ゆびさきから恋をする

sae

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 制服を掴む力が弱まる気配はなく、むしろ震えは続いている。

「……あー、ちょっとドア確認行く……けど、待てる?」
 聞いたけれど、返事を聞く前に掴んでいる手首を包み込んだ。

「ごめん。ちょっと……触る」
 細い手首が俺の掌におさまるとなんだか二人とも変な空気になる。触れてしまった以上いきなり離すことも出来なくてそのままドアまで一緒に連れていく。ノブを押してもガチャっというむなしい音が響いて勘が当たってしまった。

「しまった。今日ピッチ、メンテに出してるんだよな。菱田さん携帯もってる?」
「じ、実験室に忘れました……」

(最悪)

「すみません」
 俺の気持ちを察したのか申し訳なさそうに謝られた。

「いや、菱田さんのせいじゃない。俺だって何も持たずに来てる。困ったな」
 考えていると掴んでいた腕に力が入っていたのか彼女が身じろぎをした。
「あ、ごめん。痛かった」
 ぱっと手を離すと彼女は頭を左右に振った。

(やばい、これセクハラ?ギリギリか?)

「ごめんなさい」
 彼女がまだ謝るから謝罪の意味が知りたくなる。

「謝ることなくない?」

(むしろ謝らないといけないのは俺では?)

「こんな……醜態を」
 自己嫌悪に陥っているようなひどく暗い声だったから呆れて思わず言ってしまった。

「これくらいで?」
「これくらいって!雷と暗いのが苦手とか……子供みたいじゃないですか」
「苦手なものに年齢関係なくない?」
 雷は徐々に遠のいてきた。でもこれから時間が経つほど闇が深くなってしまう。

「気にしなくていいよ、そんなの。それより一人にさせなくてよかった」

(しかしどうするか。こんな北奥の倉庫、用事があるやつしか来ないよなぁ)

 そんなことを脳内で考えていると制服の裾が引っ張られた。

「すみません……これ以上近づかないので……も、持たせてもらっていいですか?」
 震える手がほんとに少しだけ裾をつかむ。

(この子は部下だ)

 頭の中でまずそう言い聞かせた。そう思わないと精神的に危ない気がした。
 震えながら必死で我慢しつつギリギリ甘えてくるその姿を見ていると自分の中に芽生えた気持ちを誤魔化せる自信がなかった。

(やばいな、こんな可愛かったか、この子)

 普段の勝気な姿はどうした。媚びることも懐く感じもしない猫みたいだったくせに、いきなりこんな風に弱みをみせるのか。

「……とりあえず、さ。電気が復旧したら自然に解除されると思う」
「え?本当ですか?」
「多分、電気が回復すればリセットされて立ち上がると思う。技術ビルは電気管理されてる機器が多いから絶対に自家発電に切り替わるから電気はすぐに回復する、もう少し我慢して」
「はい……」
「怖いならもっとちゃんと掴まって。俺はいいから」
「……はい」
 そう言ってもこれ以上近寄ってこないんだろう、そう思っていたのに彼女は素直に俺の言葉に従った。

 ぎゅっと制服を掴んで一歩だけ身体を寄せてきた。

「ごめんなさい、もう少しだけ……我慢してもらっていいですか」
 そのセリフは隠そうとした心の奥を暴かれてしまったような気になった。

「……どうぞ」
 そう言った自分の声が情けないくらいに掠れてしまった。
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