あるクリスマスの風景

相原伊織

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       Ⅱ

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 チャーリーが一人で作った卵料理は確かに美味かった。「今まで気がつかなかったけれど」硬くなったバゲットをコーヒーで飲み込みながらヘルターが言った。「君はいつでも立派なお嫁さんになれるよ」
可愛らしく顔を赤らめてチャーリーは照れた。
「そんな。わたしまだ十になったばかりよ、早いわ。でも…ありがとう。それに、あなた以外に男の子の知り合いだっていないし、わたしには………」
「今のところは?」
チャーリーは笑った。
「そうね、今のところは。かな」
食事を終えたあと二人はキッチンに並んで(チャーリーはヘルターに作って貰い愛用しているもみの木の踏み台に乗っかって)、クリスマスソングを唄いながら食器を洗った。そしてキッチンの窓から、十一月も終わりに差しかかった朝の、透きとおるような冷たい空気を陽光があたためる風景を眺めた。


 チャーリーはみなしごではなかった。彼女の両親はケンブリッジに住んでおり、四年程前までは年の離れた姉と共に四人で暮らしていた。彼女の母親は気が強く口の汚い女で、家庭内では何から何まで自分の思い通りにならなければ癇癪かんしゃくをおこし、そのくせひとたび世間に出ると良妻賢母りょうさいけんぼを演じたがるといったタイプの母親だった。サンタクロースの持っているような大きな袋一杯に近所にいい顔を振りいて、代わりに袋一杯たっぷりと鬱憤うっぷんを詰め込んで持ち帰ると、女はそれを夫や子供に余すことなく全部ぶちまけた。
 チャーリーが六才になった頃、仲の良かった姉がニューヨークの上流階級の男のもとにとついでしまうと状況はずっと悪いものになったーーー母親のはけ口が都合一人分減ったのだ。チャーリーの父親は口数の少ない物静かな男で、なおかつ口数の少ない物静かな男だった。チャーリーが例の悪魔のようなサンタクロースに、例のおぞましいプレゼント袋の中身を頭上から浴びせかけられている最中さなかにも、絶対にひと言も口をきかなかったーーー。けれどもチャーリーは、母親にどれだけ口汚くののしられても、その連鎖的鬱憤のようなものを他人にぶつけたりはただの一度もしなかった。彼女にとって一番つらかったのは、母親があの物静かな男をはけ口にしている光景を目の当たりにすることだった。チャーリーよりずっと気の強かった姉がいなくなってしまうと、父親をかばおうとしてうける傷はずっと大きなものとなった………やがて母親のはけ口はおとなしくて絵を描くのが好きな、わずか六才の少女一人へと移り、しだいに暴力をも振るうようになっていった。学校へも行かせて貰えなかったが、父親はやはり何も言わなかった。それが彼女を酷く傷つけた。
 落ち込んだときチャーリーはよく、父親に買って貰ったペンとグリーンのインクでひとり絵を描いて過ごした。自分なりにデフォルメした猫の絵や、サンタクロースや、紅茶の入ったカップの絵…。カップの絵はいつも四つで一揃いだった。それが、だんだん三つになり、二つになり、そして一つになった。七才の誕生日を迎えた次の日の朝、家族が起きだす前に彼女はそっと家を出た。
 かつてチャーリーはヘルターとは違うかたちで孤独だった。ヘルターとは違う理由で、一人ぼっちになった。
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