あるクリスマスの風景

相原伊織

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       Ⅸ

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 イヴの夜、膝のうえに猫を抱えて暖炉の前に座り、ヘルターはあの日をーーーボストンにこの冬初めての雪が降ったあの日をーーー思い出していた。クリスマスの準備のための「ちょっと野暮用」と言って、朝早く家を出たあの日…。考えてみればあの日に全てが決まったんだ、とヘルターは思った。そして今では、私にはヘルターという名前さえ残されてはいない。もう、その呼び名で私を呼ぶ人はいないからな…。あの日、チャーリーは退屈して過ごしてはいなかっただろうか? いや、そういえばあのとき、家に着いたとき、チャーリーはなにかを隠してはいなかっただろうか? 単なる思い過ごしかもしれないが、後ろ手になにかを…
 ヘルターが勢いよく立ち上がったのでニコライは彼の膝から払いのけられ、ひどく腹を立てた様子でがなり立てた。ヘルターは夢中になって本棚をあさり、そのうちの一冊を手に取りページをった。ディッケンズの『クリスマス・キャロル』だった。すると、そのさして分厚くはない本の最後のほうのページーーースクルージ老人が通りをぶらついていた少年に、大きな七面鳥を買ってこさせるシーンだーーーに、なにかが挟まっている。

「今日は何の日だい? 素敵な坊や」
スクルージが言った。
「何の日って… 今日はクリスマスじゃありませんか」

ヘルターの目に涙が溢れ出てきた。そこに挟まっていたものは、金色の絵の具と見覚えのある深い赤色のインクで綺麗に飾られた、大きな押し葉だった。そして、真ん中には見慣れた文字でこうあるーーー


   親愛なるヘルター、メリー・クリスマス!


ーーー彼には溢れ出る涙を止めることができず、ついには声をあげて泣き出してしまった。ニコライ三世はそんな友人を心配して(先ほどの自分に対する非礼は水に流し)、ヘルターの足元にそっと擦り寄ってやった。外では真っ白い雪が、くず綿のようにゆっくりと静かに降り積もってゆく。ヘルターは窓の外のそんな風景を眺めながら、自分には名前があること…、この名前は雪が音もなくどれだけ深く降り積もろうとも、決して埋もれはしないのだと、そう思った。

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