婚約破棄された令嬢は逃げ出し魔王に捕まる

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婚約破棄編

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 「⋯」

ハインツ侯爵は執務室で書類を捌きつつ拳を作り、歯噛みした。何も取り柄も無い愚図な娘が逃げ出したのだ。
あの娘が一人で逃げ出すとは思えない。

「くそ⋯」


机に拳を叩き込む。その時執務室にノックの音が響いた。


「旦那様。リディア様がお見えになっています」


執事の声が静かに届く。考えを一旦落ち着かせ訪問者を招き入れる事にした。


「入れ」


扉が開き娘が部屋の中に入る。納得していないという怒気をまとわせ淑女にあるまじき態度で足早に詰め寄って来た。


「お父様、エリスが逃げたとお聞きしました。どういう事なのか説明して下さい」


邸内の奴らから話を聞いたのだろう。全く余計な事をしてくれる。自分達に都合の良い娘が居なくなれば何かと不都合も出て来る。特にリディアはエリスに面倒くさい事を押し付けて楽していたからな。それに奪う事も出来なくなる。奪って貶める事がリディアの唯一の楽しみだ。それを邸内の人間はわざと見て見ぬ振りをして来たのだから。
それが出来なくなれば次は何が起るのか。全く面倒くさい手が付けられない娘よ。


「あの娘がこの家から逃げるなんて無理に決まっています。あの娘の力だけでは生きていけませんもの。誰かが手助けしたに違いありませんわ。そんな愚かしい事をするなんてどなたかしら」
「⋯」

あれを助けて喜ぶ奴は相当な好き者だ。利点なんて無い寧ろ欠点しかない。
他所に知れ渡る前に邸の奴らに緘口令を敷いて噂話を阻止するのだ。これ以上醜聞を増やすわけにはいかない。


「はぁ⋯」


思い通りにならない状況にため息をつき、侯爵は頭を抱えた。と、その時また執事の静かな声が執務室に届いた。


「旦那様。エリック様がお見えになりました」


エリック⋯。聡明で何をするにも要領が良い侯爵家待望の跡継ぎだ。領民や邸の使用人からの人望も良く、婚約者とも仲睦まじい。将来の憂いは無い。 ⋯筈だ。だが何故かもやもやと胸の奥が疼く。ほんの違和感だ。
馬鹿らしいと憂いを振り切り息子を部屋に招いた。





「本当に使えないわね」

姿を消した地味で愚図な『妹』だった女を思い出す。成績、魔力、器量さ、自分の足元にも及ばない。小さな頃から自分の後を追い引っ付き甘え愛嬌を振りまいていた。そんな妹に与えられる物―大事な物、両親の愛情、友人や使用人からの親愛、婚約者への恋。それらを壊したいと思った。
何故?
世界には『私』だけで良い。
私がお姫様なのだ。
お姫様は二人も要らない。
与えられるのは私だけ。かしずかれるのも私だけ。
だから奪った。あの子には必要無いから。意志は要らないから。
あの子は私の人形だから。私から逃げて良い訳が無い。この世の果まで追いつめてやる。その時まで待っていて。
うふふ、楽しみね。エリス。
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