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二章
6、恥ずかしいんです
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クリスティアンさまの言葉に、わたしは瞬きをすることも忘れてしまいました。
彼がわたしの手を恭しく取ってくださるのですが。かさついて、しかも触れればすぐに潰れてしまうほどの、柔らかな桑の実を摘んでいたので指が紫色に染まっているんです。
どんなに石鹸で洗っても色が取れなくて。
恥ずかしくて……うつむこうとすると「駄目だよ。顔を見せてほしい、一年ぶりなんだから」と耳元で囁かれてしまったの。
駄目なんです、わたし。恋って慣れていないんです。
しかもクリスティアンさまは隣国ヴァーリンの王太子でいらっしゃいます。
わたしなんて身分違いで、こんなみすぼらしい娘は相応しくありません。
「マルガレータ。着飾ることは誰にでもできる。だが、気高く生きることは誰にでもできることではない」
「買いかぶらないでください」
クリスティアンさまは、わたしの手をじっと見つめていらっしゃいます。お願い、恥ずかしいの。もうご覧にならないで。
一生懸命に手を引っ込めようとしても、力では敵いません。
「森での生活はさぞやつらかっただろう。病になっても一人で耐えるしかなかったことだろう、町に出れば子爵の娘と噂されることもあっただろうに」
どうしてご存じなの? 見ていらっしゃらないのに。
たとえほつれを繕っていたとしても、わたしの着ている服は市場で買い物をしている人達とは明らかに違っていたから。
意地悪をされたことはなかったけれど「お可哀想に」と、憐みの目で見られることも多かったわ。「庶民ごっことは。貴族さまの新しい遊びですか」と揶揄われることもあったもの。
でも、逆に古着を買うお金はなかったの。
ちゃんと砂糖や瓶の資金にしたかったから。
「我がヴァーリン王国はこの国ほどには、階級に執着していない。隣国の子爵の娘だからと、あなたを侮ることもない」
「でも……」
「それとも私のことは好きにはなれないかな?」
突然の言葉に、わたしはとっさにぶんぶんと首を振りました。勢いよく振りすぎたせいで、頭がくらくらしたほどです。
「そうじゃありません。クリスティアンさまは雲の上の方ですから」
「足は床についているけどなぁ。ついでにしゃがみこみもするぞ」
そう仰りながら明るく笑うそのお顔は、とても楽しそうで。つられてわたしまで微笑んでしまったの。
「よかった。やっと笑ってくれた」
柔らかく目を細めながら、クリスィアンさまは「あなたが笑顔でいられるように、私は努めるから。どうか私の隣にいてほしい」と囁かれたんです。
「わ、わたしは、クリスティアンさまを笑顔にできますか?」
「ん?」と小首をかしげてクリスティアンさまが、わたしの顔を覗きこんできます。
いやー、やめてください。
恥ずかしさで死んでしまいます。
「ほら、ご覧。今の私は笑顔だと思うぞ」
「……見られません。眩しすぎて」
「じゃあ、眩しいほどに笑顔なんだな。マルガレータに会えたからだ」と仰るんです。
「家族に利用されて、言いなりになっているだけならば、私はあなたを見てもつらく苦しい思いをするだけだったかもしれない。けれど、あなたは内向的なだけではない。嫌なことはちゃんと嫌だと言える。その強さにも惹かれているんだ」
◇◇◇
育った環境の所為か、マルガレータはなかなか私の言葉が信じられないようだ。
困ったなぁ。
無論、マルガレータも困っているだろうが。そんな風に戸惑うあなたを知るのも楽しい。
頬を赤く染めたり、こらえきれずに瞼を伏せたりするマルガレータ。
見ているだけで、こちらまで赤面してしまう。
その時、私の耳は木の橋が軋む音をとらえた。
今にも落ちてしまいそうな朽ちた橋。私や護衛達もそろりと歩いた橋だ。
ぎしぎしと醜い音を立てる橋。そして次に、この小さな家の扉がけたたましい音を立てて開かれた。
今にも蝶番が外れるのではないかというほどの、粗雑さだ、
「姉さん。いるんでしょ!」
耳障りな声と共に乱入してきたのは、マルガレータの妹の……名前は忘れた。覚える価値もない。
彼がわたしの手を恭しく取ってくださるのですが。かさついて、しかも触れればすぐに潰れてしまうほどの、柔らかな桑の実を摘んでいたので指が紫色に染まっているんです。
どんなに石鹸で洗っても色が取れなくて。
恥ずかしくて……うつむこうとすると「駄目だよ。顔を見せてほしい、一年ぶりなんだから」と耳元で囁かれてしまったの。
駄目なんです、わたし。恋って慣れていないんです。
しかもクリスティアンさまは隣国ヴァーリンの王太子でいらっしゃいます。
わたしなんて身分違いで、こんなみすぼらしい娘は相応しくありません。
「マルガレータ。着飾ることは誰にでもできる。だが、気高く生きることは誰にでもできることではない」
「買いかぶらないでください」
クリスティアンさまは、わたしの手をじっと見つめていらっしゃいます。お願い、恥ずかしいの。もうご覧にならないで。
一生懸命に手を引っ込めようとしても、力では敵いません。
「森での生活はさぞやつらかっただろう。病になっても一人で耐えるしかなかったことだろう、町に出れば子爵の娘と噂されることもあっただろうに」
どうしてご存じなの? 見ていらっしゃらないのに。
たとえほつれを繕っていたとしても、わたしの着ている服は市場で買い物をしている人達とは明らかに違っていたから。
意地悪をされたことはなかったけれど「お可哀想に」と、憐みの目で見られることも多かったわ。「庶民ごっことは。貴族さまの新しい遊びですか」と揶揄われることもあったもの。
でも、逆に古着を買うお金はなかったの。
ちゃんと砂糖や瓶の資金にしたかったから。
「我がヴァーリン王国はこの国ほどには、階級に執着していない。隣国の子爵の娘だからと、あなたを侮ることもない」
「でも……」
「それとも私のことは好きにはなれないかな?」
突然の言葉に、わたしはとっさにぶんぶんと首を振りました。勢いよく振りすぎたせいで、頭がくらくらしたほどです。
「そうじゃありません。クリスティアンさまは雲の上の方ですから」
「足は床についているけどなぁ。ついでにしゃがみこみもするぞ」
そう仰りながら明るく笑うそのお顔は、とても楽しそうで。つられてわたしまで微笑んでしまったの。
「よかった。やっと笑ってくれた」
柔らかく目を細めながら、クリスィアンさまは「あなたが笑顔でいられるように、私は努めるから。どうか私の隣にいてほしい」と囁かれたんです。
「わ、わたしは、クリスティアンさまを笑顔にできますか?」
「ん?」と小首をかしげてクリスティアンさまが、わたしの顔を覗きこんできます。
いやー、やめてください。
恥ずかしさで死んでしまいます。
「ほら、ご覧。今の私は笑顔だと思うぞ」
「……見られません。眩しすぎて」
「じゃあ、眩しいほどに笑顔なんだな。マルガレータに会えたからだ」と仰るんです。
「家族に利用されて、言いなりになっているだけならば、私はあなたを見てもつらく苦しい思いをするだけだったかもしれない。けれど、あなたは内向的なだけではない。嫌なことはちゃんと嫌だと言える。その強さにも惹かれているんだ」
◇◇◇
育った環境の所為か、マルガレータはなかなか私の言葉が信じられないようだ。
困ったなぁ。
無論、マルガレータも困っているだろうが。そんな風に戸惑うあなたを知るのも楽しい。
頬を赤く染めたり、こらえきれずに瞼を伏せたりするマルガレータ。
見ているだけで、こちらまで赤面してしまう。
その時、私の耳は木の橋が軋む音をとらえた。
今にも落ちてしまいそうな朽ちた橋。私や護衛達もそろりと歩いた橋だ。
ぎしぎしと醜い音を立てる橋。そして次に、この小さな家の扉がけたたましい音を立てて開かれた。
今にも蝶番が外れるのではないかというほどの、粗雑さだ、
「姉さん。いるんでしょ!」
耳障りな声と共に乱入してきたのは、マルガレータの妹の……名前は忘れた。覚える価値もない。
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