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お見合いとお付き合い篇
3、恥ずかしさに照れてしまう
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形ばかりとはいえ、今はお見合いの席。逃げるなんて失礼なこともできずに、わたしは唇を噛みしめて、瞼をきゅっと閉じました。
そうでもしないと、恥ずかしさで涙が零れてしまいそうだから。
ふと、唇に硬い感触を覚えました。
何事かしら? と思って慌てて瞼を開くと、騎士さまの節くれだった指が、わたしの唇を押さえています。
少しかさついた指先。まるでわたしの全神経が唇に集中したかのように思えます。
ど、どうしましょう。騎士さまは何をなさっているの?
しかも、またわたしの顔を見つめていらっしゃるんです。
「フランカは唇を噛みしめる癖があるみたいだね。君自身にも、君を傷つけてほしくないというのは、俺の我儘かな?」
わたしは、ふるふると首を振りました。
そんな嬉しいことを仰らないで。
騎士さまは……ヴィレムさまは、今も昔もわたしを守ってくださいます。
けれど、どうして知人でしかない年の離れたわたしを、そんな風に気にかけてくださるの?
ヴィレムさまは誰にでもお優しいの?
いっそ、そうならいいのに。ならば、わたしは余計な期待を抱かずに済みます。
お見合いの今だけ、こうして向かい合って座って、初恋のあなたに微笑んでもらって。そんな素敵な時間は、人生の中で何度もあることではないでしょう。
「そういえば、お会いした時に『き』と仰いましたね。何でしょうか?」
今にも零れそうな涙をなんとかこらえながら、わたしは思い切って尋ねました。
するとヴィレムさまは、わたしから視線を外して困ったように頭を掻いたのです。
「あ、あれは、つい」
わたし、失礼なことを訊いてしまったのかしら。
そう思ったのに……ヴィレムさまの耳がぽうっと赤く染まっていったんです。よく日に焼けた琥珀色の肌でも、それが分かるほどに。
「あー、えーと、その『綺麗になったね』と言おうとしたんだ」
ぽかんとするわたしに向かって、ヴィレムさまは顔の下半分を手で覆って口ごもります。そのせいで、声が明瞭に聞こえません。
わたしは、もっとちゃんと聞こうとしてテーブルに身を乗り出しました。
ヴィレムさまが積んでくださった円錐形のカソナードは、もう大半が崩れてしまっています。
「そんなに近寄られると、照れるんだが」
「す、すみません」
「いや、離れられても寂しい」
あの、何が正解なんでしょうか。それに何が綺麗なんですか?
ヴィレムさまはきつく瞼を閉じると、まるで意を決したかのように目を開きました。とても強いまなざしです。
「隠していても、うちの父かフランカのお父上が話すだろうから、先に白状するけど」
「はい」
「今日の見合いは、親同士が決めたことではなく。俺が頼んだんだ。フランカは、棘に捕まるほど接近するくらい薔薇が好きみたいだから、花の盛りのこの時期に、この庭で」
「それは……あの」
「どうしても君を花嫁にしたかったんだ……どうか俺と結婚してほしい」
何を仰っているの?
頭がぽうっとして、ヴィレムさまの仰っていることがよく分かりません。
風が吹いて薔薇の香りに包まれて。そしてさっきまでヴィレムさまを見つめていたわたしの視界に、今は抜けるような青空が広がっていて。
ああ、綿のような雲だわ、と思っていると。
「うわーっ。フランカっ、しっかりしろ」とヴィレムさまの声が聞こえて。わたしの顔を覗きこまれたの。
そうでもしないと、恥ずかしさで涙が零れてしまいそうだから。
ふと、唇に硬い感触を覚えました。
何事かしら? と思って慌てて瞼を開くと、騎士さまの節くれだった指が、わたしの唇を押さえています。
少しかさついた指先。まるでわたしの全神経が唇に集中したかのように思えます。
ど、どうしましょう。騎士さまは何をなさっているの?
しかも、またわたしの顔を見つめていらっしゃるんです。
「フランカは唇を噛みしめる癖があるみたいだね。君自身にも、君を傷つけてほしくないというのは、俺の我儘かな?」
わたしは、ふるふると首を振りました。
そんな嬉しいことを仰らないで。
騎士さまは……ヴィレムさまは、今も昔もわたしを守ってくださいます。
けれど、どうして知人でしかない年の離れたわたしを、そんな風に気にかけてくださるの?
ヴィレムさまは誰にでもお優しいの?
いっそ、そうならいいのに。ならば、わたしは余計な期待を抱かずに済みます。
お見合いの今だけ、こうして向かい合って座って、初恋のあなたに微笑んでもらって。そんな素敵な時間は、人生の中で何度もあることではないでしょう。
「そういえば、お会いした時に『き』と仰いましたね。何でしょうか?」
今にも零れそうな涙をなんとかこらえながら、わたしは思い切って尋ねました。
するとヴィレムさまは、わたしから視線を外して困ったように頭を掻いたのです。
「あ、あれは、つい」
わたし、失礼なことを訊いてしまったのかしら。
そう思ったのに……ヴィレムさまの耳がぽうっと赤く染まっていったんです。よく日に焼けた琥珀色の肌でも、それが分かるほどに。
「あー、えーと、その『綺麗になったね』と言おうとしたんだ」
ぽかんとするわたしに向かって、ヴィレムさまは顔の下半分を手で覆って口ごもります。そのせいで、声が明瞭に聞こえません。
わたしは、もっとちゃんと聞こうとしてテーブルに身を乗り出しました。
ヴィレムさまが積んでくださった円錐形のカソナードは、もう大半が崩れてしまっています。
「そんなに近寄られると、照れるんだが」
「す、すみません」
「いや、離れられても寂しい」
あの、何が正解なんでしょうか。それに何が綺麗なんですか?
ヴィレムさまはきつく瞼を閉じると、まるで意を決したかのように目を開きました。とても強いまなざしです。
「隠していても、うちの父かフランカのお父上が話すだろうから、先に白状するけど」
「はい」
「今日の見合いは、親同士が決めたことではなく。俺が頼んだんだ。フランカは、棘に捕まるほど接近するくらい薔薇が好きみたいだから、花の盛りのこの時期に、この庭で」
「それは……あの」
「どうしても君を花嫁にしたかったんだ……どうか俺と結婚してほしい」
何を仰っているの?
頭がぽうっとして、ヴィレムさまの仰っていることがよく分かりません。
風が吹いて薔薇の香りに包まれて。そしてさっきまでヴィレムさまを見つめていたわたしの視界に、今は抜けるような青空が広がっていて。
ああ、綿のような雲だわ、と思っていると。
「うわーっ。フランカっ、しっかりしろ」とヴィレムさまの声が聞こえて。わたしの顔を覗きこまれたの。
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