痛くしないで!‐先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!‐

sae

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本編

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 悲しい、その気持ちが一番に襲ってきた。
 恋なんかろくにしたことがない、だからこの胸の痛みさえ知らなかった。失恋するとこんなに胸が痛くなるのかと百合は初めて知った。

「気分悪いとかないですか?」
 背後から響く甘い声に首を横に振った。言葉を発することができなかった。

「席、倒しますね」
 椅子が動いて体が倒れ始める。このままだと三嶌に表情が丸見えだ、百合はそう思って口を開いた。

「タオル……してほしいです」
「……わかりました、じゃあ失礼しますね」
 白いタオルで視界が奪われた。これで三嶌に見られることはない、そして自分も見なくて済む。目が合うなんかとてもじゃないが無理だった。三嶌を見たら好きが止められなくなる、百合はそう思った。

「口開けて?」
 指示に素直に従う。三嶌のあの細い指が口の中に入ってきた。歯列をなぞるように触れてくる。歯茎と頬の間をすべるように撫でて奥歯に指の先が当たる。優しい手つきだった、子猫を撫でているように優しく触れられてそれだけで百合は胸がいっぱいになってきた。

「今からこの右下の親知らずを抜いていくので、痛かったりなにか感じたら遠慮なく言ってくださいね」
 グッと一瞬力が入った。視界を遮られ、耳と体にかかる振動だけで想像しようとするが今口の中で何が行われているのか見当もつかない。たまに体が揺すられた。でもそれもとても弱い揺れだ。痛みはない、しいていうなら口を開けている時間が少し長いと顎が疲れるな、それくらいの不快感しかない。それでも三嶌は定期的に顎を休める時間をくれたのでたいしたダルさでもなかったが。

 カチャカチャと音がする。三嶌の白衣が百合の猫っ毛に触れているのがわかる。とても距離が近い。
 三嶌の指が口の中にあって、手が顎を支えている。三嶌の体が自分に降りかかるように覆いかぶさってきているのだろう、百合はタオル越しでその姿を想像していた。

「痛くないですか?」
 三嶌の声が鼓膜に震える。
 痛くはない。歯を抜いているという事実が信じられないほど痛みはなかった。

 ――痛くない、大丈夫です

 そう言うつもりだった。

「痛いです……」

 胸が痛い――。

 どうしたらいいんだろう、痛くて痛くてたまらない。三嶌は言ったじゃないか、抱えている痛みを全部取ってあげると。なのに痛みは増すばかりだ。

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