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6章 あふれの渦中

6-8. 僕の家族

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 久しぶりに家族の夢を見た。

 あんたもうちょっと背伸びないと彼女出来ないよ。
 身長もお母さんに似ちゃったからねえ。ハルは大きくなったらお婿さんを連れてきそうね。
 許さんぞ。
 それは父さんのセリフなんだが。

 お母さん、本当にお婿さんだったんだけど、連れていけなくごめんね。兄さん、できれば許してほしいなあ。

「ユウ、起きたか?」
「ハルって呼んで」
「ハル、ハルカ、大丈夫か?」
「お水飲みたい」

 僕は1日高熱にうなされていたらしい。
 今は熱も下がって、なんだかすっきりとしている。汗をかいたのでお風呂に入りたいけど、もちろんアルの許可は出なくて、クリーンをかけられた。

 アルが宿の人に果物を頼んだことから僕が熱を出したことが伝わり、あんなことの後だからと心配した宿の人が冒険者ギルドに連絡して、冒険者ギルドから知らされた教会の司教様が治療に来てくれたそうだ。ギルドも含めてみんな過保護だ。
 司教様の見立てでは、疲れと精神的なものなので寝ていれば治ります、ということだったらしいけど、高熱が続くと体力を奪うので、今日また様子見に来てくれる。申し訳ない。

 ブランが僕の背中を支えるように座りなおしてくれたので、起き上がって背もたれブランに背中を預けると、アルが手を握ってくれた。僕が眠っていた間、ずっと手を握ってくれていた。

「家族の夢を見たんだ」
「大丈夫か?」
「うん。背が小さいと彼女出来ないよって姉さんに言われて、母さんが大人になったらお婿さんを連れてくるんじゃないかって言って、兄さんが許さないって」
「そうか。俺は許してもらえないのか」
「兄さん身体動かすの好きだったから、きっとアルと話が合うよ。母さんと姉さんは面食いだから、アルを見てきゃーきゃー言うと思う。会わせたかったな」
「俺も会いたいな。父親は?」
「父さんは、たぶん裏でこっそり泣いてるんじゃないかな。僕、子どものころはよく熱を出して寝込んでいたから、きっと大人になったってだけで喜んでくれる」
「家族で仲が良かったんだな」

 アルに家族の話をするのは初めてだ。4年前、ドガイに行ったときに両親と兄姉の5人家族だということと、子供のころよく兄さんたちに迷子防止に手を繋がれていたことは話したけど、それ以上は泣いてしまいそうなので話していなかった。
 今も話すだけで涙が出てくる。会いたい、恋しい気持ちは変わらない。けれど、あの頃よりは冷静に話せるようになった。日にち薬というのはこういうことなんだろう。
 アルに裏切られるのが怖いと思っているのも、時間を積み重ねて行けば、落ち着いていくのかもしれない。カイドでの出来事を完全に過去のこととして消化するにはまだまだ時間がかかりそうだけど、そこに捕らわれてしまうのは、負けたようでなんだか癪だ。
 体調が上向いているからか、王都に入った時より前向きになれた。

 その時、部屋の入り口がノックされた。教会の司教様が来てくれたようだ。
 司教様は部屋に入るなり、起き上がっている僕の後ろの、背もたれになっているブランを見て、わずかに目を見張った。
 あ、これ、ブランの正体がバレているパターンだ。そして信仰対象を背もたれにしたらダメだよね。自分でちゃんと座りなおして、司教様を出迎えた。
 ベッドから出るのは過保護な保護者のお許しが出ないのでご容赦を。

「顔色も良いようですね。初めまして。モクリーク中央教会のチルダムと申します。司教の職を頂いております」
「初めまして。冒険者のユウです。昨日も来ていただいたようで、ありがとうございます。おかげで熱は下がりました」

 簡単に診察をしますね、と身体を診た後、目が充血していますので、と目元に治癒魔法をかけられた。他には悪いところはないらしい。
 ちなみに診察も魔法だ。僕には分からないけど、魔法を使うと悪いところが見えるそうだ。

「大丈夫ですね。ですが身体の疲れは完全には取れていませんので、まだ無理はなさないように」
「ありがとうございます」
「もしお悩みのことがあって、話して楽になるのであれば、教会へおいでください。我々は信者さんの相談に乗っています。内容はもちろんアレックスさんにも秘密にいたしますので」

 司教様は、最後はアルに向かって笑いながら、そんな風に提案してくれた。きっと僕が目を赤くしていたからだ。

「その時は、アルに内緒でよろしくお願いします」

 僕も笑って返事をした。
 それから、今後ドガイへ向かわれると聞きましたが、と司教様が切り出した。

「ドガイの教会と連絡を取りましたが、いらっしゃるなら是非教会へ滞在してくださいと伝言を受けています。ドガイの大司教様もずいぶん乗り気でいらっしゃるようで、いまからタサマラとコサリマヤのチーズ全種類を教会に取り寄せると仰っていましたよ」

 あれ、大事になっている。
 アルを見ると、ドガイの国が僕たちの行動を妨げないように、モクリークとドガイの冒険者ギルドで調整をしてくれているそうだ。アルがカリラスさんと頻繁に会えるように、簡単に行き来が出来るようになると嬉しい。
 それからちょっとだけ世間話をして、中央教会からもユラカヒへ応援に行っていることや、僕たちが寄付したタペラのドロップ品は結局王都に運ばれてギルドに買い取りに出されていることなども聞いた。
 帰る直前、司教様は改まって、けれど優しく、僕たちに声をかけてくれた。

「教会はいかなる時もおふたりのそばにあります。お困りの時は何なりとお申し付けください」

 最後にとても丁寧できれいなお辞儀をしてから、部屋を後にした。それはきっとブランへの畏敬の念を表したものだったんだろう。

 僕たちは、ドガイの教会を巻き込んでしまった反省から、モクリークの教会とは距離を置いている。
 ブランがいる限り教会は僕たちの味方なので、もし僕たちが国と対立したら、教会もまた国と対立することになる。だから僕たちは教会に祈りに行くのも普通に地元の信者さんに混ざってこっそり行っているし、あふれの対策費用を寄付する場合はギルドを通している。
 モクリークの教会の聖職者と関わったのは今回が初めてで、だからこそ来てくれたのがかなり高位の聖職者であろう司教様なんだろうけど、ブランについては何一つ触れずに帰って行った。きっと僕たちの巻き込みたくないという気持ちに気付いていて、それでも味方をすると言ってくれた。

 捨てる神あれば拾う神あり、なんだろうな。
 カイドで関わった人たちは二度と顔も見たくないし、タペラで持ち逃げした人たちにはまだ感情が整理できていないけど、こうして僕たちの思いに寄り添い、それでも手を差し伸べる準備はあるのだと、さりげなく教えてくれる人もいる。

「ユウ、教会で式を挙げるか?」
「へ?」

 司教様の言動に、気持ちが持ち直すのを感じていたら、アルが突然、脈略もなく、謎のことを言い出した。
 えっと、式って、それって。

「ドガイで誓ってくれたよね?」
「ああ、だが大勢の前で誓うのもいいだろう?」
「大勢?!」
「ユウが安心するかと思って。ユウは俺のものだと見せびらかしたい気持ちもある」
「えっと、すごく嬉しいけど、ブランがいてくれたので十分だから、大勢は、ちょっと、その、恥ずかしい……」

 僕の不安を拭うために言ってくれたんだろう。その優しさはとても嬉しいし、アルが誓ってくれるのもすごく嬉しいんだけど、僕は大勢の前はちょっと遠慮したい。この世界で友人と呼べる人は、シリウスと、友人の枠に入れてもいいなら獣道だけだ。大勢ってよく知らない人がたくさんいるってことだよね。
 前にアルの元カノが現れて喧嘩した後、ゾヤラのギルドでアルに抱き着いたことがある。その時は仲直りとアルがダンジョンから無事に帰ってきて安心したのとで気分が盛り上がっていたけど、後から冷静になって、かなり恥ずかしかったのだ。
 人前で手を繋ぐ以上のことは、僕にはハードルが高い。奥ゆかしいのが美徳とされる文化のあるところに育ったんだ。日本でも時代遅れだった気もするけど、僕は奥手なんだ。
 けれど、それでアルが安心するなら、断らなほうがいいのかも。

「アルがやりたいなら、頑張る」
「いや、乗り気じゃないのをやりたいわけじゃない。でもユウを着飾らせたい気はするな」
「え、その時はブランもお揃いで」
『俺を巻き込むな』
「巻き込まれてよ。僕だけ馬子にも衣裳みたいになるの嫌だよ。アルは絶対カッコいいもん」
「ユウに似合うものを仕立てるから」

 なんかアルが服を仕立てる気でいるから、これは家の時のように僕の意見は聞き入れられないやつだ。
 あんまり派手なのじゃないといいなあと、遠い目をしてしまった。
 ブランは絶対に巻き込んでやると決意をもって、もふもふアイスノンを枕に、寝ころんだ。
 ほら、僕まだ無理しちゃダメって言われてるからね、体調を戻すために寝よう。現実逃避じゃないよ。

 そういえば、あふれが発生してしまったので、ユラカヒの名物の魚を食べ損ねたな。
 ユラカヒの街が落ち着いたら、食べに行こう。そして、そのころにはリンバーグもCランクになっているだろうから、あの時のパーティーでタペラを攻略しよう。
 それまでにまた、ハチミツを仕入れておかなきゃ。
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