ゆびさきから恋をする

sae

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 一瞬見惚れた自分にハッとして、瞬間で思考を振りきった。

「……おつかれ、遅くなったな」
 時計はもう十九時になろうとしている。

「ちゃんと残業つけろよ?」
「はい」
 俺の命令のような言葉にも笑うから――。

(なんだろう、この気持ちは……)

 考えないようにしたいのに、なぜか襲ってくる名前の付けられない感情が。それに自分が一番戸惑ってしまう。

「あれ、ちぃちゃんまだ残ってんの?」
 声の方に二人で振り向くと若い社員が実験室に入ってきた。二グループの内田だ。


「お疲れ様です!久世さん試験!お願いしたいんですけど!」
 意気込んで依頼書を両手で差し出して深々と礼をする。態度で露骨にみせても内容次第だ、紙を受け取って一瞥する。

「……これ、うちにある装置だと<5しかみれないけどやる意味ある?」
「え!でもこの他社との比較で以下でもデータ欲しいんです。お願いします!」
「納期は?」
「……月末……とか?」
「月末ねぇ……」
 諸々考えてると彼女と視線が合ったから思考がまとまる。「スケジュールある?」と、問いかけるとその意味をすぐに理解した彼女は実験台の引き出しからファイルを取り出した。

「ちょっと見せて」
 彼女のそばにいき紙を覗き込みながら彼女に聞く。

「……連休とりたいんだっけ?」
 覗き込んだ視線を彼女に向けると「えっ?」と、目が合って。その黒い漆黒のような瞳は吸い込まれるように澄んでいる。

「いいんですか?」
 その瞳が少し興奮したように揺れたから素直な反応に思わずくすりと笑ってしまった。

「内田の仕事なければとれるかな」
「え!」それに声を上げたのは内田の方だったが、「連休欲しいです!」なんて内田の反応にかぶせるように彼女が嬉しそうに言うから内田に言ってやる。

「だって。月末納期は無理だわ」
「「え!」」
 二人の声が重なった。

「そんなぁ~」
 泣きそうになる内田に、彼女が困ったように微笑む。

「久世さん……本っ気で意地悪いですよ」
「休みはいいけど、連休は諦めてくれる?」そう聞くと「貸しにしますよ?」と、挑発的な目を向けてきた。

「どっかで連休取らせるわ」
「絶対ですよ?」
 もう、とふてくされたように言うけど絶対連休を取ろうとなんかしてない気がする。

「やった!ちぃちゃん神!」
「ウッチーのせいだからねぇ」
 内田とはくだけて話すんだな、そんなことをぼんやりと思った。

 歳も内田との方が近いのか、その時初めて彼女自身のことを考えた。
 仕事する部下ではなく菱田千夏という一人の女性のことを意識した瞬間だった。

 彼女が俺とあんな風に距離を詰めて話をすることはきっとない。
 真面目で芯が通った彼女は俺の前では徹底して部下の顔で仕事をしているから。

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