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幕間 "かわいい"
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ルーチェに贈る指輪の件を、カイネとイリアに話した後。
ダリウスはひとつ気になっていたことを口にした。
「……可愛い、とは……どういう意味だ……?」
その声音は、辺境伯とも思えぬほど途方に暮れていた。
「……何か、お悩みですか、旦那様」
ダリウスは唇をむすび、言いにくそうに目をそらしたが、やがて観念したように小さく告げた。
「ルーチェ嬢に……その、「可愛い」と言われた」
二人の眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「……旦那様が?」
「確認した。そうだと言われた。……二回、言われた」
きっぱりと真面目な調子だった。彼女がからかいの冗談を口にするようにも思えない。
「……何かの比喩表現の可能性は?」
「えーと、文脈の取り違えとか……?」
疑うようにカイネが訊き、イリアも腕を組んで唸る。
だがダリウスは真剣そのものの表情で言い切った。
「いや。はっきり言われた。『可愛い』と」
「……独特な感覚ですねぇ」
「俺は、可愛いのか?」
辺境で魔獣を討つ猛者の真顔でその言葉を発するさまに、二人は同時に固まった。
ダリウス・ヴァルト辺境伯は若くして爵位を継ぎ。
苦労に苦労を重ねた切れ長の蒼い瞳は冬の氷のように鋭く。
魔獣と戦い慣れた身体は筋骨逞しく、北方生まれらしく上背もある。
灰色の髪は短く切られ、鋭い眼差しは射抜くようだ。
服装はみすぼらしいと言われているが、どんなに古びた衣装でも、均整の取れた壮健な体躯は隠せない。
同時に彼が凄まじい戦闘力と領地運営の手腕を有していることを、イリアとカイネは知っている。
武芸の鍛錬を怠らず、騎士たちをまとめあげる胆力もある。
誰にも弱みを見せない、それこそが弱みと言えるかもしれないとすら思う、自分たちの尊敬する主君。
そして今、「俺は可愛いのか」と真剣に尋ねてきた。
「……」
「……」
笑ってはいけない。
絶対に笑ってはいけない。
主君がこんな真剣に悩んでいるのだ。
だが、耐えられるはずもなかった。
「おい、イリア。カイネ」
「……」
「……」
「……わかった。俺が相当おかしなことを言ったのは理解した。だから笑うな……!」
大きく溜め息をついたダリウスに、イリアはそっと目尻の涙を拭い、カイネは肩を震わせながら言葉を絞り出す。
「い、いえ……ええと……旦那様は……その……普段との落差が、大変……確かに、たまにお見せになる隙が、刺さるんでしょうね。刺さる方には」
ひぃひぃ言いながら説明をつけるカイネに、ダリウスは瞬きし、かすかに赤くなった耳を隠すように背を向けた。
「……理解できない……」
「良かったじゃないですか。ルーチェ様に刺さったなら」
「……」
主君を見守りながら、二人はそっと肩をすくめた。
ダリウスはひとつ気になっていたことを口にした。
「……可愛い、とは……どういう意味だ……?」
その声音は、辺境伯とも思えぬほど途方に暮れていた。
「……何か、お悩みですか、旦那様」
ダリウスは唇をむすび、言いにくそうに目をそらしたが、やがて観念したように小さく告げた。
「ルーチェ嬢に……その、「可愛い」と言われた」
二人の眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「……旦那様が?」
「確認した。そうだと言われた。……二回、言われた」
きっぱりと真面目な調子だった。彼女がからかいの冗談を口にするようにも思えない。
「……何かの比喩表現の可能性は?」
「えーと、文脈の取り違えとか……?」
疑うようにカイネが訊き、イリアも腕を組んで唸る。
だがダリウスは真剣そのものの表情で言い切った。
「いや。はっきり言われた。『可愛い』と」
「……独特な感覚ですねぇ」
「俺は、可愛いのか?」
辺境で魔獣を討つ猛者の真顔でその言葉を発するさまに、二人は同時に固まった。
ダリウス・ヴァルト辺境伯は若くして爵位を継ぎ。
苦労に苦労を重ねた切れ長の蒼い瞳は冬の氷のように鋭く。
魔獣と戦い慣れた身体は筋骨逞しく、北方生まれらしく上背もある。
灰色の髪は短く切られ、鋭い眼差しは射抜くようだ。
服装はみすぼらしいと言われているが、どんなに古びた衣装でも、均整の取れた壮健な体躯は隠せない。
同時に彼が凄まじい戦闘力と領地運営の手腕を有していることを、イリアとカイネは知っている。
武芸の鍛錬を怠らず、騎士たちをまとめあげる胆力もある。
誰にも弱みを見せない、それこそが弱みと言えるかもしれないとすら思う、自分たちの尊敬する主君。
そして今、「俺は可愛いのか」と真剣に尋ねてきた。
「……」
「……」
笑ってはいけない。
絶対に笑ってはいけない。
主君がこんな真剣に悩んでいるのだ。
だが、耐えられるはずもなかった。
「おい、イリア。カイネ」
「……」
「……」
「……わかった。俺が相当おかしなことを言ったのは理解した。だから笑うな……!」
大きく溜め息をついたダリウスに、イリアはそっと目尻の涙を拭い、カイネは肩を震わせながら言葉を絞り出す。
「い、いえ……ええと……旦那様は……その……普段との落差が、大変……確かに、たまにお見せになる隙が、刺さるんでしょうね。刺さる方には」
ひぃひぃ言いながら説明をつけるカイネに、ダリウスは瞬きし、かすかに赤くなった耳を隠すように背を向けた。
「……理解できない……」
「良かったじゃないですか。ルーチェ様に刺さったなら」
「……」
主君を見守りながら、二人はそっと肩をすくめた。
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