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第五話
冷たい森の中、ただ待つだけ
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俺は月追い狼の少年を追っていた。
狼の少年の足は早かった。初めのうちは全く追いつけなかったが、今は手を伸ばせば届く距離にいる。狼の少年の速度が急激に落ちてきているのだ。寒さと空腹のせいで体力が限界なのだろう。
俺はちらりと後ろを確認する。キャラバンの連中は追ってきてないようだ。ヨクルが上手く足止めしてくれているのだろう。
キャラバンと大分離れた。そろそろ捕まえても良いだろう。
俺は足を早め、狼の少年の腕を掴んだ。
「待てって。もう体力の限界なんだろう」
「がるる! 離せ!」
狼の少年は暴れ、喉を唸らせて睨みつける。
「お前! あいつらの仲間!」
「俺はお前の味方だ」
「嘘だ……! あいつらといた! 追いかけてきた……! また捕まえるつもりだ!」
狼の少年はたどたどしい言葉遣いで俺を非難した。
「大丈夫だ。あいつらはもういない」
「がるる……うう……」
少年は力なく膝を折った。何日も食事を貰えず、寒い木箱の中に閉じ込められていたのだから、無理もない。
俺はポケットをまさぐった。酒のつまみにと持ってきていた、ジャーキーが入っていた。
「食べるか?」
俺は狼の少年にジャーキーを差し出した。
少年は鼻をふんふんと鳴らすと、涎を啜ってジャーキーを見つめた。
「ほら」と目の前に突きつけてやると、少年はジャーキーを奪い取り、かぶりついた。何日振りかの味に喜び、少年の目には涙が滲んでいた。
奪われる前に食べてやると言わんばかりにジャーキーを頬張る。
「誰も盗らないから、ゆっくり食べろ」
俺は胸を撫で下ろしながら言った。
「あんな寒いところにずっと閉じ込められて……辛かっただろう。直ぐ屋敷に行って、暖をとりたいところだが……俺には道がわからなくてな。ヨクルが来るまで、待ってなきゃならないんだ」
それが、昨夜ヨクルと立てた計画だ。
まずは、閉じ込められている奴隷を木箱の中から解放する。そのために、異変を利用した。異変が起きている原因が箱の中の商品であると言い、強引に箱を開ける。
奴隷が動けないようだったら、食事をとらせる。そして、奴隷が気力を取り戻したら、森の中で逃す。ヨクルが少年に背を向け、隙を作ったのもわざとだ。
「この森の中でなら、彼らを撒くことが容易です」とヨクルが言っていた。「危険じゃないか」と言ったら、「ティリルさんは奴隷の保護をお願いします。僕が必ず迎えに行きますから」と言われた。俺はヨクルの言葉を信じた。
俺は奴隷を保護する。ヨクルはキャラバンの連中を足止め、霜降り町まで送る。森の中で合流する手筈になっている。
俺は少年の横に腰掛けた。
「名前はなんて言うんだ?」
「ヒューキ……」
「ヒューキか。良い名前だな。俺はティルヴィングって言うんだ。ティリルで良い」
「ティリル……」
名前を呼ばれたことで、少し心を開いてくれた気がして嬉しかった。
「ヒューキは何処から来たんだ?」
「知らない。いろんなとこ、走り回ってた」
「放浪してたのか」
「ホウロウ? わからない」
ヒューキは言葉の意味がわからない、と首を横に振った。
「ヒューキ達は〝マーニ〟を追いかける。ヒューキ達の本能だ」
「マーニ……ってなんだ? 動物か?」
「マーニはマーニだ」
「それを狩って食べるのか?」
「お前、何言ってる? マーニは狩れない」
ヒューキは当たり前だ、というように呆れた顔をした。月追い狼は〝マーニ〟とやらを捕食しているのかと思ったが、違うようだ。
「ヒューキ達はマーニを追いかけてた。マーニを見てたとき、あいつらが来た」
ザーネン達のことだろう。
「あいつらは大きい音を鳴らした。そうしたら、仲間が血を流して倒れた……」
「大きい音?」
「『パン!』って音だった。ニンゲンは黒くて長い筒を持ってた。焦げたような嫌な臭いがした」
「猟銃で撃たれたのか……」
おそらく、その仲間は助からなかったのだろう。ザーネン達がわざわざ治療するとは思えない。
ヨクルは今、銃を持った相手といるのか。撃たれてないと良いが……。
「ヒューキ、音にびっくりして動けなかった、だから、捕まった。狭くて、寒かった……」
ヒューキの体が傾いた。俺はヒューキを抱き止める。体は冷え切っていた。
「……ヒューキ?」
ヒューキは目を閉じていた。微かだが息はある。
火を起こそうにも、薪も火種もない。
俺は震えるヒューキの体を包み込むように抱き締めた。
俺はハンドベルを取り出して、一定の間隔で鳴らす。俺はここにいる、とヨクルに伝えるためだ。
どのくらい時間が経っただろう。俺はハンドベルを鳴らし続けていた。
もうすぐヨクルが来るはずだ。きっと、もうすぐ、もうすぐ……。
手が悴んで、ハンドベルを落としてしまった。それを拾う気力すらなかった。
俺はここで死ぬのか、そう覚悟したとき、冷たい風が頬を撫でた。
「──お待たせしました、ティリルさん」
頭上から声が聞こえて顔を上げると、見知ったかぼちゃ頭があった。
「ヨクル……」
俺はヨクルの姿を見て、心底ホッとした。
「彼、目を覚さないんだ。助けてやれるよな……?」
俺は目頭が熱くなった。
ヨクルに眠っているヒューキを見せる。
「……辛い役回りをさせてしまいましたね。大丈夫ですよ。月追い狼の子は生命力が強いですから。暖炉のある部屋で、暖かい食事を用意すればきっと目を覚まします」
ヨクルは手を差し出した。
「さあ、屋敷に戻りましょう」
狼の少年の足は早かった。初めのうちは全く追いつけなかったが、今は手を伸ばせば届く距離にいる。狼の少年の速度が急激に落ちてきているのだ。寒さと空腹のせいで体力が限界なのだろう。
俺はちらりと後ろを確認する。キャラバンの連中は追ってきてないようだ。ヨクルが上手く足止めしてくれているのだろう。
キャラバンと大分離れた。そろそろ捕まえても良いだろう。
俺は足を早め、狼の少年の腕を掴んだ。
「待てって。もう体力の限界なんだろう」
「がるる! 離せ!」
狼の少年は暴れ、喉を唸らせて睨みつける。
「お前! あいつらの仲間!」
「俺はお前の味方だ」
「嘘だ……! あいつらといた! 追いかけてきた……! また捕まえるつもりだ!」
狼の少年はたどたどしい言葉遣いで俺を非難した。
「大丈夫だ。あいつらはもういない」
「がるる……うう……」
少年は力なく膝を折った。何日も食事を貰えず、寒い木箱の中に閉じ込められていたのだから、無理もない。
俺はポケットをまさぐった。酒のつまみにと持ってきていた、ジャーキーが入っていた。
「食べるか?」
俺は狼の少年にジャーキーを差し出した。
少年は鼻をふんふんと鳴らすと、涎を啜ってジャーキーを見つめた。
「ほら」と目の前に突きつけてやると、少年はジャーキーを奪い取り、かぶりついた。何日振りかの味に喜び、少年の目には涙が滲んでいた。
奪われる前に食べてやると言わんばかりにジャーキーを頬張る。
「誰も盗らないから、ゆっくり食べろ」
俺は胸を撫で下ろしながら言った。
「あんな寒いところにずっと閉じ込められて……辛かっただろう。直ぐ屋敷に行って、暖をとりたいところだが……俺には道がわからなくてな。ヨクルが来るまで、待ってなきゃならないんだ」
それが、昨夜ヨクルと立てた計画だ。
まずは、閉じ込められている奴隷を木箱の中から解放する。そのために、異変を利用した。異変が起きている原因が箱の中の商品であると言い、強引に箱を開ける。
奴隷が動けないようだったら、食事をとらせる。そして、奴隷が気力を取り戻したら、森の中で逃す。ヨクルが少年に背を向け、隙を作ったのもわざとだ。
「この森の中でなら、彼らを撒くことが容易です」とヨクルが言っていた。「危険じゃないか」と言ったら、「ティリルさんは奴隷の保護をお願いします。僕が必ず迎えに行きますから」と言われた。俺はヨクルの言葉を信じた。
俺は奴隷を保護する。ヨクルはキャラバンの連中を足止め、霜降り町まで送る。森の中で合流する手筈になっている。
俺は少年の横に腰掛けた。
「名前はなんて言うんだ?」
「ヒューキ……」
「ヒューキか。良い名前だな。俺はティルヴィングって言うんだ。ティリルで良い」
「ティリル……」
名前を呼ばれたことで、少し心を開いてくれた気がして嬉しかった。
「ヒューキは何処から来たんだ?」
「知らない。いろんなとこ、走り回ってた」
「放浪してたのか」
「ホウロウ? わからない」
ヒューキは言葉の意味がわからない、と首を横に振った。
「ヒューキ達は〝マーニ〟を追いかける。ヒューキ達の本能だ」
「マーニ……ってなんだ? 動物か?」
「マーニはマーニだ」
「それを狩って食べるのか?」
「お前、何言ってる? マーニは狩れない」
ヒューキは当たり前だ、というように呆れた顔をした。月追い狼は〝マーニ〟とやらを捕食しているのかと思ったが、違うようだ。
「ヒューキ達はマーニを追いかけてた。マーニを見てたとき、あいつらが来た」
ザーネン達のことだろう。
「あいつらは大きい音を鳴らした。そうしたら、仲間が血を流して倒れた……」
「大きい音?」
「『パン!』って音だった。ニンゲンは黒くて長い筒を持ってた。焦げたような嫌な臭いがした」
「猟銃で撃たれたのか……」
おそらく、その仲間は助からなかったのだろう。ザーネン達がわざわざ治療するとは思えない。
ヨクルは今、銃を持った相手といるのか。撃たれてないと良いが……。
「ヒューキ、音にびっくりして動けなかった、だから、捕まった。狭くて、寒かった……」
ヒューキの体が傾いた。俺はヒューキを抱き止める。体は冷え切っていた。
「……ヒューキ?」
ヒューキは目を閉じていた。微かだが息はある。
火を起こそうにも、薪も火種もない。
俺は震えるヒューキの体を包み込むように抱き締めた。
俺はハンドベルを取り出して、一定の間隔で鳴らす。俺はここにいる、とヨクルに伝えるためだ。
どのくらい時間が経っただろう。俺はハンドベルを鳴らし続けていた。
もうすぐヨクルが来るはずだ。きっと、もうすぐ、もうすぐ……。
手が悴んで、ハンドベルを落としてしまった。それを拾う気力すらなかった。
俺はここで死ぬのか、そう覚悟したとき、冷たい風が頬を撫でた。
「──お待たせしました、ティリルさん」
頭上から声が聞こえて顔を上げると、見知ったかぼちゃ頭があった。
「ヨクル……」
俺はヨクルの姿を見て、心底ホッとした。
「彼、目を覚さないんだ。助けてやれるよな……?」
俺は目頭が熱くなった。
ヨクルに眠っているヒューキを見せる。
「……辛い役回りをさせてしまいましたね。大丈夫ですよ。月追い狼の子は生命力が強いですから。暖炉のある部屋で、暖かい食事を用意すればきっと目を覚まします」
ヨクルは手を差し出した。
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