ヨクルと奇妙な森

フオツグ

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第五話

値踏みするような視線

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 ヨクルは他のキャラバンの人間に視線を向けた。

「森を通るのは彼らで間違いありませんか?」
「はい。手紙でお伝えした通り、キャラバンのメンバーは私含めて七人です」

 キャラバンの人間は七人。リーダーのザーネン。ザーネンの部下。その家族や兄弟だったりといった繋がりがあるようだ。
 ……正直、全ての顔と名前を覚えていられない。俺は全員の名前と特徴、関係性をさっと手帳に書いておいた。
 ヨクルは続いて、荷物の乗ったそりの方に目を向けた。

「物資はこれで全てですか?」

「ええ」とザーネンは頷いた。
 荷物が積まれた木製の大型そりが二つ。そして、そのそりを引く四匹のそり犬達。そり犬達は皆白い毛並みで、精悍な顔つきをしていた。なかなか頼もしい。
 七人のキャラバンメンバー、荷物の乗った二つのそり、そして、四匹のそり犬……これらが今回、俺達の守り抜くもの達だ。

「中身を伺っても?」
「燃料や保存食、茶葉など色々……まあ、普通の商品ですよ。何か問題でもありますか?」
「いえ。森の中では数が減ったり、増えたりすることが多いので、森に入る前に数を確認しておいた方がよろしいかと」
「減る……?」

 ザーネンは眉を顰めた。

「商品が減るのは困りますよ! 商人にとって、商品は命ですから」
「減ることは滅多にありません。減らすより増やす方が簡単ですし、面白いですから」
「はは。まるで、辺境伯様が増減させるような物言いですね」

 ザーネンの口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。確かに、今の言い方だとヨクルが悪戯の犯人のように聞こえてしまう。

「まさか」

 ヨクルは短い言葉で否定した。

「増えた荷物は森から離れれば消えますから問題ありません。しかし、荷物紛失時の補償は出来かねます」
「そんな!」
「何分、貧乏貴族なもので……。一々補償金を支払っていては、僕達の生活がままならなくなってしまいます。商品が心配ならば尚のこと、迂回ルートをお勧めします」
「余程、森を通られたくないんですね」

 ザーネンは嫌味っぽく言った。

「森は危険ですから」

 ヨクルは笑い混じりに答えた。

「この旅で何が起こるか、僕でも予想が出来ません。しかし、貴方がたの命は必ず守り抜くと約束しましょう」

 ふと、ゴン、と何かを叩くような音がした。
 俺は音がした方に目を向けると、そりに載せられた木箱からだった。意識してみると、中から生き物の唸り声が微かに聞こえる気がした。

「ザーネン殿は家畜も売ってるのか?」

 俺はザーネンに尋ねた。

「え? いえ、家畜は売ってませんけど……何か?」
「おかしいな。確かに、荷物の方から獣の気配がしたんだが」
「あ、ああ。毛皮も載せているからですかね」

 毛皮が動くものかと、俺は眉をひそめたザーネンの焦った様子も気にかかる。
 俺はヨクルにそっと耳打ちした。

「ヨクル、荷物の中を確認した方が良いかもしれない」

 何か違法なものを積んでいる可能性があるからと含みを持たせて言った。しかし、ヨクルは首を横に振った。

「それは出来ません。荷物を調べられたくないからと案内を拒否され、勝手に森に入られるのが一番困ります」
「危険物が領地内に持ち込まれても良いのか?」
「静雪の村に危険物を留めておくよりはマシでしょう」
「だが……」

 危険物が他の場所に移動するのを黙って見てろと言うのか。
 俺が荷物に目を向けると、ヨクルはため息を一つついた。

「ティリルさん、不安なのはわかりますが、今は飲み込んで下さい。奇妙な森はその危険性故、司法の目が行き届かないところ。それを利用する無法者が後を立ちません」

 密輸犯、逃亡犯……想像に容易い。こんな辺鄙な森まで追っ手は来ない。

「ですが、僕達には関係のないことです。僕達は自警団ではありません」

 俺は唇を噛み締める。犯罪の片棒を担がされているのに、何故ヨクルは平然としているんだ。彼は正義感のない人間だったのか。
 ヨクルに失望してしまいそうになる。そんな自分が嫌だった。彼は友人だから、嫌いになりたくなかった。

「……納得いかないような顔ですね。ご安心を。後ろ暗い事情を抱えた人間達は、異変の格好の餌ですから」
「どういう意味だ?」
「人間は勧善懲悪の物語がお好きでしょう? 森の雪達も好きなのですよ。小悪党が正義の名の下に蹂躙される様が……」

 ヨクルは森の方を見た。

「ほら……森の雪達の声が聞こえるでしょう? 彼らが森に足を踏み入れるのを、今か今かと待ち望んでいます……」

 耳を澄ませても俺には何も聞こえない。

「……なあ、この人、大丈夫なのか?」

 キャラバンメンバーの一人が俺に耳打ちする。知らない人から見れば、ヨクルがスピリチュアルに傾倒している変な人に見えるだろう。そう思う気持ちはわかるが……。

「長年の直感をああ言い表しているだけで、悪い人じゃないぞ。まあ……フロスティ辺境伯の直感は結構当たる、とだけ言っておこう」

 後ろめたい人間は奇妙な森で痛い目に遭うとヨクルが言うなら、信じてみよう。彼は森のことをよく知っている。

「ザーネンさん、この村の人から何か受け取りましたか?」
「村長さんから人数分のハンドベルを貰いました。何でも、異形除けだとかで」
「ええ、ベルの音は確かに異形除けの効果があります」
「ベルにそんな効果があるとは。このベルを売れば、金になりますね」

 ザーネンはまじまじと受け取ったハンドベルを見た。

「残念ですが、奇妙な森の外では強い効果が見込めないでしょう。気休め程度にしかなりません」
「ここの土地柄、ということですか?」
「土地ではなく、僕の銀鐘がここにあるから、ですね」

 ヨクルは常に身につけている、銀色のシップスベルを見せた。

「僕の銀鐘は少々特殊でしてね。このベルの音と他のベルが共鳴することで、異形除けの効果を高めることが出来るのです」

 初めて聞く話だ。静雪の村の鐘もヨクルの銀鐘と共鳴しているから、異形を寄せ付けないのだろうか? だから、ヨクルはこの森を離れられないのか……。

「ほう……」

 ザーネンの目がギラリと光った。その目はまるで、獲物を見つけた獣のようだった。

「そのベルはどのような製造されているんです? それとも、材料が特殊なものなんですか?」

 それを一つ作れば、普通のベルを売るだけで一生稼げる。そういう浅い考えが見てとれた。

「これと同じものを作るのは諦めて下さい」
「それはどうしてですか?」
「僕も知らないのです。製造方法や材料……何故このような力が宿っているのか。ただ、使えるから使っているだけで」
「え、得体の知れない力に頼ってるということですか?」
「ええ。しかし、今までそれで困ったことはありません。おそらく、この旅でも困らないでしょうから、安心して下さい」

 ヨクルは宥めるように言った。ザーネンの心配事はそこではない。

「……色々と聞いてすみません。不躾でしたね」
「いえ。少し驚きました。僕の銀鐘を作ろうなどと考える人間がいるとは……」

 ザーネンはしおらしくなったが、ヨクルの銀鐘を見る目は変わっていない。
 この商人、同じものを作れないからと言って、ベルを盗んで売ろうとか考えてないだろうな。
 ヨクルは戦い慣れしているから、一介の商人が何人かかったって負けることはない。睡眠もいらないから、彼の目を盗むことは出来ないだろう。
 だが、警戒しておくに越したことはない。少しでも怪しい行動を取ったら、ヨクルの騎士として、問答無用で拘束させて貰おう。

「ザーネンさん、ロープはありますか?」
「ああ、準備してますよ」

「ほら」とザーネンはロープを見せた。

「それは良かった。人と人との距離が離れ過ぎると、はぐれてしまう危険性があります。皆さんの体と体を繋いで置いて下さい」
「わかりました。辺境伯様と騎士様も繋ぎますか?」
「いえ。剣を振り回した際、貴方がたを振り回してしまいますから」

 ヨクルは自身の剣を見せた。

「辺境伯様も剣の心得がお有りで?」
「ええ。見様見真似ですがね」

 見ただけであんな剣が振るえるものか、と俺は心の中で思った。

「貴方がたも剣をお持ちのようで」
「持っているだけですよ。何の役にも立ちません」
「ふむ。では、森の中で僕と離れることがないようにして下さい。さて、そろそろ森に入りましょう。準備はよろしいですか?」

 ヨクルが尋ねると、ザーネンは頷き、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
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