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光と影が交差する芽吹きの章
幕間 不機嫌
舞踏会の夜が終わっても、リリアーナの胸の内は晴れなかった。
――なんで。どうして。
思い返すたび、同じ言葉がぐるぐると巡る。
自分が注目されるはずだった。
今夜の称賛も、視線も、羨望も、本来はすべて自分のものだったはずなのに。
辺境伯夫人などという、取るに足らない存在。
厄災の烙印を持つ姉。
そう教えられてきた。そう扱われてきた。
リリアーナに見つめられると思わず微笑む人も、ルーチェを見ると瞳の奥の烙印に気づいて青くなる。気分が悪そうにふらついてどこかへ逃げ出す。
だから当然、舞踏会でも人々は距離を取り、ひそひそと噂し、自分の無垢で可憐な言葉に耳を傾ける――はずだった。
どうして、あんなことになるの。
舞踏会から戻った後も、リリアーナの胸の内は、ぐちゃぐちゃとした不満で満たされていた。
枕を投げ、人形を倒し――それから、鏡の前に立ち、金色の髪を眺めながら、唇を尖らせる。
サイラス殿下の前では、平静を保ってみせたけれど……悔しくてたまらない。
――ほら、こんなに可愛いのに。
――本当なら、注目されるのはわたくしだったはずでしょう。
公爵家の愛娘。
第二王子の婚約者。
次期王妃候補。
神殿からも持ち上げられ、周囲は誰もが道を譲る。
誰に話しかけても、どの席についても、注目を浴びて可愛がられる。
それなのに。
思い出すのは、会場に入場した瞬間の空気だった。
ざわめき。視線。驚き。
すべてが――姉のルーチェの方へ向けられていた。
厄災の烙印を持つ女。
青白くてじめじめして、いかにも自信がなさそうに俯いて、床ばかり見ていた姉。
父に使い捨てられ辺境に追いやられて、慰み者にされていると噂されていたのに。
なのに。
煌めくドレスに身を包み、背筋を伸ばして歩くルーチェの姿は、皆の目を奪ってしまった。
お古だと聞いていたドレスもアクセサリーも、目新しくて綺麗にされていた。
それに、滅多に人を褒めない老貴族たちから、あれは何時代のアンティークだの、あれは失われた古式の技術だの、噂されて。
そして、その隣。
――ダリウス・ヴァルト。
背が高く、堂々として、視線の運び一つに隙がない。
舞踏会の場に慣れていないはずなのに、誰よりも落ち着いていて、無駄がなくて。
無愛想で、辺境育ちで、粗野な男だと聞いていたのに。
実際は、王の前でも一歩も引かず、神官の言葉にも動じず、妻の肩を迷いなく抱いていた。
……ずるい。
リリアーナは、知らず歯を噛みしめていた。
自分の周囲には、いつもより人が少なかった。
誰もが、無意識に、あちらへ視線を流していた。
もとよりリリアーナに対して距離を置いている兄のリヒトは、リリアーナに挨拶もせずルーチェを選んだ。
リヒトが舞踏会に姿を現すことも珍しく、ましてや誰かと踊る姿など、見たことがない。
第二王子サイラスも、魔晶石と関わっていると見るやいなや、ルーチェに興味を向けた。
(あんな、不意打ちみたいに皆の注目をさらって)
(……サイラス殿下まで、お姉様に奪われるところだったわ)
公爵エドムンドも、珍しく苛立ちを隠そうともせず、先程見た時は書類を机に叩きつけていた。
あの男の発表――大規模な魔晶石鉱脈発見と、その供給の宣言により、急騰していた魔晶石の価格は一瞬で暴落した。
――公爵家として、転売の利益を見越して無理をしてでも買い占めていた魔晶石が。
損切りするにしても、あまりに損失が大き過ぎる、と呻いていた。
その横顔は、いつもリリアーナが知っている父のものより、ずっと険しく、冷たい。
――怒っている。
それも、自分に、ではない。状況に。思い通りに動かない盤面に。
だが、その視線がふとこちらに向いたとき、リリアーナは背筋を伸ばした。
期待されている。
それは、肌でわかる。怖いほどに、重たい期待。
「……お前は、わかっているな」
何を、と問われずとも理解できた。
望みうる最良の立場。次期王妃という肩書き。公爵家の価値を、さらに高める駒。
「お前は清らかで、磨かれた存在だ。神殿も、王子も、その価値を理解している」
だからこそ、と公爵は続けた。
「あの女のように、場をかき乱す存在になるな」
リリアーナは私室で一人、鏡を見る。
可愛らしいもので埋められた室内は、今は乱れている。
「……い」
呟きが漏れる。
「……ずるいずるい。お姉様は。お父様もサイラス様も、神官様も……今夜は、お姉様のことばかり」
――お姉様なんて、少し前まではいるかいないかも分からなかったくせに。
――俯いてびくびくして、鈍臭いって使用人にも揶揄われていたのに。
悔しさと、焦りと、理不尽な怒りが胸に溢れる。
「……ああ、そっか」
ぱっとリリアーナは顔を上げた。
軽く手を叩く。
「皆、お姉様のことを誤解してるんだわ」
リリアーナの頭はくるくると回り出す。
可愛く可憐で無垢な自分は、鏡の中で笑みを浮かべていた。
「綺麗なドレスに着られて、頼れる素敵な旦那様に守られて……お姉様が実際よりも素敵な人に見えてしまっているのね。無理な期待をされたら、鈍臭いお姉様は失敗をしてしまうかも。可哀想だわ……それに、お姉様の周りに人が集まったら、厄災の危険だってあるのに……」
ぶつぶつと呟く。
「……教えてあげないと。そのことはきちんと、皆に」
リリアーナはふわりと微笑む。
無垢な笑みは、形を取り戻していた。
――なんで。どうして。
思い返すたび、同じ言葉がぐるぐると巡る。
自分が注目されるはずだった。
今夜の称賛も、視線も、羨望も、本来はすべて自分のものだったはずなのに。
辺境伯夫人などという、取るに足らない存在。
厄災の烙印を持つ姉。
そう教えられてきた。そう扱われてきた。
リリアーナに見つめられると思わず微笑む人も、ルーチェを見ると瞳の奥の烙印に気づいて青くなる。気分が悪そうにふらついてどこかへ逃げ出す。
だから当然、舞踏会でも人々は距離を取り、ひそひそと噂し、自分の無垢で可憐な言葉に耳を傾ける――はずだった。
どうして、あんなことになるの。
舞踏会から戻った後も、リリアーナの胸の内は、ぐちゃぐちゃとした不満で満たされていた。
枕を投げ、人形を倒し――それから、鏡の前に立ち、金色の髪を眺めながら、唇を尖らせる。
サイラス殿下の前では、平静を保ってみせたけれど……悔しくてたまらない。
――ほら、こんなに可愛いのに。
――本当なら、注目されるのはわたくしだったはずでしょう。
公爵家の愛娘。
第二王子の婚約者。
次期王妃候補。
神殿からも持ち上げられ、周囲は誰もが道を譲る。
誰に話しかけても、どの席についても、注目を浴びて可愛がられる。
それなのに。
思い出すのは、会場に入場した瞬間の空気だった。
ざわめき。視線。驚き。
すべてが――姉のルーチェの方へ向けられていた。
厄災の烙印を持つ女。
青白くてじめじめして、いかにも自信がなさそうに俯いて、床ばかり見ていた姉。
父に使い捨てられ辺境に追いやられて、慰み者にされていると噂されていたのに。
なのに。
煌めくドレスに身を包み、背筋を伸ばして歩くルーチェの姿は、皆の目を奪ってしまった。
お古だと聞いていたドレスもアクセサリーも、目新しくて綺麗にされていた。
それに、滅多に人を褒めない老貴族たちから、あれは何時代のアンティークだの、あれは失われた古式の技術だの、噂されて。
そして、その隣。
――ダリウス・ヴァルト。
背が高く、堂々として、視線の運び一つに隙がない。
舞踏会の場に慣れていないはずなのに、誰よりも落ち着いていて、無駄がなくて。
無愛想で、辺境育ちで、粗野な男だと聞いていたのに。
実際は、王の前でも一歩も引かず、神官の言葉にも動じず、妻の肩を迷いなく抱いていた。
……ずるい。
リリアーナは、知らず歯を噛みしめていた。
自分の周囲には、いつもより人が少なかった。
誰もが、無意識に、あちらへ視線を流していた。
もとよりリリアーナに対して距離を置いている兄のリヒトは、リリアーナに挨拶もせずルーチェを選んだ。
リヒトが舞踏会に姿を現すことも珍しく、ましてや誰かと踊る姿など、見たことがない。
第二王子サイラスも、魔晶石と関わっていると見るやいなや、ルーチェに興味を向けた。
(あんな、不意打ちみたいに皆の注目をさらって)
(……サイラス殿下まで、お姉様に奪われるところだったわ)
公爵エドムンドも、珍しく苛立ちを隠そうともせず、先程見た時は書類を机に叩きつけていた。
あの男の発表――大規模な魔晶石鉱脈発見と、その供給の宣言により、急騰していた魔晶石の価格は一瞬で暴落した。
――公爵家として、転売の利益を見越して無理をしてでも買い占めていた魔晶石が。
損切りするにしても、あまりに損失が大き過ぎる、と呻いていた。
その横顔は、いつもリリアーナが知っている父のものより、ずっと険しく、冷たい。
――怒っている。
それも、自分に、ではない。状況に。思い通りに動かない盤面に。
だが、その視線がふとこちらに向いたとき、リリアーナは背筋を伸ばした。
期待されている。
それは、肌でわかる。怖いほどに、重たい期待。
「……お前は、わかっているな」
何を、と問われずとも理解できた。
望みうる最良の立場。次期王妃という肩書き。公爵家の価値を、さらに高める駒。
「お前は清らかで、磨かれた存在だ。神殿も、王子も、その価値を理解している」
だからこそ、と公爵は続けた。
「あの女のように、場をかき乱す存在になるな」
リリアーナは私室で一人、鏡を見る。
可愛らしいもので埋められた室内は、今は乱れている。
「……い」
呟きが漏れる。
「……ずるいずるい。お姉様は。お父様もサイラス様も、神官様も……今夜は、お姉様のことばかり」
――お姉様なんて、少し前まではいるかいないかも分からなかったくせに。
――俯いてびくびくして、鈍臭いって使用人にも揶揄われていたのに。
悔しさと、焦りと、理不尽な怒りが胸に溢れる。
「……ああ、そっか」
ぱっとリリアーナは顔を上げた。
軽く手を叩く。
「皆、お姉様のことを誤解してるんだわ」
リリアーナの頭はくるくると回り出す。
可愛く可憐で無垢な自分は、鏡の中で笑みを浮かべていた。
「綺麗なドレスに着られて、頼れる素敵な旦那様に守られて……お姉様が実際よりも素敵な人に見えてしまっているのね。無理な期待をされたら、鈍臭いお姉様は失敗をしてしまうかも。可哀想だわ……それに、お姉様の周りに人が集まったら、厄災の危険だってあるのに……」
ぶつぶつと呟く。
「……教えてあげないと。そのことはきちんと、皆に」
リリアーナはふわりと微笑む。
無垢な笑みは、形を取り戻していた。
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