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第6話 夏の足音、2人の足音
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付き合って初めて上総と夜を明かしたあの日から夏の影を匂わせる空はずっと分厚い雲を被っていた。何となく薄暗く感じる教室から窓の外を眺める。湿度が高く気温も上がってくるこの時期は正直夏本番よりもすっきりしない居心地の悪い暑さがあって最も項垂れる時期だった。授業中も僕だけではなく上総や室岡…もいつも授業は聞いてないが、他の生徒もちらほら下敷きやノートで顔を仰ぎながら頭をオーバーヒートさせていた。最も、室岡は授業を聞かずに自分で集中して教科書を解いているところは流石と思うのだが、そんな教室を何となく見回していると必然的に目に入る上総が目に入る。僕同様授業放棄している上総と目があった。上総はにっこり笑うと小さく手を振った。僕も机の下で小さく手を振っている。内輪の赤崎や室岡はそれぞれに微笑ましげな視線や暑苦しがる視線を向けてくる。上総は少しはにかんで前を向きなおした。僕もノートの端に無意味な幾何学模様を完成させる暇つぶしを永遠と繰り返していた。梅雨時で授業中ですることもない。どうしようもなく暇な時間に何かを考えようとすると思い出すのはいつも上総の顔だ。思えばそれは今に始まった事ではない。昔から上総のことを考える癖はあったのかもしれない。それを僕が受け入れ、認めるのが少し遅すぎただけだったのかもしれない。そして、それは今紛れもない事実として僕の頭の中を旋回している。その片隅に居座る小さなしこりは上総の悲しげな繕った笑顔。僕の過去、僕と上総の過去に何があったのかということ。そして僕はなぜ、どんな意味があってそれを忘れているのか。埋もれた記憶を何度掘り返そうと頭の中をそこらじゅう掘ってみてもその欠片すら出てこない。きっと、もしもそのほんの小さな欠片でも手にすることができたなら、きっと僕はその記憶の全て、真実を思い出せると思う。だけど、今は少なくともそれができない。もしかしたら、今はその時ではないのかもしれない。永遠にその時は来ないのかもしれない。それでも、そのしこりが上総の笑顔を曇らせてしまうのであれば、僕は無理やりにでもその小さな欠片を必死に掘り起こしたい。上総が強くなってくれて、僕に正直になってくれたように、僕は全ての真実を思い出し、上総の今までの苦しみを包み込んであげたい。もしもその苦しみを肩代わりできるなら、僕は喜んで上総の苦しみを背負いたい。それが叶わないことが、僕の中にあるどんなことよりも辛く苦しいことだから。
「勝!お昼だよ!」
思案の果てから意識を目の前に戻すと突然上総のどアップの顔が写って僕は驚いた。
「もうお昼だよ!大丈夫?さっきからぼーっとしてたけど。」
「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから。」
「そう?1人で抱えちゃダメだからね。昔から勝はいっつもそうなんだから。」
上総は心配そうな顔で僕の目を覗き込む。僕は大げさに元気そうに笑った。
「大丈夫だから!学食行こうぜ!」
「ま、待って…」
上総は袖をつかんで呼び止めた。
「そ、そのさ…今日は、お、お弁当、作ったから。屋上行こ?」
「え…!?あ、ありがとう。じゃあ、そうしようか。」
僕と上総は屋上のドアを開けた。さっきまで雨が降っていたせいもあって人は全くいなかった。水たまりと濡れたコンクリートの独特な匂いに満ちている。梅雨の合間にほんの少しだけ顔を出した青空がいつにも増して輝いて見える。屋上の真ん中のもう乾いている部分に2人で腰を下ろした。上総はカバンの中から風呂敷包を2つ取り出した。
「これ…上総が作ったの?」
中には可愛らしい色とりどりのおかずが詰められていた。
「うん、たまにはこういうのもいいかなって。結構頑張ったんだよ?」
「…ありがとう!こういうの初めてで…すごく嬉しいよ。」
「よかった。それじゃ、食べよっか。はい、あーん。」
上総はおかずの卵焼きを箸で掴んで僕の顔の前に差し出した。
「ち、ちょっ…恥ずかしいって。」
「えぇ~、いいでしょ?誰も見てないし…」
確かに屋上には誰もいないし、正直僕も結構嬉しいとは思っている。だけど、まだ僕らは付き合い始めて日が短いわけで、こういういわゆるカップル的なことはどうしてもまだ慣れないというか、恥ずかしいという気持ちが強いのである。しかし、目の前で最も好きな人が小首を傾げて悲しそうにしてるのはすごく可愛くて、結局のところ最後は押し切られてしまうところも最近分かってきている。だったらいっそ好きなようにイチャイチャしたいという気持ちが大きくなっていくのである。
「そ、そうだね。誰もいないし、ちょっとだけ…」
「う、うん。はい…あーん…」
上総の箸に少しずつ僕の顔が近づいて、整った卵焼きが僕の口の中へ入ってきた。
「…うん、おいしい!すごくおいしいよ!」
「ありがとう!はいもう一口!」
「うん!」
こうして、2人きりできゃっきゃしながら夢のようなひと時を過ごすのであった。
午後の眠い授業が終わり、下校の時間になると、やはりどちらからともなく僕と上総は一緒になった。室岡と赤崎はいつの間にか居なくなってるし、こうしてまた2人で帰るのだけど、今日はいつもとは少し違う下校路だった。
「あちゃーまた雨降っちゃった。」
「うん、どうしよう。」
もちろん、今日は朝から雨が降っていたから傘を忘れるなんてことはない。
「どうしよう…」
「まさか、誰かが傘を間違えるなんて…」
そう、傘立てに置いておいたはずの上総の傘がなくなっていたのである。誰かが間違えて持って行ってしまったのだろう。そう思い込んでいた僕らは、よくよく考えたら誰かが間違えて持って帰ったにしても傘が一本も残っていないのはおかしいということに全く気がつかないのであった。
「じゃあ、そ、その…僕の傘で…帰る?」
「え…そ、それって…」
その意味に2人して顔を赤らめる。
「し、しょうがないよね。か、傘がないんだから。」
「う、うん、しょうがないね。そ、そうしようか。」
2人とも誰にしているともわからない見え見えの芝居をしてから傘を開いた。僕の傘は折り畳み傘で、いくら上総が小柄と言っても2人で入るとどうしても肩と肩が触れ合ってしまうのは仕方がない。ましてや、僕は最近肩幅が大きくなってきた。少し肩をずらして入ると僕の胸板の中に上総がすっぽりと収まったような形になる。2人とも言葉を発せずに、ただコツコツとローファーが地面を蹴る音と傘に雨の当たる音だけが雨の中に響く。上総の家の前まで送っていくとドアの前で向かい合った。
「あ、ありがとう…」
「ううん、いいの…」
黙りこくった2人の顔の距離が自然と近くなっていく。お互いの髪や肌が発する匂いが交わり、吐息がかかり、お願いの熱が感じられるところまできて、目を閉じた。唇と唇が触れ合う、繊細で、柔らかくて、暖かい。包み込まれるような落ち着く感覚が胸の中に広がっていく。ただ唇と唇を重ねるだけの拙い口づけだが、愛し合う2人が心を通わせるには十分すぎるほどのキスだった。やがて、顔が離れると、上総は寂しそうな、切ないような、甘美な吐息を漏らした。
「ありがとう…また明日ね。」
上総は真っ赤になった顔に笑顔を浮かべて手を振った。
「お弁当、美味しかったよ!」
僕はそう言い残すと走って自分の家まで駆け込んだ。恥ずかしさと走ったことで息が上がる。しかし、心には穏やかで暖かい気持ちが溢れていた。
「勝!お昼だよ!」
思案の果てから意識を目の前に戻すと突然上総のどアップの顔が写って僕は驚いた。
「もうお昼だよ!大丈夫?さっきからぼーっとしてたけど。」
「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから。」
「そう?1人で抱えちゃダメだからね。昔から勝はいっつもそうなんだから。」
上総は心配そうな顔で僕の目を覗き込む。僕は大げさに元気そうに笑った。
「大丈夫だから!学食行こうぜ!」
「ま、待って…」
上総は袖をつかんで呼び止めた。
「そ、そのさ…今日は、お、お弁当、作ったから。屋上行こ?」
「え…!?あ、ありがとう。じゃあ、そうしようか。」
僕と上総は屋上のドアを開けた。さっきまで雨が降っていたせいもあって人は全くいなかった。水たまりと濡れたコンクリートの独特な匂いに満ちている。梅雨の合間にほんの少しだけ顔を出した青空がいつにも増して輝いて見える。屋上の真ん中のもう乾いている部分に2人で腰を下ろした。上総はカバンの中から風呂敷包を2つ取り出した。
「これ…上総が作ったの?」
中には可愛らしい色とりどりのおかずが詰められていた。
「うん、たまにはこういうのもいいかなって。結構頑張ったんだよ?」
「…ありがとう!こういうの初めてで…すごく嬉しいよ。」
「よかった。それじゃ、食べよっか。はい、あーん。」
上総はおかずの卵焼きを箸で掴んで僕の顔の前に差し出した。
「ち、ちょっ…恥ずかしいって。」
「えぇ~、いいでしょ?誰も見てないし…」
確かに屋上には誰もいないし、正直僕も結構嬉しいとは思っている。だけど、まだ僕らは付き合い始めて日が短いわけで、こういういわゆるカップル的なことはどうしてもまだ慣れないというか、恥ずかしいという気持ちが強いのである。しかし、目の前で最も好きな人が小首を傾げて悲しそうにしてるのはすごく可愛くて、結局のところ最後は押し切られてしまうところも最近分かってきている。だったらいっそ好きなようにイチャイチャしたいという気持ちが大きくなっていくのである。
「そ、そうだね。誰もいないし、ちょっとだけ…」
「う、うん。はい…あーん…」
上総の箸に少しずつ僕の顔が近づいて、整った卵焼きが僕の口の中へ入ってきた。
「…うん、おいしい!すごくおいしいよ!」
「ありがとう!はいもう一口!」
「うん!」
こうして、2人きりできゃっきゃしながら夢のようなひと時を過ごすのであった。
午後の眠い授業が終わり、下校の時間になると、やはりどちらからともなく僕と上総は一緒になった。室岡と赤崎はいつの間にか居なくなってるし、こうしてまた2人で帰るのだけど、今日はいつもとは少し違う下校路だった。
「あちゃーまた雨降っちゃった。」
「うん、どうしよう。」
もちろん、今日は朝から雨が降っていたから傘を忘れるなんてことはない。
「どうしよう…」
「まさか、誰かが傘を間違えるなんて…」
そう、傘立てに置いておいたはずの上総の傘がなくなっていたのである。誰かが間違えて持って行ってしまったのだろう。そう思い込んでいた僕らは、よくよく考えたら誰かが間違えて持って帰ったにしても傘が一本も残っていないのはおかしいということに全く気がつかないのであった。
「じゃあ、そ、その…僕の傘で…帰る?」
「え…そ、それって…」
その意味に2人して顔を赤らめる。
「し、しょうがないよね。か、傘がないんだから。」
「う、うん、しょうがないね。そ、そうしようか。」
2人とも誰にしているともわからない見え見えの芝居をしてから傘を開いた。僕の傘は折り畳み傘で、いくら上総が小柄と言っても2人で入るとどうしても肩と肩が触れ合ってしまうのは仕方がない。ましてや、僕は最近肩幅が大きくなってきた。少し肩をずらして入ると僕の胸板の中に上総がすっぽりと収まったような形になる。2人とも言葉を発せずに、ただコツコツとローファーが地面を蹴る音と傘に雨の当たる音だけが雨の中に響く。上総の家の前まで送っていくとドアの前で向かい合った。
「あ、ありがとう…」
「ううん、いいの…」
黙りこくった2人の顔の距離が自然と近くなっていく。お互いの髪や肌が発する匂いが交わり、吐息がかかり、お願いの熱が感じられるところまできて、目を閉じた。唇と唇が触れ合う、繊細で、柔らかくて、暖かい。包み込まれるような落ち着く感覚が胸の中に広がっていく。ただ唇と唇を重ねるだけの拙い口づけだが、愛し合う2人が心を通わせるには十分すぎるほどのキスだった。やがて、顔が離れると、上総は寂しそうな、切ないような、甘美な吐息を漏らした。
「ありがとう…また明日ね。」
上総は真っ赤になった顔に笑顔を浮かべて手を振った。
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