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この師匠にして

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 工房を出た冨岡がキュルケース公爵邸に向かいながら考えるのは、ブルーノのことばかりだった。
 都合上仕方なくいきなり置いてきてしまったが、昨日のような威勢の良さはなく、完全に借りてきた猫のようになってしまっていたブルーノ。
 元々工房で働いていた職人だからこそ、工房に対してリスペクトを持っており気軽な態度を取れない、というのもあっただろう。
 さらには、工房に到着するまではブルーノが半信半疑だったことも大きい。普通では考えられないほどの幸運。いや、奇跡と呼んでもいいほどの出来事である。
 職人として歳を重ね、全てを失ったところからもう一度他の職人として生きていけるなんて話は、他にない。
 ブルーノが戸惑い、萎縮してしまうのは当然だった。
 最終的に「まぁ、いいか。ブルーノさんも大人だし、自分でなんとかするだろう」と冨岡が楽天的な答えに辿りついた頃、何日かぶりのキュルケース公爵邸が視界に入る。

「何度見ても、公爵様の屋敷ってのはこう・・・・・・惚れ惚れするな」

 公爵邸の門の前で、見上げるようにして言うミルコ。
 その恍惚とした表情からは、木材を愛でていたヘルツに近しいものを感じた。いや、この師匠にしてあの弟子あり。職人には変な奴が多い、と話したミルコの言葉にはミルコ自身も含まれるのだろう。
 ヘルツにとっての木材が、ミルコにとっての建造物。
 建物の美しさにうっとりしてしまう性質のようだった。

「建物フェチ? っていうんですかね。眺めるのは後にしてくださいよ、ミルコ。今日はこの後にも用事があるので」

 冨岡が急かすように門に近づくと、先日訪れた時に顔を見た従者が慌てて門を開ける。

「トミオカ様、ですね。どうぞ、トミオカ様がお見えになった際には、お待たせすることなくお通しするよう命じられておりますので」

 従者はスムーズに冨岡とミルコを屋敷の中に案内した。
 公爵邸とはこれほど簡単に入ってもいいのか、などと思わなくもないが、話が早いに越したことはない。
 従者にすんなりと着いていく冨岡と、背後で唖然とするミルコ。

「トミオカさん、やっぱりアンタはすごいな。公爵家を何の身分証もなく素通りとは・・・・・・それこそ同じ貴族様でも出来やしねぇぜ。公爵様ってのは他の貴族様とは大きく違う。それだけの存在に、これだけの信頼って」

 ミルコの感想に相槌を打ちながら従者に着いていくと、廊下の先から甲高い声が響いてくる。
 それは可愛らしく感情的な声だ。

「トミー!!」
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