あるクリスマスの風景

相原伊織

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       Ⅳ

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 二人はかじかむ手を白い息で温めながら、適当な木切れを集めながら、歩いた。
「チャーリー、今年のツリーの飾り付けはどうしようね?」
チャーリーは落ち葉から顔を上げ、ヘルターの言葉に目を輝かせた。
「そうね! ヘルター! わたし、このときのためにチョコレートの銀紙をとってあるの! ずいぶん貯まったのよ! なにか厚紙か木の板で形をくり抜くでしょ? それに銀紙を貼り付けるの。きらきらして素敵なオーナメントができるわ! すっごく楽しみ!」
チャーリーは小躍こおどりしてヘルターの腕をつかんだ。ヘルターは満面の笑みを浮かべながら跳ね回るチャーリーを見て、まだほんの子どもなんだなと改めて思うと同時に、ちょっと不思議な気持ちになった。三年前、突然目の前に現れた見ず知らずの少女に、ごく自然に心を許してきた自分…だいたいこの子と私と、どれだけ年が離れているというのだ? 孫娘と言っても通用するくらいだ。なのに、これだけ年が離れているにもかかわらず、それまでに知り合った誰よりも私の心を解きほぐしてくれる…私はそれが幸せだが、この子はどうだろう? 満面の笑顔を見せることができる相手は、この子には目の前のこの老いぼれただ一人しかいないのだ…! これまでずっと考えまいとやり過ごしてきた想いが、不吉な鳥のように彼の脳裏をよぎる…。
「そいつは楽しみだ。なあチャーリー、そろそろ帰ろうか」ヘルターは優しく微笑み返して少女の手を取った。
 …私たちはこれからもずっと、友達でいられるだろうか?


 十二月に入ると、いつもは閑静かんせいな通りであるスローカム・ロードもクリスマスに向けて活気を帯び始める。多くの小ぎれいな二階建て住宅はその外壁や玄関のシェードにきらびやかな電飾をまとい、子どもたちは大声をあげながら雪のうえを転げ回った。
 ヘルターの住む平屋は周りに比べてただでさえみすぼらしいものだったが、近隣の家々いえいえに例の電飾がともされるたびに余計に陰気くさく薄汚れて見えた。ヘルターもチャーリーも金にはまるで縁のない生活を送っていたので、家をきらびやかに飾る電球を買うことなんてとてもできなかった。ただ、二人のそのみすぼらしいも、なんのもないというわけではない。彼らのささやかな敷地の中には、スローカム・ロードで一番立派な、形の整った美しい樅の木があった。それを飾り付けることこそが彼らの誇りであり、クリスマスの大きな楽しみの一つだった。チャーリーがくるまでは老人が一人で(それも、錆び付いた鈴やら古びたクリスマス用のモールやら、貧乏くさいくず綿わたまで用いて)黙々と飾り付けをしていたものだから、近所に住む人々のこれ以上ない嘲笑ちょうしょうの的であった。子どもたちには「あの家に近づいてはいけませんよ」と言い聞かせ、親同士ではやれ宝の持ち腐れだの貧乏人だのと口々に言い合った。ヘルターとしては自分なりに精一杯、楽しくクリスマスを祝いたかっただけなのだが。
 ところが、この貧乏な老人のもとにチャーリーがやってくると、彼をさげすんでいた人々との関係が少しずつ変わり始めた。最初のうち住人たちは、孤独で変わり者の老人がある日突然美しい少女を連れて歩いているところを目撃して(しかも、一緒に暮らしているらしいことを知って)からぬ噂さえ立てたが、二人の仲睦なかむつまじいやりとりを見ているうちに親類か何かなのだろうと思うようになり、いやしい噂もぱたりとんだ。そして、チャーリーがあのまばゆいばかりの笑顔で無邪気に挨拶をするものだから、人々も彼女に対して(そして親類か何かと思われる連れの老人に対してさえ)好感を持たずにはいられなかった。チャーリーは、彼女自身がある人物に対して好感を持とうが持たまいがそれに関係なく、相手に対しては少なからぬ好感を与えてしまう能力の持ち主だった。
 例のツリーの飾り付けも、以前とは見違えるようなものに変わった。チャーリーはクリスマスの飾り付けに関して異様なまでに強いこだわりを持っていて、そのこだわりはヘルターのあまりにもお粗末なトリミングを許さなかった。チャーリーがやってきて初めての十二月のことだ。まず彼女は、錆び付いて色の変わってしまった鈴を(ご近所から塗料を借りてまで)塗り直し、くたびれきったクリスマス用のモールは処分した。そしておもむろに取り出したスケッチブックに見事な天使をえがき出し、それを切り抜いて、羽のところにくず綿を貼り付けた。
「これは天気のいい日にだけ飾りましょう。雪がかかると、べちゃべちゃになってしまうから」
チャーリーとしては、ヘルターが苦し紛れに雪に見立てたそのくず綿は、できれば飾りとして使いたくはなかった。それは手際よく作業をすすめるチャーリーを不安げに見つめる友人を傷つけまいと、彼女が見せた純粋な優しさだった。「それにしても、ヘルター? この綿、雪のつもりだったんでしょう? 雪ならクリスマスまでには、ちゃんと空から降ってくるじゃない。へんなの」
「…ん……それもそうだね! 気がつかなかったよ」ヘルターはチャーリーの優しさに救われたように、少年みたいにはにかんだ。「チャーリー、ありがとう。でも、鼻にペンキが付いてるよ」
二人は笑い合いながら、自分たちにできる精一杯の飾り付けでクリスマスを祝った。彼らのクリスマスツリーは、輝く電球もなければ精巧な作りのオーナメントもない、どちらかといえば質素でつつましいものだったが、近所の人たちの間で評判になった。一つひとつ丁寧に手作りされた様々なオリジナルの飾りと、お金をかけられなくても工夫を凝らして楽しくクリスマスを祝おうとする少女と老人を、人々は誉めてくれた。そして、ヘルターの樅の木を宝の持ち腐れだと揶揄やゆする人間は、もう誰もいなくなった。

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