33 / 36
2
しおりを挟む
翌朝、実験台に分厚い本が置かれていてこれはなんだろうと思う。ペラッと好奇心でめくると新しく導入された測定装置の手順書だとわかった。
「なにこれ」
呟くとその上に紙が一枚降ってきた。
「優先に測ってほしい元素は丸つけてるからそれからデータ取ってくれる?」
いつのまにか傍にいた久世さんが見下ろしてくる。
「……えっと」
渡された紙と久世さんを交互に見ながらも、理解が追い付かない私に納得したように椅子を引いてきて腰を落とした。
(ち、近いな)
ドキドキしかけた私をよそに完全仕事モードの久世さんは一気に話し始める。
「新しい装置のばらつきを確認したいからそのデータ取り。混合できるやつはしてくれていいし測定は一気にできるけど……解析がまぁめんどいよな。最終的には全元素測るから随時進めてくれる?」
「……えっとぉ」
「やり直しのやつはちょこちょこ空き時間あるだろ?納期もまだあるしまぁなんとかなるだろ。もちろん試験を優先して構わないけど、このデータがとれないと装置も使えないからそこは考えて進めて?なにか質問は?」
「……この装置、まだ触ったことありません」
「だろうね。俺と井上しか触ってない。井上もほぼ触ってないに等しい。だからはやく立ち上げたい。部長にも急かされてるし」
その言葉に眉を顰めると笑われた。
「初めて触るときはとりあえず声かけて。立ち上げからは俺も立ち会うし、いきなり一人で全部やれは言わない」
「……全部?」
「全部。データ取りから解析まで全部」
「……え?」
「悪いけどさ」
下から見上げるように久世さんが見つめてくる。
背の低い私が椅子に座る久世さんと並べば見下ろす位置にはいるけれどさほど目線は変わらなくて。むしろ無駄に近くなっただけなのにさらに距離を詰められた。
「山ほどあるんだわ、やらせたいこと」
そう言う瞳は意地悪く光っている。
「仕事、したいんだろ?」
「!」
「頼りにしてるよ」
そう言って頭をクシャッと撫でられた。
その手がそっと頬に触れて長いゆびさきでほっぺをきゅっとつままれた。
「よろしく」
意地悪そうに、でもとてつもなく甘い笑顔で笑って立ち去っていく。その後ろ姿を見つめながらつままれた頬に触れて思う。
手の温もりが、かけてくれる言葉が、触れたゆびさきが……目の前にあるだけで十分だ。
久世さんとこうして繋がり合えたなら、それだけで私の毎日が輝きで満ち始める。
~完~
※番外編へ続きます
「なにこれ」
呟くとその上に紙が一枚降ってきた。
「優先に測ってほしい元素は丸つけてるからそれからデータ取ってくれる?」
いつのまにか傍にいた久世さんが見下ろしてくる。
「……えっと」
渡された紙と久世さんを交互に見ながらも、理解が追い付かない私に納得したように椅子を引いてきて腰を落とした。
(ち、近いな)
ドキドキしかけた私をよそに完全仕事モードの久世さんは一気に話し始める。
「新しい装置のばらつきを確認したいからそのデータ取り。混合できるやつはしてくれていいし測定は一気にできるけど……解析がまぁめんどいよな。最終的には全元素測るから随時進めてくれる?」
「……えっとぉ」
「やり直しのやつはちょこちょこ空き時間あるだろ?納期もまだあるしまぁなんとかなるだろ。もちろん試験を優先して構わないけど、このデータがとれないと装置も使えないからそこは考えて進めて?なにか質問は?」
「……この装置、まだ触ったことありません」
「だろうね。俺と井上しか触ってない。井上もほぼ触ってないに等しい。だからはやく立ち上げたい。部長にも急かされてるし」
その言葉に眉を顰めると笑われた。
「初めて触るときはとりあえず声かけて。立ち上げからは俺も立ち会うし、いきなり一人で全部やれは言わない」
「……全部?」
「全部。データ取りから解析まで全部」
「……え?」
「悪いけどさ」
下から見上げるように久世さんが見つめてくる。
背の低い私が椅子に座る久世さんと並べば見下ろす位置にはいるけれどさほど目線は変わらなくて。むしろ無駄に近くなっただけなのにさらに距離を詰められた。
「山ほどあるんだわ、やらせたいこと」
そう言う瞳は意地悪く光っている。
「仕事、したいんだろ?」
「!」
「頼りにしてるよ」
そう言って頭をクシャッと撫でられた。
その手がそっと頬に触れて長いゆびさきでほっぺをきゅっとつままれた。
「よろしく」
意地悪そうに、でもとてつもなく甘い笑顔で笑って立ち去っていく。その後ろ姿を見つめながらつままれた頬に触れて思う。
手の温もりが、かけてくれる言葉が、触れたゆびさきが……目の前にあるだけで十分だ。
久世さんとこうして繋がり合えたなら、それだけで私の毎日が輝きで満ち始める。
~完~
※番外編へ続きます
5
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛想笑いの課長は甘い俺様
吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる
坂井 菜緒
×
愛想笑いが得意の俺様課長
堤 将暉
**********
「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」
「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」
あることがきっかけで社畜と罵られる日々。
私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。
そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる