ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第五話

二日目・異形の気配

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 二日目。
 太陽の光を感じて俺は目を覚ました。
 ヨクルは俺が意識を落とす前と変わらない姿勢で小さな青い火を見つめていた。

「おはよう、ヨクル……」
「おはようございます、ティリルさん。よく寝ていらっしゃいましたね」
「ああ……仮眠のつもりがぐっすり寝てちまった」

 俺は体を起こすべく、背伸びをした。

「様子はどうだ?」
「何度か異変が起こりましたが、こちらに影響はありません。異形は各所で出現していますが、彼らを送り届けてから対処して問題ありません」
「ああー……そうか。普段の異形退治もしなきゃなのか……。忙しいな。今まで一人でどうやってたんだ?」
「やることは今と変わりませんよ。さて、ティリルさんも起きたことですし、朝食の準備をしましょう」

 ヨクルは鍋を火にかけ、全員分のコーンポタージュを作り始めた。
 良き匂いが漂い始めると、テントの中からザーネンが顔を出した。

「おはようございます、辺境伯様、騎士様。良い匂いですね」
「おはようございます、ザーネンさん。よく眠れましたか?」
「ええ、見張りのお二人よりは間違いなく眠れたかと」

 ぐっすり眠っていた俺はバツが悪かった。

「それは良かったです。ああ、そういえば、見張りの最中、荷物の方から音が聞こえたのですが……」

 ヨクルの言葉に、とザーネンの眉がぴくりと動いた。

「もしや、生きた家畜が? 困りますねえ。そういうことは事前に伝えてくれませんと」
「すみません。ただの家畜ですから」
「生き物は瘴気の影響を強く受けるんですよ。異形化しているかもしれません。拝見させて頂いても?」
「いや……それは……」
「何か不都合が?」
「いえ、異形化しているのなら、開けた瞬間に襲ってくるかもしれないでしょう? せめて、町に着いてからにしませんか?」
「はあ……わかりました。この旅に影響が出ないと良いのですが」

 ヨクルは簡単に引き下がった。
 ザーネンに続いて、キャラバンのメンバーが次々に起きてきた。ヨクルは彼らに温かいコーンポタージュを振る舞った。

「全員いらっしゃいますか?」

 ヨクルはザーネンに尋ねた。
 ザーネンは点呼をとる。キャラバンのメンバーは朝食を食べながら、返答をした。

「全員起きてますね」
「では、朝食の後、出発しましょうか」

 □

 俺達は霜降り町へ向かって歩き出した。
 少し進んだ後、ヨクルはふと立ち止まり、顔を上げた。

「どうしたんだ?」

 俺は尋ねた。

「異形発生の鐘が鳴っています」

 俺は耳を澄ませたが、鐘の音は聞こえなかった。

「全く聞こえないが……」
「聞こえなくても無理はありません。ここは屋敷から遠いですからね。ふむ。発生位置はここから近いですね……」

 ヨクルはキャラバンのメンバーの方を向いて一体。

「遭遇する前に対処してきます。皆さんはここで待機して下さい。ティリルさん、この場は任せました」

「ああ、わかった」と俺は頷いた。

「は!? 離れるんですか!?」

 アンゴラが叫んだ。

「異形退治なんて騎士の仕事でしょう! 辺境伯様! おれらから離れないで下さい! お願いします!」

 アンゴラはヨクルに縋りついた。昨日、あれだけヨクルを疑っていたのに随分な変わりようだ。ヨクルの魔術は見せられたら、盲信してしまう気持ちはわかるが……。

「彼を一人で行かせるのは難しいですね。異形の位置も、我々の位置もわからなくなってしまいますから。心配いりません。すぐに戻りますから」
「辺境伯様!」

 ヨクルはアンゴラの手をそっと離し、呼び止める声を無視して、木々の間に消えていった。
 それから暫くして、紫色の霧が出てきた。

「な、なんだ、この霧……」

 アンゴラ達キャラバンのメンバーは顔を青くした。
 異形が近づいてきたのかもしれないと、俺は警戒した。

「これ、大丈夫なのか!?」
「今、フロスティ辺境伯が対処してるところだ。異形が襲ってきたとしても俺がいる」

 同じような問答を何度か繰り返している内に、妖霧が晴れた。アンゴラ達はホッとしたのか、無駄な問答をやめた。

 少しして、ヨクルが戻ってきた。
「辺境伯様!」とアンゴラ達は叫び、ヨクルの帰還を喜んだ。

「お待たせしました。どうでしたか?」
「問題ない。そっちは?」
「無事対処しましたよ。数が多く、少々手間取ってしまいました」

 ヨクルは申し訳なさそうに言った。「無事で何よりだ」と俺は気にしてないように答えた。

「進みましょうか」

 ヨクルの号令で、キャラバンは再び動き出した。

 □

 その日の夜。
 商人達が寝静まった頃。俺とヨクルは火の番をしていた。
 他愛のない会話をしていると、再び木箱の中から、ゴトンと音が聞こえた。

「また、荷物から音が……」
「ザーネンさんは中身を僕達に見せたくないようでした。家畜ではないのでしょう。彼らの正体はおそらく、奴隷商人……」
「なっ!」

 大きな声が出て、俺は咄嗟に手で口を塞いだ。起こしてないだろうか、とテントに目をやるが、起きたような気配はなく、安心した。

「……問い質すか?」
「素直に話してくれるのなら良いのですが。無理でしょうね」

 確かに、ザーネンを問い詰めたとしても、のらりくらりとかわされるだけだろう。相手は仮にも商人だ。口の巧さでは敵わない。

「二日も飲まず食わずで、この寒さに耐えられるとなると、人間ではないのかもしれません」
「何とか助けてやれないだろうか」
「……それは」
「出過ぎたことだとはわかってる。俺達は自警団じゃないってことも。だけどせめて、温かい食事を食べさせてやりたい。もう何日も食べてないのは辛いだろう……」

 この二日、キャラバンの連中が木箱の中の奴隷を全く世話していないのを見て来ている。だから、俺は食事だけでもと思った。どんな生き物であれ、食事はなくてはならないものだ。何とかして、木箱を開けたいが……。

「実は一つ、異変が起きているのです」
「え!?」
「ティリルさんは気づいていなかったようですね。おそらく、キャラバンの方々もそうでしょう」

 ヨクルは手で皆が寝ているテントを示した。テントの隙間から紫色の霧が出て来ている。異変が起きているのは事実らしい。

「害のある異変ではないので放っておいたのです。それを利用しましょう」
「利用って……どうするんだ?」

 ヨクルは俺の顔を真っ直ぐ見据えた。

「ティリルさん、僕と一芝居打ってくれませんか?」
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