君の攻略法

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第5話

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 休日の午後。
 今日は朝からひどい大雨で、どこかへ出かける気にもならなかったアトラと拓也は家に引きこもっていた。
 特に見るでもなくつけっぱなしになっていたリビングのテレビから流れるのは、日本各地のデートスポットを人気の芸能人たちが訪れるという内容の特集番組。
 水族館、動物園と順に紹介し、今は遊園地が取り上げられていた。
「遊園地……」
「アトラくんは行ったことないんだっけ」
「はい。いつか行ってみたいです」
 アトラが頷くと、拓也が「それじゃあ今度一緒に行ってみる?」と愉快そうに提案する。
「いいんですか?」
「もちろん! アトラくんとなら、楽しいデートになりそうだしね」
 拓也は想い人がいるというのに、アトラには相変わらずこういう思わせぶりな冗談ばかり言うのだ。
 それがどうしても苦しくて、すぐに返事をすることができなかった。
「アトラくん?」
「その……。好きな人がいるなら、あんまりそういうことは言わないほうがいいと思います」
 自分だけ本気になってばかばかしい。言いながらみじめになって涙が込み上げてくる。
 アトラが必死に泣くのを我慢していると、拓也は驚いたような、そして困ったような表情を浮かべた。
「あれ聞いてたの」
「……はい」
「あー、そっか。なるほどね」
 何やら一人で納得した様子の拓也が長いため息をつく。
 いきなり偉そうなことを言って不快にさせただろうか。
 アトラが自己嫌悪に陥っていると、拓也は居心地の悪そうな顔で言った。
「あのね、アトラくん。アトラくんは勘違いしてると思うけど、あれアトラくんのことだよ」
「え……」
 拓也の言葉を脳内で繰り返すが、何度考えてもアトラは理解できなかった。
 だっておかしいのだ。拓也の言っていることが正しければ、拓也の想い人はアトラということになってしまう。
 そんな都合のいいことがあるはずないし、わずかな期待もしたくなかった。
「ごめんなさい。ちょっと意味が分からなくて……」
「OK。じゃあ言い方を変えよう」
 そう言って、拓也は一呼吸置いてから口を開いた。
「俺はアトラくんのことが可愛くて仕方なくて、どうしようもないくらいだーい好きなの。……こう言ったら伝わる?」
 誤解しようのないストレートな告白に頭が真っ白になる。
 心臓だけが破裂しそうなほどばくばくとうるさい。
「拓也さんが、僕のことを好き……?」
「うん。大好き」
 今度は微笑みながら拓也が繰り返す。 
 拓也の言葉が冗談などではないことは、その瞳が何よりも真摯に物語っていた。
「あれだけアピールしたし、とっくにバレてるだろうと思ってたけど……」
「アピール?」
「もしかして気付いてなかった?」
「わ、分かりませんでした……」
 アトラが正直に答えると、拓也は困ったように笑って頭の後ろを掻いた。
「アトラくんに俺のこと意識してほしくて、年甲斐もなく頑張ったのよ」
 拓也はそう言うが、いつも余裕そうな拓也がそんなふうに思っていたなんてとても信じられない。
「それとなく口説いてみたり、なるべくボディタッチするようにしたりしてさ。手の大きさ比べてみようとか、さすがに露骨すぎたかなって心配してたんだけど」
 その言葉を聞いて思い出すのは、アトラを悩ませた拓也の言動の数々。
「あれ、わざとだったんですか……!?」
「そうだよ。ちょっとはドキドキしてくれてた?」 
「すごくドキドキしたけど、拓也さんはそんなつもりじゃないと思って、ずっと我慢してました」
 アトラがあれほど惑わされた拓也の積極的な態度は、すべて意図的なものだったらしい。
 それなのにアトラはそのアピールを自分の勘違いだと思い込んで、ことごとくスルーしていたのだ。
「アトラくんが思ってるほどいい人じゃないよ、俺は。バイトだって、本当は最初から募集なんかしてなかったんだから」
「え?」
「アトラくんがあまりにも俺のタイプだったから、なんとかお近付きになりたいと思ってあんなこと言ったの」
 拓也が「我ながら必死すぎるよね」と自嘲する。
「じゃあ、人手不足っていうのは……」
「それも口から出まかせ。ごめんね、卑怯な大人で」
 驚くあまり言葉が出ない。
 そこまでして拓也がアトラのことを繋ぎとめようとしていたなんて、あの時は考えもしなかった。
 唖然とするアトラを見てショックを受けていると思ったのか、拓也がふっと苦笑する。
「俺のこと、嫌いになっちゃった?」
「そんな! 少しびっくりしましたけど……。拓也さんのことは大好きです」
 拓也を嫌いになるなんてとんでもない。
 むしろ両想いだったことが分かって有頂天になりそうだった。
「それは、俺と同じ好きだと思っていいの?」
「もちろん。拓也さんの恋人になれたらどれだけいいだろうって、何回も考えました」
「うわ、やばいな。めっちゃ嬉しい」
 拓也がにやけた顔を隠すように片手で口元を覆う。
 拓也に告白されて、ずっと夢のような心地だったのがようやく現実味を帯びてくる。
 ふわふわした幸福感に包まれて、ちっぽけな翼でも今なら天高く飛べそうな気がした。
「アトラくんさ。夜中に抜いてあげた時から、俺のことちょっと避けてたでしょ」
「う、はい……」
 ずっと心に引っかかっていたあの日のことに触れられどきりとする。
「最初は冗談のつもりだったんだけど、可愛いアトラくんを見てたら止まんなくなっちゃって。あれからアトラくんがよそよそしくなったから、がっついて完全に嫌われたと思って、すごい落ち込んだんだよね」
 自分の痴態を思い出して顔が熱くなる。
「あれは拓也さんのこと意識しちゃって、どう接すればいいか分からなくなってただけで……。あの日も本当はアニメじゃなくて、その……拓也さんに興奮してたんです」
「嘘! そうだったの?」
「拓也さんのことをそういう目で見てる自分に、何度もうんざりしました。僕が淫魔じゃなければよかったのにって」
 行くあてのなかったアトラを雇ってくれて、あまつさえ住むところまで提供してくれた恩人にそんな感情を抱くなんてと、何度自分を責めたか分からない。
「それなんだけどさ。俺を見てアトラくんがそういう気分になるのは、アトラくんが淫魔だからじゃなくて、アトラくんが俺のことを好いてくれてるからじゃない?」
「え……」
「初めは淫魔の本能だったかもしれないけど、そのあとの気持ちはアトラくんのものだと俺は思うよ」
 拓也の言葉が妙に腑に落ちて、ずっとこんがらがっていた結び目がするりとほどけたような気分になった。
「俺も、最初は見た目だったし。小さくて可愛くて、ちょっと近付いたら逃げていっちゃう小動物みたいでさ」
 だけど、と拓也が続ける。
「アトラくんはいつも一生懸命で頑張り屋さんで、好きなものの話をする時は目がきらきらしてて。それを見てるうちに、俺が全部ひとりじめできたらいいのにって思うようになってた」
 拓也の口から紡がれるのは、自分なんかにはもったいない言葉ばかりで、アトラは胸がいっぱいになった。
「嬉しいです。嬉しすぎて、どうしたらいいか分からない……」
 自分も拓也に伝えたいことがたくさんあるのに、ふさわしい言葉が見つからない。
「こうしたらいいんじゃない?」
 不意に拓也の整った顔が近付いてきて、え、と思った次の瞬間には唇が重なっていた。
「っ……」
 鼓動が痛いくらいに高鳴り、拓也にこの音が聞こえているんじゃないかと不安になる。
 ゆっくりと唇が離れて、鼻と鼻がぶつかりそうなくらい近い距離でじっくりと顔を見つめられると、恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。
「ふふ、可愛い」
 拓也が愛おしそうに目を細めながら、指でアトラの熱を持った頬をなぞる。
 幸せで頭がくらくらすると同時にもっと欲しくなって、貪欲な自分に戸惑った。
「好きだよ」
 甘く囁きながら拓也がふたたび唇を寄せ、今度は先ほどよりも深く口付けられる。
 淫らな動きで口腔を探ってくる拓也の舌に一生懸命応えると、褒めるように頭を撫でられ胸が甘くよじれた。
 もっと、もっと拓也が欲しい。心がそう強く求めて、尻尾がひとりでに拓也の腕へ絡みつく。
 つかの間も離れたくなくて、一度遠ざかった唇を追いかけるように吸いついた。
「拓也さん……っ」
「んっ」
 上手なキスの仕方など分からない。
 ただ自分の思うがまま、衝動に従って必死に貪った。
 時折拓也が鼻にかかった声を漏らすものだから、いっそう昂ったアトラはついに拓也を押し倒した。
「ちょっ……アトラくん待っ、ん」
 拓也が何か言っている気がするが、熱に浮かされた頭はぼうっとして何も考えられず、遮るように唇を塞いだ。
 逃げる拓也の舌を捕まえて、甘く噛んで、夢中になってキスをする。
 しばらくそうして拓也の口腔を侵していると、強い力でぐいと胸を押し返された。
「っアトラくん、ストップ!」
 ようやく正気に返ったアトラが身体を離すと、拓也が荒くなった呼吸を整える。
「意外と積極的ね」
「ご、ごめんなさい。どうしても我慢できなくて……」
 謝るあいだですら、拓也の濡れた瞳や上気した頬、唾液でてらてらと光る唇から目が離せない。
「我慢しなくていいよ。でも続きはベッドで……ね?」
 拓也がアトラの顔にかかった髪をさらりと避けながら柔らかく微笑む。
 その仕草が息を呑むほど艶やかで、アトラは無意識に喉を鳴らした。
 拓也を抱きたい。自分の下で乱れる拓也の姿を想像すると、これ以上ないくらいに興奮した。
「んっ、はあ……」
 拓也の部屋にあるベッドへ移動してからも覚えたてのキスに熱中するアトラを、拓也は慈しむように見守ってくれた。
「ふふ、そんなにキスが好き?」
「はい。ずっとこうしてたいくらい……」
 アトラが頷くと、拓也は低く掠れた声ででもさ、と続ける。
「それ以上のこと、したくない?」
「え……」
「アトラくんの、さっきからずっと俺の脚に当たってるけど」
 拓也の指摘どおり、硬く張りつめたアトラのそれは部屋着のズボンを押し上げて、その存在を主張していた。
「したいです。拓也さんと、キス以上のこと」
 拓也はアトラの答えを聞いて満足げに目を細めると、アトラのシャツを脱がし、ズボンをずらして下着に手をかけた。
「あ……っ」
 するとアトラの興奮がゴム部分に引っ掛かりながら露出し、ペチンと音を立てて勢いよく拓也の頬を叩く。
「わっ」
「ごっ、ごめんなさい!」
「あはは、元気だね」
 不可抗力とはいえなんて失礼なことを、とアトラは慌てふためいたが、拓也はちっとも気にしていないどころかおかしそうに笑っていた。
 そして長い髪を耳にかけると、おもむろにアトラの股間へ顔を寄せて先端をぺろりと舐める。
「ひぁ……っ!」
 温かくぬめった口腔に迎え入れられ、アトラは初めての快感に息を呑んだ。
 拓也が上目遣いで目を合わせながら唇で幹を扱き、口に収まらない部分を手で刺激する。
 口を開くとみっともない声が出てしまいそうで、アトラは唇を噛んで必死に耐えた。
「んぅ、はあ……っ」
 空いた片手で双つの袋を絶妙な力加減で揉まれ、あっという間に射精感がこみ上げてくる。
「拓也さん、だめっ。だめです、うあぁ……っ!」
 いやいやをするように首を振りながら、なすすべなく拓也の口の中に欲望を放つ。
 拓也は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにそれを受け止めた。
 拓也の喉仏が上下するのを見ているとひどく昂ってしまって、また身体の中心に熱が集中する。
「わお、若いね」
「うう……」
 依然として硬さを保ったままのそれを見た拓也に感心され、アトラは居心地の悪さに背を丸めた。
「それにしても立派だよね。血管も太いし、ここの段差とか特に……」
「い、言わないでください」
 アトラのものをまじまじと見つめた拓也が事細かにその特徴を羅列するものだから、あまりの恥ずかしさに逃げ出したくなって顔を覆う。
「こんなの入れられたら俺、死んじゃうかも」
 拓也が冗談めかして言うのを聞いて、アトラは思わず顔を上げた。
「拓也さん、その……そっち側でいいんですか?」
「だってアトラくん、最初から俺のこと抱くつもりだったでしょ?」
 さらりと言い当てられてしどろもどろになる。
 声に出したつもりはなかったのに、拓也はアトラの欲求を見抜いていたのだ。
「な、なんで……」
「んー、そういう目してたから」
 それにね、と拓也が続ける。
「初めてアトラくんのこれに触ったあと、抱かれるところ想像して一人でしちゃったんだよね、俺」
 刺激的すぎる告白に言葉が出ない。
 拓也が自分を想ってそんなことをしていたなんて、考えただけで頭が煮えたぎりそうだった。
「だから、いいよ」
 言いながら、拓也が緩慢な動作で見せつけるように服を脱ぐ。
 身体の各所に入っているタトゥーがあらわになって、危うい雰囲気が拓也の色気をより引き立てていた。
「今準備するから、ちょっと待っててね」
 拓也は自らの指を唾液で濡らすと、その指で後ろをゆっくりとほぐしていく。
「ん、ふ……」
 目の前で繰り広げられる官能的な光景にしばらく見入っていたアトラだったが、拓也へ触れたい気持ちが次第に大きくなって、気付けばこんなことを口にしていた。
「あの、それ……僕がやっちゃだめですか?」
「え?」
「準備のやり方、教えてほしいです」
 拓也は一瞬躊躇うように視線をさ迷わせたあと、アトラの申し出を受け入れた。
「じゃあ、まずは指一本だけ入れてみて」
「はい」
 仰向けになって脚を開いた拓也の窄まりに指を差し込む。
 拓也の中は熱くて柔らかくて、本当にここへアトラのものが入るのだろうかと心配になるほど狭かった。
「痛くないですか?」
「ん……指、もう一本増やして大丈夫だよ。そう、上手」
 拓也の指示に従って指を増やし、徐々に中を広げていく。
 そしてアトラの指がある一点を掠めた瞬間、拓也の身体がびくんと跳ねた。
「あ……っ」
「だっ、大丈夫ですか?」
 どこか痛むだろうかとアトラが顔を覗き込むと、拓也は頬を紅潮させながら熱い吐息を漏らした。
「ごめん、感じちゃった」
「感……っ!?」
 予想外の返事にあたふたするアトラに小さく笑い、拓也は甘えた声でねだった。
「もっとして。そこ、指曲げてぐいって……」
「えっと……こうですか?」
「ああっ」
 言われたとおり二本の指を軽く折り曲げて内壁を刺激すると、拓也が声を上げるのと同時にきゅうっと中が収縮する。
「アトラくんの指、すごく気持ちいい。ん……っ」
 自分の手によって拓也が感じている。
 その事実がたまらなくて、アトラは拓也の弱いところを執拗に責めた。
「あ、すご……っ! んんっ、はあっ。だめ、もういっちゃう……っ」
 拓也がアトラの指をきつく締め付けながら身体を強張らせる。
 そして何度か痙攣したあと、ぐったりと脱力して浅い呼吸を繰り返した。
 その色っぽい姿から目が離せずにいると、アトラの視線に気付いた拓也がしっとりと微笑みながら腕を広げる。
「ん……おいで、アトラくん」
「っ、拓也さん……!」
 アトラの興奮はとっくに限界を超えていて、いてもたってもいられず拓也に覆い被さった。
 痛いくらいに張りつめた屹立からはとぷとぷと透明の液体が溢れ、それを塗りつけるように拓也の後ろへあてがう。
 おそるおそる力を込めると、ほぐしたばかりの窄まりが少しずつ先端を吞み込んでいった。
「はあっ、熱い……っ」
 狭い入り口からは想像できないほどとろとろの内壁に甘やかされて、腰が溶けてしまいそうになる。
「……っ、つらくないですか?」
「うん、なんとか大丈夫……。もっと奥まできていいよ」
 拓也の声が上ずっている。自分も圧迫感で苦しいだろうに、拓也は行為に不慣れなアトラを気遣うように頭を撫でてくれた。
 今すぐ奥を穿ちたくなる衝動を堪えながら時間をかけて根元まで挿入すると、拓也が恍惚とした表情で自身の腹をさする。
「すごいね。アトラくんの、ここまで入ってる」
「……あんまり煽らないでください。我慢できなくなっちゃいます」
「そのために言ってるんだけど?」
 そう笑う拓也はめまいがするほど蠱惑的で、アトラは自分の理性が擦り切れる音を聞いた。
「っ、もう……!」
「んっ、あぁっ!」
 アトラが動くと、拓也が喘ぐような声を上げて顎を反らす。
「あ、ああっ、いい……っ! アトラくん……!」
 悩ましげに名前を呼ばれるたびに胸が切なくなる。
 拓也にもっとよくなってほしくて、アトラは指で触った拓也の弱いところを何度も擦り上げた。
「っあ、それやば……っ! んんっ、あ、だめっ」
「拓也さんっ、拓也さん……っ!」
「ああっ、いく、いっちゃう……っ」
 拓也の身体がびくびくと震え、肌がじんわりと朱に染まっていく。
 その扇情的な姿に興奮を煽られ、歯止めが利かなくなったアトラは一心不乱に腰を動かした。
「好きっ、すきです……! 拓也さん……っ」
「俺も好きだよ、アトラくん……っ。あぁっ、またくる……!」
 拓也の中がひっきりなしに収縮し、絶え間なくアトラを締め付ける。
 感じる拓也の声や表情にあてられて、強い射精感が込み上げてきた。
「ごめんっ、なさ……! も、出ちゃう……っ」
「ん、あぁっ! いいよ、出してっ、アトラくん……っ!」
 拓也の長い両脚を腰に絡められ、もう触れ合っていないところがないくらい密着しながら、アトラは拓也の一番奥で弾けた。
「はあ……っ、はあ……っ」
 ベッドに身を投げ出したまま、拓也が全力疾走したあとのように忙しなく呼吸する。
「ん……すごくよかったよ、アトラくん」
「ぼ、僕もです。拓也さん、とっても綺麗でした……」
 最中の拓也は、アトラが想像していたよりもずっと艶っぽくてたまらなかった。
 行為の余韻が残る拓也の姿を見ているだけで身体の芯が熱くなり、腰がずくんと重くなってしまう。
「あの、拓也さん」
「ん……なあに?」
 アトラが呼びかけると、拓也が女神のように慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「もう一回、したいです……」
「えっ」
「だめですか?」
 アトラが上目遣いで見つめると、拓也はううと唸りながら眉を下げた。
「それ反則でしょ……」

 ◇

 目覚めたアトラが枕元の時計を見ると、いつも起きる時間を三十分ほど過ぎていた。
 慌てて布団から起き上がり、リビングへ向かう。拓也はすでに起きていたようで、ダイニングテーブルの上に朝食の支度を整えてくれていた。
「おはよ。よく眠れた?」
「おはようございます。すみません、こんな時間まで寝ちゃって」
「昨日、すごかったもんね。俺も起きたら腰が重くてさ」
 拓也の率直なセリフに、昨晩のあられもない姿を思い出して、アトラは顔に熱が集まるのを感じながらふたたび謝罪した。
「ごめんなさい。僕がしつこくしたから……」
「ううん。アトラくんが求めてくれて嬉しかったよ」
 言いながら拓也はアトラを抱きしめ、触れるだけのキスを落とす。
 それから額や頬にも唇を寄せて、名残惜しそうに顔を離した。
「僕も嬉しかったです。幸せすぎて、死んじゃうかと思いました」
「大袈裟だなあ。これからたくさんするんだから、ちょっとは慣れてもらわないと」
「はい。ええと、頑張ります」
 アトラが照れて俯くと、拓也がおかしそうにくすりと肩を揺らす。
 この満ち足りた感覚には、どれほどの時間が経っても慣れそうにない。けれど、アトラはそれでいいと思っていた。これが当たり前になったら、何か重要なことを忘れてしまうような気がしたから。
「さてと、そろそろご飯にしようか。今日はアトラくんの好きな甘い卵焼きだよ」
「わあ、嬉しいです!」
 喜んで席につき食事を始めると、正面に座る拓也がにこにことアトラの顔を見つめてくる。
「な、何か付いてますか?」
「んーん。俺の彼氏は可愛いなあと思って」
 彼氏。くすぐったい響きに口元が緩んでしまう。
 拓也と恋人同士だなんてやっぱり信じられなくて、まだ夢の中にいるような心地が抜けない。
 これから先も、拓也とここで生きていくことができる。それは紛れもない真実で、アトラにとって何よりの幸福だった。
 にやけ顔を誤魔化すように黄金色の卵焼きを頬張ると、幸せみたいな優しい甘さがじんわり広がって、結局アトラはへにゃりと破顔した。
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