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一章
25、緊張の夕暮れ【1】
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お湯が熱いわけではないんです。なのに、顔が火照ってしまって。どうしようもないの。
だって、エルヴィンさまもわたしも裸のままで向かい合って。わたしはエルヴィンさまの膝に横向きに座っているんですもの。
互いに無言で、ただ天井から落ちる水滴の音だけが聞こえて。いつ髪や体を洗ったのか、いつお風呂から上がったのか覚えていないんです。
「まだ夕食には早いな」
お風呂から上がったエルヴィンさまは、濡れた頭にタオルを被せたままで懐中時計を手に取りました。
脱衣所も二人用には作られていないので、わたしはお湯に浸かったままで彼の様子を眺めています。
だってエルヴィンさま、扉を閉めてくださらないんですもの。
金色に輝く懐中時計の蓋をパチンと閉めると、エルヴィンさまがこちらに目を向けました。
これは呼ばれます。鈍いわたしでも察しはつきます。
「おいで、レナーテ」
き、来ました。わたしはタオルに手を伸ばし、体に巻きました。
エルヴィンさまは『少し先に進む』と仰いましたけど。キスの先を考えるだけで、緊張します。
わたしだって、まったく知識がないわけではないですから。
脱衣所に向かったわたしを、エルヴィンさまは乾いた新しいタオルで包んでくださいました。そのまま、髪をわしゃわしゃと拭いてくださいます。
その力強さに、首がもげてしまいそう。
「うわ、しまった。つい自分の髪の感覚で。レナーテの髪は細くて柔らかいから、絡まってしまうんだな」
「平気ですよ。櫛で梳かしますから」
「それは、俺がしない方がいいな。きっと髪が切れてしまう」
エルヴィンさまは困ったように、ひたいを手で押さえました。
あの、大丈夫なんですけど。子どもの頃はメイドに髪を拭いてもらっていましたけど。でも、ある程度の年齢になってからは自分で拭いていますし。
でも、エルヴィンさまがこうして手を貸してくださるのは、わたしが頼りなく見えるからでしょうか。
◇◇◇
俺は指に絡んだレナーテの髪をほどいた。それにしても細くて柔らかな髪だ。
湯上りの彼女の肌からは、うっすらと湯気が立っている。
俺よりも随分と身長が低くて、体も細いものだから。つい子ども扱いしてしまうが。もう十八なので成人年齢なんだよな。
「エルヴィンさま。あの、後ろを向いていてもらえますか? 着替えますので」
「いや、それは必要ない」
「でも、着替えを見られるのはさすがに……」
「着替えが必要ないと言ったんだよ」
「なぜ?」という言葉を封じるために、俺はレナーテの唇に人差し指を当てた。
彼女はその意味を察したようで、恥じらうようにうつむいた。長い睫毛が微かに震えている。
俺のしようとしていることは、すべて彼女を脅えさせてしまう。
レナーテ自身が知らなかった官能を引き出してしまうのだから。恐ろしくても仕方がないだろう。
体にタオルを巻いた彼女を横抱きにして、そのまま廊下を進み階段を上がる。外は豪奢な夕焼け空が広がっているのだろう。寝室は窓から差し込む光のせいで華やいでいた。
元は白いシーツなのに。夕暮れの所為で薔薇色や薄紫色に染まって見える。
レナーテをそっとベッドに降ろして、俺はゆっくりと彼女のタオルを取り去った。
だって、エルヴィンさまもわたしも裸のままで向かい合って。わたしはエルヴィンさまの膝に横向きに座っているんですもの。
互いに無言で、ただ天井から落ちる水滴の音だけが聞こえて。いつ髪や体を洗ったのか、いつお風呂から上がったのか覚えていないんです。
「まだ夕食には早いな」
お風呂から上がったエルヴィンさまは、濡れた頭にタオルを被せたままで懐中時計を手に取りました。
脱衣所も二人用には作られていないので、わたしはお湯に浸かったままで彼の様子を眺めています。
だってエルヴィンさま、扉を閉めてくださらないんですもの。
金色に輝く懐中時計の蓋をパチンと閉めると、エルヴィンさまがこちらに目を向けました。
これは呼ばれます。鈍いわたしでも察しはつきます。
「おいで、レナーテ」
き、来ました。わたしはタオルに手を伸ばし、体に巻きました。
エルヴィンさまは『少し先に進む』と仰いましたけど。キスの先を考えるだけで、緊張します。
わたしだって、まったく知識がないわけではないですから。
脱衣所に向かったわたしを、エルヴィンさまは乾いた新しいタオルで包んでくださいました。そのまま、髪をわしゃわしゃと拭いてくださいます。
その力強さに、首がもげてしまいそう。
「うわ、しまった。つい自分の髪の感覚で。レナーテの髪は細くて柔らかいから、絡まってしまうんだな」
「平気ですよ。櫛で梳かしますから」
「それは、俺がしない方がいいな。きっと髪が切れてしまう」
エルヴィンさまは困ったように、ひたいを手で押さえました。
あの、大丈夫なんですけど。子どもの頃はメイドに髪を拭いてもらっていましたけど。でも、ある程度の年齢になってからは自分で拭いていますし。
でも、エルヴィンさまがこうして手を貸してくださるのは、わたしが頼りなく見えるからでしょうか。
◇◇◇
俺は指に絡んだレナーテの髪をほどいた。それにしても細くて柔らかな髪だ。
湯上りの彼女の肌からは、うっすらと湯気が立っている。
俺よりも随分と身長が低くて、体も細いものだから。つい子ども扱いしてしまうが。もう十八なので成人年齢なんだよな。
「エルヴィンさま。あの、後ろを向いていてもらえますか? 着替えますので」
「いや、それは必要ない」
「でも、着替えを見られるのはさすがに……」
「着替えが必要ないと言ったんだよ」
「なぜ?」という言葉を封じるために、俺はレナーテの唇に人差し指を当てた。
彼女はその意味を察したようで、恥じらうようにうつむいた。長い睫毛が微かに震えている。
俺のしようとしていることは、すべて彼女を脅えさせてしまう。
レナーテ自身が知らなかった官能を引き出してしまうのだから。恐ろしくても仕方がないだろう。
体にタオルを巻いた彼女を横抱きにして、そのまま廊下を進み階段を上がる。外は豪奢な夕焼け空が広がっているのだろう。寝室は窓から差し込む光のせいで華やいでいた。
元は白いシーツなのに。夕暮れの所為で薔薇色や薄紫色に染まって見える。
レナーテをそっとベッドに降ろして、俺はゆっくりと彼女のタオルを取り去った。
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