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事務所に行こうとしたのと同時だった。実験室に久世さんが入ってきたのは。目が合った瞬間に私の異変に気づいたのか声をかけてきた。
「どうした?」
「……」
身体が沸騰したように熱い。悔しくてむなしくて、悲しい。手が、震えている。
「なにがあった?」
なにかを、いつも察してくれる。それがうれしくて今は辛い。
「……辞めたいです」
自分の声の震えに驚いた。全身が震えているのだと声を出して気づいた。
「仕事、辞めさせてください」
久世さんは何も言わない。
「エンジニアリングの方に……先に言わないとだめですよね、すみません、手続きはそちらからしないと……「待って」
腕を掴まれた。許しも何も聞かずいきなり掴まれた。
「ちょっと、奥行こう」
そのまま実験室まで強い力で引っ張られて扉を閉められる。
静かな部屋だけど空調の音が耳につく。扉を閉めたら完全に二人きりになって別の震えも襲ってくる。
「なにがあったの?」
心配するような、でも苛立ちも感じる複雑な色を含んだ声だった。
「……もう、ずっと考えてたことです」
「いつから?」
「……二年前です」
二年の言葉が予想外だったのか眉を顰められた。
「更新まではまだ時間が残ってるんですけど……今している仕事はきちんと終わらせます。それが終われば……「待って」
なんだかさっきと同じようなことを繰り返している。
「ちょっと待って。勝手に話を進めないでほしい」
「契約満了までは難しいですか?」
「そんな話はしてない、理由を聞きたい」
まっすぐ見つめられて胸が締め付けられる。
「……もう……辞めたいと思っただけです」
「言えないってこと?」
「……」
「言いたくないってこと?」
「……」
何も言えない私に苛立ったように聞いてくる。
「辞めます、はいそうですかとは言えない。納得させて?俺のこと」
「納得してくれます?久世さんに……わかるわけないし」
「聞かなきゃわかんないだろ、言え」
強い口調にムッとした。
「それパワハラですよ」
「言えないのは俺が理由ってこと?」
(そうだよ、久世さんのせいだよ!)
「もうっ……嫌になっただけです!自分がバカみたいで……勘違いして……もうしんどいっ……」
認められることがどんなに救われて頑張れるか。
求められることがどれだけ嬉しくて応えたくなるか。
全部久世さんが教えてくれた。
「……好きなのに」
久世さんに見つめられたらもうだめだ。避け続けた瞳に見つめられたらどうにかなる。胸に刺さった棘が見つけられない、そこはもう完全に抜け落ちて失くしてしまった。ただ今は傷になって塞げないほど大きな痕が付いている。
そこに、触れてこないで。触れようとしないで。
触れてほしくないの。
触れられたくないの、だって――触れられたら自分がどうなるかわからない。
「……仕事……大好きなのに……受け入れられない自分が嫌になる……私が……もう私を受け入れられない……」
視界が歪んで泣きそうになるのを必死でこらえながら私は気持ちを吐き出した。
「どうした?」
「……」
身体が沸騰したように熱い。悔しくてむなしくて、悲しい。手が、震えている。
「なにがあった?」
なにかを、いつも察してくれる。それがうれしくて今は辛い。
「……辞めたいです」
自分の声の震えに驚いた。全身が震えているのだと声を出して気づいた。
「仕事、辞めさせてください」
久世さんは何も言わない。
「エンジニアリングの方に……先に言わないとだめですよね、すみません、手続きはそちらからしないと……「待って」
腕を掴まれた。許しも何も聞かずいきなり掴まれた。
「ちょっと、奥行こう」
そのまま実験室まで強い力で引っ張られて扉を閉められる。
静かな部屋だけど空調の音が耳につく。扉を閉めたら完全に二人きりになって別の震えも襲ってくる。
「なにがあったの?」
心配するような、でも苛立ちも感じる複雑な色を含んだ声だった。
「……もう、ずっと考えてたことです」
「いつから?」
「……二年前です」
二年の言葉が予想外だったのか眉を顰められた。
「更新まではまだ時間が残ってるんですけど……今している仕事はきちんと終わらせます。それが終われば……「待って」
なんだかさっきと同じようなことを繰り返している。
「ちょっと待って。勝手に話を進めないでほしい」
「契約満了までは難しいですか?」
「そんな話はしてない、理由を聞きたい」
まっすぐ見つめられて胸が締め付けられる。
「……もう……辞めたいと思っただけです」
「言えないってこと?」
「……」
「言いたくないってこと?」
「……」
何も言えない私に苛立ったように聞いてくる。
「辞めます、はいそうですかとは言えない。納得させて?俺のこと」
「納得してくれます?久世さんに……わかるわけないし」
「聞かなきゃわかんないだろ、言え」
強い口調にムッとした。
「それパワハラですよ」
「言えないのは俺が理由ってこと?」
(そうだよ、久世さんのせいだよ!)
「もうっ……嫌になっただけです!自分がバカみたいで……勘違いして……もうしんどいっ……」
認められることがどんなに救われて頑張れるか。
求められることがどれだけ嬉しくて応えたくなるか。
全部久世さんが教えてくれた。
「……好きなのに」
久世さんに見つめられたらもうだめだ。避け続けた瞳に見つめられたらどうにかなる。胸に刺さった棘が見つけられない、そこはもう完全に抜け落ちて失くしてしまった。ただ今は傷になって塞げないほど大きな痕が付いている。
そこに、触れてこないで。触れようとしないで。
触れてほしくないの。
触れられたくないの、だって――触れられたら自分がどうなるかわからない。
「……仕事……大好きなのに……受け入れられない自分が嫌になる……私が……もう私を受け入れられない……」
視界が歪んで泣きそうになるのを必死でこらえながら私は気持ちを吐き出した。
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