元軍人、愛しい令嬢を育てます

絹乃

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六章

10、不信感

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「お久しぶりね、マクシミリアン」

 一瞬にして、アランの体がこわばるのが伝わってきた。ソフィが顔を上げると、彼の琥珀の瞳は凍ったように冷たい。

「元気とは言い難いけど、無事でいてくれて嬉しいわ」
「人違いなのでは? 俺はアランだ」

「そうね、アランって呼ばせてるのね。そちらのお嬢さんは姪だと聞いたわ。私、知らなかったわ、あんたに妹や姪がいたなんて」
「あなたが手当てをしてくれたのか。ありがとう。だが初対面のあなたが、俺の何を知っているというんだ」

 険悪な雰囲気に、ソフィはおろおろとアランとグンネルの両者を見遣った。

 アランはぶっきらぼうだし、粗雑なところがあるけど。初対面で親切にしてくれた人に、こんな無礼な態度をとるとは思えない。
 キスのこといい、二人ともとても不自然だ。それに薬湯は長時間煎じないといけないと聞いたのに。グンネルはたいして時間をかけていない。

(邪魔なんだ、わたし)

 居たたまれなくなったソフィは「外に出てるから」と立ち上がった。

「ここにいてくれ」

 だが腕をアランに掴まれ、立つことも叶わない。指先が肌に食い込むほどの力強さだ。

「でも……わたしがいたら、話ができないでしょ」
「たとえソフィを邪魔者扱いする奴がいたとしても、俺にとってのソフィはそうじゃない」

 部屋から出ていくつもりだったのに、ソフィは結局アランの腕の中に閉じ込められてしまった。まるでそこが彼女の居場所であると、アランはグンネルに示しているかのようだ。

(おかしいよ、アラン)

 仲の良い伯父と姪であることを見せつけるような態度を、アランは滅多にとらない。普段は、むしろソフィが甘えすぎることを嫌がるほどなのに。

「ご両親が知ったら驚くでしょうね。あんたに妹と姪がいたってことと。別人になって生活してるってこと。もうずっと実家に帰ってないんでしょ。顔を見せてあげなさいよ」
「妙なことを言わないで頂きたい」

 グンネルの言葉に、アランは眉間に深い皺を刻む。そしてソフィを抱きしめる腕の力も、ますます強くなる。

「あれから十三年か。あんたも誰かを育てるくらいには大人になったってことよね。木の蔓にぶら下がって湖に落っこちたり、積もった雪の中をざかざかと歩いて迷子になってたのが、遠い昔のことみたいだわ。あんたが熱を出すたびに、この薬湯を煎じてあげたっけ」

「……勘違いではないですか」

 取りつく島のないアランに、グンネルは肩をすくめた。それでもその瞳の鋭さは、アランから真実を引き出そうと画策しているようだ。

 怖い。有無を言わせない彼女の迫力が。
 年の差もあるけれど、それだけじゃない。クラーラのお母さんや、卵売りのハンナとは明らかに違う凄みが、グンネルにはある。

「まぁいいわ。あんたも家に帰って休みなさいよ。私もついていくわ。姪御さんからお招きを受けたからね」
「は?」
「ちゃんと馬車もあるのよ。カスパルと言ったかしら、彼が送ってくれるらしいわ」
「待て、何を勝手に。カスパルは関係ないだろ」

 身を乗りだすアランに向かって、グンネルは「ふふん」と顎を上げて笑った。

「それでいいのよ。他人行儀なあんたなんて、気持ち悪いものね」
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