ゲルマニウムについての考察

相原伊織

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ゲルマニウムについての考察

       ④

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 部屋には我々2人のほかに人はいなかった。そして5つある部屋の中で一番温度が高い。
「ゲルマニウムの部屋は100度以上あるぜ」
山岸くんが言った。もちろん、真偽のほどはわからない…。我々は先程と同じように、ござの上にタオルを敷いて仰向けになった。部屋のどこかに埋め込まれたスピーカーから、人工の小川のせせらぎと人工の小鳥のさえずりがオートリピートで流れていた。
 会話はなかった。汗だけが、まるで微小なむしのように僕たちの皮膚から次々と湧き出ている。全てが人工的に造られた空間の中で、その汗だけが不気味なほどのリアリティを帯びてそこにあった。目を閉じると、肉体の内側から湧いてくる蟲たちのうごめきをグロテスクなほど生々しく感じることができた。音さえもが今にも聞こえてきそうだ。
「おまえはこれからどうする?」
急に山岸くんが口を開いた。その声が空間に我々2人の存在を取り戻させた気がした。蟲どものはらんでいたリアリティが一気に削ぎ落とされたのを感じて、妙に安心したのを憶えている。
「山岸くん…。俺、小説を書いてみようと思うんだ。どう思う?」
「書けばいいさ。なにを書く?」
「わからないけど…物語さ」
「物語か…」
「うん」
 しばしの沈黙があった。我々の会話の間隙かんげきに再び蟲たちのうごめく音が潜り込むあたりで、山岸くんが口を開いた。
「おまえはさ、その物語ってやつを、何のために書く? 理解されるためか?」
僕は黙った。? 答えは見当たらなかった。でも、小説を書きたいという言葉はただ口をついて出ただけのものではなかった。僕に返答する意思がないことを汲み取った上で、彼は注意深く言葉を選ぶようにして話を続けた。
「なあアイハラ…。俺には小説ってもんが何たるかは正直全然わからない。そもそも俺はほとんど本読まないしな。だけどこれだけは言える。物語っていうのは…それがストーリーを含んだ音楽だろうが絵だろうがなんであれ、。理解なんてもんはつまるところ、誤解の蓄積にすぎないと思うんだ。でも誤解はマチガイではない。俺の言ってることわかるか?」
わかると思う、と僕は言った。
「理解なんてないんだよ、アイハラ。俺たちはみんな、理解という言葉を履き違えてるんだ。致命的に意味を取り違えてる。どっかの危ない宗教とおんなじだよ。俺たちはみんなそうやって大事なもんを失くしていくんだ。誤解とか偏見とか、そういうものの積み重ねが理解なんだ。正解じゃないよ、理解だ。だからほんとうの意味で正しいものの見方なんてどこにもない。物語が正解を求めたら、それは物語ですらなくなってしまう。。詩乃ちゃんや美和子と同じように、ただそこに在る」
山岸くんはそこで言葉を切って、熱くなったペットボトルの水を少し口に含んだ。そして、沈黙…。蟲のうごめきはもう聞こえてこなかった。
「少ししゃべりすぎたな。もう出ろよ」
彼は顔をしかめながらゆっくりとした口調でそう言った。確かに僕の身体の渇きは耐えがたいものになっていた。
「そうするよ。山岸くんは?」
「俺はあと10分いる」
「ずるいな。だって俺がミイラになっても運び出してくれないだろう?」
「ミイラ? 何の話だ?」
「いや、なんでもないよ。まあ無理すんな」
「…おう」

 僕が立ち上がると、彼はまたひとり瞑想の世界に沈み込んでいった。。僕はそう思った。もちろん、根拠なんてない。ついでに言えば、正解もない。

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