するんだ。医者見習いが従事しているんだよ」
「それって」
「ブレシングアクアの、何て言ったかな?」
「治験ですか?」
「そう、それだね。治験を行った場所だよ。各地の教会でね。辺境領近くの救民院では指の欠損が治ったなんて人も居たという話もあるらしいよ。確認は取れてないけど」
「欠損が治るのは信じられません」
「今までのブレシングアクアでは、欠損は治らなかったからね。だから今、慎重に調査を進めてる」
ローレンスお義兄様の頭を撫でていた手が、いつの間にか肩を抱く形になってるのは、気にしない方がいいよね?
「どうしたの?」
「あの、距離が……」
「兄妹だから良いんじゃない?」
「良いんでしょうか?」
かなり釈然としない。
「まぁ、ローレンス様」
フランが入ってきた。ローレンスお義兄様が少しだけ離れる。フランがお茶を淹れてくれた。
「ローレンス様、お気をつけくださいませ」
「分かってるよ」
やっぱり距離が近すぎたのよね。お義兄様は兄妹だからって言っていたけど。
ローレンスお義兄様に勉強を教えてもらってから、演奏室に移動する。ローレンスお義兄様も付いてきた。
「キャシーは何の楽器なの?」
「私はピアノです。まだまだですけど。お義兄様は何か楽器を?」
「私はヴィオラだね。何が弾けるの?」
「今は課題曲の練習です」
「見てて良い?」
「はい。緊張しますけど」
鍵盤蓋を開けて、椅子の位置を調整する。フランがやってくれようとするんだけど、これは自分でした方がしっくり来るから、自分でしている。フランには最初、文句を言われた。このような事は使用人に任せてくださいと。
軽く鍵盤に指を滑らせる。息を整えてホームポジションに指を置く。課題にと出されたこの曲は、ゆっくりなんだけど運指の練習に良いと先生が選んでくれた物。
集中して弾いていると、フランが途中で声かけしてくれて、休憩をさせてくれる。今の私の練習時間は1時間。ピアノの練習が終わると魔法の練習。今日は遅いからブレシングアクアの作成のみを行った。
夕食後、刺繍が終わったハンカチをローレンスお義兄様にプレゼントした。ランベルトお義兄様がそれを見て「ズルい」と言い出して、ランベルトお義兄様にもプレゼントする事になってしまった。ランベルトお義兄様のリクエストは、自分の名前。なんでも剣の鞘に自分の名前を刺繍したリボンを付けるのが流行ってるんだって。婚約者にプレゼントされた物を自慢してくる友人がいて、自分もってなったらしい。
「私で良いの?」
「オレにはまだ婚約者は居ないし。キャシーのが良い」
「分かった」
「これに頼むわ」
出てきたのは緑色のリボン。
「用意が良いわね」
「頼もうと思っていたから、で、兄貴のはこれね」
「色が微妙に違う?」
「兄貴の分もと思ったら、紋章入りハンカチなんてプレゼントされてるし。リボンはやめておこうかと思ったんだけどさ」
「気が変わったの?」
リボンを受けとる。
「まぁね。演奏室の兄貴とキャシーを見てたら、なんとなく」
「見てたの?」
「音が聞こえたからね。オレは楽器を演らないし、ピアノを演ってたのは叔父上だっけ?」
「ジルベール叔父様が?」
「今はもう指が動かんよ。ランベルトはよく覚えていたな」
「覚えてた訳じゃないよ。引退した先代のメイド長に聞かされただけ」
団欒の時間が終わって、それぞれの部屋に引き上げる。
「キャシー」
「ローレンスお義兄様?」
「おやすみ」
頬にキスされた。お義兄様達が帰ってきてからの習慣。私もキスを返す。
「おやすみなさい」
部屋に引き上げて、少しだけ本を読んで、フランが淹れてくれたハーブティ―を飲む。
「フラン、このハーブティー、何が入っているの?」
「カモミール、オレンジブロッサム、レモンバーム、リンデンです。リラックス効果のあるハーブを選んでます」
「リラックス効果かぁ」
「どうかなさいました?」
「どういうハーブなのかな?って思って」
「お嬢様、またお調べになるのですか?」
「今は無理ね。時間が足りないわ」
「当然でございます。夢中になられると寝食忘れてしまわれるんですから。お嬢様はまだ6歳なのですよ?」
「分かってる。ごめんね、心配させて」
こんなにフランが怒るのは、魔道具に使われている魔方陣に私が興味を持っちゃって、食事抜きの徹夜をした事があったから。ブーランジュ先生に気付かれて、ものすごく叱られた。美容に気を使うのも淑女の嗜みですって。
私の髪の毛はふわふわでミルクティーブロンド。瞳はエバーグリーン。フェルナー家の先代夫人の髪色と瞳に似ているのだそうだ。肖像画を見せてもらったけど、確かによく似ていた。
「さぁ、そろそろおやすみください」
「はい。おやすみなさい」
ベッドに潜り込んで目を閉じると、しばらくしてフランが静かに出ていった。
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