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学院初等部編
芸術祭準備とトラブル
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夏期長期休暇が終わって学院に戻ると、すぐに芸術祭の準備が始まる。芸術祭は楽器演奏、声楽、絵画、詩歌、服飾の5部門に分かれて、その成果を発表する場だ。貴族の通う学院とはいえ家を継げるのは嫡子のみ。その他の兄弟姉妹は家を出なければならない。フェルナー侯爵家のような特殊な事例もあるけど、貴族の場合、嫡子以外は他の家との婚姻を結ぶか、何かで身を立てるしかなくなる。
芸術祭は、本来はそういった子息息女の為の場だったらしい。いわゆる青田買いの会場を学院が用意したという訳だ。ちなみに婚活会場でもあったりする。近年は婚活会場の意味合いが強くなっていると、王家が悩んでいると聞いた。毎年親同士が顔を合わせて売り込む光景が見られるらしい。
「キャシーは私とランベルトの側から離れないように」
「分かりました。離れたら憂鬱な光景が目に浮かびます」
学院に戻る馬車の中でローレンスお義兄様に言われた。週に1度はランチをご一緒しているし、ダニエル様にブレシングアクアを渡す時にも注意されている。この時期になると子女誘拐(ローレンスお義兄様談)が増えるのだそうだ。ランベルトお義兄様や先輩達によると、優秀だったり希少な才能を持つ者との婚約を結ぶ為に、武力をちらつかせたり脅そうとする男女が増えるんだって。貴族らしく人目がある場所では直接的な行為は無いけれど、毎年何人かは被害に合うらしい。
ララ様は教会所属となる事がすでに広まっていて、おそらく危険は無いと思う。教会所属となると1種の権力に守られるのと同じらしい。
「私も、教会に所属した方が良いのでしょうか?」
「キャシーはフェルナー侯爵家の令嬢だからね。そのような危険は無いよ」
「それでも俺達の側は離れない方がいい」
ローレンスお義兄様とランベルトお義兄様の言葉を裏付けるように、あちこちで婚約を結ぼうと活動する生徒の姿が見られるようになったらしい。授業外交流で中等部の先輩が話しているのを聞いた。
「必死ですわねぇ」
「令嬢より令息の方が必死ですわね。長期休暇で家に帰って、何かを言われたのかしら?」
「ずいぶん緩くなりましたけど、婚約は10歳からでないと結べませんしね」
「そうなのですか?」
「初等部の1学年ではまだ習っておりませんでしょうけど、その昔は生まれてすぐに婚約を結んだり、中には生まれる前にという事例があったそうですわ。それで長じて上手くいけば良いのでしょうけど、そうじゃない場合に一方的に婚約を破棄されたり、酷い場合ですと相手に冤罪をかけたりという事があったのですって」
そういう小説もあったような?
「それで、当時の王家が嬰児、幼児の婚約を禁じたのです。10歳にならないと婚約出来ないと法で定められたのですわ」
「婚姻は別ですけどね。たいていは卒業後ですわね」
「10歳を過ぎるどころか、18歳近くになっても婚約者が居ない優良物件もおりますけれどね」
意味ありげに私を見ないでください。ローレンスお義兄様の事ですよね。
「ローレンスお義兄様が首を縦に振らないのだそうです」
「あら、キャスリーン様がお相手ではございませんの?」
「私がですか?」
「その意図でキャスリーン様を侯爵家に迎え入れたのではないかと、お父様が言っておりましたわ」
「私もそう聞きました。フェルナー侯爵令息と繋がりを持つのはいいが、適切な距離を持てと注意されましたもの」
「それは無いと思います。だって私が養女になったのは3歳ですよ?」
「そこはほら、希少な光魔法使いですから」
「光魔法があると分かったのは、5歳です。お義父様が先見の明の持ち主でも、そこまでは分からないのじゃないかと」
「そうでしょうか?フェルナー侯爵様ならあり得なくもないと、お父様が仰られてましたけれど」
どんな千里眼の持ち主ですか。
授業外交流でピアノを練習していると、にわかに外が騒がしくなった。ガシャーンという音と悲鳴が聞こえる。男性の怒号のような大声も聞こえている。
「どうしたのかしら?」
不安に思っていると、ヴィオラ倶楽部の女性生徒が走ってきた。
「助けてください!!」
血だらけだった為にとりあえず入ってもらって、先輩がドアに鍵を掛けた。初等部の生徒は入口から見えない所に遠ざけられた。
「何がございましたの?」
「突然、黒い野犬が……」
「野犬?学院内に?」
「ヴィオラ倶楽部の男性生徒が立ち向かってくれて、私達をっ」
「誰かっ、警備を呼んでっ」
そう言われても誰も動けない。1番近い警備詰所はここから200メートル程離れている。
「お怪我をされているのですよね?先輩、私の魔法を使っても?」
「仕方がないわね。許可します」
ヴィオラ倶楽部の女性生徒に近寄って、光魔法の治癒を使う。万が一を考えて強めに使っておいた。
「その野犬、どんな感じでした?」
「どんなって、何かにとり憑かれたかのような変な鳴き声と、血が混じったような唾液もだらだら垂らしていて、暴れまわっておりましたわ」
「野犬は何頭ですか?」
「1頭でしたけど」
怪訝な顔をしながらも答えてくれた。
「先輩、警備を呼びに行ってきます」
「フェルナー嬢?」
「一刻を争います。不調法はお許しくださいませ。私が出ましたら施錠をしっかりと確認してください」
私の記憶が確かなら、ヴィオラ倶楽部の先輩に聞いたのは、狂犬病の症状だ。狂犬病は人獣共通感染症で、発症するとほぼ100%死亡する。私の前世で狂犬病に罹患した人は見た事はない。でも、恐ろしさは知っている。
窓から外を窺い、乗り越える。
「施錠を頼みます」
確認は出来なかった。先輩方を信じて警備詰所を目指す。
「キャシー?」
外で剣の素振りをしていたランベルトお義兄様が、私を見付けて走ってきた。
「お義兄様、屋外に居る生徒を屋内に避難させてください」
「避難?」
「お早く!!」
「わ、分かった。おぉい、屋内に入れ」
「施錠を確かめて、決して外に出ないように」
「キャシーはどこに行くつもりだ?」
「警備詰所に。野犬に襲われているらしいです」
「分かった。一緒に行く」
ランベルトお義兄様が剣を持ったまま、付いてきてくれた。一生懸命走って警備詰所で事情を説明する。
「分かりました。ご令嬢達はこちらでお待ちください」
警備が走っていく。私は椅子にへたり込んでいた。私ってば体力無さすぎっ!!
「やけに急いでいたけど、何か心当たりがあるのか?」
「狂犬病の症状に似ています。哺乳類から感染する感染症で、発症すると致死率はほぼ100%です」
「致死率ほぼ100%……」
「こうしてはいられません。救護室の先生とサミュエル先生を呼ばないと」
「それはさっき警備が向かった。何かキョウケンビョウの弱点はないのか?」
「恐水症が現れると、水を怖がるようです」
「水を?分かった。キャシーはここに居ろ」
ランベルトお義兄様が飛び出していった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
残っていてくれた警備が気遣ってくれた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
そう言った時、校内に緊急放送が流れた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。生徒は全員屋内に入り、施錠する事。繰り返す。生徒は全員屋内に入り、施錠する事。安全が確保出来るまで屋内待機を命ずる』
学院長先生の声だ。ひとまずはこれで大丈夫。
「戻ります」
「許可出来ません」
そう言われると思った。ここで許可されたら、何の為の警備か分からない。ランベルトお義兄様が飛び出していった時も止めようとしてくれてたもんね。
ジリジリとした時間が過ぎる。本来なら未婚の貴族女性が男性と2人きりなんて、はしたないとされてなんらかの噂になる。女性が不利な噂になる。でも今は緊急事態だし、許されるよね。
芸術祭は、本来はそういった子息息女の為の場だったらしい。いわゆる青田買いの会場を学院が用意したという訳だ。ちなみに婚活会場でもあったりする。近年は婚活会場の意味合いが強くなっていると、王家が悩んでいると聞いた。毎年親同士が顔を合わせて売り込む光景が見られるらしい。
「キャシーは私とランベルトの側から離れないように」
「分かりました。離れたら憂鬱な光景が目に浮かびます」
学院に戻る馬車の中でローレンスお義兄様に言われた。週に1度はランチをご一緒しているし、ダニエル様にブレシングアクアを渡す時にも注意されている。この時期になると子女誘拐(ローレンスお義兄様談)が増えるのだそうだ。ランベルトお義兄様や先輩達によると、優秀だったり希少な才能を持つ者との婚約を結ぶ為に、武力をちらつかせたり脅そうとする男女が増えるんだって。貴族らしく人目がある場所では直接的な行為は無いけれど、毎年何人かは被害に合うらしい。
ララ様は教会所属となる事がすでに広まっていて、おそらく危険は無いと思う。教会所属となると1種の権力に守られるのと同じらしい。
「私も、教会に所属した方が良いのでしょうか?」
「キャシーはフェルナー侯爵家の令嬢だからね。そのような危険は無いよ」
「それでも俺達の側は離れない方がいい」
ローレンスお義兄様とランベルトお義兄様の言葉を裏付けるように、あちこちで婚約を結ぼうと活動する生徒の姿が見られるようになったらしい。授業外交流で中等部の先輩が話しているのを聞いた。
「必死ですわねぇ」
「令嬢より令息の方が必死ですわね。長期休暇で家に帰って、何かを言われたのかしら?」
「ずいぶん緩くなりましたけど、婚約は10歳からでないと結べませんしね」
「そうなのですか?」
「初等部の1学年ではまだ習っておりませんでしょうけど、その昔は生まれてすぐに婚約を結んだり、中には生まれる前にという事例があったそうですわ。それで長じて上手くいけば良いのでしょうけど、そうじゃない場合に一方的に婚約を破棄されたり、酷い場合ですと相手に冤罪をかけたりという事があったのですって」
そういう小説もあったような?
「それで、当時の王家が嬰児、幼児の婚約を禁じたのです。10歳にならないと婚約出来ないと法で定められたのですわ」
「婚姻は別ですけどね。たいていは卒業後ですわね」
「10歳を過ぎるどころか、18歳近くになっても婚約者が居ない優良物件もおりますけれどね」
意味ありげに私を見ないでください。ローレンスお義兄様の事ですよね。
「ローレンスお義兄様が首を縦に振らないのだそうです」
「あら、キャスリーン様がお相手ではございませんの?」
「私がですか?」
「その意図でキャスリーン様を侯爵家に迎え入れたのではないかと、お父様が言っておりましたわ」
「私もそう聞きました。フェルナー侯爵令息と繋がりを持つのはいいが、適切な距離を持てと注意されましたもの」
「それは無いと思います。だって私が養女になったのは3歳ですよ?」
「そこはほら、希少な光魔法使いですから」
「光魔法があると分かったのは、5歳です。お義父様が先見の明の持ち主でも、そこまでは分からないのじゃないかと」
「そうでしょうか?フェルナー侯爵様ならあり得なくもないと、お父様が仰られてましたけれど」
どんな千里眼の持ち主ですか。
授業外交流でピアノを練習していると、にわかに外が騒がしくなった。ガシャーンという音と悲鳴が聞こえる。男性の怒号のような大声も聞こえている。
「どうしたのかしら?」
不安に思っていると、ヴィオラ倶楽部の女性生徒が走ってきた。
「助けてください!!」
血だらけだった為にとりあえず入ってもらって、先輩がドアに鍵を掛けた。初等部の生徒は入口から見えない所に遠ざけられた。
「何がございましたの?」
「突然、黒い野犬が……」
「野犬?学院内に?」
「ヴィオラ倶楽部の男性生徒が立ち向かってくれて、私達をっ」
「誰かっ、警備を呼んでっ」
そう言われても誰も動けない。1番近い警備詰所はここから200メートル程離れている。
「お怪我をされているのですよね?先輩、私の魔法を使っても?」
「仕方がないわね。許可します」
ヴィオラ倶楽部の女性生徒に近寄って、光魔法の治癒を使う。万が一を考えて強めに使っておいた。
「その野犬、どんな感じでした?」
「どんなって、何かにとり憑かれたかのような変な鳴き声と、血が混じったような唾液もだらだら垂らしていて、暴れまわっておりましたわ」
「野犬は何頭ですか?」
「1頭でしたけど」
怪訝な顔をしながらも答えてくれた。
「先輩、警備を呼びに行ってきます」
「フェルナー嬢?」
「一刻を争います。不調法はお許しくださいませ。私が出ましたら施錠をしっかりと確認してください」
私の記憶が確かなら、ヴィオラ倶楽部の先輩に聞いたのは、狂犬病の症状だ。狂犬病は人獣共通感染症で、発症するとほぼ100%死亡する。私の前世で狂犬病に罹患した人は見た事はない。でも、恐ろしさは知っている。
窓から外を窺い、乗り越える。
「施錠を頼みます」
確認は出来なかった。先輩方を信じて警備詰所を目指す。
「キャシー?」
外で剣の素振りをしていたランベルトお義兄様が、私を見付けて走ってきた。
「お義兄様、屋外に居る生徒を屋内に避難させてください」
「避難?」
「お早く!!」
「わ、分かった。おぉい、屋内に入れ」
「施錠を確かめて、決して外に出ないように」
「キャシーはどこに行くつもりだ?」
「警備詰所に。野犬に襲われているらしいです」
「分かった。一緒に行く」
ランベルトお義兄様が剣を持ったまま、付いてきてくれた。一生懸命走って警備詰所で事情を説明する。
「分かりました。ご令嬢達はこちらでお待ちください」
警備が走っていく。私は椅子にへたり込んでいた。私ってば体力無さすぎっ!!
「やけに急いでいたけど、何か心当たりがあるのか?」
「狂犬病の症状に似ています。哺乳類から感染する感染症で、発症すると致死率はほぼ100%です」
「致死率ほぼ100%……」
「こうしてはいられません。救護室の先生とサミュエル先生を呼ばないと」
「それはさっき警備が向かった。何かキョウケンビョウの弱点はないのか?」
「恐水症が現れると、水を怖がるようです」
「水を?分かった。キャシーはここに居ろ」
ランベルトお義兄様が飛び出していった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
残っていてくれた警備が気遣ってくれた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
そう言った時、校内に緊急放送が流れた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。生徒は全員屋内に入り、施錠する事。繰り返す。生徒は全員屋内に入り、施錠する事。安全が確保出来るまで屋内待機を命ずる』
学院長先生の声だ。ひとまずはこれで大丈夫。
「戻ります」
「許可出来ません」
そう言われると思った。ここで許可されたら、何の為の警備か分からない。ランベルトお義兄様が飛び出していった時も止めようとしてくれてたもんね。
ジリジリとした時間が過ぎる。本来なら未婚の貴族女性が男性と2人きりなんて、はしたないとされてなんらかの噂になる。女性が不利な噂になる。でも今は緊急事態だし、許されるよね。
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