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連載

四巻未掲載部分 ネリー奮闘編

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すべてを聞いたリトネは、ショックを受ける。
「ネリーさんとリンが裏切ったのか……くそ!もうちょっと早く天空城ラビュターに行っていれば、あるいは防げたかも知れないのに」
地団駄踏んで悔しがるリトネの肩に、ナディはそっと手を置く。
「過ぎたことは仕方ない。それより、これからのこと」
「……そうだな。ネリーさんには何か目的があるみたいだから、交渉もできるだろう。それにリンを助けないと。絶対にカイザーリンの魂をリンから引き剥がしてやる」
リトネはリンを救うことを誓うのだった。
その時、ヒロインたちの目が覚める。
「う、うーん」
「……何がおこったの?」
「……」
寝ぼけ眼で起き上がった三人の前にいたのは、よく知っている少年と少女だった。
「旦那!」
「ナディちゃん!無事だったの?」
トーラとリトルレットは、喜びの声を上げて二人に抱きつく。
「二人とも、無事でよかったよ」
「……はっ。そうだ。すまねえ。ネリーの奴にだまされて、ダークカイザーを復活させちまった」
「……フェザー様のおかげで世界は救われたけど、そのフェザー様をアベルが……」
二人は涙を流して、ここであったことをリトネに話す。
リトネは優しい顔をして最後まで聞くと、二人の頭にポンと手を当てて慰めた。
「君たちのせいじゃないよ。たぶん、ダークカイザーは復活する運命にあったんだろ。とりあえず、いろんなことがあって疲れた。シャイロック家に戻ろう」
そういうと、リトネは巨大な黒いドラゴンに変身する。
「リ、リトネ?」
「リトネ君?」
初めてみるリトネの変身に、彼女たちは腰が抜けるほど驚いた。
「……なるほど。とうとう人間から解脱して、ドラゴンへと進化したのですね」
ハニーはそれを見て、尊敬している。
「……」
マリアは涙を流しながら、無言のままうつむいていた。
「『雲竜拳』」
リトネが念じると、彼女たちの体がふわりと浮き、リトネの背に運ばれる。
「さあ、帰ろう」
ヒロインたちを背に乗せたリトネは、シャイロック家に向かうのだった。



「ネリーさん。本当にいくんですか?危ないんじゃ……」
「平気ですよぅ。それに、一度お坊ちゃまの世界に行ってみたかったんです」
天空城の中にある、巨大なゲートの前でネリーは笑顔を浮かべている。あれから一同は次元間ゲートがあるこの広間に移動していた。
「お坊ちゃまの言う『キチクゲーム』とは、この世界の未来を予知する能力を持ったクリエイターが作ったもの。彼女なら、これからこの世界に起こることもわかるはずです」
「ですが……果たしてうまく聞きだせるでしょうか。確かに光の巫女コールレイの転生者である彼女なら、もっともハッピーエンドに近い未来を見つけ出されるとおもいますが……あまりにも雲をつかむようなあいまいな話です。彼女がこの世界に興味をなくしてしまえば、それでお終いです」
ベルダンティーの顔にも、無茶をするネリーに対しての呆れが浮かんでいた。
「大丈夫です。きっと大魔王ダークミレニアムの謎をとき、リンさんを救う方法を探ってきます」
「……わかりました。お願いします」
こうなってはネリーだけが頼りなので、リトネは彼女に頭を下げる。
「お任せください。その代わり、帰ってきたらたくさん子種をもらいますからね」
そういって色っぽく笑うネリーに、リトネはドキっとするのだった。
「では、ゲートを作動させます。「ディメンションゲート・作動」
ベルダンティーが命令を告げると、門から機械音が発せられる。
扉がゆっくりと開いていくと、中の空間には黒い穴が開いていた。
「……ネリー。がんばる」
「ネリーさん。今度裏切ったら、ボクは絶対に許さないんだからね」
「……一度だけは許してやる。その代わり、絶対にリンを救うやり方を見つけろ!」
「ご武運をお祈りいたします」
ヒロインたちも、それぞれ声をかける。
「それでは、いってまいります!」
ネリーは次元間ゲートがあけた、黒い穴に吸い込まれていくのだった。

黒い穴に吸い込まれたネリーは、次元間ゲートを潜って日本に到着した。
「これがリトネ様がいた異世界?結構発展していますね~」
街を見回して、ネリーはうんうんと頷く。天空城ラビュターのデータに残っていた神々の故郷と比べると原始時代も同然だったが、中世程度の文明しかなかった元の世界とは雲泥の差がある。
「さて。これからどうしましょうか……?」
腕を組んで考え込んでいると、突然光が当てられる。
「な、なにか?」
「すいません。ポーズいいですか?」
ネリーの目の前に現れたのは、小汚いトレーナーを着てメガネをかけた小太りの男性たちだった。
「え、え?」
「その格好、『小悪魔戦士アーウーフーン』のルミナちゃんですよね?よくできているな!」
「そのとがった耳とスペード尻尾、たまらない……はあはあ!」
「真っ黒ビキニに貧乳、八重歯……俺たちの心をここまで捕らえるとは!」
男たちは鼻息あらく迫ってくる。さすがのネリーも恐怖を感じてしまった。
「い、いえ、すいませんが失礼いたします」
ネリーは背中からコウモリの羽を出して、ふわりと浮き上がる。
「飛んだ!」
「まさか、本物なのか!」
男たちはますます興奮して、手に持った箱のようなものを向けてきた。
パシャパシャという音とともに、光がネリーの直撃する。
「きゃっ!」
ネリーは叫び声をあげると、一目散に逃げだす。
「フライングヒューマノイドだ!」
「悪魔は実在した!」
その日のニュースにばっちりと取り上げられてしまうのだった。
恐慌に駆られたネリーは、ビルの屋上に隠れてため息をつく。
(うう……この世界は平和だと聞いていましたが、とんでもありません。人間がモンスターと化しているではありませんか。ゲイ術性にあふれた、理想世界だと聞いていたのに)
いきなりひどい目にあって、心細くなる。
「私はこれからどうすれば……」
膝を抱えてしくしく泣いていると、ベルダンティーからの思念波が届いた。
『スネリ、気をしっかりもつのです。私の世界の平和はあなたにかかっているのです」
『ベルダンティー様……』
遠い異世界から自分を見守ってくれていたとしり、ネリーはほっとする。
『とりあえず、リトネ様の元いた部屋に向かってください。そこに『キチクゲーム』の手かがりがあります。しばらくそこを拠点として、この世界に慣れるのです」
「はい。ありがとうございました」
ネリーは空中に向かってペコリとしたとき、リトネの部屋の位置の知識が流れ込んできた。
(……がんばりましょう。大魔王の謎を解いて、世界を救うためです)
ネリーは改めて気合を入れるのだった。

「えっと……ここですね?」
散々迷ったが、ネリーは渡された知識を元にようやくリトネの部屋に到着する。
「お邪魔しまーす」
恐る恐る部屋に入ってみると、じめっとした空気が感じられた。
(うっ……狭い。ここは物置なのでしょうか……?それに臭いです。いったいどんな怠けもののメイドが担当したら、こんなに汚くなるのでしょうか?)
顔をしかめながら入る。部屋には独身男特有のなんともいえない匂いが漂っていた。
広くて豪華なシャイロック城で生活していた彼女にとって、あまり好ましい環境とはいえない。
(この部屋を掃除していたメイドを首にしないといけないですわね。いかに前世とはいえ、リトネお坊ちゃまの住んでいた部屋にゴミと洗濯物を放置するなんて)
汚れたパンツと酒のビンが仲良く並んでいるのを見て、ネリーは憤慨する。
それでもどうにか気を取り直して、台所から部屋に入った時。
「き、きゃーーーー!」
ネリーは叫び声をあげる。
なんと部屋に敷かれた汚い布団の上には、小太りの男性の死体が転がっていたのだった。
「こ、これは!誰なの!死んでいる!」
『落ち着きなさい』
パニックを起こそうになるネリーに、ベルダンティーの冷静な声が響く。
『その人は、リトネの前世の死体です。この世界での数時間前に、心臓発作で亡くなりました』
「え、ええ?」
衝撃の事実を知らされて、ネリーは驚く。そこにあった男の死体はリトネとは似ても似つかない小太りのおっさんだった。
「わ、わたしはどうすれば?」
『とりあえず、この世界で生きていくために、その死体の知識をコピーします。『知識共有』の魔法を使いますので、おでこをくっつけてください」
「ええっ?い、いやですよぅ」
さすがのネリーも気持ち悪いと拒否するが、ベルダンティーに叱られてしまった。
『わがままを言わない!この世界の知識なくして、どうやって生きていくつもりですか!』
「……はい」
しぶしぶネリーは死体に馬乗りになり、おでこをくっつけた。
『では、いきますよ。知識共有』
ベルダンティーの言葉と同時に、その死体から知識が伝わってくる。
ネリーはリトネの前世の記憶をすべて知った。
「これは……なんて可哀想な」
ネリーの口から同情の声が漏れる。彼の人生は悲惨の一言につきた。
幼いころから両親は兄弟ばかりをかわいがり、彼に愛情を持たなかった。学生時代はいじめられ、好きな女の子にも容姿が原因で振られ続けた。苦労して有名大学を出て銀行に就職したが、上司にミスを押し付けられて、嘲り声とともに退職に追いこまれ、人間不信になってニートとなっていたのだった。
ネリーの心に、彼の孤独と悲哀が記憶を通じてひしひしと伝わってくる。
「リトネ様……本当につらい思いをなされたのですね。私が側にいたら、あなたにこんな孤独だけの人生を送らせたりしなかったのに……」
彼に同情し、泣きながら死体を抱きしめるネリーにベルダンティーは容赦なく告げた。
『では、不要になった死体を消去します』
その言葉と共に死体が消えていく。
「ま、待ってください……リトネ様。あなたは私が必ず幸せにしてみせます」
消えゆく死体にキスをして、ネリーは誓うのだった。
『スネリ。この世界で慣れるまでそこで生活していてください。そのゲームのパッケージに書いてある制作会社の住所を手がかりにして、なんとかシナリオライターと接触してください』
女神ベルダンティーの思念波は遠ざかっていく。
「ち、ちょっと!」
いきなりそういわれて動揺するが、ベルダンティーの気配は消えていく。後には呆然としたネリーが残されるのだった。
「……これから、どうなるんでしょうか?」
綺麗になった部屋に座り込んで考え込む。すると、コタツの上に置いてあったゲームのパッケージが目に入った。『君と築く幸せな未来』と書かれている。
「とれあえず、これをやってみましょうか」
ネリーはパソコンに向き直り、ゲームを起動させるのだった。

一ヵ月後-
メガネをつけたジャージ姿の少女が、暗い部屋で何事がつぶやいていた。
「はあはあ……『なよ竹さん』って面白い。7人兄弟なのにいろいろ個性あって……わたしはモウソウ竹×キッコウ竹押しね」
何やらテレビの画面に見入って、ニヤニヤと笑う。その周囲には怪しい本やゲーム、お菓子の袋などが散乱していた。
ひとしきり堪能した後は、パソコンの前に座る。
「はあはあ……ルナノベルスもいいけど、飽きちゃったわね。もっとディープなサイトはないかしら」
怪しげなページを開いて、ぶづぶつとつぶやく。
ネリーは、すっかりダークサイドに堕ちてニートと化していた。この一ヶ月、リトネが前世で残した貯金を使って喰っちゃ寝を繰り返し、彼女にとっての理想世界を堪能している。
その時、ネリーの脳裏に思念波が届いた。
『……あの……スネリ。そろそろこの世界にも慣れたでしょうし、コールレイの転生者を探してくれないでしょうか……?』
「ベルダンティー様。外の世界は怖いです。出たくないです」
ネリーは子供のようにイヤイヤとする。
『……でも、大魔王の謎を解いてもらわないと、真のハッピーエンディングが……』
「今のリトネお坊ちゃまなら、何とかするんじゃないでしょうか?大丈夫ですよ」
面倒くさそうにポテトチップをつまみながら、コーラをぐいっと飲む。有能メイドだったネリーは、すっかり駄メイドとなっていた。
さすがのベルダンティーも呆れる。
『これ以上怠けていると、こちらの世界に引き戻しますよ。それに、そろそろお金もないのでは?』
「お金?……はっ!?」
ベルダンティーに言われて、あわてて通帳を確認する。残高はすでに10万円を切っていた。
「べ、ベルダンティー様、どうしましょう。お金がありませんわ!」
『働いてください』
女神の言葉は冷たかった。
「働く……ってなんですか?」
『あなたはシャイロック家で、メイド長として働いていたでしょう?』
「そ、そうでした」
ようやくネリーは自分の使命を思い出す。
『目が覚めたら、「キチクゲーム」を出したゲーム会社にいって、シナリオライターの情報を集めて接触してください』
「……はい」
しぶしぶとネリーは動き出すのだった。


数日後
「ええっと……須川ネリーさんですね。当社のアルバイトとして応募されたわけは……?」
「はい。御社の出した『キチクゲーム』のファンでして、こんな面白いゲームを作る会社でぜひ働きたいと思ったからです」
ニコニコと笑う背の高い女性がハキハキと答える。メイド長モードの人間に変身したネリーである。
「しかし……当社では、その、成人むけゲームも作っていますが、そういうのは大丈夫ですか?何というか、いいところのお嬢さんには……」
「大丈夫です。むしろ得意分野です」
そういって女性は厚い胸を張る。苦笑した面接官は、おだやかに話しはじめた。
「ははは、元気がいいですね。しかし、あなたのような清楚な人は、当社の雰囲気にはあわないかと……ん?」
ネリーと名乗った女性に、面接官はジーッと見つめられる。その瞳が真っ赤に輝くと、面接官の頭は混乱していった。
「……あなたのような人を待っていました。ぜひ当社で働いてください」
「はい。がんばりますわ」
面接官を操ることに成功したネリーは、にっこりと笑うのだった。
こうしてゲーム会社で働きだしたネリーは、たちまち人気者になる。
「ネリーちゃん。お茶入れて」
「はいはい」
むさくるしい男ばかりの職場に、華のような笑顔を浮かべたネリーがお茶を入れて回る。
「うまい!」
「そうでしょう。私はお茶には結構自信あるんですよ」
シャイロック家でメイド長をしていた経験を生かし、自慢のお茶の腕を披露する。
厚い胸を張ってふふんと自慢するネリーに、もてない男たちはメロメロになった。
「ネリーちゃん。清楚でかわいい。マジ天使」
「なんだか、メイド服着せたら似合いそう!」
興奮した男たちの男たちの手を、ネリーは優しく握った。
「皆さん。お仕事がんばってくださいね」
「……はぁ……癒される……はいっ!がんばります!」
ネリーに余分な精気を吸われた男たちは、すっきりした顔で仕事に戻っていく。
ネリーが会社に入ってから、どんどん仕事がはかどるようになっていた。
「ネリー君。君のおかげで職場の雰囲気が良くなったよ」
「あら、ありがとうございます」
会社の脂ぎった社長に褒められて、ネリーは機嫌よく返す。
「……どうかね?できれば、君と個人的な親交を深めたいんだが……大人の関係に」
「残念ですわ。この体はある人に捧げなければならないのです。そのおわびに……」
鼻息荒く迫ってくる社長のセクハラ行為を軽くかわし、首筋に手を当てて精気を吸う。
「うっ……気持ちいいい……」
うっとりとした社長の目を見つめて、ネリーはおねだりした。
「……給料、上げてくれませんか?」
「うんうん。あげちゃう」
社長は気前よく給料UPを約束する。
こうして、ネリーはどんどんゲーム会社での地位を固めていくのだった。
そして二ヵ月後のボーナスが出る日、通帳に振り込まれた金額を見て、ネリーはにんまりとする。
(うふふ……これでまたゲイ術本が買える。今年のコミマに参加できるように、三日間有給休暇をいただけるようにおねだりしましょう)
すっかり現代社会に適応しているネリーだった。
ルンルン気分でお金を下ろして、特殊な本を売っている店に入る。
お目当ての本を大量にゲットして意気揚々と店から出たところで、急に周囲が白くなった。
「あ、あら?」
『……あなたは、何をやっているのです?』
目の前には、憮然としているベルダンティーの姿があった。

白い空間で、ネリーはなぜか土下座している
「すいませんでした!」
『……まったくもう!私の世界では大変なことになっているのに!あなたという人は遊んでばかりで!』
ベルダンティーはプリプリと怒っている。
「まあまあ、お詫びにこのゲイ術品を献上しますから」
ネリーは女神の怒りに恐れをなし、せっかく手に入れたお宝を差し出した。
『……ん?こ、これは……?』
「すごいでしょう?ここがこうなって……」
ニヤニヤしたネリーから説明を受けて、思わず読みふけってしまう。
『……たしかに。私の元になった女神がいた理想世界でも、このような文化はありませんでした。いや、たしか、たった一人だけこのようなことを言っていた男神がいたような……』
ベルダンティーは何かを思い出すかのように考え込む。
「これはすばらしいものでしょう?だからこの文化をすべての世界に広めて……」
ネリーがそう誘惑してくるが、ベルダンティーは残念そうに首を振る。
『……こんなものが広がったら、世界に子供ができなくなってしまいます」
「えっ?そ、それは困ります。魔族の復活が……」
ネリーも自分の目的を思い出して、嫌々と首を振る。
『……とりあえず、こういうのは娯楽として二次元に留めておきましょう』
「……はい」
こうして、ひとまず世界の汚染は免れたのだった。
『こほん。ところで、あの人は見つかりましたか?』
「あの人?」
ネリーは可愛らしく首をかしげる。
『だから、『キチクゲーム』のシナリオを書いた、コールレイの転生者ですよ!』
すっかり目的を忘れているネリーに、とうとうベルダンティーは怒るのだった。
「す、すいません。調べておきます」
『……本当に、頼みますよ!』
ベルダンティーの姿が消えていく。完全にいなくなったのを見て、ネリーはため息をついた。
「はあ……仕方ない。まじめに探そうかな。これ以上引き伸ばしていたら、強制的に戻されちゃうかもしれないし。こっちの世界は楽しいんだけどな」
しぶしぶ本来の仕事に戻るネリーだった。

ネリーは帰社して、社長に企画書を提出した。
「なになに?『君を奪って幸せな未来』だって?前作の悪役サイドストーリーなのか。前作で人気があったヒロインたちを、嫌われキャラのリトネが奪っていく展開だって?うむむむ……」
社長は企画書を読んだ後、ずっと頭を抱えて唸っている。
不安になったネリーは、おそるおそる聞いてみた。
「あの、社長、いかかでしょうか?」
「あの太った不細工で性格が悪いリトネが、病んでいるけど一途なナディちゃんを勇者から奪うだって?そんなの嫌だ!」
社長は子供のようにイヤイヤといる。どうやら彼はナディ押しのようだった。
「いや、続編のリトネは前作とは別人ですよ。前作をやりこんだオトナのプレイヤーが悪役転生するという話だから、そんなに性格も悪くなく、容姿もまともになりますけど……」
「嫌だったら嫌だ!ナディちゃんは勇者と結婚して、幸せに暮らしているんだ!そういうハッピーエンドを崩すような続編は認められない」
社長はせっかく作った企画書をつき返してきた。
彼の個人的趣味で世界の救済が邪魔されているので、ネリーは禁じ手を使う。
「社長。よーく私の目をみてくださいね」
ネリーの瞳が赤く輝くにつれて、社長の精神が操られていく。
「……いい。一番リトネを嫌っていたナディが、次第に彼に惹かれていく展開って、心が締め付けられるように苦しくなって興奮する」
社長の精神を操作し、趣味嗜好を変えていく。
「それでは、この企画書を元に進めさせていただきますね」
「……ああ、期待しているよ」
危ない目をした社長はGOサインを出すのだった。

それから三ヶ月後-
ヒカルが描く『ネトリゲーム』のシナリオは、いよいよ佳境を迎えようとしていた。
「最良ルートでは、キチクゲームの裏ボスだったフェザードラゴンが、ミルキーと触れ合うことで理性を取り戻して味方についてくれる。それでダークカイザーと戦ってくれて……」
ヒカルの予知は元の世界の『現在』に追いつき、さらにその先を見ようとしていた。
「リトネはその優秀さを発揮して、ロスタニカ王国と戦っていく。宰相となったセイジツ金爵は致命的な政策ミスを犯して、どんどん追い詰められていく……」
ヒカルの筆は面白いように進んでいく。
「えっと……それから……」
心を静めてその先を考えようとしたとき、ネリーが話しかけてきた。
「ヒカルさん。あまり根をつめてはだめですよ」
メイド服を着たネリーが優しく声をかけてくる。彼女はいい匂いをする紅茶とお菓子を入れてくれた。
「ネリーさん、ありがとう」
ヒカルは満面の笑みを浮かべて受け取る。汚れていた彼女の部屋はすっかり片付いていて、まるで新築のようになっていた。
「どういたしまして。肩をおもみしますね」
ネリーは優しくヒカルの肩に触れて、ヒールの魔法をかける。彼女の胸に下げられた青いサファイヤが輝くと、ヒカルは瞬く間に癒されていった。
「本当にネリーさんが来てくれて助かったよ。おいしい食事に清潔な服……ああ、もうネリーさんのいない生活が考えられない。ありがとう」
ヒカルは満面の笑みを浮かべて礼をする。
「いえいえ、こちらこそ空いている部屋を貸してくれて、助かりました。前のアパートは古くて狭かったので」
ネリーはくすりと笑う。彼女はこのマンションに引っ越してきて、ヒカルの生活全般の面倒を見ていた。最初は監視と節約のつもりだったが、今では親友である。女二人で楽しく暮らしていた。
「もうネリーさんがいない生活が考えられない。ねえ、私と結婚しない?」
ヒカルは危ない目を向けてくるが、ネリーは苦笑してかわした。
「残念ですが、私には戻らないといけない場所があるのです。「ネトリゲーム」が完成したら、私は田舎に帰ろうと思います」
「そんな……いっちゃやだ!」
ひしっと抱きついてくるヒカルを、ネリーは子供と接するようによしよしとなでた。
「それまでは、精一杯あなたを支えますので、頑張りましょうね」
「うう……わかったよぅ」
ネリーに振られて、ヒカルは仕事に戻るのだった。
「とりあえず、リトネとアベルの対決だけど……思いついたのはこれ」
ヒカルはこの先の未来のプロットを書いた紙を見せる。それを見たネリーは真っ青な顔になっていった。
王太子の館
アベルは国から豪華な屋敷を下賜され、いままでの戦いの疲れを癒すかのように優雅に暮らしている。豪華な食事、広い部屋にプールまで備えた新築の館だった。
彼のそばにはカエデとリンもいる。カエデはすでに王太子妃気取りで館を取り仕切っており、リンはメイド長としてつつましくアベルに仕えていた。
セイジツからシャイロック家に使者を出すといわれたアベルは、最初から乗り気だった。
「面白い。僕が直接乗り込んで成敗してやろう」
楽しそうに竜剣ドラクルを腰から引き抜いて笑う。長年憎んだシャイロック家を痛めつけられると思って、喜びに震えていた。
アベルのそんな様子を見て、さすがにセイジツはやんわりと止める。
「アベル殿下。あなたはすでに王太子なのです。この国を継ぐべきものが、軽々しく動くべきではございません」
口調を臣下のものにして、うやうやしく告げる。叔父から諌められ、アベルの興奮も少し収まった。
「そ、そうなのか?」
「はい。たかがシャイロック家を成敗するのに、魔王すら倒した勇者が出るとなると権威に傷がつきます。殿下は王都にて、どっしりと構えておいてきださい」
今や勇者アベルとは、権威の象徴である。軽々しく王都の外に出して、もし彼の身に万が一のことがあればせっかく手に入れた国の実権を失うことにもなりかねなかった。
「わざわざ赴かれずとも、シャイロック家領主代行リトネはアベル殿下が魔王を倒したと聞いて、震え上がっておるでしょう。我々の命令を頭をたれて受け入れるはずです」
そういいながら、セイジツはシャイロック家に対する要求を見せる。それをみたアベルは気持ちよさそうに笑った。
「あはは。これはいい。リトネの奴、ビビッてお漏らしでもするんじゃないか?」
「ふふ。何年か絞り上げた後は、魔法学園入学の名目で王都に呼びよせます。のこのこやってきた馬鹿な小僧を、煮るなり焼くなり殿下のお好きなように……」
アベルとセイジツは、実に悪そうな顔でぐふふと笑いあう。
その時、黙って控えていたリンが声を上げた。
「ねえ、アベルお兄ちゃん。その要求の中に、もう一つ入れてほしいの」
「リン。なんだい?」
アベルは優しい笑顔を向けて聞く。
「マリアお姉ちゃんを、シャイロック家から取り返してほしいの」
リンは可愛らしく、小首を傾げながら言った。
「マリア……はっ!そうだ!マリアが!」
アベルは真っ青な顔をして動揺する。魔王を倒して以来、頭の中に霧がかかっていたかのように、今の今までマリアのことを思い出せなかったのである。
「きっとマリアお姉ちゃんは、シャイロック家にいるよ」
「そ、そうだ。マリアを返すように言わないと」
あわててセイジツの手から要求書をひったくって、マリアのことを追加する。
アベルの様子をみて、セイジツは首をかしげた。
「マリア……って、確か姉の近侍だった子たよね」
思わず口調が叔父のものに戻ってしまう。
「そ、そうです。シャイロック家にメイドとして囚われているんです。叔父さん。助けないと!」
アベルの中の記憶では、マリアはシャイロック家のメイドとしてこき使われている設定になっていた。
甥の動揺をみて、セイジツは眉間に皺を寄せる。
(……まずいな。向こうにも人質がいるということか。こちらのイーグルの価値に比べれば、錫爵の娘などとるに足らぬものだが、アベルの様子だと相当執着しているようだ……)
小娘一人に動揺する勇者を見て内心不安に思うが、それでも優しくアベルに語り掛ける。
「わかった。使者には特にマリアという娘の返還を強調させよう。これが受け入れられないと、国中の貴族を動員して討伐するってね」
「叔父さん。ありがとう。……ああ、マリア。無事でいるといいんだけど」
そういってマリアを心配するアベルは、どこにでもいる13歳の少年のようだった。

王都ロイヤルホープ
その日は、何の変哲もない一日で終わるはずだった。
勇者アベルにより魔王は倒され、国政を壟断していた悪宰相も成敗された。
国からは気前よく祭りで金をばらまかれ、大部分は大商人の懐に入ったものの、市井の民にもそれなりに潤い、景気は上昇傾向である。
「ありがたや。これもすべて勇者アベル様のおかげじゃ」
何よりも彼らを安心させているのは、勇者アベルの存在である。人々は時間が空くたびに、城の中庭に安置されている巨大なドラゴンの骨を見物しに出かけていた。
「邪悪な魔王め!」
「我々を長年たばかりおって!ドラゴンは敵だ!」
人々は罵声を浴びせながら、持ってきた銀貨を骨に投げつけて悦に入っている。これは新たにセイジツが考え出した見世物で、金儲けと勇者の権威向上を計ったものだった。
銀貨を投げて魔王に憎しみを晴らしている父親に、ある幼児が問いかける。
「ねえ。お父さん。なんでみんなドラゴン様を嫌っているの?」
「それはね。長年ドラゴンは邪悪な存在であることを隠し、守護神だと嘘をついていたからだよ」
まだ若い父親は、幼児に優しく真実を語りかける。
「マザードラゴンも?」
「ああ、もちろんそうだ」
父親が自信満々に言い放ったとき、幼児が首をかしげた。
「ふーん。勇者様はこのおっきなドラゴンを倒したけど、マザードラゴンや他のドラゴンはどうなったんだろう?」
幼児の無邪気な発言を聞いて、父親はハッとなった。
(そ、そういえば……フジ山にはまだマザードラゴンと、ドラゴンの一族がいるはず)
そう考えると、いい気になって銀貨をドラゴンに投げつけていたのが急に恐ろしくなってくる。
「か、帰ろうか」
父親は幼児を抱き上げて、家に帰ろうとする。
しかし、その時急に城壁の方から騒ぎが聞こえてきた。
「ド、ドラゴンだ!ドラゴンが攻めてきたぞ!」
「巨大な黒いドラゴンに従うドラゴン軍団が来た!」
その声が聞こえると、人々はいっせいに城の出口に向かって逃げだしていく。
父親も幼児を抱き上げて、人ごみを掻き分けて隠れる場所を探すのだった。

アベルの館
ドラゴンの襲撃により、美麗な館が廃墟と化している。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
せっかく献上された宝石や美術品、ドレスなども土砂の下に埋まり、着の身着のまま逃げ出したカエデは号泣していた。
「……カエデ姉、悲しまないでくれ。僕まで悲しくなる」
「カエデお姉ちゃん。泣かないで」
その隣で元の姿に戻ったアベルとリンが、優しく慰めている。
「で、でも……せっかくもらった宝物が……お屋敷が……」
「あんなの、また貰えばいいんだよ。私たちは勇者のパートナーなんだから」
リンの優しい声を聞いて、カエデの心も徐々に静まっていった。
「そ、そうかな……」
「うん。金貸しをしている人や、お金持ちからお金を取り上げれば、いくらでも手に入るよ」
リンは甘い言葉をカエデにささやく。それはまるで毒のようにカエデの心に染みていった。
「そ、そうだよね。金貸しは人を泣かせているし、お金持ちは豊かな生活をしているんだもん。私たちにもっともっと奉仕して当然だよね」
「うん。でもその前に、あんな嘘をついて人をだまそうとするドラゴンたちと、それに協力するシャイロック家を滅ぼさないといけないね」
「ドラゴンたちと戦うの……?」
カエデの顔に怯えが走る。彼女も館を襲撃されたとき、必死に抵抗したのだったが、空を飛ぶドラゴンに対して全く歯が立たなかったのである。
「大丈夫。アベルお兄ちゃんも、カエデお姉ちゃんもまだまだ強くなるよ」
リンの背中から真っ白い翼が生えて、優しくアベルとカエデの頭をなでる。その柔らかい感触に、二人の心は癒された。
「次こそ、リトネを倒してやる!」
「うん。お姉ちゃんがんばる」
二人の心はますますリンに傾倒していく。彼らの頭を撫でながら、リンの中にいるカイザーリンは心の中でこう思った。
(ふふふ……かえって都合がよい。ドラゴンの恐怖は確実に民の心に刻まれた。後はそれを煽ってやって、一丸となって戦いに向かわせてやれば……人間は滅んでいくだろう)
去っていくリトネとドラゴンたちを見ながら、カイザーリンは高笑いするのだった。






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