元軍人、愛しい令嬢を育てます

絹乃

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五章

1、お月さましか見ていないから

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 夜中、ソフィは喉が渇いて起き上がった。隣のベッドでは、アランがよく眠っている。

 そっと屈みこんでアランの顔を覗きこむ。自分自身のことを、すぐにおじさんって言うけれど。冷涼とした月光に照らされたアランの横顔は端正で。ずっと眺めていられるほど。

 さらりと肩から落ちた髪がアランの顔に触れそうで、慌てて手で押さえた。窓から差し込む月明りは、宝石のヘリオドールを溶かしたようなレモン色。
 そろそろ満月が近いのだろう。

 ソフィはためらいがちに手を伸ばして、アランの頬にそっと触れた。熟睡しているのか、気付く様子もない。
 見た目の印象よりも長い睫毛が、わずかに震えた気がしたけれど。多分気のせいね。

(どうして今日は、あんなに変だったの? アランらしくもない)

 勇気を出して、指を左に移動させる。ふわりと風のようにアランの唇を指で撫でた。
 かさついた唇の感触に、胸が早鐘のごとく賑やかな音を立てる。

 顔が火照って熱い。
 うん、アランに触れると顔も耳も熱くなる。
 これって、恋してるってことだよね?

 ソフィは夜風に当たろうと、少し窓を開けた。夜の木々の香りのする風が、一枚の紙をひらりと床に落とす。

『エルヴェーラ・キルナ嬢の情報を求む』と記された紙だ。かなりの額の報奨金付き。五年くらいは遊んで暮らせるのではないだろうか。

「キルナってカシアとの国境の地よね。確か地名がそのまま辺境伯の姓となっている。それくらい強大な力を持っていたって、学校で習ったわ」

 でも確か、キルナ辺境伯の一族は滅ぼされたのではなかったか。
 エルヴェーラ嬢の年齢は、生きていれば十三歳。髪色は銀色で目は深い蒼。

「世の中には似た人がいるのね」

 ソフィは紙を机に戻した。どうやらアランの本に挟んであったようだ。栞として使っていたのだろうか。

 窓を閉めてベッドに戻ろうとしたが、今も指先のかさついた感触が抜けない。
 いつまでも子ども扱いするくせに、挨拶のキスをしてくれなくなったアラン。
 今ここで眠っている彼にキスをしたら、変態って怒られるのかな。

「怒られてもいいよ」

 ソフィは隣のベッドに膝をかけて、身を乗りだした。
 誰も見ていないなら……ほんの少しだけ。
 銀の髪に月の光を宿しながら、ソフィは瞼を閉じた。

 いつもあごや頬のひげを触っているけれど。本当は口づけてほしかった。恋人みたいなキスを望んでいた。
 伯父と姪は恋人にはなれないって、分かっているけど。

 軽くアランと唇を重ねる。指で感じたのと同じ、かさついた感触だ。
 髪が彼にかからないように手で押さえながら、すぐに顔を離した。
 アランの寝息に変化はない。大丈夫、ばれてない。

(おやすみ、アラン)

 自分のベッドに戻り、布団にもぐりこんでソフィは眠った。
 誰にも内緒、アランにも秘密。
 大丈夫、お月さまにしか見られてないから。
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