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最終章 手を携えて未来へ

10-16. カークトゥルス合宿開始

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 さて、3回目のカークトゥルス合宿だ。
 解放から3年と半年たって、解放直後の大賑わいが過ぎると落ち着いていた冒険者の数も、少し増えているような気がする。解放後に噂を聞いて他の国からモクリークに移動してきた人たちが、活動歴3年の条件を満たし始めている。おそらく本格的に増えるのは来年の春からだろう。
 僕が今年カークトゥルスに来ようと思った理由にはそれもある。どれくらい移動してきた人がいるか分からないので、来年からのカークトゥルスの混雑具合が読めない。今までのように、上層か、行っても中層で引き返すパーティーが多いのか、それとも複数パーティーで本格的にここを稼ぎの場として活動するパーティーがたくさん出てくるのか。
 場合によっては解放直後のように宿が足りなくなるかもしれない。

 サネバは冒険者に特化した街なので、教会がない。治癒術師が必要なのではという話もあったそうだが、土地が限られていて建てられなかったのだ。
 王都ニザナからサネバの隣、スナンの街まではツェルト助祭様が同行してくれて、獣道もシリウスも一緒に教会に泊めてもらっていたが、サネバではいつもの宿をとった。これから2か月お風呂に入れないのだから、今夜はお風呂を堪能しようと、アルとブランに呆れられるくらい長風呂を楽しんだ。

 昨年の冬に始まった魔石祭りは、あれから定期的に開催されている。最初は階層間の無断移動を見張るためにサネバの軍が動員されたが、今はそれも冒険者のSランクが行っている。最初の時にSランクパーティーがギルドの予想以上に参加してくれたので、次からはSランクに警備をお願いするようになったんだとか。
 今年は僕たちが出発してしばらくしてから冬の魔石祭りが始まる。僕が知らない冒険者を怖がるから、時期をずらしてくれたのかもしれない。

「魔石拾いとして、シリウスを連れて行く。籠と掴みを3セット貸してもらえるか」
「はい。許可を書き込みますので、みなさんのパーティーカードをお願いします」

 過去にギルドに許可を取らずに荷物持ちを連れて行こうとしたパーティーがいたらしく、荷物持ちも書き込みがないと入り口ではじかれてしまう。さらに、魔石祭りに参加しているパーティーは潜れる階層に制限があるので、Sランク以外のパーティーはどこまで行けるのか許可を書き込むようになっている。シリウスは最下層までだ。といっても、荷物持ちのパーティーは途中で引き返して、最下層までは付き合わないものらしい、というのは僕も知っている。僕たちの最下層攻略まで付き合わされるシリウスが特例なだけだ。ブランが守ってくれるからね。

 今はサネバの軍が下層2つ目を占有している。僕たちと入れ替わりの予定で、着いたときにまだいるかもしれないので、1階層上か下のセーフティーエリアまで移動できるよう時間に余裕を持って行ってほしいと注文があった。軍の部隊が大所帯なので、セーフティーエリアに余裕がない可能性が高いそうだ。


 ダンジョンの入り口で、係員にパーティーカードを見せて、ダンジョンに入る。僕も緊張しているけど、シリウスのみんなも緊張している。キリシュくんの耳がピンと立って、せわしなく動いて周りの音を拾っているのを見ていたら、ちょっと落ち着いた。
 今回は、僕とアルがブランに乗って、周りをシリウスの3人が囲み、モンスターは獣道が蹴散らしてくれる予定だ。

「去年より人が増えてるが、ユウ、大丈夫か?」
「うん」

 アルが後ろから抱きしめていてくれるから、精神的にも体力的にも安定している。大丈夫、この前のダンジョンも平気だったし、今回はシリウスのみんなもいてくれる。

 上層は小走りで駆け抜けた。
 途中のセーフティーエリアでは、入ってきた僕を見て、復帰したのかと誰かが呟いたのが聞こえたけど、僕は早々にテントの中に押し入れられてしまった。
 上層での食事は、時間停止のマジックバッグに入れて、シリウスに渡してある。上層のセーフティーエリアは混雑しているので、各自テントの中で食事だ。

 テントの中で手早く食事を終えて、ブランのブラッシングをしていると、外が騒がしくなった。アルも気づいたようで、僕に出てくるなと言って様子を見に出た。

「ブラン、何が起きてるか分かる?」
『同行させろと言っている』

 それを防ぐために、僕たちに占有の権利が与えられたはずなのに、出だしから躓いているらしい。
 こっそりのぞいてみようかなと思っていたら、キリシュくんが僕たちのテントに入ってきた。アルに、僕が出てこないように見張っていてくれと言われたらしい。

「めんどくさい感じなの?」
「この国の冒険者じゃないな。獣人を良く思ってない」

 マジックバッグ目当てにモクリークに来た冒険者のようだ。キリシュくんがここで僕の見張りになっているのも、その冒険者から離すためだろう。
 モクリークは実力主義なので、獣人への差別はほとんどないと聞いている。実際に、冒険者をしていて、僕はそういう光景を見たことがない。

 しばらく言い合いになっていたけど、静かになったと思ったら、アルがテントに帰ってきた。とりあえずは引き下がったけど、明日出発前にまたひと悶着あるかもしれないらしい。アルがキリシュくんにもひとりにならないように注意している。
 でも獣道に絡むということは、僕に絡むということだ。冬に僕たちが合同でここに潜ることは知られている。そのパーティーは追放だろうな。他国から来たから、初期のころに実際に僕たちに絡んで追放されたパーティーがいたことを知らないのだろう。
 ここのところは僕たちに絡んでくる人もいなかったので、なんというか新鮮だけど、そんな新鮮さは求めてないよ。


 翌日、出発準備をしていたら、僕たちと他の冒険者の間に陣取っていた獣道の向こう側から僕に話しかけてくるパーティーがいた。
 そのパーティーは5人組で、話しかけてきている剣士っぽい人がリーダーのようだ。見るからに高そうな剣を腰に下げているし、防具もお金がかかっていそうだから、貴族お抱えとかスポンサーがいるのかもしれない。
 僕のすぐ前にブラン、その前にアル、そして獣道が、問題のパーティーとの間に入ってくれている。これだけ離れていても、それでも近寄ってこられると身構えてしまう。

「君、獣を連れてないで、俺たちと一緒に行こうよ」
「ブランは僕の大切なパートナーです。そんな言い方しないでください」

 確かにブランは神獣だから獣で間違っていないけど、でも見知らぬ人に蔑むように言われてカチンと来て言い返した。けれどそれに笑いながら返された内容に、僕は咄嗟に言葉が出なかった。

「違うよ。その従魔は役立つからね。俺たちが言っているのは、この獣たち。モクリーク最強らしいけど、俺たちミンギ王国最強だから、俺たちと一緒においでよ」
「っ!」

 あまりの発言に、周りにいた冒険者からも非難が上がるけど、当人たちは全く意に介してない。
 僕たちの襲撃に関わっていたかもしれない疑惑があってミンギ王国にはただでさえ良い印象を持っていないのに、たった今、僕の中のミンギ王国の評価が地に落ちた。ミンギ王国に獣人差別の傾向があるのか、この人たちが特別なのかは分からないけど、とにかくこの人たちは許せない。獣道は僕にとっては親戚のお兄さんだ。なんてことを言うんだ。

 僕が一歩踏み出したところで、ブランとアルが止めてくるけど、今は止めないでほしい。それに、このまま下層まで着いてこられたら迷惑だ。

「僕は貴方たちと一緒には行きません。このまま地上に引き返してください」
「そんなのに頼らなくても」
「今すぐ、引き返してください。僕の行動を妨げることは許しません。これは警告です」
「警告って君に何が出来る?俺たちの行動に口を出される筋合いはない」
「モクリーク国内では、僕は何をしても罪に問われないのですよ。それにここはダンジョンです。貴方たちが帰らなくても、だれも不思議には思わない」
「いい加減にしろ。ユウは嫌がっている。ギルドはユウに絡むことを禁止している」

 止めに入ったルフェオさんを、うるさいな、と乱暴に押しのけて、僕の方に近寄ろうとした。よし、向こうが先に手を出したんだから、これは正当防衛だ。別にこっちが先制攻撃仕掛けてもいいんだけど、やっぱり気分的にね。ブラン、やっちゃって。
 ピキン、という高い音がして、剣が粉々に砕けた。

「な、何をした!俺の剣が!」
「天罰が下ったんでしょう。ついてこないでください!」

 ブランに彼らの武器を破壊してもらった。ここはまだ上層の真ん中で、パーティーには魔法使いっぽい人もいるから、地上まで帰れるだろう。
 周りの冒険者たちもいい加減にしろと口々に非難してくれるので分が悪いと判断したのか、覚えていろよ、というお決まりの文句と共にそのパーティーは慌ただしくセーフティーエリアを出て行った。

「ユウ、ありがとな」
「僕の方こそ巻き込んじゃってすみません」
「でも、何をしても罪に問われないって、さすがに大きく出すぎじゃない?」

 オラジェさんがセーフティーエリアの雰囲気を変えるように、笑いながら僕の発言に突っ込んでるけど、それが嘘ではないのだ。
 王様とギルドに、僕の行動を妨げないという約束をしてもらったその時に、もし誰かが僕に何かを強要しようとしたら武力で抵抗しても問題にしないとちゃんと確認してある。僕に何かした場合っていう前提条件を省いたけど、あながち誇張でもないのだ。

 僕は大人しく御しやすいと、あの人たちにも舐められていた。
 それじゃいけないんだ。いつまでも、このスキルに振り回されていては、周りの人たちが傷ついてしまう。主張するところはちゃんと主張しないと、ここは察する文化じゃない。

 だけど、そもそも獣道のみんなにあんなこと言うなんて、思い出すだけでも頭にくる。だいたい、獣人のほうが身体能力も高いから、冒険者には向いているのに。
 思い出してカリカリしていたらみんなに宥められたので、気を取り直して下層に向けてセーフティーエリアを出発した。
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