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占い師
しおりを挟む友人のすすめで、ある占い師の元を訪れることになった。
最近の僕は、人事異動に納得できず仕事を辞め、付き合っていた恋人には振られ、仲良くやっていた飼い猫は死に、道を歩いていれば毎日必ずどこかで犬の糞を踏むといった有り様だった。これはもう、占い師に見てもらうほかないではないか。
✳︎
その一室ではクラフトワークのような音楽が流れていて、想像していたのとはちょっと違う、異様な雰囲気の空間だった。占い師はというと百歳だと言われても納得するほかないような、まるで年季の入った干し大根のような老婆だった。
「その両手を見せてご覧なさいや」と恐ろしく嗄れた声でその老婆は言った。
「こうですか?」
「これは…! あんた手相が真っ直ぐじゃな、両手とも。覇王線じゃ。覇王線が出ておる」
「はおうせん…? それはなんですか?」
「天下取りの相じゃぁ…!」
「はあ、天下取りの…」
占い師が言うには僕には天下取りの相が出ているらしい。どういった分野にせよ自分が天下を取るような人物とも思えなかったし、そもそも天下を取る人間が犬の糞を毎日踏むのかという点も疑問だったが、そういった相が出ていることはその老婆いわくどうやら事実のようだった。
そうしたやりとりのあと、彼女は僕の両手を自分の皺だらけの手で包みながら、目を瞑って言葉を続けた。
「あんたこのところ毎日、よくないものを踏んでるね?」
「え? よくわかりましたね。このところ毎日、犬の糞を踏んでしまうんですよ」と僕は言った。
「あんた猫は好きかい? そして、犬の糞は踏みたくはないんさね?」
「そりゃあもちろん犬の糞なんか踏みたくないですよ。それに犬は苦手なんです。でも猫は好きです。つい最近、飼っていた愛猫が死んだんです。もしかしてそれを読み取ってらしたんですか?」
老婆はそれには取り合わず話を続けた。
「そうかい。あんた、少しばかりだがいい相が出てる。近々、猫に縁があるよ。運気の上がる兆候として、手始めに猫に縁があるだろう。しばらくはそれが続くよ」
僕は今ひとつ納得できないまま、その占いの館を後にした。料金は一万円だった。
✳︎
翌朝、無職の僕は朝の散歩中に、またしても糞を踏んだ。しかしよく見るとそれはいつもの犬の糞ではなく、おそらく野良猫の糞だった。糞の踏みつけなかった部分を見る限り、それは犬よりもずっと小さい猫の糞に見えた。死んだ愛猫のそれと瓜二つだ。共に暮らした彼のことを思い出す。僕は確実に、少しずつだが毎日、彼の死んだ日から遠ざかってゆく。その記憶は薄らぐけれど、決して忘れはしない。共に暮らしたあの日々を。
あんた、少しばかりだがいい相が出てる。近々、猫に縁があるよ。運気の上がる兆候として、手始めに猫に縁があるだろう。しばらくはそれが続くよ。
もしかしたら僕は、しばらくは犬の糞ではなく猫の糞を踏むのかも知れない…。
天下取りの相か、と、僕は思う。まあ、犬の糞を踏むよりは猫の糞を踏むほうが幾分ましだ。そう、きっと僕は少しずついい方向へと向かっている。もちろん、自分がいつか何かの分野で、天下を取れるとは思えないけれど。
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