ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第五話

一日目・リングワンダリング

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 俺達は静雪の村を出発し、奇妙な森へと入った。
 キャラバンととそり犬の歩幅に合わせているのか、ヨクルの歩みは普段よりゆっくりだった。
 確かにこのスピードでは霜降り町に到着するまで時間がかかるだろう。
 いくら歩いても、木と雪だけの変わらない風景。森を知る俺とヨクルはいつも通りだと流した。
 しかし、初めてこの森を歩く商人達は違った。

「へ、辺境伯様! さっきから同じところをぐるぐる回ってませんか!?」

 若い商人が声を荒げた。名前はアンゴラと言っただろうか。彼は不安と焦燥感からか、青い顔をしていた。

「心配いりません。予定通り、森を進んでいますよ」
「嘘をつけ! 俺は迷ってると思って、木に目印をつけておいたんだ。……ほら、この傷!」

 アンゴラは一本の木を指差した。そこにはナイフでつけたような傷があった。

「これが、同じところにぐるぐる回ってることの証明だ!」
「──森の木に傷をつけたんですか?」

 ヨクルの冷たい声に、その場の空気が凍りついた。

「勝手をされては困りますね」
「な、何が言いたいんだ」
「異変は自然に発生するものと、何か要因があって発生するものがあります」

 これまた初めて聞く話だ。俺は屋敷に戻ったらメモしようとヨクルの話に耳を傾けた。

「この異変は、『自分が同じところをぐるぐると回っているのではないか』と疑い、木に目印をつけることで発生するのです。目印をつけたが最後、永遠に同じ道に閉じ込められることとなります」
「そんな訳あるか!」

 アンゴラは鼻息を荒くして怒鳴った。

「あんたさっき、『予定通り、森を進んでる』って言ってたよな!? 俺が木に傷をつけて、暫く進んだあとに!」
「異変は感覚を狂わせます。それは、僕自身も例外ではありません。貴方が森の木に傷をつけたと知っていたら、返答は変わっていましたよ」
「信じられるか……! あんた、うさんくさいんだよ! こんな辺鄙なところに住んで、顔も隠して、一体何を企んでる!?」
「僕は何も企んでなどいませんよ」

 ヨクルは極めて冷静に答えた。

「このっ……!」

 アンゴラはヨクルに掴み掛かろうと手を伸ばした。

「まあまあ、一旦落ち着け」

 俺は見兼ねてアンゴラの肩を掴んで止めた。アンゴラは体を捻り、俺の手を振り払った。

「触るな! お前もこいつの仲間なんだろう!?」

 この様子では何を言っても信じてくれなさそうだ。
 俺はヨクルに目を向けた。

「ヨクル、何とかなるんだろう?」

 森に閉じ込められたにしては、ヨクルが非常に落ち着いているように見えた。おそらく、彼はこの異変から抜け出す方法を知っている。
 ヨクルはフッと笑い声を溢す。

「ええ。そのために僕がいます」

 ヨクルは傷がついた木に歩み寄り、傷にそっと手を当てた。

「眠りを妨げて申し訳なかった。安心して眠りたまえ」

 小声でそう呟いたあと、木から手を離した。
「ここにいて下さい」と俺達に言い、ヨクルは少し離れたところで立った。シップスベルを掴み、目の前に構える。

「森の雪達よ、森をあるべき姿に戻したまえ」

 ヨクルの周辺の積雪に、氷の結晶のような魔法陣が浮かび上がった。
「な、なんだこれ……!?」と商人達は驚き、地面を見渡した。

「我々を正しき道へと導きたまえ──鳴鐘」

 ヨクルのベルの音が響き渡った。
 ぱりん、と上から割れるような音がした。見上げると、空がひび割れ、破片が雪となって俺達に降り注ぐ。

「ふう。これで先に進めるはずです。もう森の木を傷つけてはなりませんよ。この森の木は雪達にとって特別な意味を持つものですから」
「特別な意味って?」
「この森の木々は……雪達の墓標です」
「え……」

 木々が騒めいたような気がした。まるで、肯定するかのようだった。

「雪って……死ぬのか?」

 俺は素っ頓狂な声で聞いた。

「雪は溶けるものでしょう。雪が溶けた時、雪達は地上を舞い、雪花を芽吹かせます。ここでは、多くの雪達が溶けました……」

 ヨクルは悼むように言った。

「森にある木、一つ一つには多くの雪達が眠っています。ですから、安易に傷つけてはなりませんよ」

 俺は「わかった」と頷いた。キャラバンの人達は理解してくれただろうかと、俺はアンゴラ達に目を向けた。彼らはぽかんと口を開けて、ヨクルを見つめていた。

「フロスティ辺境伯……貴方、魔術師なんですか?」

 ザーネンの声は震えていた。未知なる力への恐怖か、それとも畏敬か。

「そのようなものです。異変が起こる森に住んでいるのですよ。それくらい出来ても不思議ではないでしょう?」
「……いえ、すみません。驚いたんです。魔術師ってのは、城にしかいないもんだと思ってましたから。流石、辺境伯様ですね!」

 ザーネンは爽やかな笑顔を貼り付ける。

「先程はうちのもんが失礼しました。何分、若いもんで。あとできつく言っておきますんで……。今後ともよろしくお願いします、辺境伯様」

 へへ、と笑い、ザーネンはあからさまにごまをすった。ヨクルに掴みかかるアンゴラを止めもしなかった癖に、よく言う。
 ヨクルの魔術が自分の利になると判断したのだろう。都合の良い奴だ。

「ええ、勿論。無事、森の外までお連れしますよ。それが僕の役目ですから」

 ヨクルの返答に、ザーネンは笑顔を引き攣らせた。
 森の外でも仲良くしようと含みを持たせたのだろうが、ヨクルには伝わらなかったようだ。俺はざまあみろ、と思った。

 □

 日が落ちた頃、俺達は立ち止まり、テントを張って、野宿の準備をした。
 厚い薪を並べて焚き火台を作り、ヨクルが魔術で着火した。青白い炎にキャラバンのみんなは驚いていた。

「皆さん、明日に備えて眠っていて下さい。僕達が火の番をしますので」

「では、お言葉に甘えて」と商人達はテントの中で眠った。
 俺とヨクルは青白い焚き火を囲む。

「見張りは交代でするか?」
「皆さんがいる手前、ああ言いましたが、僕は眠らずとも問題ありません。ティリルさんもテントの中でお休み下さい」
「そういう訳にもいかない。俺も仕事だ──」

 ガコン、と荷物の方から音がした。

「この音……」
「し……。お静かに。皆さんが起きてしまいます」

 ヨクルは口元に指を当て、荷物に目を向けた。

「……どうやら、もう一人……客人がいるようですね」
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