憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃

文字の大きさ
6 / 17
お見合いとお付き合い篇

2、恥ずかしくて逃げてしまいたいんです

しおりを挟む
「す、済まない。こういう繊細なカップに慣れていなくて」

 見れば、向かいの席のソーサーに紅茶が零れて、しかも騎士さまは頬をうっすらと染めています。

 ああ、騎士さまじゃなくてヴィレムさまだわ。
 王族の護衛をして、馬を駆る凛々しい近衛騎士。誰もが憧れる騎士さまではなく、わたしのよく知る、逞しいのに優しいヴィレムお兄さまがいらっしゃいました。

 嬉しい、ヴィレムさまとこんな風にまたお話ができて。
 わたしは、自分でも気づかぬ内に微笑んでいました。

「やっと笑ってくれた」
「え?」

 ヴィレムさまは、とても楽しそうに目を細めてわたしを見つめています。
 なに、この煌めきは。彼は自ら光を放つ太陽なの? 眩しすぎて目眩がしそうです。

「済まない。火傷をしなかったかい?」
「はい、大丈夫です」

 ハンカチで、手に跳ねた紅茶を拭こうとした時。ヴィレムさまは、わたしの手を取りました。そして、まるで姫にするかのように、恭しくわたしの手の甲に唇を触れたのです。

 違います、わたしは姫でもありませんし。ヴィレムさまの恋人でもありません。

「あ、ああ、あの。騎士さま? 何を……」
「名前で呼んでほしいな。フランカ」

 美しい碧の瞳が、わたしをまっすぐに見据えてきます。若葉のような、陽の光に愛された明るい色。
 その瞳に、戸惑うわたしが映っているんです。

 あの日。六年前に馬車に轢かれそうになった時。
 幼い私を救ってくださったヴィレムさまは、同じように優しくいたわる瞳で見つめてくださいました。

 しかも、とんでもない事実をヴィレムさまは話しはじめたのです。

「もしフランカと顔見知りでなくて、家も知らなかったら俺は君をどこへ運べば良かったのかなぁ。騎士団の詰所かなぁ」
「詰所、ですか?」

「冗談、冗談。あんなむさくるしい男ばかりの所に、愛らしいフランカを連れてなんかいけない」
「わたしは愛らしくなんて……」

 俯こうとすると、あごに手を掛けられました。
 テーブル越しのヴィレムさまが、わたしのあごに触れているんです。
 そう、強制的にヴィレムさまのお顔を真正面から、拝見する格好です。

 何か会話を。形ばかりのお見合いでも「つまらない娘だったな」なんて思われたくありません。

「あの時は、助けてくださりありがとうございました。それに家まで送ってくださって」
「ああ、まだ小さくて軽かったから。運びやすかったよ」
「は、運ぶ?」

 ヴィレムさまは、楽しそうに目を細めます。
 こぼれた所為で量が減ったカップの紅茶を、ひとくち飲んで。

「そう。騎士団では、訓練で伸びた奴を肩に担いで運ぶことがあるけど。さすがに小さなレディにそれは失礼だろ? だから、横抱きで。うーん、お姫さま抱っこと言えばいいのかな」
「お姫さま……だっこ?」

 きっとわたしは、間抜けた顔をしていたことでしょう。

「実際に王家の姫さまが、そうやって運ばれているところは目にしたことがないけどね。巷では、そう呼ぶんだろう?」
「は……い、たぶん」

「フランカの家まで送る途中に、騎士仲間と出会って。散々、揶揄われたよ」
「あの、なんて?」

 ヴィレムさまは、照れたように苦笑なさいます。

「『お前、それ犯罪な』とか」
「なぜ、犯罪なのですか?」

 思考停止してしまったのか、わたしは単純な問いかけしかできませんでした。
 だって、子どもとはいえヴィレムさまにお姫さま抱っこで家まで運んでいただいたんですよ。
 そんなの、恥ずかしくて恥ずかしくて。
 ああ、もう逃げてしまいたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...