大切な人

竹田勇人

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第4話 すれ違い、思い違い

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あの出来事の次の日、夏目は学校に来た。その姿はいつもと変わりないように、底抜けに明るい夏目がそこにいるように見えた。
「な、夏目…そ、その、おはよう。」
「う、うん…おはよう。」
それ以上会話は続かなかった。その会話はあまりにもそっけなく、お互いに目も合わせられなかった。僕は後悔していた。誰だって自分のオナニーを異性に見られて怒らないわけがない。ましてや僕は、それを見て興奮してしまったのだ。軽蔑されて当然だろう。頭では分かっていても、どうしてもそれを認めたくなかった。休み時間や昼の時間も今日はどことなくぎこちなくて上手に話せなかった。そのまま放課後を迎え、ギクシャクしたまま1日が終わろうとしていた。
「ねぇ、かずちゃん。勝くんと何かあった?なんか今日の2人変だよ?」
その時、私はひどく動揺した。両手に力が入り声が上ずった。
「べ、別に。何にもないよ?いつも通りだよ。」
「…なんかあったよね。」
その顔はいつものような他愛もない話をする時の優しい顔ではなかった。真剣な眼差しで、真っ直ぐに私の心の奥底を射抜いているようだった。
「あ、あのさ…実は…」
私は口ごもった。昨日のこと、全て話していいのだろうか。見られてしまったところまではいいにしても、それで自分が興奮してしまってそのあとずっとオナニーにふけっていたとは言えない。そんなことを言えば、ひなが、自分を軽蔑するのではないかと不安だからだ。
「場所、変えようか。」
「う、うん…」
私はひなに連れられて屋上まで出てきた。幸い、屋上には私とひな以外は誰もいなかった。澄み渡る青空の下、眩しい太陽に照らされた私は恐る恐ることの成り行きを語り始めた。ひなはそれに静かに耳を傾けている。
「そ、それで…自分の部屋で…してたのを、勝に見られて…」
「そっか、それで気まずくて顔合わせられないんだ。」
「うん…だけど、それだけじゃないんだ…」
言葉を続けようとした私に、ひなは少し驚いたような視線を向けた。
「そ、その…勝が出てったあと…私、そのこと考えながら、またしちゃって…」
ひなは静かだった。一言も声を出さず、ただ私に一歩近寄って、私を抱きしめた。
「え…」
「ありがとう。私だから、全部言ってくれたんだよね。」
ひなは私を軽蔑しなかった。抱きしめてくれた。それが嬉しくて、安心して、自然に涙が溢れてきた。
「私って、変かな?勝が知ったら、嫌がるかな?こんなんじゃ、勝に…」
「大丈夫だよ。それはかずちゃんが勝くんのことがそれだけ好きだって証拠でしょ?勝くんはそんなことでかずちゃんを軽蔑するような人じゃないんじゃない?」
「でも、私…怖いよ…もしもって思ったら…」
「じゃあ、かずちゃんは勝くんがかずちゃんのこと見て興奮してるの知って嫌だった?」
「ううん、嬉しかった。まーくんが、ちゃんと私のこと見てくれてるんだって…」
「きっと勝くんも同じなんじゃない?勝くんも、かずちゃんと一緒にいたいって思ってるんじゃないの?」
「そうかな…」
「そうだよ。私たちから見ても、2人って他の誰にも負けないくらいお互いのこと好き合ってると思う。だから、勝くんもかずちゃんのこと受け止めてくれると思うよ?」
そこまで言って抱きしめる手を緩めたひなは私をしっかり立たせてもう一度私の目を見た。
「もう平気でしょ。ほら、早く勝くんのところ行ってきな。まだ教室にいるんじゃない?」
「うん!ありがとう!ひな!」
「頑張って!応援してる。」
私は比奈華に背中を押されて教室へ駆け出した。屋上の重い扉が閉まる音がする。
階段を駆け下りて教室のドアの前に立つと教室の中にはポツンと1人だけ男子の制服に着られた生徒の姿があった。
「な、夏目…」
「勝!私…勝のこと好き!私の恥ずかしいところ見られて、嫌じゃなかったの…嬉しかった。勝が私のこと…そういう目で見てくれるんだって…」
すると勝は少し伏し目がちになって小さく頷いた。
「ぼ、僕も…夏目のこと好きだよ。明るいところが可愛いと思ったこともあるし…そ、その…綺麗だなって…思ったことも…」
勝の声がそう紡ぐことがこの上なく嬉しかった。私は教室の中に入って勝に駆け寄る。勝は両手を広げて胸を開いた。そこに私の小さな身体がすっぽりと収まった。いつの間にか大きく厚くなった胸板は自然と落ち着く暖かさでトクトクと心臓の音が響き、男子特有の汗のような少し青臭いような独特の匂いが身体を火照らせ、芯がキュンと疼いた。
「勝…」
「夏…上総。ありがとう。嬉しい…」
今、僕の腕の中にいる少女はいつもの活発で底抜けに明るい彼女とは雰囲気が違った。優しく微笑んだ頬に涙のあとが残っている。それを指でそっと撫でるとうっとりと僕の僕の指に顔を擦り付ける。柔らかい髪がさらさらと揺れ、シャンプーの香りと少し甘酸っぱい女子の匂いが鼻腔をくすぐる。触れ合う肌が熱く、彼女はとても柔らかく滑らかで、まるでシルクのように真っ白な肌は陶器のような繊細さで彼女の身体は少しでも強く抱きしめれば壊れてしまいそうなほどか弱く感じた。
「ねえ、勝…」
「な、なに?」
「私、勝に抱きしめられると、お腹の奥がキュンってするの。」
「…上総」
「ねえ、いいでしょ…私、初めては勝がいいって思ってたの…」
上総は顔を真っ赤にして言った。それがなにを意味するかはもちろんわかっている。
「ま、待って…こ、ここ学校だから…その、僕の家に来ない?」
「う、うん…そうだね…」
僕は胸から上総を離して手を出した。上総は静かに笑顔を見せてその手を取った。帰り道は会話こそないが、お互いの心が通じ合う、そんな不思議な充実感に満ちていた。その姿を屋上から彼女の親友はいつもの優しい笑顔で見送っていた。
「…うまくいったみたいね。大貴!もう隠れなくてもいいんじゃない!」
「いつから気がついてた?」
「初めっからいたよね。こっちが後から来たから盗み聞きとは言わないけど、あんたも変わったね。」
「何のことだよ。」
「色恋沙汰になんて何の興味もなかったあんたが幼馴染の恋の行方気にして屋上で立ち聞きしてるなんて、ちょっと驚いた。」
「別に、そんなことどうでもいいだろ。」
「…ねぇ、ちょっと手伝ってくれない?」
「…は?」
「お膳立て。もうすぐ修学旅行でしょ?私はかずちゃんはフォローできるけど勝くんはテリトリーじゃないから、大貴にお願いしたいの。大丈夫、2人だけにしてあげればいいだけだから。」
「…わかった。乗ってやる。」
「ありがとう。」
「別に、お前やあいつらのためじゃねぇからな。」
「わかってるよ。それでもいいの。それが2人のためになるんだから…それに、私のためにもね…」
「ん?なんか言ったか?」
「ううん、何でもない。それじゃ!早速準備だね。」
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