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プロローグ

道の主

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「この下は如何でしょうか、フレン様。」
秘書の提案があった。
「下…?」
「確かにあそこなら人目はないが…」
公爵様は何か不安があるようだった。
「すみません下とはワインセラーか何かでしょうか。」
「それでは毎回この館に入らなくてはならなくなってしまうだろう。しかし更にに深い所の話で、実は私も行った事はない。生まれた時には既にあったがの。」
「公爵殿下はなぜその行った事の無い場所をご存知なのですか?」
すると秘書が答えた。
「昔はこの館の中に井戸があったのですが、それが枯れた時の調査跡です。今ではそのせいで井戸がこの屋敷にありません。」
「立派な屋敷、しかも公爵邸に井戸がないともなればその理由ぐらいは調べるから、ですか。」
「…しかし…」
秘書は言った。
「ただ地下を見るためだけに作られたため、二人がやっと入れる広さしかありません。」
「…だからとても体を動かす事はできない。」
「そうなのです。あそこなら外からの秘密通路があるのですが…」
「空間を広げることはできますか?」
「…できるのなら構わないが…」
「それならそこでお願いします。」
「しかし岩盤は硬く、魔法は効きません。」
秘書は言った。
「自分で何とかしますから。もし掘り広げられなかったら、狭いまま自己責任で構いません。」
「それなら良かろう。」
二人は突飛な要求に身構えていたのか、はっきりと判るほどにその場の空気が緩んだ。
「早速書類を作るか。誰も使っていないとはいえ、一応は我が公爵邸の一部として扱っているからな。」
「ありがとうございます。」
テンプレートか何かがあるのだろうか。異常なまでに早くに公爵のサインが入った状態で渡された。
(だとしても文字の癖を真似たテンプレートを作った秘書も一分たりとも狂わずそこに書き入れる公爵も凄い。)
「…こんな条件…」
「何か不満かね?」
「いえ、満足です。しかしこれだけの条件になると領主なのでは?」
「しかし地下への出入り口までそなたのものでなければ中立とは言えないではないか。それに私の秘書の命の恩人だ。」
「助けた覚えがありませんが…」
「馬子にも衣装とはよく言ったもので、彼は元々御者の子だったのだよ。後に彼の才能に気付いたものだから彼を秘書にした。だから公爵家の心臓を守った君にはこの程度では足らない程だ。」
「しかし、その土地の全ての権利、で一人の独立した貴族になってしまうのは困ります。流石に今は親がいるので…」
「公爵家は一人の浮浪児に才能を見出し、また恩に答えて国王に貴族へ昇格を申請した。辺境の貴族なぞ知らない。」
「…瞬間移動でもできればまだしも、一人二役は荷が重すぎます。そもそも体は一つしかありません。」
「それは一つの要求かね?」
(どういうこと?代理を立てる事か?そもそも貴族にならなくて良いように兼ね合ってくれるのか?それとも分身の術でも教えてくれるか?いや、影武者一人である程度は済む話だ。
…まさか瞬間移動の秘伝の書でもあるのか?半ば冗談で言ってみたのに?鎌をかけてみるか。)
「…はい。」
(もし実在していたとして、馬の速さで成り立っているアリバイの概念が崩れるから隠されていてなんら不思議ではない。)
「サインをしたらついてきなさい。」
(まさか、な。)

 サインをして席を立つと、気付いた時には図書室のようなこじんまりとした部屋に立っていた。さっきまで座っていた椅子も無くなっていた。
「驚いたかね。この部屋の場所は知られたら困るのでな。」
「…はい。」
「すまないね、急に気を失わせて。…それと、この本だ。」
「?」
フレンは受け取った。
「瞬間移動の魔法だ。」
「そんな魔法が…」
「…知ってて言ったのではなかったのか。」
「たまたまです。むしろ先程の公爵様の言葉から予想しました。」
「はぁ…そうであったか。」
「ところで、どこで練習すれば良いですか?」
「それがだな、その本はこの書庫から持ち出せない呪いがかかっていて…」
「打ち消せないのですか?」
「呪いだからな。」
「魔法ではなく呪いですか?」
「そうだ。今は失われた技術…封印したというべきか、だから知らなくて当然だ。今ではほとんどの人が混同しているしな。その効果を打ち消す方法は一切ない。」
「どんな効果が?」
「死だ。」
予想外な効果の強さに反応できなかった。
「だからそこの机にでも向かう他はない。」
「見ると他にも魔法書はありますが、全て…?」
「そうだ。全て呪いがかかっている。」
(まさか同じくらいの魔法を全て習得しているのか?)
思考を読み取ったかのように公爵様は独り言のようにボソッと言った。
「まぁ、どれも使えなかったが…」
「それだけ魔力をお持ちなのに⁉︎…あっ、失礼しました。」
「そんなに私の魔力が溢れていたかね、まぁ気にしていない。どうやらこの書庫にある魔法は根本的に魔法の構造が違うようでな、私の魔力を持ってしても使えなかった。だからかろうじて魔法の使える魔力量しか無い君には難しいと思う。」
ここで矛盾が生じているように見えるが、そんな事は無い。フレンは体の中だけではなく、体の外に魔力を貯めている。公爵は相手の体の中の魔力を感じ取ることは出来たが、体の外にあるものには気付かなかった。だからフレンは実質的に瞬間最大出力で一流の魔法師に引けを取らない。また、その体の外の魔力は普段鎧のように体の周りにあるから物理攻撃にも不意打ちにも強い。難なく魔法を使って熊を撃退できた時点で魔力量に違和感を覚えるものだが、この時カーリッヒ公爵はフレンの実力を見誤っていた。ただ見た目に反して大人びた少年程度にしか思っていななかった。

 一週間後、フレンは扉を開ける事なく屋敷から消えた。
そしてカーリッヒ公爵は己の浅はかさに初めて気付いた。
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