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連載

三巻 未掲載部分 修行編

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シャイロック領
トーラはシャイロック家に来て、リトネに武術を教えながら暮らしていた。
シャイロック家の人間は優しく、トーラを第三夫人候補として敬意を持って接してくれる。彼らと一緒に生活することで、トーラはどんどんシャイロック家に馴染んでいった。
「ぐふふ……旦那はやっぱりかっこいいぜ。はあはあ。早く育たないかな」
トーラは上半身ハダカで修行するリトネを見ながら、画用紙にペンを走らせていた。そこに書かれていたのは、筋肉ムキムキになったリトネである。
「……それ、お坊ちゃまですか?なんだか……すごいですね」
その時、ためらいがちに問いかけられる。声をかけてきたのは、シャイロック家のメイドを統括している美女、ネリーだった。
「ああ。あいつの成長した姿を描いているんだ。ああ、早く抱きしめられたい」
ちょっと涎をたらしながら、自分が書いた絵に頬ずりする。美少女が台無しだったが、ネリーはその姿を見て親近感を感じていた。
(このカラダ……たくましい。こんな絵をかけるなんて、トーラさんは逸材かも。リンさんやナディさんはまだまだお子様だし、リトルレットさんはあんまり興味がないみたいだから誘わなかったけど、この人を、私たちの仲間に引き入れることができたら……)
ネリーは魔族にふさわしい邪悪な笑みを浮かべながら、トーラを誘った。
「ふふふ。お坊ちゃまの第三夫人になられるトーラ様に、私たちが行っている「文化活動」を知ってもらいたいのですが、お付き合いいただけませんでしょうか?」
「……なんだかわかんないけど、いいぜ」
トーラは地下にある『月光の間』という部屋に連れて行かれるのだった。

『月光の間』
世を乱す禁断の書物が収められている図書室には、今日も大勢のメイドがいた。
「やっぱり、キンニク同士のガちんこバトルよ!」
「ちがうわ!キンニクに押しつぶされる、いたいけなお坊ちゃん……はあはあ!」
何やら仲間同士で論争している者たちもいる。彼らは誰もが暗いオーラをまとっていた。
「こ、ここは……なんなんだ?」
今まで明るい日光の下、カラダを動かして鍛えていたトーラは、薄暗い部屋で初めて感じる異様な雰囲気に立ちすくむ。
「ふふ。トーラさまは男女が仲良くするやり方について、ご存知ですか?」
「ふ、ふえっ?」
いきなりネリーに言われて、純情なトーラは真っ赤になる。
「あなた様は第三夫人として、リトネお坊ちゃまと子供を作らねばなりません。そういうことを教育するのも、メイド長である私の職務なのです」
まじめな顔をしているネリーに、トーラは指先をちょんちょんとつつき合わせながら答えた。
「あ、あたいだって貴族の子女として、それなりには……」
「結構。しかし、まだまだ経験不足のように見受けられます。では、まずはこちらから……」
ネリーは本棚から、過激ではあるがある意味健全な漫画本を出してトーラに渡す。
「お、おい!これは……うそだろ!あんなことやこんなことが書いてある……」
「トーラさまはもう16歳ですから、りっばな大人です。この部屋で、イロイロ学んでください」
「は、はいっ」
トーラは食い入るように本を見つめるのだった。

数日後
連日の自発的な勉強で、すっかり詳しくなったトーラは、妙な自信を身につけていた。
「へへん。これで予習は完璧だぜ。アッシリア家の再興のためには、旦那の子供を生まないといけないんだよな。これでいつ求められても、バッチリだぜ!」
そんなトーラの傍に、ネリーがやってくる。
「どうやら、いろいろと勉強できたみたいですね」
「ネリーさん。ありがとよ!これでイロイロわかんなかったことが理解できたぜ!」
手を振って感謝するトーラに、ネリーが笑いかける。
「よろしければ、もっと凄いことを学んでみませんか?」
「も、もっと凄いことって?」
トーラの喉がごくっと鳴る。
「あなたが今まで学んだことは、基本に過ぎません。世の中には、さらなる深みに達した世界があるのです」
そう誘惑するネリーの背中には、コウモリの羽の幻影が浮かんでいた。
「さ、さらなる深みだって?」
「あなたが興味があるのでしたら……あるお方に会わせてあげましょう。新たな文化を守っていたたげる守護神様です」
ネリーにそういわれて、トーラは好奇心が抑えられなくなった。
「い、いいぜ。旦那にも視野は広く持てっていわれているからな」
「さすが第三夫人候補です。それでは、こちらにどうぞ」
ネリーにつれられて、部屋の奥に案内される。そこでは御簾で囲まれた一角があった。
「われらが母。ベーコンレタス様。新たなる信者をお連れしました」
「『蒼き貴腐人(ブルーレディ)』か、入るがいい」
御簾の奥からは、威厳のある声が聞こえてくる。
トーラは恐ろしくなりながらも、ネリーに連れられて御簾の中に入る。そこでは、仮面のかぶった妙齢の女性が、一心不乱に本を読み漁っていた。
「あ、あんたは……?」
「ワラワはベーコンレタス。新たなる文化の守護者である」
堂々と名乗る彼女からは、すさまじい魔力が立ち上っていた。
(まてよ?この強大な炎の魔力は……げっ!)
トーラはリトネの師匠が誰なのかを思い出して、その場に跪く。
「へっ!あ、あなたは、まさか、マザー……」
「ここではワラワはただのベーコンレタスじゃ。文化の前では身分も種族も関係ない。ただのメイドでも、皆を楽しませる絵をかけるものは、尊敬を得られるのじゃ。ワラワはその守護者に過ぎん」
仮面の女性は優しくそういうと、トーラに一冊の本を手渡した。
「ためしに読んでみるがいい。ワラワたちの仲間になれる者なら、魂が反応するはずじゃ」
そういわれて、おそるおそる読んでみる。
'(あれ?この漫画には女が登場しないぞ。なぜかやけに男ばっかりでてくるけど……ええっ?)
読み進めていくうちに、トーラの膝が震えだす。彼女にとって、今まで考えたこともない世界が広がっていた。
「どうじゃ?受け入れられそうか?」
「マザー様。ふふ、トーラ様はすっかり虜になっておられますわ」
ネリーは妖しい笑みをうかべる。その言葉通り、トーラは夢中になって読んでいる。あまりに集中しすぎたのか、鼻血が出ていた。
「あなたには、ここで勉強して、新たな物語を生み出してほしいのです。あなたの絵があれば、私たちの世界はもっと広がると思います」
「喜んで協力させていただきます!」
本を読み終えたトーラは、ネリーたちに協力を誓う。
「そうか。なら、おぬしは今日から我らの仲間じゃ。そうだな……『血まみれの貴腐人(ブラットレディ)』の名前を授けようぞ」
マザーはトーラの鼻から流れる血をみて、苦笑する。
「このトーラ。マザー様に一生の忠誠を誓わせていただきます」
トーラは、真っ赤な顔をして仮面の女の前に跪くのだった。

シャイロック領
イーグルからアッシリア領の代官に、国から引き抜かれて新たなシャイロック家の家臣となった旧アッシリア領主トーマ騎士を任命するという命令書を見て、リトネは頭を抱えていた。
(まずいな……この契約だと石油をシャイロック家が独占することになるぞ。ここまでするつもりはなかったんだけどな。今はいいけど、将来石油利権が問題になりそうだ。石油に関する事業をトーラに任せようと考えていたのに……どうしようか )
送られてきた密約書を見て、ため息をつく。うんうんと唸っても、いい考えが思いつかないので、正直にトーラに石油のことを話すことにした。
「あたいに重大な相談って、なんだい?いよいよ子作りかい?」
執務室にやってきたトーラは、いきなりそんなことを言ってリトネをびっくりさせた。
「こ、子作りって。どうしてそんな発想を?」
「あんたが作った『月光の間』でいろいろ勉強したんだ。これでバッチリだぜ!」
トーラは豊かな胸を突き出して、ふふんと威張る。一瞬その誘惑にゾクっときたリトネだったが、理性を総動員して耐えた。
「そ、それはまたという事で……こほん。ところで、トーマ騎士ってトーラのお父さんだよね」
「ああ、そうだぜ。親父は武道家の子孫にしちゃ弱っちいけどな。妹たちもどうやら親父に似たらしくて、体が弱いんだよ。王都で元気でしていればいいんだけどなぁ」
トーラは家族のことを心配する。
「いろいろあって、アッシリア領はシャイロック家が買い取ることになった。そして、そこの代官としてお父さんが任命されたよ。もう少しで家族と一緒にここにくるみたいだ」
「マジか?」
それを聞いてトーラは喜び、リトネから渡された密約書を読む。たしかにそう書かれていた。
「なるほど。一時的にアッシリア領はシャイロック家のものになるけど、あたいとあんたの子に将来領地を分与して、アッシリア家を再興させるってか。わかった。それなら、すぐに子供を作ろうぜ!」
トーラは上着を脱いでタンクトップとパンツ姿になり、リトネに迫ってきた。
「だーっ!話を聞きなさい。その密約書をよく読んで!」
「なんだよもう……あたいはもう覚悟決めているのに……」
ぶつぶつ言いながら、トーラは密約書をよく読む。すると、奇妙な文言が書かれていた。
「なあ。この『糞水』を採掘してシャイロック家に引き渡すって、何なんだ?」
「うん。その事が将来問題になると思うんだよ。ところで、さっきからこの執務室に入って、気がついたことはないかい?」
リトネに言われて、部屋を見渡すが、別におかしなことはなかった。
「いや、別に?」
「その姿でも寒くないだろ?」
そういわれて気づく。足しから執務室は暖かかった。
「あれ?……でも、暖炉は使っていないよな」
部屋の奥にある暖炉には火がついておらず、代わりに奇妙な箱があった。
その中にある鉄の網のようなものが赤く輝いており、そこからでる熱で空気が暖められている。
「これは、新たな発明品の一つ『石油ストーブ』だよ。薪を使わなくても火を燃やし続けることができて、部屋を暖めることができるんだ」
リトネが自慢そうにいうと、トーラは興味津々でストーブに近寄ってきた。
「へえ……うん。暖かいな」
「これから、これを大量に売り出そうと思う。これがあれば、暖炉が必要なくなるから、かなり冬の暖房費を抑えることができると思うんだ」
リトネの言葉にトーラは頷く。砂漠といえど冬の寒さは同じで、薪や炭を買うのに大金が必要だった。
「それで?」
「つまり、その石油ストーブの燃料になるものが、アッシリア領で採れる『糞水』なんだ。これからの時代、薪や炭に代わって『糞水』が暖房の主流になっていくと思う」
ここまで説明されて、やっとトーラの顔に理解が浮かんだ。
「マジかよ……そう考えたら、『糞水』ってすげえお宝だな」
「うん。……それがわかっているのに、シャイロック家だけで独占するのはどうかと思う。だからトーラの意見も聞いてみたかったんだ」
そういわれてトーラはしばらく考え込むが、すぐに明るい笑顔を浮かべた。
「あんたは優しいな。だが気にしなくていいんだぜ。どうせあたいたちには『糞水』の利用なんて出来ないんだし。あんた達が有効利用してくれ」
トーラの顔には何の欲も浮かんでなかった。
「いいの?はっきり言って、『糞水』って何千万アル、いやもっと価値があるお宝だよ」
「かまわねえさ。あたいたちにはリンを誘拐した罪もあるし、実質的にシャイロック家に借金を肩代わりしてもらうことにもなる。その償いだ。その代わり、『糞水』を安く民に売ってやれよ。貧乏な民は毎年冬になると震えて過ごしているんだから」
トーラはそういって、屈託なく笑うのだった。
(うーん。こう欲がないと返って困るよな。自分に欲がないからって、他人にもそれを求めて強要するようなことになったら、勇者をそそのかす悪女になってしまうかも)
欲がないことは個人の立場としては美点だが、多くの人の運命を預かる領主や経営者の立場から見ると欠点である。リトネは何とかしてトーラにも最低限の経済のことを知ってもらいたいと思った。
「それより、早く子作りをしようぜ。今日は寒いし、二人で朝まで暖まろう」
「トーラ。これは大事な話なんだ」
リトネが真剣な顔になったので、トーラも迫るのをやめておとなしくなる。
「以前、シャイロック家は豊かになるように、先々代から苦労を続けていて、常に倹約し、無駄な金を使わず、人から嫌われても金貸しという仕事を続けて収入を確保し、金をため続けて来たっていったよね」
「ああ。正直あの言葉は堪えたぜ」
トーラはしゅんとなる。
「400年前なら、貴族は民を魔物から守って戦うだけで、民から税を徴収できて豊かな生活ができた。しかし、今の時代ではそれはもう通用しない。民からなりあがってきた商人たちが、貴族に代わって民を支配しようとしている。今はまだ『権威』というもので抑えておけるが、それはもう時代の流れとともに賞味期限切れになり、力を失っている。今の時代、商人たちがもつ『金』という力には対抗できない」
「……そうかもな」
領主である父でさえ、金を借りた商人には頭が上がらなかった現実を見ていたトーラは深く頷いた。
「このままでは、貴族という階級は力を失い、自然に没落していくだろう」
「そんな……それじゃ、どうすれば?」
シャイロック家という、いわば最大の貴族が現状を否定するのを見て、トーラはこれからどうすればいいかわからなくなった。
しかし、リトネはニヤリと笑って話を続ける。
「ふふ。そのことをしっかりと認識していれば、いくらでも対策を取れるよ。今はまだ衰えたとはいえ貴族は『信用』と『武力』という力を持っている。だから、それに加えて新たに『金』という力を手にいれればいいんだ」
「でも、どうすれば?民から重税をしぼりあげるわけにはいかないぜ」
トーラは口を尖らせる。
「ああ。だが『金』を手に入れる方法はそれだけじゃない。現に商人たちがやっているように、『事業』で金を稼げばいいんだ。そうすれば税に加えて事業収入も手に入れることができるから、もしものことがあっても対処できるだろ?」
「……あたいたちに商人の真似事をしろってことかよ……確かに、必要なのはわかるけど」
リトネの言いたいことに気がついて、トーラは渋い顔をする。長年営利活動とは無縁だった彼らに、いまさら商人と同じことができるか不安だった。
「いや、素人が今やっている商人の商売の真似事をしたって、『士族の商法』になるだけだ。プロの商人にかなうわけない」
「だったら、どうしたらいいんだよ!八方ふさがりじゃねえか!」
ついにトーラは癇癪を起こしてしまった。
「何か新しい商売を始めればいいんだよ。せっかく貴族がもつ信用と武力があるんだから、何ももたない庶民が始めるよりはるかに簡単なはずさ。アッシリア家の得意なことは?」
リトネに言われて、トーラは考える。
「そうだなぁ。家系的に火魔法が使えることだな」
「火か……鍛冶とか?」
「残念だけど、ドワーフたちの専売特許だな。あたいたちには技術がない」
トーラに明確に否定される。
「うーん。ほかには……」
「そうだ。あたいたちは旅が得意なんだぜ。砂漠に引きこもっていたら飢え死にするだけだからな。砂漠でみつけた宝石とかを持って、食料調達の為に各地にキャラバンを派遣している。いろいろな土地の事情にも詳しいし、長い旅もへっちゃらさ」
今度はトーラは胸を張っていいはなった。
それを聞いて、リトネは考え込む。
(考えろ。なにかトーラたちに最適の仕事はないか?火魔法と旅慣れていることが特技として有効なこと……まてよ?逆に考えたら)
あることを思いつき、トーラに問いかける。
「ねえ、トーラも火の魔法が使えるんだよね」
「ああ。火には自信があるぜ」
トーラは自慢そうに胸をそらす。
「なら、このストーブの火を消せる?」
リトネは灯油で燃え盛っているストーブを指差す。
「なんだ。そんなことか。ほら『消火』」
トーラが持っていたナックルを振ると、瞬く間に火は消えていった。
「……すごい」
「へへん。どうだ?『火の力』を弱めてしまえばたやすいことさ。もっとも魔法で強化された火はなかなか消えないけどな。自然の火ならすぐに消せるぜ!」
威張るトーラの手をとって、リトネは喜ぶ。
「これなら可燃物を運んで万一のことがあっても、すぐに火を消せるな!トーラ!君たちに任せたい仕事があるんだ!これをやってくれたら、砂漠の民は永遠の繁栄を約束されたも同然だよ!」
一人で喜ぶリトネに対して、トーラはきょとんとするのだった。

シャイロック城 中庭
今日も騎士たちは訓練に汗を流していた。
「なあ……俺たちもがんばらないといけないと思わないか?」
「ああ……」
中庭で騎士たちがささやき返している。彼らの前には、マザーにしごかれているリトネがいた。
「今日は60メートルじゃ」
「ふっ。『柔竜拳』なら余裕ですよ」
「……だんだん生意気になってきたのう」
最近自信を持ち出したリトネの頭をつかみ、マザーは宙に浮き上がる。
あいかわらず高いとこから落とされる修行は続けられていた。
「……あ、あいつ、毎日こんなことをしていたのか?」
その様子を見ていたトーラは驚いていたが、騎士たちはもう慣れっこである。
「俺も最初は平民の子が跡継ぎで、大丈夫かなと思っていたけど、リトネお坊ちゃんは思ったより根性があるよな。あんな修行を続けられるなんて」
「ああ。俺なら絶対に受けたくねえ」
騎士の一人が恐ろしそうにつぶやいた途端、空から叫び声が降ってきた。
「ああああああーーーーなんてね」
空中で華麗に体勢を立て直し、足を下にして柔らかい『気』を何重にも展開する。ポスッという音がして、軽々と着地していた。
「どうです?これでもう師匠なんて怖くありませんよ」
「調子に乗るでないぞ。未熟者め」
マザーは空中で苦笑するが、周りの騎士たちは複雑な顔をしていた。
「……だけど、坊ちゃんに俺たちって必要なのかな?」
「ああ。坊ちゃんは強いからなぁ。一人でも充分身を守れるだろうし」
本来、リトネは彼らが守るべき重要人物なのだが、その重要人物が騎士たちが束になってかかってもかなわないほど強いというわけのわからない状態である。
あまりにも超人的な修行をこなしているリトネを見て、騎士たちは自信を失っていた。
マザーが地上に降りてきて、リトネとトーラに命令する。
「では、組み手を始めるがいい!」
「はいっ!」
「おう!」
リトネとトーラが一対一でぶつかりあう。
トーラもすばやい動きで拳を振るい、何百発も急所に当てるが、もはや完璧な防御を手に入れていたリトネの敵ではなく、攻撃を受け止められたところを『気』によって拘束されてしまった。
「あはは。僕の勝ちだね」
「……ていうか、反則だよ!攻撃も通じないし、気がついたら変な感触の透明な何かに絡めとられているんだ。勝てるわけないだろ!」
全身を見えない『気』の紐で縛り上げられたトーラが悔しそうにわめく。なぜか大きな胸が強調されるように、押し出されていた。
「てか、なんなんだよこれ!体中が締め付けられて……あんっ」
トーラは何かの刺激を感じて、思わず色っぽい声がでる。
「……えっと、本で読んだんだ。女性を完全に拘束できる縛り方で、亀甲……」
「てめえ!さっさとほどきやがれ!あ、あれ?体が勝手に……!」
「あはは。トーラ可愛い」
『気』の糸で操られ、女豹のポーズを取らされたトーラが顔を真っ赤にして喚いている。
リトネの悪い癖で、心を許した相手にはイタズラを仕掛けてからかっていた。
トーラが弄ばれる様子を、婚約者たちは冷たい目で見ている。
「お兄ちゃん。ひどい」
「……リトネ、女の子に変なことをしている」
「トーラちゃんかわいそう。後でリトネ君にお仕置きしないとね」
三人の思いに、マザーも同意する。
(ううむ。自信をもつのはいいことだが、少し思い上がりすぎじゃ。手に入れた個人的な力におぼれつつあるな。そろそろ次の段階にすすめるべきか……)
マザーはリトネを見ながら、そう考えていた。

数日後 領都エレメントの郊外
緑豊かな平原がひろがる場所に、リトネとシャイロック軍は来ていた。
なぜか今回はマザーと婚約者たちも一緒である。
「よし、ここらでいいだろう。全軍とまれ!」
リトネの命令により、整然と進行していた騎士たちは馬を止める。
「では、野営の準備にかかれ!」
軍を統括する将軍の的確な指揮により、まずリトネの本陣と婚約者とマザーが泊まる豪華なテントが中央に作られる。それを取り囲むように兵士たちのテントが建てられていった。
シャイロック家の軍が見事に統制されているのを見て、マザーは感心する
「ほう。なかなか見事なものだな」
「そうでしょう。シャイロック家の軍は評判いいんですよ」
リトネは自慢そうに胸をそらす。たしかに他の貴族家の軍より装備も充実しており、士気も高かった。
行軍に際して充分な補給を整えるように徹底しているので、進軍した先で略奪などが行われることもなく、兵士たちのモラルも高い。
それというのも、平和な世にあっては兵士に求められるのは量より質だと理解していた先々代領主が農民から徴兵するのではなく、兵士を志願制の専門職として徹底的に質の向上を計ったからである。おかげでシャイロック領の治安はロスタニカ王国一を誇っていた。
そんな彼らをみて、マザーにやりと笑う。
「うむ。これならお主の次の修行に役立つだろう」
そのつぶやきに、リトネは不安になる。
「え?シャイロック家の軍事訓練が見たいから、ついてきたんじゃ?」
「ああ、見せてもらった。今からお主の修行の準備を始めるので、そこに入っておれ」
できたばかりの豪華なテントを指差す。リトネは不安を感じながらも、おとなしくしたがった。
それを見送ったマザーは、婚約者たちと将軍を呼び集める。
「今から、リトネの次の段階の修行に入る。その前に、コテンパンに打ち負かしてやつの思い上がりを打ちくだく必要があるのじゃ。お主たちにも協力してほしい」
そういって、これからすることを説明した。
「……いや、それはお坊ちゃんにかわいそうじゃないですかね?」
将軍は少しリトネに同情的だったが、マザーの話を聞いた婚約者たちは乗り気になった。
「……それ、いいかも。ちょっと調子に乗っているリトネにはいい薬」
ナディが嬉しそうに声を上げる。
「確かに、最近のリトネ君ってちょっと自信もち過ぎだから、お仕置きしてあげないと。それに、ボクも冒険者として、一度リトネ君とは真剣に戦ってみたかったんだ」
リトルレットも楽しそうに『自在の工具』を取り出す。
「その話、乗ったぜ!あいつにはこの間、騎士たちの目の前で辱められたからな。それに、一対一での強さを手に入れたぐらいで満足するような男になってほしくねえ。勇者の後継者なら、一騎当千のツワモノじゃないとな!」
トーラもやる気満々で豪快に笑う。
「あ、あの……・そんなことをしたら、お兄ちゃんがかわいそうじゃ?」
一人リンだけは反対するが、マザーに説得されてしまった。
「大丈夫じゃ。やつも強くなっておる。死ぬことはないじゃろう」
「でも……」
「リンは控えておれ。確実にお主の治療の力が必要になるからの。なに、心配するな。ワラワが見守っていてやるから」
そこまで言われて、リンもしぶしぶ同意する。
「いいですか?くれぐれもお兄ちゃんを苛めないでくださいね」
そういいながら、リンは救護用のテントに入っていった。
「……何回も騙され、弄ばれた仕返し」
「ふふ。リトネ君は勇者なんだから、ちょっとぐらい大丈夫だよね」
「今度はあたいが旦那を縛り上げて、ひん剥いておケツをペンペンしてやるぜ」
リン以外の婚約者はリトネとの戦いを楽しみに準備に取り掛かるのだった。

平原にシャイロック軍が陣を張る。
騎士たちが前面に布陣し、兵士たちはその後方で長い槍を持っていた。
さらにその後方に総司令官である将軍と、魔法が使える三人の少女が待機する。
そしてその前方には、リトルがぽつんと一人で立っていた。
「あ、あの?師匠?これはいったい?」
上空で優雅に高みの見物をしているマザーに聞く。
「リトネ。確かにお主は強くなった。一対一ではこの地上では無双かもしれん。だが、勇者の後継者はその程度では済まされん。一人で大軍をも敗れるほどの力を持たねばならん」
マザーの声が、冷たく平原に響き渡った。
「果たしてお前の力で、シャイロック家の軍が破れるかな?」
マザーに挑発されて、リトネの闘志に火がついた。
「やりましょう!『剛竜拳』と『柔竜拳』をマスターした俺なら、たやすいことです」
最近手に入れた力に奢りつつあったリトネは、簡単に引き受けてしまった。
「……リトネ、いいの?本気でやっちゃうけど?」
「後で泣いてもしらないよ?」
「旦那のしつけは嫁の役目。人前でセクハラするような坊主にはお仕置きしてやらないとな」
リトネの婚約者たちも、闘志をむき出して挑発してくる。
「いいさ。どーんとかかってきなさい。何しても怒らないから」
それに乗せられて、胸を叩くリトネだった。
言質はとったので、婚約者たちは遠慮なくリトネにぶつかっていこうと思う。
「その意気ですぞお坊ちゃま。ぞれでは、本気で行かせていただきます」
大きな馬にのった将軍が、手を振り上げた。
「『全軍突撃』!」
将軍の手が振り下ろされると同時に、何百もの馬にのった騎士が突進してきた。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァ」
雄たけびを上げて襲い掛かってくる騎士たちは、確かにすごい迫力である。彼らが持っているのは穂先を布で覆った槍や模擬戦用の刃引きが入った剣だが、突かれたり殴られたりしたら充分怪我の恐れがある危険なものである。
しかし、今までそれなりの修羅場を潜り抜けてきたリトネは、冷静さを保っていた。
「『柔竜拳』」
落ち着いて自分の体を柔らかい『気』の膜で覆い、襲い掛かってくる騎士たちに相対した。
「『柔気装』」
防御を固めつつ、騎士たちを、『気』の膜で包んで、落馬させていく。
「くっ!強い!第二陣 行け!」
第一陣が全員打ち倒されたのを見て、将軍が命令を下す。
突進してくる人馬の群れを見ても、まだリトネは余裕を持っていた。
「ふっ、何度来ても同じだ!かかってこい!」
戦いの高揚感を感じて、リトネは雄たけびを上げる。
しかし、第二陣の騎士たちはリトネに正面から戦いを挑むことをさけ、周りを取り囲んだ。
「お前たち……なにをするつもりだ?えっ?」
次の瞬間、騎士たちが一斉に網を投げかける。
『柔竜拳』の柔らかい気に包まれた体ごと、リトネは網にとらわれ、縛られてしまった。
「今だ!ナディ様、お願いします!」
「任せて!」
騎士たちの一番後ろに馬に乗ってついてきたナディが、喜色満面に杖を振る。
「……いままでの仕返し。『闇氷』」
多少手加減しながら、死なない程度の冷気で覆う。リトネはそのまま氷づけになってしまった。
「……あはは。これで私たちの勝ち!」
「ナディ様!やりましたな」
騎士たちとハイタッチして喜ぶナディ。
しかし、その時メキメキという音が聞こえてきた。
「これは?まさか!」
「……まずい!『闇氷』」
慌ててナデイが杖を振るおうとするが、間に合わずに巨大な氷が二つに割れる。
中からは、マッチョになったリトネが出てきた。
「ナ~~~デ~~~ィ~~よくも!へくしゅん!」
地獄の最下層で氷づけになっているという、伝説の大魔王のような声があがる。リトネはとっさに『剛竜拳』に切り替えて、氷魔法を防いだのだった。
怒っているリトネを見て、ナディはアカンベーをする。
「……きゃーーー。こわい!変態パンツ魔人におそわれる~おまわりさーん」
そう挑発しながら、馬首をめぐらせて逃げ出す。確かに氷を割る為に『剛竜体』を使ったせいで、服がはじけとんだので、今のリトネはパン一の変質者だった。
「だ。だれが変態じゃ!捕まえてお仕置きしてやる!」
ドタドタと追いかけるが、馬に乗ってにげるナディに追いつけるわけがない。
そのままからかうように翻弄され、平原の中ほどまで誘い出されてしまった。
「リトルレット、お願い!」
「任せて!『錬金』」
いつのまにか近くに現れたリトルレットが、地面に向けて杖を振る。
次の瞬間、リトネの姿が平原から消えた。
「やった!うまくいった!」
「こんな手に引っかかるって、リトネ君もまだまだ修行が足りないね!」
馬を寄せてハイタッチするリトネの婚約者たち。あらかじめ平原の中ほどに落とし穴を掘り、薄い鉄板を引いて草で隠していたのである。リトネがナディにおびき寄せられてそこに乗った瞬間、鉄板を『錬金』で柔らかくして落としたのだった。
「……これで倒したかな?」
ナディが馬上から穴を覗き込む。
「わかんないよ。リトネ君だもん。でもこの下は柔らかい泥だから、なかなか這い上がってこれないとおもうけどね」
リトルレットは耳を澄まして、様子を伺う。穴はしーんと静まり返っていて、何も聞こえてこなかった。
二人は顔を見合わせて考え込む。
「これは……アレかも……やる?」
「……かわいそうだけど、勝負だもんね。でも、どうなるか…楽しみ」
二人はわくわくしながら、何かが入っている袋を取り出した。
「……リトネ、死んだふりはよくない」
「リトネ君がこれくらいで参るわけないでしょ♪勇者なんだから。えい!」
二人は楽しそうに笑いながら、大量の粉を穴にぶちまけた。
「ぶえっくしょん!」
次の瞬間、すごい勢いで泥人形が穴から飛び出してきて、地面を転げまわった。
「くしゅん!くしゅん!なんだこれ!」
涙と鼻水を出して喚くリトネに、二人は実に可愛らしい笑顔を浮かべて、テヘペロっとする。
「……リトネが異世界からとりよせた、『コショウ』」
「ついでに『ワサビ』も混ぜてみました。どうかな?」
これはリトネが護身用にと作り方を教えたものだった。
しばらくゲホゲホとせきを繰り返していたリトネは、涙目になりながらも立ちあがる。
「……よくもやったな!二人とも、もう許さない!」
リトネはついに怒り心頭に発して、二人を追い掛け回す。
「きゃーーー!にげろ!」
二人は再び本陣に向けて逃げ出し、それと同時に歩兵の大軍が正面から迫ってきていた。

「待て~~こら~~お仕置きしてやる!」
リトネは必死に追いかけるが、マッチョの体は人並みにしか走れず、どうしても馬には追い付けない。
「……ふーんだ。ここまでおいで!」
「鬼さんこちら!」
時折立ち止まっては挑発する二人にいいように翻弄されていた。
追いかけっこを続けながら、実はリトネは内心では喜んでいた。
(二人とも成長したな!俺をここまで追い詰めるなんて!まあ、『召喚』で大きなトラックを頭の上から落とせば勝てるけど、これは模擬戦だし)
あえて自分の魔法を封印して、『雲亢竜拳』だけで戦うという余裕もまだ残っていた。
しかし、そんな余裕もすぐに吹き飛んでしまう。
いつのまにか、目の前に長い槍を掲げた歩兵の大群が迫っていたからである。
「坊ちゃま!覚悟!」
歩兵たちが横いっぱいに広がって槍衾を作り、一気にリトネに迫る。
「くっ!『剛竜拳!』」
それを見たリトネは硬い気の膜を張って、歩兵の槍に備える。
「え?」
次の瞬間、歩兵が持っている布で覆っている槍の先端に突然火がついた。炎のたいまつとなった長い槍が、いっせいにリトネを取り囲む。
「それ!どんどん突け!」
歩兵を指揮していたのは、火魔法の使い手トーラである。彼女が槍先に火を着けたのだった。
「そんな!あっちぃ!」
さすがのリトネも、全方向から火を押し付けられて悲鳴を上げる。いくら『剛竜拳』で防いだとしても、完全な断熱は無理で、炎に炙られてどんどん熱くなっていった。
「くそっ!まだまだ!『柔気装』」
あわてて穂先の火をやわらかい気で覆って消すが、火が消えた兵士は後ろに交代して、新しい兵士が出てくる。
「坊ちゃん、あきらめて降伏するのです。もはや逃げられませんぞ!」
後方から全軍を指揮する将軍の声が聞こえてくる。いつのまにかリトネは兵士に十重二十重に囲まれていた。
「うりうり。さあ、早く降参しなせえ!」
「すげえ!俺たち勇者に勝っちまったぜ!」
周りを囲んでいる兵士たちは、嬉しそうに火がついた槍でリトネをつつきまくった。
「くっ……なんの!まだまだ!『柔気網』……。くそっ!」
自分を直接囲んでいる兵士を気の網で拘束して戦闘不能にしても、すぐ次の長い槍を持った兵士に交代してリトネを突くので、どうしようもなかった。
そうしているうちに、どんどんリトネの気力が尽きて、体を囲むバリアーが薄くなってくる。
「あとちょっとだな……止めはあたいがしてやるぜ。旦那の初めて、いただき!」
最後にトーラが出てきて、特大の炎が燃え盛っている槍でリトネの尻を思いっきり突く。
「あっちい!!!!!!!!!」
リトネは尻を焼かれて飛び上がり、その拍子についに「気力」が尽きしまう。
「バリアーが消えたぞ!いまだ!捕らえろ!」
兵士たちによって、あっさりと縛り上げられてしまうのだった。

模擬戦終了後、盛大な戦勝パーティが開かれる。
「やったぜ!」
「俺たちだって、ちゃんと作戦を立てて戦えば勇者にだって勝てるんだ!」
平原では自信を取り戻した兵士たちが、上機嫌でご馳走を食べて歌を歌っていた。
「お嬢ちゃんたちもやるなぁ!さすが未来の奥方様たちだぜ!」
騎士たちにもほめられて、ナディとリトルレットの頬がゆるむ。
「……えへへ。そうかな?」
「まあ、別にヒロインだからって、いつもいつも勇者に助けられてばかりじゃないよね。たまには勇者をやっつけちゃうヒロインがいてもいいと思うの」
ナデイとリトルレットが笑いながらパーティ会場の隅に作られたテントを見る。
そこでは、シクシク泣いているリトネがリンに治療を受けていた。
「お兄ちゃん。ヒールの魔法をかけるから、もっとお尻を上げてね」
リンは優しくそう告げると、リトネの尻に触れて火傷を治療する魔法をかける。
「ううっ……く、屈辱だ……」
すっぽんぽんで強制お医者さんごっこさせられているリトネは、床に伏して涙を流していた。
そんな彼を穴が開くほどみつめながら、ペンを走らせている少女がいる。
「……はあはあ。なかなかいいじゃねえか。やばい。何かに目覚めそうだぜ、少年の尻……」
トーラは裸で尻を高く上げているリトネのすべてをイラストにして描いていた。
「トーラさま……お願いですから勘弁してください。ごめんなさい、調子こいてました!絵を描くのやめてください」
哀れなリトネは半泣きで謝っている。
「いいや、まだまだ。なあ、これを差し込んでもいいか?ゲイ術性が高まるとおもうんだけど」
トーラはぶっとい槍を持ってきて、リトネの尻をピタピタと叩いた。
「ひぃぃぃぃぃぃ!やめて!!!」
リトネはテントの中を、イモムシのようにはって逃げ回った。
「……なになに?絵を描いているの?」
「ぷっ。そっくり。トーラってこんな趣味があったんだ」
ナディとリトルレットがテントにはいってきて、楽しそうにトーラが描いた絵をみる。
「ああ。武道には相手を観察する目も必要だって、絵も習わされたんだよ。よくかけているだろ」
三人で絵を見てキャッキャと騒ぐ。
この日はリトネにとって生涯忘れられない敗北の日として、心にきざまれるのだった。

シャイロック家
軍事訓練が終わって帰ってきてから、リトネはずっと部屋に引きこもっていた。
「……リトネ、ごめん。やりすぎた」
「あはは。リトネ君が面白いように罠にかかるから、ついつい乗っちゃって……」
「だが、いいケツしてたぜ。あたいのおっぱい揉ませてやるから、いい加減にでてきなよ」
婚約者たちが部屋の外で声をかけて慰めているが、リトネは拗ね続けている。
「いーんだよ。どうせ俺は勇者じゃないし!いじめられっこなんだ!」
すっかりリトネは臍を曲げてしまっていた。
「……お兄ちゃん。寂しいよ。お顔をみせてよ」
リンも一生懸命慰めるが、ドア越しに絶望したような声が返ってくる。
「リン……すまない。お兄ちゃんは汚されちゃったんだよ……」
「そんなことない!綺麗なお尻だったよ!」
リンは慰めるつもりで、追い討ちをかけてしまう。
「ぐはっ!う、ううう……しくしく」
部屋からはリトネの啜り泣きが聞こえてくる。
そのとき、なかなか中庭に来ないリトネに苛立ったマザーがやってきた。
「リトネはどうしたのじゃ。修行の時間じゃぞ!」
「それが、お兄ちゃんひきこもっちゃったんです」
リンが困惑しながら状況を説明すると、マザーはふんっと鼻で笑った。
「あの程度で心が折れるとは、情けないのう!」
「師匠はほっといてください!」
リトネはそう返事をする。なかなか彼の機嫌は直りそうになかった。
「しかたないのう……これ、おまえたち」
マザーは婚約者たちを呼んで、そっと耳打ちする。
大きくうなずいたトーラは、あるものを持ってきた。
「……これがあの時の絵?」
「わあ。綺麗!おしり出ている!」
トーラが持ってきたのは、綺麗に額縁に入れられた一枚の絵である。ナディとリトルレットは、顔を赤らめながらも歓声を上げていた。
「そうだろ。あたいの自信作だせ!『月光の間』に飾っているんだけど、メイドさんたちにも大好評だったぜ」
「お兄ちゃん。お尻本当にきれい」
ヒロインたちは、わざとリトネに聞こえるように大きな声で絵を褒める。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
次の瞬間、顔を真っ赤にしたリトネが部屋から出てくる。そのまま無理やり婚約者たちから絵をひったくって、ビリビリに破いた。
「がるるるるる!」
傷ついたケダモノのように威嚇するリトネの頭を、マザーはむんずとつかむ。
「ようやく出てきたか。それじゃあ次の修行に取り掛かるぞ」
マザーは問答無用でリトネを捕まえて、空に飛び上がった。
「おまえら~、おぼえてろ~後で絶対ふくしゅーしてやるからなぁ!」
後にはリトネの叫び声だけが残されるのだった。
リトネの部屋
さすがに苛めすぎたと反省した婚約者たちは、リトネの機嫌を取ろうとみんなで料理を作って、彼の帰りを待っていた。
「……おいしそう……」
ニワトリの丸焼きや魔物のステーキ、南部の港町ポムペイから運んだ豪華な魚料理、色とりどりの果物やデザートのお菓子が並んでいるのをみて、リンがごくっとのどを鳴らす。
「……だめ。リトネが帰ってから、みんなで食べよう」
ナディが第一夫人候補らしく、優しくリンをたしなめた。
「しかし、リトネ君遅いね。まだマザー様の修行が続いているのかな」
なかなか帰ってこないリトネを、リトルレットは心配している。
「まあ、旦那なら大丈夫だろ。しかし、それにしても美味そうだな」
トーラもリンと同様に、ごちそうを前にして涎を垂らしていた。
「……ところでトーラ、その格好は何?」
ナディがトーラに冷たい目を向ける。
「へへ。いいだろ。男はこういう格好で、お嫁さんに出迎えられるのが夢なんだぜ」
トーラは得意そうに大きな胸を突き出す。彼女は下着姿にエプロン一枚という格好だった。
「そうよ。はしたないよ。着替えてくれば?」
リトルレットも顔を真っ赤にして、トーラをとがめた。
「何とでも言ってくれ。あたいは一刻もはやくアッシリア家の世継ぎを作らないといけねえんだ。だから、この料理で精をつけたリトネと今晩にでも……」
トーラがそこまで言ったとき、ドアが開いてマザーが入ってくる。
「お帰りなさい……え?」
マザーに引きずられて入ってきたものをみて、出迎えたリンは絶句する。
それはボロボロになって白目をむいているリトネだった。
「きゅぃぃぃぃ!」
椅子に座ってリトネの帰りを待っていたミルキーが、あわてたように駆け寄って顔を舐める。
しかし、リトネは目を覚まさなかった。
「……マザー様?これは?リトネに何をしたの?」
思わず責めるような目をナディに向けられて、マザーは決まり悪そうに頭をかく。
「……まあ、すこしやりすぎたかも知れん。後はお前たちに任せた」
そういうと、さっさとミルキーを抱き上げて自室に向かった。
「きゅい!きゅい!」
腕の中で抗議するようにバタバタするミルキーに、マザーは優しく諭す。
「大丈夫じゃ。そなたの父は強い男じゃ。この程度のトラウマなど乗り越えられるとワラワは信じておるぞ」
そんな無責任なことをいいながらマザーは去り、あとにリトネとヒロインたちが残される。
「お兄ちゃん!」
「……リトネ!」
「大丈夫?」
「お、おい、しっかりしろ!水飲むか?」
あわてて彼女たちが介抱するが、リトネは目を瞑ったまま、小刻みに震えていた。
「尻……尻が……迫ってくる……おちてくる……」
よほどひどい目にあったのか、リトネは気絶しててもうなされていた。
「どうしょう……目をさまさないよ!」
リトネの治療を終えたリンがなきそうになっている。身体的な怪我はたいしたことがなかったが、精神的に大きなトラウマを抱えているようだった。
「尻怖い。尻怖い」
リトネはずっとうなされ続けている。
「だめだこりゃ……それにしても臭ぇな。いったい何の修行をしていたんだよ」
トーラが呆れる。リトネの全身からは、なんともいえない悪臭が立ち上っていた。
「……そんなのどうでもいい!リトネ、しっかりして!」
ナディが心配して頬っぺたを叩くが、リトネは無反応である。
「これは困ったね。リトネ君がしっかりしてくれないと、ボクたちはいずれアベル君のものになってしまうかも。そうなると、無理やりあんなことやこんなことをされたりして……」
そんなことを想像して、リトルレットは鳥肌がたつ。もちろん彼女は女神の予言を信じているわけではないが、それでも不安を感じていた。
「でもなぁ、旦那がこんな状態じゃ……そうだ!」
いい事を思いついて、トーラがにやっと笑う。
「旦那を風呂に入れてやろうぜ!」
トーラの爆弾発言に、ナディとリトルレットは真っ赤になるのだった。

シャイロック家 大浴場
いつもは家臣たちにも開放されているこの大浴場は、今日は貸切になっていた。
「それでは、皆様お楽しみください」
ニヤニヤ笑顔を浮かべるネリーたちメイド部隊が下がると、後は気絶しているリトネと婚約者たちだけになった。
「……ほ、本当にリトネと一緒にはいるの?お父様とも最後に入ったのは二年前なのに……。ねえ、やめよう。こういうことは、その、ちゃんと結婚してからにしないと」
ナディは白い肌を羞恥心で真っ赤に染めて、モジモジとしている。その体には大きなバスタオルがこれでもかと巻かれていた。
「ナディちゃんはまだいいよ。まだまだお子様なんだし。ボ、ボクは20オーバーなんだよ。いくらリトネ君が13歳のお子様だっていっても……その、何かの間違いがあったら困るよ」
同じく、リトルレットも真っ赤な顔をして下を向いていた。
「なんだ。二人ともだらしねえな。女は度胸だぜ。よし、リン、やっちまおうぜ!」
「はーい!お兄ちゃんとお風呂入るのって、久しぶり。懐かしいな」
満面の笑みを浮かべたリンとトーラにより、リトネは丸裸にされる。
「そら!綺麗になりな!」
トーラはリトネを抱き上げて、容赦なく湯船の中に叩き込んだ。
「ごぼこぼ!はっ!俺は何を!」
気絶していたリトネは、息苦しくなって水中で目を覚ます。
あわてて水面から顔をだした彼が見たものは、桃のような物体だった。
「お尻?でも、汚くないな。どちらかといえば、可愛らしいというか……なんだ?」
目の前の物体はどうみても小さな尻だったが、なぜか汚らしくなかった。
湯船に浸かりながら考え込んでいると、尻がくるりと向こうにいく。
「お兄ちゃん!気がついてよかった!わたし、心配したんだよ~!」
満面の笑顔を浮かべて抱きついてきたのは、彼の大切な妹であるリンだった。
「リン?え?なんで巨豚の丘にいるんだ?」
状況が理解できないリトネは、抱き返しながら首をかしげた。
「って!え??その姿は?ここはどこなんだ?」
水色のワンピース水着姿のリンに動揺して、後ろに下がると、背中が柔らかい二つの膨らみにぶつかった。
「えっ?な、なんだ。やわらかい……いい感触」
「はーい。いらっしゃい。はあはあ。じゅるり」
なぜか前に手を回されて、上から液体が落ちてくる。
おそるおそる上を向くと、こちらも赤いビキニを着ているトーラと目があった。。
「トーラ?え?なんで?」
「旦那、しっかりしろよ。ここはシャイロック城の大浴場だぜ」
トーラに言われて、あわてて周囲を見回す。
すると、恥ずかしそうにタオルで体を隠したナディとリトルレットもいた。
「……リトネ。あんまりこっちを見ないで」
ナディは顔を真っ赤にして、湯船に入る。
タオルを取ると、ナディは紺色のスクール水着、リトルレットは黄色いパレオを着ていた。
「あ、あはは。リトネ君は子供だからセーフだよね。えっちな目でこっちをみたりしないから、大丈夫……やっぱり恥ずかしい!」
リトルレットも恥ずかしそうに後ろを向いた。
「な、なに?なんなのこの状況?え?俺、もしかして死んで、天国にいるの?」
豚の尻に押しつぶされ、屁をぶっ掛けられて意識を失ったと思えば、いきなり四人の美少女と混浴である。リトネは信じられずに、何度もほっぺたを抓って確かめた。
「あはは。大丈夫だぜ。旦那はちゃんと生きているから、ほら、ここも元気だし」
「☆凸凹○♪!」
いきなりトーラに急所を握られ、リトネが声にならない叫び声をあげる。
「や、やめて……そこは!」
「はあはあ、可愛い声で啼くじゃねえか。いっそ、ここでやっちまうか!」
トーラが暴走し始めた時、いきなり周囲のお湯が凍った。
「ひやっ!」
「冷たい!」
あわててリトネとトーラが湯船から飛び出す。
湯船を凍らせたナディは、不機嫌そうにプンッと顔を背けていた。
「トーラ。そういうのは無しって言ったでしょ。今日はあくまで苛めちゃったお詫びと、リトネ君を元気にするためにお風呂に入ったんだから」
リトルレットも真っ赤な顔をして、たしなめる。
「元気にはなっていると思うけどな!」
トーラは大笑いしながら、リトネを指差す。ちなみに彼はタオル一枚もまとっていないマッパだった。
「ひやっ!」
あわててリトネは急所を隠して、お風呂の床に蹲る。
「もう……ほら、リトネ君、こっちにおいで。お姉さんが背中洗ってあげる」
リトルレットがやさしくリトネを招き、椅子に座らせる。そのままスポンジで背中を洗った。
「どう、気持ちいい?」
背中にリトルレットの吐息がかかる。彼女は人間でいえば中学生ぐらいの発育ぐらいだったが、リトネにとっては充分刺激的だった。
「キモチイイデス……」
ヒロインたちからこんなにちやほやされたのは初めてなので、リトネは夢見心地になる。
すると、頬を膨らませたナデイがやってきた。
「……次は私の番。代わって。頭を洗う」
「はいはい」
リトルレットは苦笑して交代する。リトネの後ろに座ったナディは、ぎこちなく頭を洗い始めた。
「……どう?気持ちいい?」
ナディは心をこめて、わしゃわしゃと泡立てて一生懸命に洗っている。
「うん。気持ちいいよ。ありがとう」
リトネは素直にその感触を楽しむ。途中から慣れてきたのか、ナディも恥ずかしそうにしながらも笑顔を浮かべていた。
「えっと、たしか、本で書いてあった。こういうときは……お客さん、かゆいところはありませんか?」
「おしり」
いきなりだったので、つい本当のことを言ってしまい、リトネはあわてて口をふさぐ。
後ろで真っ黒いオーラが立ち上る気配が感じられた・
「……あなたって人は!せっかく私が洗ってあげたのに!」
ナディはいきなり後ろから首をチョークスリーパーホールドしてきた。
「な、ナディ、苦しいよ。あと、当たって……ない」
「……どういう意味?」
さらに激怒したナデイは、リトネをそのまま押し倒す。
「苦しい!苦しい!ギブギブ!」
あまりの苦しさにギブアップして、ようやく離してもらった。
うつぶせでゼーハーと荒い息をつくリトネの後ろに、一つの影が迫る。
「ナディ、代われ。うふふ。お尻がかゆいんだよな……」
それを聞いて身の危険を感じたリトネは、四つんばいで逃げようとするが、あっさりとトーラにつかまってしまった。
「あたいが思う存分掻いてやるぜ!くらえ!『尖掘拳』グリグリ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!そこだめ!広がっちゃう!」
さんざんトーラに尻をもてあそばされるリトネだった。
「もう。みんな遊んでないで、お兄ちゃんをきれいに洗ってあげないと……」
後ろからガッチリとホールドされているリトネに、石鹸をもってリンが近づく。
「おう!抑えておくから、思う存分洗ってやりな!」
リトネの後ろで豪快に笑うトーラだった。
「それじゃ……えへへ。お兄ちゃんと洗いっこするのって、久しぶりだね」
満面の笑みを浮かべて、リンは動けないリトネを隅々まで洗っていく。
「……あ、あっ!ぐっ!やめ……リンは妹!だ、だけど……」
「お兄ちゃん、元気になったみたい。よかった」
「あっはっは!元気になってよかったな!」
トーラはリトネの状態を確かめて、大笑いしている。
「……リトネ、えっち」
真っ赤な顔をしているナディは顔を手に当てているが、指の隙間からジーッと見ていたりする。
「……なんだろう。もやもやするな~。まあ、リトネ君が元気になったのはいいんだけど……もしかしてリトネ君、もう既にそういうことを知っているとか……?」
リトルレットはちょっと疑いの目でリトネを見ていた。
(ふぉぉぉぉぉぉ!なんか元気が出てきたぞ!憎っくきブヒーの尻め!くるならこい!俺はこの光景を思い出すだけで、どんな地獄だって耐えられる!)
いつのまにかリトネの『気力』がMAXまで全快し、体から噴きあがっている。
散々地獄を味わってきたリトネは、天国を体験して完全に復活するのだった。





グレートブヒーたちは、自分たちを倒した勇者に敬意を表し、歓待の宴を開いていた。
「ネエ……ユウシャサマ。ワタシヲタベテ」
「イヤイヤ、ワタシヲ」
「ズルイ。ワタシダモン」
『巨豚の丘』の中心に火が炊かれ、金網が載せられている。
グレートブヒーの若いメスたちは、誰がリトネに食べられるかで争っていた。
「……って、食えるか!」
ご丁寧にテーブルクロスをつけられて座らされているリトネが吼える。
いくら彼でも、カタコトでも人語を話す生き物を食べる趣味はなかった。
「ソンナ……ユウシャサマニタベラレテ、ミモココロモ、ヒトツニナリタイノニ」
メスたちは目をうるうるさせて迫ってくる。ある意味可愛いといえなくもないが、リトネはもう勘弁してもらいたかった。
「もうやだこの変態魔物!師匠、帰りましょうよ!」
隣で腹を抱えて笑っているマザーに、必死の形相で頼み込む。
「まあ、待て。彼らにとっては強い相手に食べられるのが快感なのじゃ。一口でも……」
「だから、食えませんって!」
涙目になっているリトネを見て、マザーも苦笑する。
「そうか。仕方ないの。なら、アレを渡すとするか。ドーンコイ、ちゃんと守っておったか?」
「ハイ。マザーサマ。ココニアリマス」
ドーンコイはマザーの前にひざまずくと、いきなりリバースしはじめる。
「オェェェェェェ……デタ!」
ドーンコイの腹から出てきたものは、金色に輝く靴だった。
「こほん。我が弟子リトネよ。本日から勇者アルテミックの正当後継者として認め、この『天竜の靴』を授けよう」
「だから、こんなのいらないっていっているでしょ!」
さすがのリトネも切れてしまう。靴はドーンコイの胃液にまみれて異臭を放っていた。
「いいから、履け!これは命令じゃぞ!」
「……わかりましたよ!」
マザーに怖い顔で言われて、リトネはしぶしぶ靴を履く。予想通り重くて、ろくに動けなかった。
「これでいいんでしょ!でも、重くて動けませんよ!」
「たわけもの!先ほどの修行で何を学んだ!」
「あっ、そうか!」
リトネは靴に意識を集中させ、空間干渉係数をマイナスの方向に下げる。
すると、靴はみるみるうちに軽くなっていった。
「どうやら、ちゃんと装備できたようじゃの」
「ええ。まあ、なんとか」
あらためて靴の履き心地を確認する。胃液にまみれていて汚いが、リトネの『気』によくなじんでいて、しっかりと足を守っていた。
「うむ。天竜の靴を履きこなしたな。これでおぬしは伝説の防具に認められた、立派な勇者じゃ」
「……なんでだろう。ちっともうれしくないんですけど」
リトネは渋い顔をしながら、考え込む。
「あの、師匠。もしかしてこの靴を履いている間、ずっと「気」を使わないといけないんですよね」
「そうじゃが?」
マザーはいたずらっぽい顔をしている。
「……だったら、あんまり装備している意味ないんじゃ?」
「だから言ったであろう?天竜の装備はハッタリに過ぎぬと。天竜の武具を装備できるから勇者なのではなくて、勇者だから天竜の武具を装備できるのじゃ」
マザーは堂々と言い放った。
「それじゃ、全く意味ないじゃないですか!」
「愚か者。武具などに根拠を求めてどうする。真の勇者は、その中身にこそ価値があるのじゃ」
マザーの言うことは至極正論なのだった。

数日後
応接室にシャイロック家の軍を統括している将軍が、リトネに呼ばれる。
彼は実のところ、内心でドキドキしていた。
(大事な話があるから執務室にこいって、なんだろうか?やはり、この間のことを怒られて、何らかの処分が下されてしまうんだろうか?いくらリトネお坊ちゃまがお優しいといっても、あきらかにやりすぎだったもんな。ああ、クビになったら、どうしよう)
リトネを軍隊という集団の力で、ひどい目にあわせてしまったことを悔やむ。しかし、彼にも事情があるのである。
(でも、マザードラゴンさまの命令だったし……)
はぁぁーと深いため息をつく。
なぜか少し前から、このシャイロック家にロスタニカ王国では守護神扱いされるマザードラゴンが居つくようになってしまった。彼女に対しては、領主であるイーグルも弟子であるリトネも逆らえない。まして、将軍のような一家臣が異議を申したてることなどできるはずはなかった。
(とにかく、お坊ちゃまに怒られる前に、謝ろう)
その背中からは、中間管理職の悲哀が感じられる。彼のような宮仕えの騎士も、板ばさみになってなかなかつらい思いをしているのである。
意を決して執務室に入った将軍は、すぐにリトネの前で土下座した。
「リトネおぼっちゃま!この間は失礼なことをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした!すべて私の不徳のいたす事でございます!」
「立ち上がってください。そんなことをされたら話もできません」
そういわれて。将軍はおそるおそる頭をあげる。リトネは意外にも優しい笑顔を浮かべていた。
「あの戦いは私にとっても、シャイロック家にとっても非常に有意義なものでした。個人的な武勇を誇るだけの者に、どのように軍を指揮して戦いを挑むべきか。大いに学ばせていただきました」
「そ、そういっていただけますと救われます。さすがお坊ちゃまです。器が大きい!」
将軍が必死に褒めて機嫌をとる。
しかし、リトネは邪悪な表情を浮かべて告げる。
「ただし……一度敗北した者は、より強くなってまた戦いを挑んでくることがあります。シャイロック軍はそのことも想定して、常に進歩していかねばなりません」
「は、はい……おっしゃるとおりです」
将軍は追従笑いを浮かべて同意する。リトネからは妙な自信が感じられた。
「なので、一週間後にリベンジさせていただきます。あなたがもつすべての戦力をもって、私にかかってきなさい」
リトネはにやりと笑いかける。結局負けず嫌いな彼だった。
将軍を下がらせた後、婚約者たちも執務室に呼んで、再戦を申しこむ。
「……もう一回戦うの?負けたことなんて気にしなくていいのに」
「そうだよ。そもそも2000人対1人で戦って、いくらリトネ君でも勝てるわけないんだから」
ナディとリトルレットは、そういってリトネをなだめようとするが、彼は首を振る。
「いやだ!今度はこっちが挑戦する番だぞ。ちゃんと策はあるんだ」
そういって駄々をこねるリトネに、二人は呆れてしまう。
しかし、トーラはその態度にむしろ感心していた。
「あっはっは。よく言った!それでこそ男の子だ!あたいはその挑戦受けたぜ!ただし……」
トーラはビシッと指を突きつける。
「つぎにあたいが勝ったら、覚悟しておけよ。旦那の後ろの初めてをもらうからな!」
危ない目をして何かを妄想するトーラを見て、リトネは背筋が寒くなるが、もう後には引けない。
「ふ、ふん。好きにすればいいさ!なら、俺が勝ったら、次は添い寝してもらうからな!」
リトネはいやらしい顔になって、ヒロインたちに迫る。
それを聞いて、ナディとリトルレットは真っ赤になってしまった。
「……そ、添い寝って?」
「ちょっと待ってよ!一緒に寝るって……そんな、だめだよ。ボクたち、まだ結婚してないんだし!」
焦って首を振るが、トーラはニヤリと笑ってその条件を受け入れた。
「望むところだぜ!ケツを洗って待っているんだな。よし、作戦を練るぞ!」
そういうと、トーラはナディとリトルレットを連れて退出していった。
「……お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
後に残ったリンが心配してくるが、リトネは笑っている。
「大丈夫さ。リンは後方で見ていてくれ。できるだけ誰も傷つけないように戦うけど、それでも誰かが怪我するかもしれないからな」
そういって、リンの頭を優しくなでるのだった。

一週間後
郊外の平原に、シャイロック軍の精鋭部隊2000人が集まっていた。
「リトネお坊ちゃんと再戦だってよ」
「……ふふ。腕が鳴るぜ!」
騎士も兵士もこの間の戦いで勝利したので、自信をもっている。
そんな彼らに対して、渋い顔をしている将軍は演説を始めた。
「えーーっと、こほん。リトネお坊ちゃまの強い希望で再戦となったわけだが、その、やりすぎないように。というか、勝ってはいけない。なるべく判らないように、手を抜いて負けるように」
いきなり八百長をするようにと言われて、兵士たちの士気が下がる。
「なんでですか?」
そんな声が上がったので、将軍は叱咤した。
「ばか者!そもそも年端もいかぬ少年を、2000人の兵が寄ってたかってなぶってなんとする!大人気ないにもほどがあるぞ。ましてリトネお坊ちゃまは我らの主だ!これ以上恥をかかせてはならん!」
将軍にそういわれて、兵士たちは顔を見合わせる。あまりの強さに忘れていたが、たしかにリトネは13歳の少年だった。
「……たしかに、おケツ丸出しにしたのは、まずかったかな?」
「しょうがないな。なら、今回は華を持たせて……」
そんな声が大勢を占めるようになったとき、いきなり壇上にトーラが上がってきた。
「いいや、てめえら、全力で戦え!手加減なんかするんじゃねえぞ!」
「ト、トーラ様、なにをおっしゃるのですか?」
あわてる将軍を無視し、トーラはさらに続ける。
「誰がなんと言おうと、リトネは勇者アルテミックの後継者だ!あいつはやがて世界を救うほどの大物になるだろう。ちょっと負けたぐらいで駄目になるほど柔な男じゃねえ。そんな男にあたいは惚れたりしねえぜ!」
トーラは壇上で熱弁を振るう。続いて、ナディとリトルレットも壇上に上がって来た。
「……本当の勇者なら、敗北を糧に大きく成長するはず。甘やかしては駄目」
「リトネ君から再戦を申し込んできたということは、たぶん何らかの勝算があるんだよ。それにこたえてあげるのが、ボクたちの役目じゃないかな?」
婚約者たちの演説をきいた兵士たちは、再び士気を取り戻す。
「うおおっ!なんで出来た婚約者たちだ。坊ちゃんが羨ましいぜ!」
「甘やかすだけが愛情じゃねえ!お坊ちゃんを真の勇者にするために、全力で戦ってやろうぜ!」
兵士たちは武器を振りかざして雄たけびをあげるのだった。
(……これで大丈夫。まだ、あんなことやこんなことをするのは怖いし)
(助かったよ。さすがに添い寝だなんて、まだ早いもんね。そういうことは、ちゃんと結婚してから)
(ぐふふ。これでリトネのケツはあたいのもんだぜ!勝った後、添い寝して一晩中攻めてやる)
婚約者たちはそれぞれの思いを抱えながら、戦闘準備をするのだった。

こうして、ふたたびリトネVSシャイロック軍の模擬戦が開始される。
今回は戦闘前に、全員が赤い鉢巻をつけるになった。これはリトネからの提案で、鉢巻をとられたら退場というルールにしたのである。
リトネ1人の前に、完全武装した2000人の軍隊が立ちはだかる。
「はじめ!」
将軍の号令で、一気に前方から歩兵たちが槍衾を作ってリトネに迫ってきた。
「うりうり!坊ちゃん。悪いけど、再び勝たせてもらいますぜ!」
長い槍を突き出して迫ってくる。
兵士たちが注意をひきつけている間、騎士たちと婚約者はリトネの後ろに回ろうとしていた。
「いいか?とりあえず歩兵たちに当たらせて様子を探るぞ。前と同じならそれで対抗できるだろうが、あのリトネだ。絶対なにか用意しているに違いねえ。もし歩兵が突破されたら、馬の足を生かして逃げ回りながら魔法を浴びせ、体力を消耗させて魔力切れを狙うんだ」
戦い前にトーラが立てた作戦は、このようなものだった。
リトネは何の策もないかのように、まともに正面から兵士の軍勢に突っ込んでいく。
当然ながら、すぐに歩兵に取り囲まれることになった。
「さっそく始まったようだぜ……え?なんだ?どうなってんだ?」
遠くから観察していたトーラたちの目が、いっぱいに開かれる。彼女が見た光景は、屈強な兵士たちがまるで風船のように軽々と空に放り上げられる光景だった。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァ」
リトネは雄叫びを上げて襲い掛かってくる兵士たちに、これ以上ないほど冷静に対処できていた。
(恐れるな。相手は軽いんだ。ビニール人形の集団みたいなものなんだ!『虚竜拳』」
兵士たちの群れに呑み込まれる寸前、リトネの体がふわりと浮く。
「は?な、なんで?」
目の前の光景を見て、兵士たちの目が点になる。
なんとリトネは、体重が存在しないかのように槍の穂先に爪先立ちで乗っていた。
「な、なんだ?軽いぞ。重さを感じない!」
リトネは動揺する兵士の体に、やさしく触れて『軽気』を広げる。
「え?」
次の瞬間、180センチはある大柄な兵士の体が、小柄なリトネの片手によって持ち上げていた。
「ほらほら!飛んでいけ!」
リトネは持ち上げて兵士を、まるでボールのように放り投げる。空中でリトネの「気圏」から離れた兵士の体は、重さを取り戻して地面に落下した。
「ひ、ひええっ!なんなんだよ!」
兵士たちは恐慌に駆られて槍をめちゃくちゃに振り回し、陣形を崩す。
しかし、まるで羽毛のように空を舞うリトネに当てることはできなかった。
「こ、これは!おもしろいぞ!」
調子にのったリトネは、兵士たちをつかんでは放り投げる。
今のリトネにとっては、精強な兵士も軽い風船人形のようなものだった。これなら一人で大軍相手に無双ができて当然である。
「つ、強い……ま、まいりました……」
1500人もいた兵士は、リトネ1人に打ち倒されて地面を転がった。
兵士たちの包囲網を突破したリトネは、軽い足取りで騎士たちに迫っていく。
「ま、まずいぞ!みんな!魔法を使え!」
焦ったトーラの指示により、騎士たちが杖を取り出すが、すでにリトネの姿は地上になかった。
「ど、どこにいった?」
「トーラ!上!」
ナディに言われて、あわてて上を向くと、10メートルの高さにリトネはジャンプしていた。
「マジかよ……あんなに高く飛べるなんて。と、とにかく打て!」
トーラの号令で空中にいるリトネに魔法が放たれる。いくつかは当たったが、風に舞う羽毛のようにリトネは魔法を受け流し、まったくダメージを与えられなかった。
「うそだろ!こんなの初めてみた!魔法が全然通じねえ!」
次の瞬間、リトネはトーラの頭の上に降り立った。
「こ、このっ!」
トーラは滅茶苦茶に頭の上を払うが、リトネは軽く飛んでかわす。
「はい。いただくよ」
リトネはトーラの鉢巻を取って、軽くジャンプする。そのまま次々と騎士たちの頭や馬の上に着地し、鉢巻を奪っていった。
「……くっ!騎士たちが邪魔になって魔法が使えない!リトルレット、罠を作れない?」
「無理だよ!リトネ君地面に降りてこないもん!ボクの『自在の工具』でも、あんなのどうやって捕まえれば良いのか……」
ひらりひらりと空を舞いながら近づいてくるリトネに、ナディとリトルレットも手出しができない。
「……悔しい!」
「負けたぁー」
結局、ナディとリトルレットも簡単に鉢巻をとられてしまった。
「そこまで!戦闘を終了せよ。リトネ様の勝利だ!」
大部分の軍勢と婚約者たちが負けたのをみて、将軍は手を上げる。
「お、お坊ちゃま。参りました。さすが伝説の勇者様です」
リトネの一段上がった超人的強さを見て、改めて恐れと尊敬を感じた騎士や兵士たちは、武器を放り出して降伏するのであった。

シャイロック家
夕食後、婚約者たちが集まって相談していた。
「……みんな、どうするの?」
「これから添い寝って……まだ心の準備が……ボクはそんなこと、したことないし」
ナディとリトルレットは顔を赤くして、困り果てている。
一方、トーラだけは平然としていた。
「だらしねぇな。まあいいや。あたいがいってくるから」
そういうトーラの格好はスケスケネグリジョに大胆な下着姿である。ご丁寧に枕を持参していて、準備万端だった。
「……ダメ!」
「そうよ!リトネ君まだ13歳だよ!何考えてんのよ!この痴女!」
そのままリトネの部屋に行こうとするのを、二人に死に物狂いでとめられた。
「何するんだよ!」
「……トーラを行かせたら、リトネが何をされるか心配」
「そうよ!その、そういうことはちゃんとお互いの気持ちを確かめてからというか、とにかくダメなの!」
ギャーギャーと騒ぐヒロインたちを見て、リンは呆れていた。
(みんな、どうしたのかな?私はお兄ちゃんと一緒にお休みできて、うれしいけど)
可愛らしい水色のパジャマを着たリンは、首をかしげる。
(お話が終わるまで時間かかりそうだから、先にいっちゃおう)
そう思うと、リンはそっと部屋を出てリトネの私室に向かった。

リトネの部屋。
大きなベッドの上で、リトネはワクワクしながらヒロインたちを待っていた。
「いや~誰が来るのかな。本当に楽しみだ」
散々地獄を潜ったリトネは、これから来る楽しい天国にドキドキしていた。
「……ナディかな?まあ下手に手を出したらひっぱたかれるから、頭なでたり腕枕したり、耳かきをしてもらったりとかの軽いプレイで、ナディが恥ずかしがるのを見て楽しもうかな」
リトネにとってナディは婚約者というより、可愛いけどちょっと生意気な妹のような気がするので、ついついイタズラしてしまうのだった。
「……リトルレットかな。彼女は大人だから合法なんだよな。なら、ちょっとイケナイことをしたり……」
リトネの鼻の下は、だらしなく伸びている。
「……トーラだったらどうしよう。ここは覚悟を決めて、大人の階段を登るべきなのかな」
そんな風に考えて悶々としていると、部屋のドアがノックされる。
「お兄ちゃん。こんばんわ。一緒にお休みに来たよ!」
満面の笑みを浮かべて抱きついてきたのは、妹同然の存在であるリンだった。
「リンが来たのか。ちよっと予想外だったな。まあいいか、ほら、おいで」
布団をめくってリンを招くと、彼女はうれしそうに中に入ってきた。
「えへへ。一緒に寝るのって、久しぶりだね」
「ああ。ロズウィル村の平原でお昼寝して以来だな」
昔のことを思い出して、ほんわかした気分になる。
「そういえば、あの時おにいちゃんに子守唄歌ってあげたよね」
「そうだったな」
「えへへ。また歌ってあげるね」
そういうと、リンは優しい声で歌い始めた。
「天空の雲 はるかな道 神の城。選ばれし勇者のみが招かれん」
「天空の竜 人の中でただ一人 その者を愛さん」
「その名はアルテミック 神に至る道を歩む 孤高の勇者なり」
「竜剣ドラクルを抜きて 後継者になるのは誰か?」 
全世界で有名な、勇者アルテミックを讃える歌である。
やさしい歌声を聴きながら、リトネの意識は薄れていった。
そして一時間後-
衣服が乱れ、髪型もぐちゃぐちゃになった婚約者たちがリトネの部屋に乱入してきた。
「……はあはあ!旦那、今から子作りするぞ!」
「……ダメ!絶対邪魔するんだから!」
「ええいっ!覚悟決めたよ!さあ、ボクを好きにしなさい!」
そういって入ってきた婚約者たちは、ぐうぐうといびきを立てて眠っているリトネを見てポカーンとする。その隣で、リンも気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てていた。
「……ま、まさか!リンが!」
「これは意外だったわ!」
「え?え?どういうことだ?もしかして、リンに先を越されちまったのか?い、いや、でも……」
目を白黒させる三人だったが、幸せそうにただ寝ているリトネをみていると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
「てめえ、いいかげんに起きやがれ!」
トーラは全体重をかけて、リトネに膝蹴りをかける。
「ぐはっ!」
気持ちよく寝ているところにいきなり蹴られて、リトネの目が覚める。ベッドから起き上がった彼は、三人の修羅と相対してしまった。
「……なんでみんな怒っているの?」
おそるおそる聞くと、修羅たちは静かに口を開いた。
「……リトネ。えっち」
「大人であるボクならともかく、まだ11歳のリンちゃんに手をだすなんて……お仕置きだね!」
「……これは旦那の趣味を矯正しないとな。少女に手を出すなんて、なんて野郎なんだ」
三人は有無を言わさずリトネを縛り上げ、拷問部屋まで連行する。
「……ううん、おにいちゃん」
後には幸せそうに眠るリンだけが残されるのだった。


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