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第五話
月追い狼の子
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フロスティ邸に辿り着いた頃には、すっかり
日が沈んでいた。
客室のベッドにヒューキを寝かせ、暖炉に火をつけた。青い炎に照らされたヒューキの顔は青白かった。
パチパチと火が弾ける音がする。徐々に部屋が温まっていく。
俺はベッドの近くに椅子を持ってきて座った。ヒューキの寝顔をじっと眺めた。
「う……」
ヒューキがみじろいだ。俺は立ち上がり、ヒューキの顔を覗き見た。彼の瞼がゆっくりと開く。
「目が覚めたか? ヒューキ」
ヒューキは目を開け、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「ティリル……」
「お。俺の名前、覚えてくれたみたいだな」
俺は彼に笑いかけた。
ヒューキは視線を彷徨わせた。
「ここ、どこ……?」
「ここはフロスティ邸……俺が住まわせて貰ってる屋敷だ。安全は俺が保証する」
俺は安心させるためにヒューキの頭を撫でた。彼の表情が少しだけ綻んだように見えた。
「あたたかい……」
ヒューキは布団に顔を埋めた。
一先ず、彼が無事で良かった。
「お目覚めになりましたか、月追い狼の子」
ホッとしたのも束の間、ヨクルが部屋に入ってきた。
「かぼちゃニンゲンっ……!」
ヨクルを見て、ヒューキは一瞬にして飛び起き、姿勢を低くして、唸った。
「あいつらの仲間!」
「仲間……というと、少し違うかもしれません。雇い、雇われの関係でしたから。その関係も、先程終わらせてきました」
ヨクルは両手で自身の頭の中かぼちゃを被せ直すと、胸に手を当てて礼をした。
「僕は奇妙な森の管理者兼案内人、ヨクル・フロスティと申します。僕は貴方を害するつもりはありません」
「嘘だ……! あいつらといた!」
ヒューキは毛を逆立て、がるる、と喉を鳴らして威嚇した。
「大丈夫だ。ヨクルは悪い奴じゃない」
俺はヒューキを宥めた。しかし、ヒューキは威嚇を止めない。
ヨクルは踵を返して言った。
「今丁度、シチューを煮込んでいるところです。お持ちしましょう。ティリルさんもいかがですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺の言葉にヨクルは頷くと部屋を出た。ヒューキはフッと肩の力を抜いた。
「ヨクルは怖いか?」
俺は優しい口調でヒューキに尋ねた。
「確かにヨクルはかぼちゃを被ってて不気味だよな。でも、怖がる必要はない。ヒューキをあいつらから逃がそうと言い出したのはヨクルなんだ。暖かい暖炉もベッドも、ヨクルが用意してくれたんだぞ」
「だから、安心して良い」と俺はヒューキに笑いかけた。だが、ヒューキは「そうじゃない」と強く否定した。
「あいつ、生きてない」
「……え?」
俺は耳を疑った。
「あいつから生きてる臭いがしない……まるで死体が動いてるみたいだ。死の臭いは嫌いだ」
確かに、俺も最初はヨクルのことを死人みたいだと思った。だが、ヨクルは動いて話している。とても、死んでいるとは思えない。
だが、ヒューキが嘘を言ってるようにも見えない。本当にそう思ってるのだろう。
「ヒューキ、その話、詳しく──」
「お待たせしました」
ヨクルが戻ってきた。俺は言葉を打ち切った。ヨクルが死んでるかもしれないなんて話、本人に聞かれてはならないと思った。
ヨクルの両手にはシチューの入った皿があった。皿からは湯気が漂い、シチューの良い匂いがする。
ヨクルは二つの皿を俺に手渡した。自分怖がられているから俺から渡せ、ということだろう。
「ほら、どうぞ」
俺はヒューキに皿を渡した。
「……ありがと、ティリル」
ヒューキは両手で器を受け取った。スプーンを渡す前に、ヒューキは皿に直接口をつけて煽った。
「美味しい……」
ヒューキはシチューを飲み、ほう、と息をついた。目には涙が滲んでいる。
「おかわりもあるぞ。いっぱい食べろ、ヒューキ」
「うん……」
ヨクルは二人の顔を交互に見た。
「おや、お二人はもう仲良くなったんですね」
「まあな」
「お名前はヒューキさんと言うのですね。月追い狼に相応しい、力強い名前です」
「なあ、ヨクル。その……月追い狼ってどんな狼なんだ?」
俺はふと疑問に思っていたことを尋ねた。
「月追い狼が人間と狼の混血種であることは教えましたね。彼らは月──狼語で言う〝マーニ〟を追って生活しています」
「〝マーニ〟! ヒューキが言ってたマーニって月のことだったのか! でも、月を追うって……?」
「月が沈み、太陽が昇り、一日が始まる……自然の摂理です。しかし、その裏には、月追い狼の存在があります。彼らが月を追い立てることで、我々は朝を迎えることが出来るのですよ」
「ヒューキ達、月追う。でも、月に追いついたことない……」
ヒューキはがっくりと肩を落とした。
「そうだったのか。俺はずっと、月が勝手に沈んでいるものだと思ってた」
「月追い狼の存在を知らなければ、そう考えるのも仕方がないかと」
ヨクルは窓に近づいた。空には白い月が浮かんでいる。
「以前、月追い狼は頻繁に森の中へと侵入し、雪を踏み荒らしていきました。僕は大変迷惑したものです」
ヨクルはため息をついた。
「それが最近めっきりと見かけなくなり、夜が長くなるのも感じていました。まさか、月追い狼が異形商人に目をつけられていたとは……」
「そもそも、ヒューキは異形なのか……? とてもそうは見えないが」
俺はヒューキが異形とはどうしても思えなくて、そう聞いた。
「ええ、月追い狼は異形ではありません。しかし、人間は自分の常識に当てはまらない生物を〝異形〟と一括りにするでしょう。……人間は今も昔も変わりません」
何となく、ヨクルからヒューキへの同情を感じた。ヨクル自身も異形と呼ばれた経験があるのだろうか。
かぼちゃを被った凄腕の魔術師など、はたから見れば異様に映る。人里離れた辺境に一人で住むのも、頑なに顔を隠すのも、それが原因なのかもしれない。
「ティリルさん、今も異形の売買は禁止されてますよね?」
「あ、ああ。禁止だ」
異形は人を害する瘴気を纏っている。生きた異形も、死んだ異形も、人間に害を為す。故に、異形の所持やそのやり取りは完全に禁止されている。
「それは良かった」
そう言ったヨクルの声は心なしか弾んでいた。
日が沈んでいた。
客室のベッドにヒューキを寝かせ、暖炉に火をつけた。青い炎に照らされたヒューキの顔は青白かった。
パチパチと火が弾ける音がする。徐々に部屋が温まっていく。
俺はベッドの近くに椅子を持ってきて座った。ヒューキの寝顔をじっと眺めた。
「う……」
ヒューキがみじろいだ。俺は立ち上がり、ヒューキの顔を覗き見た。彼の瞼がゆっくりと開く。
「目が覚めたか? ヒューキ」
ヒューキは目を開け、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「ティリル……」
「お。俺の名前、覚えてくれたみたいだな」
俺は彼に笑いかけた。
ヒューキは視線を彷徨わせた。
「ここ、どこ……?」
「ここはフロスティ邸……俺が住まわせて貰ってる屋敷だ。安全は俺が保証する」
俺は安心させるためにヒューキの頭を撫でた。彼の表情が少しだけ綻んだように見えた。
「あたたかい……」
ヒューキは布団に顔を埋めた。
一先ず、彼が無事で良かった。
「お目覚めになりましたか、月追い狼の子」
ホッとしたのも束の間、ヨクルが部屋に入ってきた。
「かぼちゃニンゲンっ……!」
ヨクルを見て、ヒューキは一瞬にして飛び起き、姿勢を低くして、唸った。
「あいつらの仲間!」
「仲間……というと、少し違うかもしれません。雇い、雇われの関係でしたから。その関係も、先程終わらせてきました」
ヨクルは両手で自身の頭の中かぼちゃを被せ直すと、胸に手を当てて礼をした。
「僕は奇妙な森の管理者兼案内人、ヨクル・フロスティと申します。僕は貴方を害するつもりはありません」
「嘘だ……! あいつらといた!」
ヒューキは毛を逆立て、がるる、と喉を鳴らして威嚇した。
「大丈夫だ。ヨクルは悪い奴じゃない」
俺はヒューキを宥めた。しかし、ヒューキは威嚇を止めない。
ヨクルは踵を返して言った。
「今丁度、シチューを煮込んでいるところです。お持ちしましょう。ティリルさんもいかがですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺の言葉にヨクルは頷くと部屋を出た。ヒューキはフッと肩の力を抜いた。
「ヨクルは怖いか?」
俺は優しい口調でヒューキに尋ねた。
「確かにヨクルはかぼちゃを被ってて不気味だよな。でも、怖がる必要はない。ヒューキをあいつらから逃がそうと言い出したのはヨクルなんだ。暖かい暖炉もベッドも、ヨクルが用意してくれたんだぞ」
「だから、安心して良い」と俺はヒューキに笑いかけた。だが、ヒューキは「そうじゃない」と強く否定した。
「あいつ、生きてない」
「……え?」
俺は耳を疑った。
「あいつから生きてる臭いがしない……まるで死体が動いてるみたいだ。死の臭いは嫌いだ」
確かに、俺も最初はヨクルのことを死人みたいだと思った。だが、ヨクルは動いて話している。とても、死んでいるとは思えない。
だが、ヒューキが嘘を言ってるようにも見えない。本当にそう思ってるのだろう。
「ヒューキ、その話、詳しく──」
「お待たせしました」
ヨクルが戻ってきた。俺は言葉を打ち切った。ヨクルが死んでるかもしれないなんて話、本人に聞かれてはならないと思った。
ヨクルの両手にはシチューの入った皿があった。皿からは湯気が漂い、シチューの良い匂いがする。
ヨクルは二つの皿を俺に手渡した。自分怖がられているから俺から渡せ、ということだろう。
「ほら、どうぞ」
俺はヒューキに皿を渡した。
「……ありがと、ティリル」
ヒューキは両手で器を受け取った。スプーンを渡す前に、ヒューキは皿に直接口をつけて煽った。
「美味しい……」
ヒューキはシチューを飲み、ほう、と息をついた。目には涙が滲んでいる。
「おかわりもあるぞ。いっぱい食べろ、ヒューキ」
「うん……」
ヨクルは二人の顔を交互に見た。
「おや、お二人はもう仲良くなったんですね」
「まあな」
「お名前はヒューキさんと言うのですね。月追い狼に相応しい、力強い名前です」
「なあ、ヨクル。その……月追い狼ってどんな狼なんだ?」
俺はふと疑問に思っていたことを尋ねた。
「月追い狼が人間と狼の混血種であることは教えましたね。彼らは月──狼語で言う〝マーニ〟を追って生活しています」
「〝マーニ〟! ヒューキが言ってたマーニって月のことだったのか! でも、月を追うって……?」
「月が沈み、太陽が昇り、一日が始まる……自然の摂理です。しかし、その裏には、月追い狼の存在があります。彼らが月を追い立てることで、我々は朝を迎えることが出来るのですよ」
「ヒューキ達、月追う。でも、月に追いついたことない……」
ヒューキはがっくりと肩を落とした。
「そうだったのか。俺はずっと、月が勝手に沈んでいるものだと思ってた」
「月追い狼の存在を知らなければ、そう考えるのも仕方がないかと」
ヨクルは窓に近づいた。空には白い月が浮かんでいる。
「以前、月追い狼は頻繁に森の中へと侵入し、雪を踏み荒らしていきました。僕は大変迷惑したものです」
ヨクルはため息をついた。
「それが最近めっきりと見かけなくなり、夜が長くなるのも感じていました。まさか、月追い狼が異形商人に目をつけられていたとは……」
「そもそも、ヒューキは異形なのか……? とてもそうは見えないが」
俺はヒューキが異形とはどうしても思えなくて、そう聞いた。
「ええ、月追い狼は異形ではありません。しかし、人間は自分の常識に当てはまらない生物を〝異形〟と一括りにするでしょう。……人間は今も昔も変わりません」
何となく、ヨクルからヒューキへの同情を感じた。ヨクル自身も異形と呼ばれた経験があるのだろうか。
かぼちゃを被った凄腕の魔術師など、はたから見れば異様に映る。人里離れた辺境に一人で住むのも、頑なに顔を隠すのも、それが原因なのかもしれない。
「ティリルさん、今も異形の売買は禁止されてますよね?」
「あ、ああ。禁止だ」
異形は人を害する瘴気を纏っている。生きた異形も、死んだ異形も、人間に害を為す。故に、異形の所持やそのやり取りは完全に禁止されている。
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