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本編
09 同僚
しおりを挟む「っ!」
すぐにアプリを立ち上げて、返信をチェックする。
返事は短い一文だった。
『おつかれさん』
正直に言って、たったそれだけかとがっかりしてしまう。
体よく断られているのだろうか。既読だけつけ、どう反応するのが正解なのかと頭を抱えていたとき。
『昨日の今日で早いやん』
『なんやもう抱かれたくなってしもたん?』
ポコン、と立て続けにメッセージが入る。ドキドキと高鳴る心臓の音がうるさい。
咄嗟に周りを見渡すも食べに出ている人が多く、狼狽えるあやめを気にする人はいない。
そうこうしているうちに、ポコポコとメッセージは送られてくる。
『ごめんやけど急ぎの仕事入ってしもて』
『十日くらいしたら会えると思うねんけど』
『再来週の月曜とかどう?』
独り身で友達の少ないあやめに、終業後の予定など滅多に入らない。
今週も来週も何もなくてよかったとスマホを握り、大丈夫です、と文字を打つ。
『月曜仕事やんな? 終わるん何時?』
すぐに返事が返ってきて、それに十八時だと答える。
了解、の可愛いスタンプが送られてきたのを確認して、スマホを置いた。
「ふぅ……」
ずっと緊張し強張っていた肩が、やっと緩んだ気がする。デスクに置いてあるカレンダーの再来週の月曜日に、花の絵を描いてみた。
『お花の名前て俺と一緒やん』
緩く笑う藤の姿が思い出されて、それだけで午後からも頑張れそう、だなんて現金だろうか。
途端になにか甘いものが飲みたくなって、オフィスを出たところにある休憩スペースに向かおうと席を立つ。
自動販売機が三台とベンチが設置されていて、その隣には喫煙スペースもある場所だ。社内の陽キャたちがよくたむろしているから、あやめは滅多に行かないのだが。
もうすぐ昼休憩が終わりそうな今、コンビニに行く時間はないし仕方ない。
すぐに買えるよう小銭だけを握りしめて向かうと、予想通り若手が数人話をしていた。
「あ、中野だ。お疲れー」
「……お疲れ様です」
よくあやめにちょっかいをかけてくる別の課の男、渡部に愛想笑いを張り付けて会釈し、すぐに背を向けコインを入れる。
渡部は何かとあやめのすぐ近くまでやってきて、馴れ馴れしく話しかけてくる男だ。今回も当然のように「おい」と肩を叩かれて、ぞわりと総毛だった。
「っ、どうかしました?」
「お前さ、今日暇? 金曜だし時間あるだろ。飲みに行かね」
「あ~……すみません、今日は先約があって」
「は?」
「すみません。昼休み終わっちゃうので、失礼しますね」
そそくさとその場を離れると、後ろの方で「振られてやんの~」と茶化したような笑い声が聞こえる。
何度断ってもこうだ。そろそろ察してやめてほしい。同い年だったはずなのに、あやめを下に見ている言動も嫌だった。
お前、だなんて、あやめより年上であろう藤だって一度も言わなかったのに。
無意識に藤と渡部を比べてしまい、もうこれは完全に恋じゃないかと赤面してしまう。
「月曜日か……長いなぁ」
急ぎの仕事だと言っていたけれど、何をしているのだろう。
そういえば彼のことは『藤』という名前以外、何も知らない。それすら苗字なのか下の名前なのかもわからない。
不安は少しだけあるけれど、あやめだって同じように名前しか明かしていない……はずだ。
少々近寄りがたい見た目はしていたが、藤は先ほどの渡部とは比べ物にならないほど紳士的で、あやめのとりとめのない話を優しく聞いてくれた。それがあやめにとっての事実で全てだ。
「よし、頑張ろう」
ようやくすっきりしてきた頭を切り替えて、あやめはパソコンのキーボードを叩く。
午後からは朝からもたついていた分の仕事も捌ききり、無事に休日を迎えることができた。
藤との約束の日まであと九日。着ていく服を新調しようかとショッピングに出かけたが、これといってピンとくるものもなく、ただ時間を浪費しただけに終わった。本当に自分の体型が嫌になる。でも──
──藤さんは、一晩中可愛いって褒めてくれた……。
思い出せば赤面してしまうようなことも、藤はしてくれたし言ってくれていた。それが微かにあやめの自信にも繋がった気がする。だから、渡部に対してもいつもより強気でいられたのだ。
次の月曜日に会えることだけを楽しみに、あやめは翌週も仕事に打ち込んだ。
そうすれば勝手に時間が過ぎていくし、周りの視線も気にならなくなったから。
それによってあやめの評価が上方修正されていくのだが、彼女自身気づいていない。生き生きと魅力を溢れさせるあやめに、女子社員が更なる嫉妬を生んでいてもどこ吹く風だった。
そしてやっとのことで金曜日になる。
この週末を乗り切れば、と鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌でデスク周りを片付け、エレベーターに乗ったとき。
そこへ偶然にも渡部が乗ってきてしまった。
「お、中野だ。俺今日珍しく定時で上がれてさ。そうだ、お前これからちょっと付き合えよ」
「……渡部さん」
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