14 / 106
埋もれた祈りを秘める雪の章
幕間 "かわいい"
ルーチェに贈る指輪の件を、カイネとイリアに話した後。
ダリウスはひとつ気になっていたことを口にした。
「……可愛い、とは……どういう意味だ……?」
その声音は、辺境伯とも思えぬほど途方に暮れていた。
「……何か、お悩みですか、旦那様」
ダリウスは唇をむすび、言いにくそうに目をそらしたが、やがて観念したように小さく告げた。
「ルーチェ嬢に……その、「可愛い」と言われた」
二人の眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「……旦那様が?」
「確認した。そうだと言われた。……二回、言われた」
きっぱりと真面目な調子だった。彼女がからかいの冗談を口にするようにも思えない。
「……なんらかの比喩表現の可能性は?」
「えーと、何かの取り違えとか……?」
疑うようにカイネが訊き、イリアも腕を組んで唸る。
だがダリウスは真剣そのものの表情で言い切った。
「いや。はっきり言われた。「可愛い」と」
「……独特な感覚ですねぇ」
「俺は、可愛いのか?」
辺境で魔獣を討つ猛者の真顔でその言葉を発するさまに、二人は同時に固まった。
ダリウス・ヴァルト辺境伯は若くして爵位を継ぎ。
苦労に苦労を重ねた切れ長の蒼い瞳は冬の氷のように鋭く。
魔獣と戦い慣れた身体は筋骨逞しく、北方生まれらしく上背もある。
灰色の髪は短く切られ、鋭い眼差しは射抜くようだ。
服装はみすぼらしいと言われているが、どんなに古びた衣装でも、均整の取れた壮健な体躯は隠せない。
同時に彼が凄まじい戦闘力と領地運営の手腕を有していることを、イリアとカイネは知っている。
武芸の鍛錬を怠らず、騎士たちをまとめあげる胆力もある。
誰にも弱みを見せない、それこそが弱みと言えるかもしれないとすら思う、自分たちの尊敬する主君。
そして今、「俺は可愛いのか」と真剣に尋ねてきた。
「……」
「……」
笑ってはいけない。
絶対に笑ってはいけない。
主君がこんな真剣に悩んでいるのだ。
だが、耐えられるはずもなかった。
「おい、イリア。カイネ」
「……」
「……」
「……わかった。俺が相当おかしなことを言ったのは理解した。だから笑うな……!」
大きく溜め息をついたダリウスに、イリアはそっと目尻の涙を拭い、カイネは肩を震わせながら言葉を絞り出す。
「い、いえ……ええと……旦那様は……その……普段との落差が、大変……確かに、たまにお見せになる隙が、刺さるんでしょうね。刺さる方には」
ひぃひぃ言いながら説明をつけるカイネに、ダリウスは瞬きし、かすかに赤くなった耳を隠すように背を向けた。
「……理解できない……」
「良かったじゃないですか。ルーチェ様に刺さったなら」
「……」
主君を見守りながら、二人はそっと肩をすくめた。
ダリウスはひとつ気になっていたことを口にした。
「……可愛い、とは……どういう意味だ……?」
その声音は、辺境伯とも思えぬほど途方に暮れていた。
「……何か、お悩みですか、旦那様」
ダリウスは唇をむすび、言いにくそうに目をそらしたが、やがて観念したように小さく告げた。
「ルーチェ嬢に……その、「可愛い」と言われた」
二人の眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「……旦那様が?」
「確認した。そうだと言われた。……二回、言われた」
きっぱりと真面目な調子だった。彼女がからかいの冗談を口にするようにも思えない。
「……なんらかの比喩表現の可能性は?」
「えーと、何かの取り違えとか……?」
疑うようにカイネが訊き、イリアも腕を組んで唸る。
だがダリウスは真剣そのものの表情で言い切った。
「いや。はっきり言われた。「可愛い」と」
「……独特な感覚ですねぇ」
「俺は、可愛いのか?」
辺境で魔獣を討つ猛者の真顔でその言葉を発するさまに、二人は同時に固まった。
ダリウス・ヴァルト辺境伯は若くして爵位を継ぎ。
苦労に苦労を重ねた切れ長の蒼い瞳は冬の氷のように鋭く。
魔獣と戦い慣れた身体は筋骨逞しく、北方生まれらしく上背もある。
灰色の髪は短く切られ、鋭い眼差しは射抜くようだ。
服装はみすぼらしいと言われているが、どんなに古びた衣装でも、均整の取れた壮健な体躯は隠せない。
同時に彼が凄まじい戦闘力と領地運営の手腕を有していることを、イリアとカイネは知っている。
武芸の鍛錬を怠らず、騎士たちをまとめあげる胆力もある。
誰にも弱みを見せない、それこそが弱みと言えるかもしれないとすら思う、自分たちの尊敬する主君。
そして今、「俺は可愛いのか」と真剣に尋ねてきた。
「……」
「……」
笑ってはいけない。
絶対に笑ってはいけない。
主君がこんな真剣に悩んでいるのだ。
だが、耐えられるはずもなかった。
「おい、イリア。カイネ」
「……」
「……」
「……わかった。俺が相当おかしなことを言ったのは理解した。だから笑うな……!」
大きく溜め息をついたダリウスに、イリアはそっと目尻の涙を拭い、カイネは肩を震わせながら言葉を絞り出す。
「い、いえ……ええと……旦那様は……その……普段との落差が、大変……確かに、たまにお見せになる隙が、刺さるんでしょうね。刺さる方には」
ひぃひぃ言いながら説明をつけるカイネに、ダリウスは瞬きし、かすかに赤くなった耳を隠すように背を向けた。
「……理解できない……」
「良かったじゃないですか。ルーチェ様に刺さったなら」
「……」
主君を見守りながら、二人はそっと肩をすくめた。
あなたにおすすめの小説
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ
葵 すみれ
恋愛
没落貴族の令嬢パメラは、売られるように元傭兵の成り上がり領主に嫁がされる。
──けれどそれは、たったひとつ残された自分自身を賭けた、最後の勝負でもあった。
冷たく迎えられた屋敷、素性を隠す夫。
けれど、微笑みの仮面の下で牙を研ぐパメラもまた、彼を利用する覚悟を秘めていた。
ただの偽りの夫婦──そう思っていたはずなのに。
重ねた誓いの先で、ふたりの心はひとつになる。
そして、交わした誓いはただひとつ。
「奪われたすべてを、取り戻す」
これは、仮面を被った令嬢と傭兵領主が、愛を知り、復讐に挑む物語。
(他サイトにも掲載しています)
ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
犬上義彦
恋愛
『御更木蒼也(みさらぎそうや)』
三十歳:身長百八十五センチ
御更木グループの御曹司
創薬ベンチャー「ミサラギメディカル」CEO(最高経営責任者)
祖母がスイス人のクオーター
祖父:御更木幸之助:御更木グループの統括者九十歳
『赤倉悠輝(あかくらゆうき)』
三十歳:身長百七十五センチ。
料理動画「即興バズレシピ」の配信者
御更木蒼也の幼なじみで何かと頼りになる良き相棒だが……
『咲山翠(さきやまみどり)』
二十七歳:身長百六十センチ。
蒼也の許嫁
父:咲山優一郎:国立理化学大学薬学部教授
『須垣陸(すがきりく)』
三十四歳:百億円の資金を動かすネット投資家
**************************
幼稚園教諭の咲山翠は
御更木グループの御曹司と
幼い頃に知り合い、
彼の祖父に気に入られて許嫁となる
だが、大人になった彼は
ベンチャー企業の経営で忙しく
すれ違いが続いていた
ある日、蒼也が迎えに来て、
余命宣告された祖父のために
すぐに偽装結婚をしてくれと頼まれる
お世話になったおじいさまのためにと了承して
形式的に夫婦になっただけなのに
なぜか蒼也の愛は深く甘くなる一方で
ところが、蒼也の会社が株取引のトラブルに巻き込まれ、
絶体絶命のピンチに
みたいなお話しです
王弟が愛した娘 —音に響く運命—
Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、
ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。
互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。
だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、
知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。
人の生まれは変えられない。
それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。
セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも――
キャラ設定・世界観などはこちら
↓
https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中