ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第三話

魔女に甘い魔法を

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『クッキー、キャンディ、チョコレート。
肥えよ、肥えよ、人の子よ。
パン釜の中でじっくり、ぱちぱち。
美味しく焼き殺し、食っちまおう』

 そのとき、嘲笑うような不気味な声が響いた。フレイは顔をサッと青くして、お菓子を食べるのを再開した。その反応からして、それが魔女の声なのだと察した。
 俺は何処から声が聞こえたのか、周囲を見渡した。

「今の不気味な歌は一体……」
「魔女の呪文です。……相変わらず、品のない呪文だ」
「呪文!? 奴も魔術が使えるのか!」
「魔女ですからね」

「来ますよ」とヨクルが言った。俺は身構えた。

『クッキー、キャンディ、チョコレート』

 地面からパンが膨らむようにして小人が現れた。とんがり帽子を深く被り、身体は黒いローブで覆われていた。帽子とローブの隙間から、紫色の瞳が見え隠れしている。

「あれが……甘い罠の魔女……」

 俺はヨクルとフレイを庇うように立った。魔女はこちらの動向をうかがっている様子だ。

「ティリルさん、フレイさんを背負って、外まで走ってくれますか」
「ヨクルはどうするんだ?」
「僕が魔女を引きつけます」

 ヨクルには何か策があるらしい。俺は素直に従うことにした。
 フレイに背中を向けてしゃがみ込み、彼の両手首を掴んで、立ち上がろうとした。だが、全く持ち上がらなかった。
 重い……重過ぎる! まるで、根の張った木を引っこ抜こうとしているみたいだ! これが魔女の下ごしらえとでも言うのか!

「ぐ……うおおおおお!」

 俺は大人の意地でフレイの体を持ち上げた。後ろにひっくり返りそうになったが、何とか持ち堪える。

『グミィー!』

 魔女がそれを見て叫び声を上げた。何か文句を言っているようだが、俺にはわからなかった。

「この子は貴女のものではない。彼は村の子供だ。返して貰おう」

 ヨクルは毅然とした態度で答えた。
 会話をしている……? ヨクルには魔女が何を言っているのかわかるのか?

『クッキー、クッキー、クッキー、クッキー!』

 魔女が呪文を唱えると、家の床、壁、天井から人の形をしたジンジャークッキーが出現し、俺達を囲んだ。

「異形……!」

 ここは妖霧の中、異形が出現しても不思議ではない。
 ヨクルはシップスベルを前に出した。

「我が愛しき同胞達よ、我に力を分け与えたまえ。銀鐘のヨクルの名に置いて命じる、凍結せよザミェルザーチ

 ヨクルの放った氷柱がジンジャーブレットマン達に突き刺さった。クッキーで出来た体はひび割れ、その場に倒れた。

「ティリルさん、今です」

 ヨクルの合図と共に俺は駆け出した。食堂を出て、廊下を引き返す。
 ヨクルも追いかけてくるジンジャーブレッドマン達を氷柱で牽制しつつ、後ろをついてきていた。
 開け放たれた玄関口が見えた。倒れたチョコレートのドアを踏みつけ、俺はお菓子の家から飛び出した。
 ──はずだった。
 森の中ではなく、石の壁に囲まれていた。

「なんだここ……!? 玄関から出たはずだよな!?」
「魔女が家の構造を変えたようです。ここはかまどの中……僕達ごと、調理するつもりなんでしょうね」
「そんな……!」

 じわじわとかまど内の温度が上がっている感覚を肌で感じた。本当に俺達を美味しく焼き上げるつもりらしい。
 ヨクルはシップスベルを軽く鳴らした。

凍結せよザミェルザーチ

 氷柱が魔法陣の上から飛び出し、石壁にめり込んだ。
 氷柱は接触してすぐに溶けていった。

「氷柱が……!」
「すみません……。この呪文では駄目だ……。熱に強い呪文……何だったか。早く思い出さないと……。はあ……熱い……」

 ヨクルはうなだれ、フラフラと体が横に揺れている。明らかに様子がおかしい。暑いからだろうか?
 この石壁を打破するには、ヨクルの魔術に頼るしかないのに。

「ヨクル! しっかりしろ!」

 俺はフレイを片手で支え、もう片方の手でポケットからハンドベルを取り出した。

「魔女め! ここから出せ!」

 俺はベルを思い切り振った。魔女にも異形除けのベルが効くだろうと思っていた。
 しかし、状況が好転することはなかった。ただ魔女の笑い声が大きくなるだけだった。

「魔女にベルの音が効かない……!? 異変は異形じゃないのか!?」

 俺はバランスを崩し、肩膝をついてしまった。背中に乗せていたフレイの体がころりと床に転がる。
 ヨクルに頼ってばかりでは駄目だ。俺が何とかしなくては、と思い、すぐに立ち上がった。俺は剣を抜き、石壁に向かって斬りかかった。剣が石壁に弾かれる音だけが虚しく響いた。
 どうすれば、ここから脱出出来るのか。剣を振りながら思考を巡らせるが、良い考えは浮かばなかった。
 俺の額からぼたぼたと汗が滴り落ちる。晒されている肌がじりじりと焼けている感覚がする。
 俺はなんて無力なのだろう……。

──ゴーン、ゴーン。

 鐘の音が遠くから聞こえきた。村にある消灯でニョルズが鳴らしているのだろう。今まで全く鐘の音が届かなかったというのに、やけにはっきりと聞こえた。

「……ああ、そうだ」

 ヨクルは思いついたように言った。手のひらを上に向け、空に手を差し出した。

「──こっちに来たまえイヂーシューダ

 魔女が突如、ヨクルの目の前に出現した。
 魔女は驚きの声を上げ、ヨクルから逃げようと背を向けた。ヨクルは逃すまいと魔女の体を抱き寄せた。

「貴女も暑いのは苦手だろう? 共に美味しく焼き上がろうではないか」

 魔女の悲鳴がかまどの中に響いた。何度も同じ言葉を叫んでいる。暑い、焼ける、溶ける──そう言っているようだった。

 俺達を囲っていた石壁がどろりと溶けていく。まるで、チョコレートが溶けていくように。


 気づけば、俺達は白い雪に覆われた森の中に立っていた。冷たい空気が汗を冷やし、思わず身震いしてしまう。
 お菓子の家は跡形もなくなっていた。
 俺は夢を見ていたのだろうか? ……いや、フレイの体は以前膨らんだままだ。
 そう思ったのも束の間、彼の体は徐々に萎んでいき、元の姿に戻っていった。その顔は双子の妹・フレイヤとそっくりだった。
 魔女の力がなくなったのだろうと、俺は安堵した。あの苦しそうなフレイの姿をあの家族に見せるのは酷だ。
 ヨクルは寒空を見上げていた。彼に雪がはらはらと降り注いでいる。
 声をかけようと口を開いた時、ヨクルがこちらを見た。

「村に戻りましょうか」

 何事もなかったかのように、平坦な声でヨクルは言った。
 俺はフレイを再び背負った。重かった体は非常に軽くなっていた。
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