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(33)惚れ薬売ってます②〜クーポン券から始まる不幸って〜

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「そ~言えば忘れておりました~」
 はい、と書店員魔族がケイトに温かい飲み物を出した。テイクアウト用の容器に入ったそれは。
「あ、"辺境カフェ"」
 のロゴとイラスト。
「出前してくれるんですよ~」
 有難うございますと受け取り、温かいと思ったら中は冷め切ったカフェオレ。蓋を外したら水滴が落ちてきた。テーブルの上に落ちる。
「あ、すみません」
「大丈夫です~」
 書店員魔族がドラッグストア"一服盛った薬局"のプライベートブランドで出している超お得キッチンペーパーでテーブルの水分を拭く。ケイトもよく利用するスーパーみたいな全国展開している店だ。
「出前してくれるようになったんですか。知りませんでした」
「先日の魔族襲撃事件がヤマ場だったでしょう~。多分、高位魔族はもうこちらには現れないから許可が出たという話でした~」
「許可?」
「内緒の話ですが、許可したのは勇者です~」
 ケイトがきょとんとした表情になった。
「自分の愛するものを危険にさらす訳がないので本当でしょう~」
「………………本当って?」
「高位魔族がもう来ない事ですよ~」
「じゃなくて、ですね?」
「?ああ!はい、愛するものですね?」
「勇者は甘いものが好みなんですか」
 ならば、ジョルジオにも差し入れとして何か渡して、さり気なく一緒に渡して貰うか。
 ………………なんか、乙女っぽくて嫌だな、この考え。
 ケイトが恥ずかしくなって独り心の中で赤くなる。いいんだ、存在認知されてなくても。
「情報によると甘いものは壊滅的に苦手だそうです」
「何で知ってるんですか。諜報員か何かですか店員さん」
 は?と言った後で思わずスン顔になって突っ込んだ。


「甘いものが破壊的に駄目なくせに、あのカフェオレ店には並々ならぬ執着をみせてまして、いえ、みせているようでして~」
「……成る程?」
「密かに通う様子を盗さ…盗み…隠れ…」
 ストーカーか。
 ケイトが沈黙する。
 例えば何百年も経って。知っている人はとうの昔に他界していないし、建っている場所も区画整理に合い、建物は何度も変わったし、あちこちに競合店が出来て人々の好む味に変化が現れても。あの店の味は変わらなかった。

「基本のものにミルクを増量で、がいつものオーダーだそうです」
「詳しくないですか?」
「お店に訊きましたから~。いつも窓側に座ってひっそりしているそうです。認識阻害の魔法を使っていても、男性一人ではやはり浮いておりました~」
 本当に良く見ている。
 ケイトは笑ってしまった。
「たまに先日お客様と一緒にいらっしゃった方ともいらっしゃるのだそうで」
「先日?ジョルジオ君?」
「浮くどころか場違い感しかなかったです~」
「そうなんだ」
 軽く相槌を打ったケイトに書店員が何か言いたげな表情を見せた。
「?何か?」
「スペイドソン様は余裕でいらっしゃる」
「?何の話…」
「勇者候補様……魔王討伐中に勇者が不在時は代わりに留守を預かる次席勇者」
「あの。質問が」
「何でしょう~?」
「創作じゃなくて魔王討伐関連の本を都立図書館で調べたんですけど」
「あら商売敵…言ってみただけです。どうぞ続きを~」
「そもそも勇者候補って何ですか」
「字の通りです」
「候補については特段記述がなくて」
「勇者関連は大神殿が管轄ですので、何を読み漁ったかは分かりませんが神殿の許可がない情報は載せてないと思われます」
「調べようがない?」
「御本人様にお訊きした方が早いと思われます~」
「………………そうなんだけど」

 勇者―――聖剣を扱えるただ一人の人間。
 神に選ばれた人間と言い伝えられているが、確かに人間に生まれてはいるけれど、その実は同じ魂がその役目を担っている。
 同じ魂でしか鍵たる存在になり得ないのに、候補とはどういう事なのだろう。
 それに今、正に本物の勇者がいるのに候補がいてましてと言っていた。
 よくよく考えてみれば不可解なのである。
 ケイトは悩む。
 そんなものだと普通に受け入れていたが、引っ掛かる事ばかりな気がする。
 うっかりは性格だが、うっかり過ぎると本人も自分を思ってしまった。


 いや、それよりも。
 一番考えなくてはならなかったのは、生まれる前に勇者とは関係なくなったはずなのに何故勇者関連と関わり合いが自分の身に今更の様にあるのか、だ。

 例の記憶は残ってしまったけど、勇者とは縁が切れて無くなったはずなんだ。


 なのに"だった"という記憶に感情が引きずられるのか無意識に存在を感じ取ろうとしてしまう。まるで未練があるかの様に。
 関係の無い人なのに。


「―――スペイドソン様?」
 名を呼ばれケイトが我に返る。
「大丈夫ですか?どこかお加減でも~?」
「大丈夫です」

 本当に今更。


 口唇を無理に引き結んでが笑みの表情を作った。
「今日はもう帰ります」
「スペイドソン様はお疲れなのでは~?」
「かも知れない」
 季節はいつの間にか冬のピークの二月に入った。ただ寒いというだけで身体は縮こまるし、何もしたくないし。
「ではこれを差し上げましょう」
 と書店員魔族が個人専用通信機を操作した。ケイトの端末に着信があった。
「?」
「一服盛った薬局のクーポン券です。知り合いの知り合いの知り合いが営業で貰ったものをさらに譲り受けた人から貰ったものです。誰かにコピーしてあげないと待ったなしで予期せぬピンチが訪れるそうですよ~」
「それ、不幸のチェーンメールなんじゃ!」
「無節操に撒き散らしても不幸は去らないそうなので私もとっときました」
「それを俺に使うという!」
「スペイドソン様も誰かに譲ってあげて下さいませ~」
「そっ!」
 そんな不幸のチェーンメールって分かってて送れる人いないよっ。
 

 いや、貰って喜ぶ人間が若干一名いるが、ケイトの頭の中に彼の存在は哀しい程に無かった。
 

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