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続 3章 ドロップ品のオークション
13-12. お姫様の目的
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中央教会に戻るとアルは、ツェルト助祭様やサリュー司祭様にも部屋に入らないように言って、借りている部屋の扉を閉めた。
「ユウ、こっちを見ろ。ユウ」
「アル、どうしたの?」
アルが僕の頬を両手で挟んで顔をあげるから、目の前のアルを見たけど、僕の大好きな緑色がよく見えない。
「ユウ、俺はユウのものだ。モクリークで王にそう宣言してくれただろう?」
「……うん」
「だから泣かないでくれ」
僕は泣いているのか。僕の頬に触れているアルの手がぬれているのは、僕の涙のせいらしい。目を伏せた僕の額に、瞼に、アルがキスをくれるけど、涙が止まらない。どうして泣いているのかもよく分からない。
「ユウ、加護をもらった血を残すというのなら、俺ではなくてユウのほうだろう?」
「でも僕は、この世界の人間じゃないから」
そうだ。僕はこの世界の人間ではない。ブランとリネの興味をひいてしまうような、珍しい存在。そんな僕が、この世界で家族を持とうというのが、そもそも間違っていたのかもしれない。なんだか全てが遠い世界の出来事のようで、けれど足に触れているブランのひんやりとした毛の感触だけが僕を現実に引き留めている。
今は何も考えたくない。アルが僕を抱きしめて、愛していると言いながら背中をなでてくれるのを、僕はただ黙って受け入れていた。
しばらくすると、部屋の扉がノックされて、少しだけ開いた扉からモクリークの大司教様が顔を覗かせた。孤児院で起きたことの説明に来てくれたそうで、入室の許可を求めている。アルが招き入れると、モクリークの大司教様だけではなく、ドガイの大司教様も一緒に部屋に入ってきた。
ドガイの大司教様の説明によると、あのお姫様は数日前から孤児院を訪問して子どもたちの相手をしてくれていたそうだ。今日は僕たち以外の訪問を禁止していたのに、訪れたお姫様を孤児院の司祭様が独断で通してしまったらしい。
「申し訳ございませんでした。アレックス様が孤児院を訪問するという情報が、どこかで漏れていたようです」
「状況は分かりました。子どもたちへの説明をお願いします」
通してしまった司祭様は、子どもたちにも優しくしてくれたから、アルに会う機会を作ってあげるくらいならいいと思ったそうだ。まさか王女様があんなことを言うためにいたなんて、思ってもみなかったに違いない。けれど今から考えれば、お姫様が孤児院に通っていたのも、アルが孤児院に行くことを事前に知って、アルに会う機会を作るためだった可能性が高い。子どもたちへの優しさが作りものだとは思いたくないけど、神獣の契約者であるアルとの繋がりを作るためなら、それくらいの工作は当然なのだ。僕がこの世界における神という存在を理解できていないだけなのだ。
やっぱりアルのそばには、この世界で育った人がいるほうがいいんじゃないだろうか。大司教様の話を聞きながら、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。
ブランに抱き着いて、何度も目が覚める浅い眠りを繰り返して迎えた翌朝。
アルは予定していた薬箱ダンジョンに行くのを渋っている。こんな状態の僕を置いていけないというけれど、今日からダンジョンに行くのはリネとの約束で、それはカリラスさんのためでもある。
「僕は大丈夫だから、行ってきて。薬草、お願いね」
「ユウ……」
僕のお願いにアルはため息をつきながらも、リネと薬箱ダンジョンへと出かけていった。けれど、習慣となっているアルの行ってきますのキスに、行ってらっしゃいのキスを返せなかった。
そんな僕を、ツェルト助祭様が心配げに見ているのには気づいているけれど、どう返していいのかわからないから、気づかないふりをしている。
今は何も考えたくなくて、ブランに抱き着いて目を閉じていれば、時間は過ぎていく。せっかく出された食事にも手を付ける気になれずに下げてもらった。
前回、アルがダンジョンに行っている間にこの部屋で過ごしたときには、ケネス司祭様に話を聞いてもらった。そのときに、アルに愛される自信がないのですね、と言われたのを覚えている。その通りだ。
僕は、神獣の契約者となり、引く手あまたとなったアルの横にいる自信がないのだ。だから二人の将来の約束がほしかった。
今まではブランがいるから、アイテムボックスがあるから、僕のほうが与えられるものが多いと、無意識のうちに安心していられた。でも今は、アルにはリネがいて、神獣の契約者という立場にも上手く適応して、冒険者として活躍し、偉い人たちとも対等に話をしている。アルにとって僕は必要ない気がしてしょうがない。
「ブラン、アルに捨てられたら、僕はどうやって生きていけばいいのかな」
『ユウ、人の心は移ろうが、それはお前も同じだろう。お前がアルを嫌いになることだってあり得る』
「そんなことないよ」
『アルも同じことを言うと思うがな』
ブランがふう、とため息を吐いてから、僕の腕の中から抜け出し、僕の目をまっすぐ見た。
『今までのアルを信じてやれ。お前を守ってきたアルの十年は信じられるだろう?』
「そうだけど……」
『ならば、次の十年も信じてやれ。俺が保証してやる。アルはお前を裏切ったりしない。お前を裏切るような奴のために、ヴィゾーヴニルを連れてきたりはしない』
ブランが言うなら、そうなんだろう。きっとアルは僕を裏切らない。でも僕はアルにふさわしいんだろうか。
ブランのひんやりした毛が気持ちいいなと思いながら、ぐずぐずと後ろ向きな思考の渦にはまっていたら、ツェルト助祭様が突然近寄ってきた。少し失礼しますね、と言って僕の額に手を当てると、表情を変えた。
「熱が出ています。どうかベッドにお入りください」
「そうですか? なんともないけど」
「大司教を呼んできます」
そんな、熱ごときで大司教様を呼ぶのはやめてほしい。どうせ、考えすぎて頭がオーバーヒートしただけで、大したことじゃない。
そう思っていたけれど、僕の周りはなんだか深刻そうだ。大司教様が用事でいなくて、その場にいた上級魔法が使える人ということで、グザビエ司教様が部屋に入ってきた。そして僕に診断の魔法をかけたその結果に、眉をひそめている。何か問題があるのだろうか。
「ユウ、こっちを見ろ。ユウ」
「アル、どうしたの?」
アルが僕の頬を両手で挟んで顔をあげるから、目の前のアルを見たけど、僕の大好きな緑色がよく見えない。
「ユウ、俺はユウのものだ。モクリークで王にそう宣言してくれただろう?」
「……うん」
「だから泣かないでくれ」
僕は泣いているのか。僕の頬に触れているアルの手がぬれているのは、僕の涙のせいらしい。目を伏せた僕の額に、瞼に、アルがキスをくれるけど、涙が止まらない。どうして泣いているのかもよく分からない。
「ユウ、加護をもらった血を残すというのなら、俺ではなくてユウのほうだろう?」
「でも僕は、この世界の人間じゃないから」
そうだ。僕はこの世界の人間ではない。ブランとリネの興味をひいてしまうような、珍しい存在。そんな僕が、この世界で家族を持とうというのが、そもそも間違っていたのかもしれない。なんだか全てが遠い世界の出来事のようで、けれど足に触れているブランのひんやりとした毛の感触だけが僕を現実に引き留めている。
今は何も考えたくない。アルが僕を抱きしめて、愛していると言いながら背中をなでてくれるのを、僕はただ黙って受け入れていた。
しばらくすると、部屋の扉がノックされて、少しだけ開いた扉からモクリークの大司教様が顔を覗かせた。孤児院で起きたことの説明に来てくれたそうで、入室の許可を求めている。アルが招き入れると、モクリークの大司教様だけではなく、ドガイの大司教様も一緒に部屋に入ってきた。
ドガイの大司教様の説明によると、あのお姫様は数日前から孤児院を訪問して子どもたちの相手をしてくれていたそうだ。今日は僕たち以外の訪問を禁止していたのに、訪れたお姫様を孤児院の司祭様が独断で通してしまったらしい。
「申し訳ございませんでした。アレックス様が孤児院を訪問するという情報が、どこかで漏れていたようです」
「状況は分かりました。子どもたちへの説明をお願いします」
通してしまった司祭様は、子どもたちにも優しくしてくれたから、アルに会う機会を作ってあげるくらいならいいと思ったそうだ。まさか王女様があんなことを言うためにいたなんて、思ってもみなかったに違いない。けれど今から考えれば、お姫様が孤児院に通っていたのも、アルが孤児院に行くことを事前に知って、アルに会う機会を作るためだった可能性が高い。子どもたちへの優しさが作りものだとは思いたくないけど、神獣の契約者であるアルとの繋がりを作るためなら、それくらいの工作は当然なのだ。僕がこの世界における神という存在を理解できていないだけなのだ。
やっぱりアルのそばには、この世界で育った人がいるほうがいいんじゃないだろうか。大司教様の話を聞きながら、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。
ブランに抱き着いて、何度も目が覚める浅い眠りを繰り返して迎えた翌朝。
アルは予定していた薬箱ダンジョンに行くのを渋っている。こんな状態の僕を置いていけないというけれど、今日からダンジョンに行くのはリネとの約束で、それはカリラスさんのためでもある。
「僕は大丈夫だから、行ってきて。薬草、お願いね」
「ユウ……」
僕のお願いにアルはため息をつきながらも、リネと薬箱ダンジョンへと出かけていった。けれど、習慣となっているアルの行ってきますのキスに、行ってらっしゃいのキスを返せなかった。
そんな僕を、ツェルト助祭様が心配げに見ているのには気づいているけれど、どう返していいのかわからないから、気づかないふりをしている。
今は何も考えたくなくて、ブランに抱き着いて目を閉じていれば、時間は過ぎていく。せっかく出された食事にも手を付ける気になれずに下げてもらった。
前回、アルがダンジョンに行っている間にこの部屋で過ごしたときには、ケネス司祭様に話を聞いてもらった。そのときに、アルに愛される自信がないのですね、と言われたのを覚えている。その通りだ。
僕は、神獣の契約者となり、引く手あまたとなったアルの横にいる自信がないのだ。だから二人の将来の約束がほしかった。
今まではブランがいるから、アイテムボックスがあるから、僕のほうが与えられるものが多いと、無意識のうちに安心していられた。でも今は、アルにはリネがいて、神獣の契約者という立場にも上手く適応して、冒険者として活躍し、偉い人たちとも対等に話をしている。アルにとって僕は必要ない気がしてしょうがない。
「ブラン、アルに捨てられたら、僕はどうやって生きていけばいいのかな」
『ユウ、人の心は移ろうが、それはお前も同じだろう。お前がアルを嫌いになることだってあり得る』
「そんなことないよ」
『アルも同じことを言うと思うがな』
ブランがふう、とため息を吐いてから、僕の腕の中から抜け出し、僕の目をまっすぐ見た。
『今までのアルを信じてやれ。お前を守ってきたアルの十年は信じられるだろう?』
「そうだけど……」
『ならば、次の十年も信じてやれ。俺が保証してやる。アルはお前を裏切ったりしない。お前を裏切るような奴のために、ヴィゾーヴニルを連れてきたりはしない』
ブランが言うなら、そうなんだろう。きっとアルは僕を裏切らない。でも僕はアルにふさわしいんだろうか。
ブランのひんやりした毛が気持ちいいなと思いながら、ぐずぐずと後ろ向きな思考の渦にはまっていたら、ツェルト助祭様が突然近寄ってきた。少し失礼しますね、と言って僕の額に手を当てると、表情を変えた。
「熱が出ています。どうかベッドにお入りください」
「そうですか? なんともないけど」
「大司教を呼んできます」
そんな、熱ごときで大司教様を呼ぶのはやめてほしい。どうせ、考えすぎて頭がオーバーヒートしただけで、大したことじゃない。
そう思っていたけれど、僕の周りはなんだか深刻そうだ。大司教様が用事でいなくて、その場にいた上級魔法が使える人ということで、グザビエ司教様が部屋に入ってきた。そして僕に診断の魔法をかけたその結果に、眉をひそめている。何か問題があるのだろうか。
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