ゆびさきから恋をする

sae

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番外編ーその後のふたりー1

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 最近定時で帰れた試しがない。
 遅くなっても十九時までには終わるようにしているけれど、残業手当のおかげで(せいで)今月の給料が跳ね上がりそうだと出勤簿をつけながら思っていた。

「相当の対価だろ。十五分出勤簿入力プラスしたって足りないくらいだからもっとつけろ。それに罪悪感ないくらい仕事させてる」
 久世さんが言う。

「でも、時間は時間だしちゃんとつけないと……」
「クソ真面目」
 相変わらず口が悪い。話すほどその口の悪さが目立つと思う。

「普通だと思います」
 言い返すとじっと見つめてくる。

「木ノ下さんが先月残業どれだけつけたと思う?」
 え……と、思いつつ最近は私の方が遅く帰っているかも……なんて空を仰いで考えていると……。

「二十三時間」
「ええ?!」
 私より多かった。

「な?真面目にやってるのあほらしくなるだろ?馬鹿正直につけなくていいよ、こんなもん。あの仕事量で一日仕事してますみたいな顔して残業にまで引き延ばすんだから舐めてるよな。むしろあの人の手の抜き方を勉強しろ」


(毒舌が過ぎる)


「はい、これやり直し」
 パシッと書類で頭をはたかれた。先日出した改善提案が何点か赤ペン先生されて返される。

「ええ?こんな大げさに言ったら変じゃないですか?私はテプラに表記して張り付けたってだけですよ?」
「それによって全員が周知出来て環境にもよくなった、なにも嘘は書いてない。だから査定評価を上げるためにもっと焦点を絞って書けって言ってるだろ?書き方が甘い」
「……はい」
 残業が増えたおかげで実験室で二人になれることも多くて本音は嬉しかったりもする。他愛もない話ももちろんするけれど仕事の話や仕事に関連した話が出来るのが楽しくてうれしい。今みたいにぽろっと本音なんかもこぼしてくれるから、あぁ親しくなれたんだな、と実感していた。

 しかし実際のところ、私たちの関係が上司と部下からどうなったのか未だに不明であるのは事実で。


(結局なんなんだろう、今の関係って。上司部下はそうだけど、仕事の話が基本。なに、これ)


 パソコンを打ちながらフトそんなことを考えていた。


 あの日気持ちを吐露して抱きしめられてから数日、久世さんの連絡先さえ知らず、この関係のハッキリしたことも何も聞けずにいる。

 やっぱり夢だったのか、都合のいい妄想をしていた?考えるほど沼にハマってパンクしそうになる。


(だめだ、余計な事考えると仕事にならない!)


 気持ちを切り替えようと、椅子の背に体を預けて身体を伸ばしたその時だった。

「ん!」
 顎がクイッとさらに後ろに伸ばされていきなりキスされた。

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