あるクリスマスの風景

相原伊織

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       Ⅲ

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 食器を片付けたあと、二人は近くの森に暖を取るための薪を拾いに出かけた。森の樹木たちは皆一様みないちようわずらわしい枯葉を地面に振るい落とし、久しぶりの日光浴をたのしんでいるように見えた。
「今年は雪が降り出す前に冬支度ができるわね」一面に敷き詰められた落ち葉に目移りしながら、チャーリーが言った。ヘルターに気づかれないようにこっそりと、彼のために押し葉にする形のいい一枚を探していたのだ。
「そうだね。去年はのんびりしすぎて、あっという間に積もってしまったものな。雪が降り出してから薪を拾いに来るほど情けないこともないよ」落ち葉に夢中のチャーリーの声はそのせいで幾分抑揚よくようを欠いていたが、ヘルターはまるで気づかずに言葉を返した。「それにしても、素晴らしい天気だね」
 十一月の森は素敵だった。空はどこまでも高くあおく、足元では色とりどりの落ち葉がかさこそと小気味よい音を立てた。肌をつきさすような冷え込みや、葉をあらかた地面に落としきった木々が並ぶ寒々しい風景でさえ、ここでは親密に感じられる。あたりに漂う湿った落ち葉の匂いに、遠くから微風に乗って吹かれくる焚き火の匂いが重なり合った。彼らはその空気を胸に深く吸い込み、白い息にえて森へ返した。こたえるように、どこかで小鳥のさえずりが聞こえる。森は、彼らを受け入れていた。…とても静かだ。小鳥の囀りのほかに、森と彼らの親密な静寂を破る音は存在しなかった。
 透きとおるような冷たい空気と、葉を落とした木々……やわらかな土のうえに横たわるのは、陽だまりの中で束の間の死に身をゆだねる色とりどりの落ち葉たちだーーー十一月の森では何もかもが渾然一体こんぜんいったいとなって、秋の終わりと冬の到来を告げている。


 二人が初めて出逢ったのはこの森の中だった。チャーリーは家を出たあと、行くあてもなくチャールズ川を渡りこの森に迷い込んだ。川さえ越えてしまえば、もう家族に追われることもないだろうと考えたのだ。そして薪を集めるために一人森を歩き回っていたこの老人に逢い、彼の家に転がり込むことになる。彼女はこの老人を一目見たとき、自分がこれまでに会ったことのあるどの大人とも違うなにかを感じた。道すがら親切にしてくれた大人たちとも、もう会うこともないであろう自分の両親とも…。彼の背骨は幾分前方に曲がり始め、髪は白くちぢれ、肌はカサカサとしていて張りがなかった。彼の身体は決してあらがうことのできない宿命的な老いのかげみ込まれつつあった。しかし少女は、老人のその瞳だけはとても綺麗だと思った。その一対いっついの瞳の奥に、彼女は二つの異なる輝きを見た。一つは、誰しもが宿している、生命に対する執着のようなものの輝きーーーこのほのおは老人のから今にも消えいりそうなほど弱々しく揺らめいているーーー、そしてもうひとつ、誰もが大人になる過程で失くしてしまうはずの、ある種のイノセンスをはらんだ無二の輝きだった。そのもうひとつの輝きこそがどの大人とも違う印象を与え、少女の心を強く惹きつけて離さなかった。
 老人のほうはまず、この六つか七つになったばかりであろう少女がたった一人でチャールズ川の対岸からやってきたことに驚き、次いでこの少女の言葉づかいがその年の子とは思えぬほど綺麗なことに驚き、そしてやはり、少女の容貌の美しさにも驚いた。しかしそれ以上に彼もまた、少女が彼に対していだいたのと同じような…少女が放つある種の輝きに強く心を惹きつけられた。
 彼ら(彼女ら)が互いの内に見出みいだし惹きつけ合った輝きは、それぞれがもともと持ちあわせていた輝きではなく、二人が出逢った瞬間に初めて、互いの内に生まれた輝きであったーーーそれは何の混じりけもないそのものだったーーー。純粋な意味での好意………それを定義することはひどく難しい。しかしそれは(他のあらゆる感情を含んだ大抵の好意に比べ、圧倒的に少ないにしても)確実に存在するものだし、ある出逢いと共に何の留保もなしに突然生まれくるものなのだ。もしその好意があなたと誰かとの間に生まれることがあれば、きっと理解していただけるに違いないーーーその好意は余地というものを与えない。何故なにゆえの好意なのかも、あるいは好意と呼ぶべき感情なのかもわからぬまま、それはあなたを()巻き込んで、何処か想像もつかない場所へと運び去ってしまうだろうーーー。彼らの場合、その漲流ちょうりゅうによって運ばれた先は友達という名の穏やかなまりだった。


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