ゆびさきから恋をする

sae

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「これってどういうことかなぁ?」
 イラっとした感じで木ノ下さんに言われた。廃液ボックスの残量が増えていることへの指摘だ。

「どうって……アルコールをそのボックスに戻したので書き直しました」
「なんでここに戻したの?」
 井上さんは木ノ下さんに伝えてくれなかったのか。

「アルコールを排水に流すのはどうかなって……」
「どうかなって判断をどうして菱田さんがしたの?」
「あの、私だけが判断したわけじゃなくて……「菱田さんは薬品の管理とかはできないんだから勝手に変えられたら困るのよ」
 木ノ下さんは私のことずっとよく思っていない。私が、というよりは派遣をだ。

「……すみません」
「とにかく、勝手なことはしないで。そもそも私に連絡しないのもおかしいし。これは直しておくから、今後は気を付けて」
 そう言いながら記入した値を線で引いて訂正印を押されてしまった。


(ボックスの中身の量の確認もしないで訂正するんだな……なにそれ)


 胸の中でつぶやくけれど言葉にはできない。彼女からしたらボックス内の廃液量なんかどうだっていいのだ。派遣社員が勝手に書き直した値が気に入らない、それだけのこと。


「なにが管理……」
 実験室で一人をいいことに吐き出した。

 管理もなにもない、漏れやミスも多いしやってるだけ感がすごいのはもう日常で慣れている。確認もチェックもない。それでもいつも忙しいと走り回ってるような人。それでも私とは違う。

 彼女は社員で、私は派遣。任される仕事が全然違う、悔しくてもそれが現実だ。社員さんに与えられた責任のある仕事、それが大変なことはわかっている。与えられてないから余計にそれを感じている。でもそれを盾にされて忙しいとアピールされると悔しくなる。

 私ができないんじゃない、派遣にできないだけなんだと何度も言い聞かせる。
 派遣で働く以上この感情から抜け出せない。その悔しさが年々心を蝕みだしてきた。


「なにしてんの?」
 いきなり声をかけられて心臓が飛び跳ねた。久世さんだ。

「あ……なんでもありません」
 思わずファイルを背中に隠してしまう。

「なに?」
「なんでもありません」
「なに隠したの?」
「か、くしてませ、ん」
「嘘つくの下手だな」
 背中に隠されたファイルをさらっと長い腕が攫って行った。

「なに?なんかあった?」
 ぺらぺらとファイルをめくりながら聞かれるが答えられない。


「なんでも……ありません」
「……わかんないことあれば聞くよな、菱田さんなら」
 その言葉に胸をきゅっと掴まれた気がした。


「木ノ下さんて事務所?」
「ですかね。さっきまでここで在庫チェックされてましたけど」
「そっか、入れ違いになったな。頼んでほしい試薬あったんだけど……このファイル今使ってた?借りていっていい?」
「どうぞ」
 そういうと同時に17時のチャイムが鳴った。

「あ、じゃあ私、お先に失礼します」
「……うん、お疲れ」
 探るようにじっと見られるといたたまれなくて、逃げるように実験室を後にした。

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