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:若社長、フラれる:
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それから30分が経過しても、1時間が経過しても、二人は戻ってこない。
「おかしいわね……」
ナカゾノの御曹司とともに掃除をしていたメイド頭は、ふむ、と腕を組んだ。
プロポーズにそんなに時間が必要だろうか。いや、音楽教室の再建の方に手間取っているのかもしれない。
「ハナシが盛り上がって時間を忘れている……という可能性が一番高いでしょうけれども……」
坊ちゃま玉砕、というパターンも考えられる。
「少し席をはずします」
「お、いいね! ぼくも行く」
「結構です。あなたはこのまま窓を磨きなさい」
嫌だ女王様のとこへ行きたい! と、駄々を捏ねる御曹司を一瞥し、メイド頭はスタスタと歩き出した。
「坊ちゃま……待てが出来る様になって……素晴らしい成長です」
九条さんは涙を拭った。
総ガラス張りの薔薇園で破廉恥な行為に及んでいるのではないか、恥ずかしがる彩葉を見て悦んでいるのでは、と心配したのだが、二人はきちんと洋服を着ていた。
彩葉を縛ったりオモチャを使ったりしている様子もない。
ただ、辰之進は彩葉を抱き寄せてキスをした。それには彩葉も応じていたが、調子に乗った辰之進が胸をまさぐったらしく、彩葉の武術が炸裂した。長身の辰之進が宙を舞った。
「素晴らしい投げ技です」
そして怒りのおさまらない彩葉は、メイド服の裾を翻して薔薇園の中を巧みに走り回りはじめた。
辰之進の唇が「待て、彩葉」と動く。
「ああ、このパターンは……」
思わず九条さんの目が遠くなる。
彩葉は、逃げるときはいつも本気だ。そのせいで、これまでに何個、花瓶が割れたことか。絵画の何枚、カーテンの何枚が……。
ふと、入り口に向かって彩葉が突進してくるのが見えた。ガラスを突き破りそうな勢いである。
修理費が馬鹿にならないことを咄嗟に計算した九条さんは――すっ、と扉を開いた。二人が温室から飛び出してくる。
「だからっ! あたしは、優しくて思いやりがあって知的で紳士的で……あたしのことを丸ごと愛して心身ともに大切にしてくれる旦那さまがいいんです!」
「なんだと!? だから俺がそうしてやると言っている」
「変態ドSがよく言う……」
「それはベッドの中だけだろう!」
「はぁ!? お屋敷の廊下や玄関先や……所かまわず隙あらば抱こうとする体目当ての人のどこが、優しくて思いやりがあって知的で紳士的であたしのことを丸ごと愛して心身ともに大切にしてくれる人なのか聞きたいわ」
「待て、彩葉!」
「お断りよ!」
彩葉はそのまま、屋敷へ向かって駆け出す。しかもご丁寧に振り返って、あっかんべー、とやるものだから、辰之進がヒートアップする。
「お前! 止まれ!」
「嫌よ! あたしはこのまま仕事に戻りますから! 辰之進も仕事しなさい」
辰之進も、イタリア製のスーツのあちこちに薔薇の花びらや葉をつけたまま走る。が、脚力自慢なうえに必死の彩葉に追いつけるものではない。
「……く、そ……」
彩葉にあっさり逃げられて、その場に座り込んだ辰之進は肩で息をしている。端正な顔は悔しそうに歪み、額には汗が浮かんでいる。
「坊ちゃま、人生で初めて、心の底から愛した女性にフラれましたね」
「九条!」
「彼女は何と?」
「婚姻届は渡した。音楽教室再建の方は大喜びで引き受けてくれた」
「そうですか」
辰之進としては、両方大喜びで引き受けて欲しかったのだが……。
「資料を読みながら、再建案がするっと飛び出して来たぞ。彩葉は……父親の会社を支えるために、一生懸命勉強してるんだな」
そうですね、と穏やかに頷くメイド頭を、辰之進は恨めしそうに見た。
「おおかた、うちの専務あたりが、あいつに入れ知恵してるんだろう?」
「はい。会長も専務も、彼女が坊ちゃまの奥さまになってくれたらいいな、と思っておりますから、彼女の勉強に付き合っているのです。これまで坊っちゃまが付き合ってきた遊びまわるだけの女性ではなく、会社の事、社員の家族の事、グループ全体のこと……社長と同じ目線で考えてくれる女性が必要です」
ああわかる、と、辰之進は頷く。
「彩葉も、そんな男と結婚したいと言っていた」
「坊ちゃまが、そうなればよろしいのです」
簡単に言うなよ、と、辰之進はその場に仰向けに寝転がった。
「……俺にとって理想の妻は彩葉だが、彩葉にとって理想の夫は俺ではないということか……」
もともと、彩葉はこの屋敷に来た時から時間を見つけては経営やマーケティングの勉強をしていた。父の会社を助けたい一心で、辰之進は経営のプロ、近くにいるだけで学べることもあるだろうと言っていたのも彩葉だ。
しかし経営の勉強を本格化させる前に辰之進が彩葉を抱いてしまい、さらに辰之進が彩葉に執着し、彩葉はそれを回避しようと躍起になり――という、ややこしい関係になってしまった。
「俺と彩葉の関係は何なんだ?」
「追いかける男と逃げる女の子でしかありませんね。今のところ」
ハッキリいい過ぎだ、と、辰之進が落ち込む。
「坊ちゃま、今一度、きちんと彩葉ちゃんと話し合う必要がありそうですね」
「くそっ……」
「おかしいわね……」
ナカゾノの御曹司とともに掃除をしていたメイド頭は、ふむ、と腕を組んだ。
プロポーズにそんなに時間が必要だろうか。いや、音楽教室の再建の方に手間取っているのかもしれない。
「ハナシが盛り上がって時間を忘れている……という可能性が一番高いでしょうけれども……」
坊ちゃま玉砕、というパターンも考えられる。
「少し席をはずします」
「お、いいね! ぼくも行く」
「結構です。あなたはこのまま窓を磨きなさい」
嫌だ女王様のとこへ行きたい! と、駄々を捏ねる御曹司を一瞥し、メイド頭はスタスタと歩き出した。
「坊ちゃま……待てが出来る様になって……素晴らしい成長です」
九条さんは涙を拭った。
総ガラス張りの薔薇園で破廉恥な行為に及んでいるのではないか、恥ずかしがる彩葉を見て悦んでいるのでは、と心配したのだが、二人はきちんと洋服を着ていた。
彩葉を縛ったりオモチャを使ったりしている様子もない。
ただ、辰之進は彩葉を抱き寄せてキスをした。それには彩葉も応じていたが、調子に乗った辰之進が胸をまさぐったらしく、彩葉の武術が炸裂した。長身の辰之進が宙を舞った。
「素晴らしい投げ技です」
そして怒りのおさまらない彩葉は、メイド服の裾を翻して薔薇園の中を巧みに走り回りはじめた。
辰之進の唇が「待て、彩葉」と動く。
「ああ、このパターンは……」
思わず九条さんの目が遠くなる。
彩葉は、逃げるときはいつも本気だ。そのせいで、これまでに何個、花瓶が割れたことか。絵画の何枚、カーテンの何枚が……。
ふと、入り口に向かって彩葉が突進してくるのが見えた。ガラスを突き破りそうな勢いである。
修理費が馬鹿にならないことを咄嗟に計算した九条さんは――すっ、と扉を開いた。二人が温室から飛び出してくる。
「だからっ! あたしは、優しくて思いやりがあって知的で紳士的で……あたしのことを丸ごと愛して心身ともに大切にしてくれる旦那さまがいいんです!」
「なんだと!? だから俺がそうしてやると言っている」
「変態ドSがよく言う……」
「それはベッドの中だけだろう!」
「はぁ!? お屋敷の廊下や玄関先や……所かまわず隙あらば抱こうとする体目当ての人のどこが、優しくて思いやりがあって知的で紳士的であたしのことを丸ごと愛して心身ともに大切にしてくれる人なのか聞きたいわ」
「待て、彩葉!」
「お断りよ!」
彩葉はそのまま、屋敷へ向かって駆け出す。しかもご丁寧に振り返って、あっかんべー、とやるものだから、辰之進がヒートアップする。
「お前! 止まれ!」
「嫌よ! あたしはこのまま仕事に戻りますから! 辰之進も仕事しなさい」
辰之進も、イタリア製のスーツのあちこちに薔薇の花びらや葉をつけたまま走る。が、脚力自慢なうえに必死の彩葉に追いつけるものではない。
「……く、そ……」
彩葉にあっさり逃げられて、その場に座り込んだ辰之進は肩で息をしている。端正な顔は悔しそうに歪み、額には汗が浮かんでいる。
「坊ちゃま、人生で初めて、心の底から愛した女性にフラれましたね」
「九条!」
「彼女は何と?」
「婚姻届は渡した。音楽教室再建の方は大喜びで引き受けてくれた」
「そうですか」
辰之進としては、両方大喜びで引き受けて欲しかったのだが……。
「資料を読みながら、再建案がするっと飛び出して来たぞ。彩葉は……父親の会社を支えるために、一生懸命勉強してるんだな」
そうですね、と穏やかに頷くメイド頭を、辰之進は恨めしそうに見た。
「おおかた、うちの専務あたりが、あいつに入れ知恵してるんだろう?」
「はい。会長も専務も、彼女が坊ちゃまの奥さまになってくれたらいいな、と思っておりますから、彼女の勉強に付き合っているのです。これまで坊っちゃまが付き合ってきた遊びまわるだけの女性ではなく、会社の事、社員の家族の事、グループ全体のこと……社長と同じ目線で考えてくれる女性が必要です」
ああわかる、と、辰之進は頷く。
「彩葉も、そんな男と結婚したいと言っていた」
「坊ちゃまが、そうなればよろしいのです」
簡単に言うなよ、と、辰之進はその場に仰向けに寝転がった。
「……俺にとって理想の妻は彩葉だが、彩葉にとって理想の夫は俺ではないということか……」
もともと、彩葉はこの屋敷に来た時から時間を見つけては経営やマーケティングの勉強をしていた。父の会社を助けたい一心で、辰之進は経営のプロ、近くにいるだけで学べることもあるだろうと言っていたのも彩葉だ。
しかし経営の勉強を本格化させる前に辰之進が彩葉を抱いてしまい、さらに辰之進が彩葉に執着し、彩葉はそれを回避しようと躍起になり――という、ややこしい関係になってしまった。
「俺と彩葉の関係は何なんだ?」
「追いかける男と逃げる女の子でしかありませんね。今のところ」
ハッキリいい過ぎだ、と、辰之進が落ち込む。
「坊ちゃま、今一度、きちんと彩葉ちゃんと話し合う必要がありそうですね」
「くそっ……」
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